第104話「帝国歩兵銃と騎兵銃」
剣より頭、魔法より読み。
平民の少年が戦場の頂を目指す、泥臭い成り上がり戦記です。
ゆっくり読んでいただけると嬉しいです。
「さて、次は戦術の話をしましょうか。」
フリッツはマイトランドを訓練場の端に連れて行くと、並んで腰を下ろした。
「帝国軍の騎兵は、ヴェルタの重装騎兵や軽装騎兵とは、根本的に違います。帝国の騎兵は、竜騎兵、ドラグーンと呼ばれているんです。」
「竜騎兵?」
「竜騎兵とは、騎兵それぞれが銃と剣を装備している騎兵の総称です。諸説ありますが、一説には、ドラゴンが火を吐くことから、火器を扱う騎兵という意味で名づけられたそうですよ。」
「では、先ほどの帝国式抜剣術は、竜騎兵のための型なんですね。」
「その通りです。銃で撃ち、剣で斬る。騎兵が槍を構えて突撃する時代は、帝国ではもう終わったんです。では、歩兵はどうだと思いますか?」
「盾と槍だけで戦わないのですか?」
「ここ10年で、帝国はかなり近代化されましてね。歩兵部隊も銃を扱うんですよ。通常の帝国軍歩兵は、隊列を組んで前進し、命令を受けて目標に一斉射撃を繰り返し、最後は銃剣による白兵戦で決着をつけます。」
「では、フリッツさんの猟兵と歩兵の違いを教えてください。」
「猟兵は、歩兵とは全く違う戦い方をします。散開して、個々の判断で射撃を行い、敵の士官や砲兵を狙撃する。戦列歩兵の突撃を側面から支援するのも、猟兵の仕事です。」
フリッツの説明は明確だった。
「猟兵は、これ以外にも、敵軍の後方撹乱、山岳戦、狙撃、偵察を任務としています。」
「シュッツエンという言葉は、聞いたことがありますか?実は、私はシュッツエンなんです。」
「ありません。」
「シュッツエンとは、狙撃兵を指す言葉です。猟兵部隊にのみ存在します。個の判断で動き、個の技量で敵を倒す。歩兵が組織で戦うのに対して、猟兵は個で戦う兵科なんです。」
マイトランドはフリッツを見た。帝国五公爵の嫡子が、組織ではなく個で戦う兵科を選んでいる。家柄に頼らず、自分の力で道を切り開く。その選択そのものが、この男の人間性を物語っていた。
「これは帝国が強いわけですね。他の国とは全く違うじゃないですか。」
「そうでしょうか?そこまで違いはないと思いますが・・・。」
「銃の運用面において、格段の差があります。銃の運用、戦術が確定しているじゃないですか。他の国は銃士や銃歩兵などの部隊を作っている最中ですよ?」
「ええ、銃についてはそうでしょうね。でも、我が帝国は、ヴェルタ以外の周辺国が全て敵国なんです。ガリアだって、いつ敵に回るか分からない。その中で、限られた人的資源を損なわずに戦争をするには、部隊運用、編成、行動、装備、戦術、その全てを、いかに損害を出さないかという視点で考えるのは当然でしょう?人的資源が豊富な君の国とは、事情が違うんですよ。」
「そうですね。いかにヴェルタが・・・。」
マイトランドは、そこまで言うと、ハッと自分の愚かさに気づき、口を閉ざした。
知識欲が勝ってしまうのだ。フリッツとの会話が心地よすぎて、軍師として議論している時の自分が出てしまう。帝国臣民の少年は、自国の軍制を他国と比較して論じたりしない。
フリッツは苦笑した。だがその苦笑には、責めるような色は一切なかった。
「別に、上に報告するつもりはありませんよ。ここだけの話にしておきましょう。ただ、何度も言いますが、この先、いつか私が困った時には、助けてくださいね?」
「僕なんかに、何ができるというんですか?五公爵家の嫡子のフリッツさんが困るような時に、僕が役に立てるとは思えません。」
本心だった。相手は帝国五公爵の嫡子だ。自分は身分すら偽っている、ただの15歳の少年に過ぎない。
フリッツは、静かに首を横に振った。
「今の君に頼んでいるのではありませんよ。何年か先の君に頼んでいるんです。」
「何年か先の、僕……?」
「私は、人を見る目だけは自信があるんです。書庫での君の本の選び方。原則から具体へと進む読み方。今の、帝国とヴェルタを比べる目。そして、あの剣。今の君は、まだ種のようなものです。でも、あれだけのものを持った種が、何年か先にどう育つかは、見ていれば分かります。」
フリッツは一度言葉を切り、穏やかに続けた。
「それに、君は一度も、私の家柄に近づこうとしませんでしたね。家柄に群がる人は、私が本当に困った時には、真っ先に離れていくものです。本当に困った時に頼れるのは、家柄を見ない人だけなんですよ。」
そう言うと、フリッツは一瞬だけ、遠くを見るような目をした。帝都のある方角だった。
マイトランドは、何も言い返せなかった。
「……わかりました。何ができるかはわかりませんが、僕にできる事であれば、なんでもさせていただきます。」
フリッツは、満足そうに一つ頷いた。
そして立ち上がると、訓練場の向こうに目をやった。
「さて、今日はここまでにしましょう。明日は、実地で見せたいものがあります。」
3日目。
フリッツはマイトランドを訓練場の射撃区画に連れて行った。
帝国軍の射撃訓練を、間近で見学させてくれたのだ。
歩兵連隊の兵士たちが、隊列を組んで前進し、号令と共に一斉射撃を行う。装填し、前進し、また撃つ。その繰り返しが、正確に、機械のように行われていた。
猟兵の訓練は全く違った。散開し、各自が遮蔽物に身を隠しながら、個々の判断で射撃する。的は距離も角度もばらばらだ。一人一人が自分で距離を読み、風を計算し、引き金を絞る。
「歩兵は命令で撃つ。猟兵は自分で撃つ。この違いが分かりますか?」
「組織と個の違いですね。歩兵は指揮官の判断に従い、猟兵は現場の判断で動く。」
「その通りです。そして帝国軍は、その両方を一つの師団の中に持っているんです。」
フリッツは射撃区画の責任者に何か声をかけると、帝国歩兵銃を1丁借り受けてきた。
「撃ってみますか?」
「いいんですか?」
「帝国臣民なら、来年には使うことになる銃です。予習だと思えばいいですよ。」
フリッツはマイトランドに歩兵銃を手渡した。
ずっしりと重かった。グレイグに射撃を教わった時の銃よりも、さらに重い。両手でしっかり保持しなければ、狙いが定まらない。
「装填の手順は知っていますか?」
「はい。火薬を入れ、弾を込め、槊杖で押し込む。」
「やってみてください。」
マイトランドは装填を行った。手順はグレイグの銃と同じだった。だが、押し込む時にわずかな抵抗を感じた。グレイグの銃にはなかった抵抗だ。
ライフリングだ。
書庫で読んだ通り、銃身内壁の螺旋の溝が、球形弾の通りを妨げている。槊杖に力を込めて、弾を溝の奥まで押し込まなければならなかった。
他国向けの型には施さないと注釈にあった、あの溝だ。それを、フリッツは自分に撃たせようとしている。
「重いでしょう?ライフリングがある分、装填に力がいるんです。でも、撃ってみれば、その価値が分かりますよ。」
マイトランドは的に向かって構えた。グレイグに教わった通り、息を吐き切り、引き金をゆっくりと絞った。
ズドーン。
反動が肩を叩いた。グレイグの銃よりも重い衝撃だ。だが弾は真っ直ぐに飛び、的の中心近くに命中した。
「素晴らしい。初めての歩兵銃で、中心近くとは。」
マイトランドは驚いていた。グレイグの銃では考えられない直進性だ。弾がぶれずに、狙った方向へまっすぐ飛んでいく。ライフリングの効果を、体で実感した瞬間だった。
「これがライフリングの力ですか。」
「そうです。ただし、装填に時間がかかる。だからこそ歩兵は、隊列を組んで一斉射撃を行うんです。一人ひとりの発射速度が遅くても、全員が同時に撃てば弾幕になります。」
「次は、これです。」
フリッツが差し出したのは、ドルトン騎兵銃だった。
書庫で運用仕様書を読み、図面を頭に焼き付けた、あの銃だ。そして、グレイグから贈られ、一度も撃たぬまま預けてきた、あの銃と同じ型でもあった。
撃つのは、これが初めてだった。
歩兵銃と持ち比べた瞬間、違いが手に伝わった。
軽い。短い。片手でも構えられる。銃床が肩に当たる設計になっていて、片手でも両手でも撃てる。
装填した。歩兵銃で感じたライフリングの抵抗がない。槊杖がすんなりと通る。滑腔銃身だからだ。書庫で読んだ通りだった。
マイトランドは的に向かって構えた。先ほどと同じ距離だ。息を吐き切り、引き金を絞った。
バーン。
反動は歩兵銃より遥かに小さかった。だが弾は的の中心から大きく外れ、右上に逸れた。
「当たらないでしょう?」
フリッツが笑った。
「この距離では、騎兵銃は当たりません。ライフリングがないからです。でも、近づけば話は変わりますよ。」
フリッツは的を半分の距離に移動させた。
マイトランドは再び装填し、撃った。
今度は的の中心近くに命中した。しかも装填から発射までの時間が、歩兵銃の半分以下だった。
「分かりましたか?歩兵銃は遠くから当てる。騎兵銃は近くで速く撃つ。同じ銃でも、求められるものが全く違うんです。」
書庫で読んだ知識が、体で裏付けられた瞬間だった。文字と図面で理解したことが、反動と着弾で確認される。これが実地の価値だ。
「フリッツさん。歩兵銃と騎兵銃では、戦い方そのものを変えなければならないんですね。」
「その通りです。だから帝国は、歩兵と騎兵に別々の銃を設計しました。兵器が戦術を規定し、戦術が編成を規定する。全ては繋がっているんです。」
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