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第102話「帝国の師団」

剣より頭、魔法より読み。


平民の少年が戦場の頂を目指す、泥臭い成り上がり戦記です。


ゆっくり読んでいただけると嬉しいです。

 その瞬間から、3日ほどフリッツの教育のようなものが始まることになった。


 寝泊まりは士官候補生である上級曹長フリッツの居室で。食事以外は、訓練場と書庫で過ごした。戦術、戦略、編成、武装。マイトランドが気になったことは何でもフリッツに聞いた。フリッツが答えられるものは、全てを教えてくれた。


 マイトランドがフリッツから得た知識は、時代遅れのヴェルタの教本から得たものよりも、幼い頃の師であるアランから教わった知識に近いことがわかった。


 アランは帝国軍人だった。アランの知識は帝国のものだった。だがアランが教えてくれたのは断片だった。フリッツはその断片を、体系として繋げてくれたのだ。


 1日目。編成について。


 フリッツは居室の机に地図を広げ、その上に小さな駒を並べながら説明した。


「まず、君の国の編成から確認しましょうか。ヴェルタ軍の歩兵師団の構成は、知っていますか?」


 マイトランドはもう帝国臣民のフリをする必要がなかった。フリッツとの間には暗黙の了解がある。ここでは素の自分で話せた。


「4000人程度の歩兵が存在する歩兵連隊が4個で、1個師団を構成しています。その師団が2個集まり軍団を構成し、そこに後方支援部隊が随伴します。」


「ええ。つまりヴェルタ軍は、後方支援部隊がつく1個軍団を構成しない限り、作戦行動をとれない、ということですね?」


「はい。師団単独では補給も通信も完結しません。」


「分かりました。では、帝国の師団をお教えしましょう。」


 フリッツは駒を並べ替えながら、帝国の師団構成を説明した。


「帝国の歩兵師団も、確かに歩兵が多いのですが、陣容がヴェルタとは全く違います。まず歩兵連隊が3個。各連隊は2000人程度で、中に重装歩兵や弓兵などの大隊を含んでいます。」


 フリッツは駒を3つ並べた。


「ここに、2000人規模の騎兵連隊を1個。猟兵連隊を1個。魔導砲兵連隊を1個。」


 さらに3つの駒が加わった。


「そして、各連隊の通信、糧食、医療、武器管理、施設などを担当する後方支援連隊を1個。これが2000名です。」


 最後の駒が置かれた。


「合わせて約14000人。これで1個師団です。」


 マイトランドは駒の配置を見つめた。


 ヴェルタ軍の1個師団は歩兵16000人。だがそこには騎兵もいなければ砲兵もいない。後方支援もない。師団単独では戦えない。


 帝国の1個師団は14000人。歩兵、騎兵、猟兵、砲兵、後方支援が全て一つの師団の中に組み込まれている。


「つまり、帝国は各師団単位で作戦行動がとれるということですか。」


「その通りです。師団長が命令を出せば、その師団だけで偵察し、砲撃し、突撃し、補給し、医療まで完結します。他の師団や軍団司令部の支援を待つ必要がありません。」


 マイトランドは駒を見つめながら、次の質問を投げた。


「通信はどうなっていますか。この師団内の各連隊はどうやって連絡を取るのですか。」


「良い質問ですね。他国ではどうしていると思いますか?」


「伝令兵を走らせるか、犬や鳥などの手段、又は念話の異能を持つ者を配置するかです。伝令なら往復に何分もかかりますし、念話の使い手は限られています。」


「帝国では、師団内の全中隊に、巻貝式の通信魔道具を配備しています。君も、前進観測班の掩体で見たでしょう?」


「はい。あの魔道具は前進観測班だけのものだと思っていました。」


「まさか。あれは師団内の末端の中隊にまで行き渡っています。連絡網の構造をお教えしましょう。」


 フリッツは机の上に駒を階段状に並べた。


「まず、各中隊が連隊本部に報告します。連隊本部がそれを集約して、師団司令部に報告する。師団司令部からの命令は、逆の順で下りてきます。師団司令部から連隊本部へ、連隊本部から各中隊へ。」


「上から下、下から上の二方向ですか。」


「それだけではありません。各連隊本部同士も、横の連絡が取れます。歩兵連隊が敵を発見したら、師団司令部を経由せずに、直接砲兵連隊に射撃を要請できる。もちろん、師団司令部にも同時に報告が上がります。縦と横の両方が、繋がっているんです。」


 マイトランドは、前進観測班の掩体で見た光景を思い出した。観測手が着弾を確認し、通信手が射撃指揮所に報告し、射撃指揮所が砲兵に命令を伝える。あの一連の流れは、この連絡網の末端の一部だったのだ。


「つまり師団長は司令部にいながら、全中隊の状況を即座に把握でき、必要な連隊に直接命令を出せる。そして各連隊同士も横で繋がっている。情報が縦にも横にも流れる。」


「その通りです。」


 マイトランドはアダムスのことを考えた。ドワイト分隊では、アダムスの念話が唯一の即時通信手段だ。アダムスが倒れれば、通信は途絶える。


「念話の使い手が倒れたら、そこで通信は途絶えてしまいますよね。」


「帝国では、そうはなりません。魔道具は個人の異能ではなく、道具ですから。使い手が倒れても、別の者が魔道具を手に取れば通信は続きます。予備の魔道具も、各連隊に配備されています。」


 個人の才能に頼らない仕組み。前進観測班の掩体で感じたことと同じだった。だがそれが師団全体のスケールで実現されている。


「もう一つ聞かせてください。指揮官が死んだ場合、帝国ではどうなりますか。」


「詳しく聞かせてください。なぜ、それが気になるんですか?」


「以前、司令部が壊滅して指揮系統が崩壊し、大軍が瓦解したという事例を見たことがあります。」


 フリッツは頷いた。


「帝国でも、かつて同じことが起きました。50年前の大戦です。当時の帝国軍は、今のヴェルタ軍とほぼ同じ編成でした。兵科ごとに師団を分け、軍団単位でしか動けない。通信は伝令頼み。司令部が潰されれば、全軍が止まる。」


 フリッツは駒を一つ倒した。


「50年前の大戦で、帝国は北方の大国に司令部を急襲されました。3個軍団が指揮系統を失い、壊滅的な敗北を喫したんです。その教訓から、帝国軍は根本的な改革を行いました。」


「それが今の師団編成ですか。」


「そうです。師団内に全兵科と後方支援を組み込み、師団単独で戦えるようにしました。そして、指揮官が倒れても自動的に指揮を引き継ぐ仕組みを作った。連隊長が死ねば副連隊長が引き継ぐ。副連隊長も死ねば、最先任の大隊長が引き継ぐ。引き継ぎの順番は平時から決まっていて、全員がそれを知っています。」


 マイトランドは息を呑んだ。


 ゼーテの村で見た第1軍の崩壊を思い出した。司令部を暗殺で失った瞬間、18個師団2個旅団が一つの頭を失った巨大な胴体になった。各師団は命令を待ち、命令は来ず、待つ間に半包囲され、壊滅した。


 もし帝国式の指揮継承の仕組みがあれば、司令官が殺されても各師団が独自に判断し、独自に戦い続けることができたはずだ。そしてもし帝国式の編成であれば、各師団が師団単独で砲兵も後方支援も持ち、援軍を待たずに持ちこたえられたかもしれない。


「さらに言えば、帝国は戦時に、各連隊から師団司令部へ連絡将校を派遣する制度を持っています。」


「連絡将校、ですか。」


「各連隊から1名ずつ、師団司令部に将校を送るんです。この将校は、自分の連隊の状況を師団長に直接報告し、師団長の命令を自分の連隊に持ち帰る。通信魔道具に加えて、人間による情報の橋渡しも行っているんです。」


「冗長性ですね。」


「おや、その言葉を知っているんですね。」


 マイトランドはまた口を滑らせた。だがフリッツは笑うだけだった。


「その通りです。通信魔道具が壊れても、連絡将校がいる。連絡将校が倒れても、通信魔道具がある。どちらかが生き残れば、情報は途絶えません。」


 ヴェルタ軍では、騎兵師団からの偵察報告を歩兵師団に浸透させるまでに膨大な時間がかかる。兵科ごとに師団が分かれ、指揮系統が別々だからだ。


 帝国は、師団の訓練の段階から各連隊の認識を共有している。戦場での認識のズレがほとんどない。連絡将校がいることで、新しい情報の共有もしやすい。


「簡単に言えば、こういうことです。」


 フリッツは駒を指で弾きながら言った。


「帝国の1個師団14000人は、ヴェルタの2個師団で構成される1個軍団32000人に、圧倒的有利に対抗できます。数が半分以下でも、です。」


「50年前の帝国が、今のヴェルタと同じだった。」


 マイトランドが呟くと、フリッツは頷いた。


「ええ。50年前に痛い目に遭って、帝国は変わりました。変わるきっかけがあったんです。ヴェルタにも、そのきっかけが来ているのかもしれませんね。」


「僕がヴェルタ人だとして、この編成をヴェルタに持ち帰れますか。」


 フリッツは苦笑した。


「編成だけなら、真似はできるでしょう。でも、訓練と通信と兵站の仕組みが伴わなければ、箱だけ作っても中身は動きません。それは、君も分かっているでしょう?」


「はい。」


 マイトランドは頷いた。分かっている。だが、箱の形を知らなければ中身を入れることもできない。


 マイトランドはその夜、フリッツの居室で寝る前に、頭の中で考え続けていた。


 帝国の師団編成を、そのままヴェルタに持ち帰ることはできない。14000人の師団を作るには、騎兵も砲兵も後方支援も一つにまとめなければならない。今のヴェルタ軍の組織構造を根本から変える必要がある。一介の2等兵にできることではない。


 だが、ドワイト分隊の10人なら。


 10人の分隊の中に、偵察、通信、戦闘、後方支援の機能を全て組み込む。マイトランドの気配察知が偵察を担い、アダムスの念話が通信を担い、ジェラルトとポエルが戦闘を担い、ミシェルの回復魔法が医療を担う。トーマスがバートル号の管理で伝令を補完し、セリーヌの偽装技術が欺瞞を担う。


 帝国の師団が1個師団で完結するように、ドワイト分隊も10人で完結する。


 小さな帝国式師団。


 それが、今のマイトランドにできる最初の一歩かもしれなかった。


 マイトランドは目を閉じた。学べることは全て学ぶ。

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