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第100話「学ぶ者の行動」

剣より頭、魔法より読み。


平民の少年が戦場の頂を目指す、泥臭い成り上がり戦記です。


ゆっくり読んでいただけると嬉しいです。

マイトランドは次の頁をめくった。ドルトン騎兵銃の詳細な図面が描かれていた。


 銃身の断面図。撃発装置の分解図。火薬室の構造。精密な線で描かれた図面は、ヴェルタにある何の技術書とも次元が違った。


 マイトランドは図面を食い入るように見つめた。


 まず銃身の断面だ。先ほど引っかかった、あの溝の正体がそこにあった。


 グレイグの銃の銃身は、滑らかな円筒だった。実際、騎兵銃と短銃の断面図も滑らかな円筒のままだった。だが歩兵銃の断面図だけが違っていた。銃身の内壁に、わずかな螺旋状の溝が刻まれている。これはライフリングと呼ばれる加工だと、注釈に書いてあった。この溝が弾丸に回転を与え、直進性を高めている。


 注釈の末尾には、小さな文字でこう添えられていた。他国向けの型には、この加工を施さないこと。


 グレイグの銃に溝がなかったのは、そのためだったのだ。同盟国にさえ渡さない技術。帝国の旧式がヴェルタの最新式と同等だと言われる理由の一端が、ここにあった。


 歩兵銃だけにこの加工が施されている理由は明快だった。歩兵銃は遠距離から狙い撃つための兵器だ。弾道の直進性が命中精度を左右する。騎兵銃は近距離での即応性を重視しており、加工の手間とコストに見合わない。短銃は至近距離で撃つのだから、なおさら必要ない。


 ライフリングを「どの銃に施し、どの銃に施さないか」。その判断にも、設計思想が反映されていた。


 ただし、仕様書にはライフリングの問題点も記されていた。


 銃身内壁に螺旋の溝があるため、球形の弾丸では装填が極めてしにくい。溝の凹凸が弾の通りを妨げるのだ。槊杖で力を込めて押し込まなければならず、装填に時間がかかる。かといって弾を小さくすれば溝に噛み合わず、発射時にガスが漏れて威力が落ちる。


 つまり、ライフリングは命中精度を上げる代わりに、装填速度を犠牲にしている。歩兵銃の発射速度が騎兵銃より遅い理由の一つが、ここにあった。


 この問題を解決するのが、仕様書の末尾に記された円錐形弾丸だろうとマイトランドは推測した。円錐形であれば先端が細いため銃口からの装填が楽になる。そして発射時のガス圧で弾の底部が膨張し、ライフリングの溝に食い込めば、回転を受けながら銃身を抜けていく。装填の容易さと、ライフリングによる命中精度の両立。


 だが注釈には「試作段階」と明記されていた。底部の膨張に必要な形状と素材の組み合わせが確定しておらず、実戦配備には至っていない。帝国をもってしても、まだ完成していない技術なのだ。


 逆に言えば、これが完成した時、戦場の姿は一変する。ライフリング付き歩兵銃と円錐形弾丸の組み合わせは、現在の有効射程を倍以上に引き伸ばすだろう。その時、騎兵の突撃はおろか、密集した歩兵陣形すら成立しなくなる。


 次に撃発装置の分解図だ。マイトランドはこの図を見た瞬間、ヨーゼフの顔が浮かんだ。


 撃発装置は取り外し式ではなかった。火打ち石を挟んだ金具が、バネの力で火薬皿に叩きつけられる。火花が火薬に引火し、火薬室を通じて主装薬に点火する。この一連の流れが、1発ごとに手作業で繰り返される。


 だが、火薬室と銃身の接合部の構造を見れば、ヨーゼフの発想が実現可能であることが分かった。接合部には明確な規格があった。火薬室の径、銃身との嵌合部の長さ、固定用の突起の位置。全てが数値で指定されている。


 この規格を利用すれば、火薬室と撃発装置を一体化した小さな筒を作り、銃身の後端に差し込む方式が実現できる。撃ち終わったら筒ごと引き抜き、装填済みの新しい筒を差し込む。装填の手間が消える。


 ヨーゼフは「装填そのものを無くす」と言っていた。あれは夢物語ではなかった。帝国の規格化された接合部の構造を見れば、十分に実現可能だ。


 問題は精度だった。筒と銃身の間に隙間があれば、火薬のガスが漏れて弾の威力が落ちる。隙間がなければ、筒が固着して抜けなくなる。この精度を保つためには、帝国の工作技術が必要になる。


 ヴェルタの鍛冶師にこの精度が出せるだろうか。フィンの異能は鍛冶だ。ヨーゼフの開発の異能と、フィンの鍛冶の異能。この2人がいれば、あるいは。


 マイトランドは、図面の数値を一つずつ頭に焼き付けながら、頁をめくった。


 次は弾丸の仕様だった。現在の帝国軍の弾丸は丸い。鉛を球形に鋳造したものだ。弾道特性の表が並んでいる。距離と命中率の関係。有効射程、最大射程、風による偏差の補正値。有効射程を超えると命中率が急激に落ちる。丸い弾は空気抵抗を受けやすく、距離が伸びるほど弾道が不安定になるからだ。


 これをヨーゼフに伝えたい。仕様書は見せられないが、「弾の形を変えれば射程が伸びる」という着想だけでも伝えれば、ヨーゼフなら自力でたどり着くはずだ。


 マイトランドは頁をめくる手を止めず、図面と数値を一つずつ頭に焼き付けていった。


 何頁読んだか分からなかった。


「へぇ。マイトランド、君は紙を知っているんですね。帝国軍人でも、知らない者がほとんどなのに。」


 背後からフリッツの声がした。


 すぐ後ろだ。


 マイトランドは振り返った。フリッツが、先ほどまで寝ていたはずの椅子ではなく、マイトランドの真後ろに立っていた。腕を組み、机の上に並べられた本を見下ろしている。


 フリッツは居眠りをすると偽り、マイトランドが書庫で何を求めていたのか、確認していたのだ。


「それは・・・。」


 分かっていたことではあるが、自分の欲求のために警戒を怠ったマイトランドが、再度言葉に詰まると、フリッツは机の上の本をゆっくりと指差した。


 帝国建国史。帝国軍制法。帝国陸軍兵法概論。帝国輜重運用教範。そしてドルトン騎兵銃運用仕様書。


 5冊が並んでいる。


「最初に建国史を取りましたね。帝国臣民として自然な選択です。次に軍制法。来年の入隊に備えて、というのも分かります。でもね。」


 フリッツの指が、兵法概論と輜重運用教範の上で止まった。


「3冊目で兵法概論を取り、4冊目で輜重運用教範を取りました。しかも、砲兵射撃教範の前で一度手を止めてから、兵法概論に切り替えています。」


 見ていた。全部見ていた。


「15歳の農民の少年が、砲兵の教範を手に取ろうとして思い留まり、代わりに兵法書を取る。しかも兵法概論を先に読み、輜重運用教範を次に読む順番まで決めている。原則を先に入れてから、具体論に進む。軍学を学んだ者の読み方です。」


 マイトランドは何も言えなかった。


 フリッツの指がさらに動き、ドルトン騎兵銃の運用仕様書の上で止まった。


「そして5冊目がこれです。ドルトン騎兵銃の運用仕様書。でも注目すべきは、君が手に取ったのが騎兵銃の仕様書だけだという点です。歩兵銃にも短銃にも、手を伸ばしていません。」


「それは・・・帝国軍に入ったら銃を使うかもしれないと思って・・・。」


「ふふ。入隊すれば、歩兵銃には嫌というほど触れますよ。でも、騎兵銃は別です。工廠では作っていないので数が少なく、配られるのは騎兵と竜騎兵だけ。一兵卒が、まず触れることのない銃なんです。」


 フリッツは仕様書の表紙を指で軽く叩いた。


「入隊前の少年が、わざわざ選ぶ1冊ではありません。それでも君がこれを選んだのは、この仕様書に歩兵銃や短銃との比較が記されているからです。1冊で3種の違いを把握できる。最も効率的な1冊を選んでいるんです。」


 マイトランドは、否定も肯定もできなかった。


 フリッツの推理は鋭い。だが、一つだけ外れていた。この銃を選んだ本当の理由は、グレイグから贈られた、あのピストレットだったからだ。


 フリッツは一度言葉を切ると、続けた。


「それに、君は仕様書を書き写していません。紙片も筆記具も使っていない。図面の構造を追っていました。技術者の目です。情報を盗む者の行動ではなく、学ぶ者の行動ですよ。」


 マイトランドの目を真っ直ぐに見て、フリッツは言った。


「それだけではありません。君は先ほど、帝国語の軍事用語を呟いていましたね。Nachschubverbrauch。補給消費量。あれは輜重運用教範の第4章の用語です。帝国語を読めるだけでなく、軍事用語まで理解している。」


 聞かれていた。


 マイトランドは全身から血の気が引くのを感じた。


「それに、君は先ほど紙を見た時、驚きはしましたが、戸惑いはしませんでした。紙というものを知識として知っていて、実物を初めて見た。そういう反応です。帝国臣民であれば紙は見慣れているはずですし、ヴェルタの農民であれば、紙という概念すら知りません。」


 フリッツの目が、穏やかだが真剣にマイトランドを見つめていた。


「君は、ヴェルタの人間でもなさそうですね。」


「しつこいですね。僕は帝国臣民です。それに紙は初めて見ました。」


「面白いですね。この砦にいる人間のうち、どれくらいが紙のことを知っていると思いますか?」


「そんなのわかりません。誰でも知っているんじゃないですか?」


「そうですね。羊皮紙であれば、誰でも知っているでしょう。でも、"カミ"という言葉は誰も知りませんよ。私とこの書庫の管理者、それに将官、佐官以外はね。」


 マイトランドはゴクリと唾をのみ込み、またしても言葉に詰まった。


 フリッツは続けた。


「当然ですが、ヴェルタにこんな白い紙はありません。あったとしても、せいぜい出来の悪い黄色い紙です。君は一体、どこの国の人間なんですか?」


「帝国臣民です。信じて下さい。」


「あくまで、そう言い張るんですね。わかりました。それなら・・・。」


 フリッツがそこまで言うと、言葉に同調するように、書庫の扉がガラリと音を立て開いた。

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