第90話「こちら前進観測班」
剣より頭、魔法より読み。
平民の少年が戦場の頂を目指す、泥臭い成り上がり戦記です。
ゆっくり読んでいただけると嬉しいです。
ドガーン!
先ほどと同じ大きな爆発音が、今度はさらに近くで響いた。掩体の天井から土の粒がぱらぱらと落ちてくる。ジェラルトは思わず首をすくめたが、掩体の中の4人は誰一人として身動ぎすらしなかった。
観測窓から双眼の魔道具を覗き込んでいた帝国軍人の1人が、その音に反応して叫んだ。
「Zweiter Schuss, Treffer!」
帝国語だ。ジェラルトには意味が分からなかった。アランから帝国語を少し教わったが、覚えているのは挨拶と簡単な単語ぐらいだ。軍事用語など聞いたこともない。
だがマイトランドには、その意味が分かっていた。
第二射命中。
その報告を聞いた、巻貝の魔道具を持った帝国軍人が即座に魔道具に向かって喋り出した。
「Hier Vorgeschobener Beobachter, zweiter Schuss, Treffer, zweiter Schuss, Treffer, gleiche Daten, Wirkungsschießen!」
こちら前進観測班、第二射命中、第二射命中、同一諸元に効力射。
マイトランドは、帝国語を頭の中で翻訳しながら聞いていた。
すると、魔道具から声が返ってきた。
「Hier Feuerleitstelle, gleiche Daten, Wirkungsschießen, verstanden!」
こちら射撃指揮所、同一諸元、効力射、了解。
効力射。
試射で諸元を確定し、ここからは目標に効果を与えるための本射撃だ。
ジェラルトはマイトランドの方を見た。何を言っているのか一言も分からない。だが、帝国軍人たちの動きの速さと声の鋭さだけで、ただ事ではないことは伝わっていた。
ジェラルトは苦笑いするしかなかった。
マイトランドが小さく呟いた。
「効力射だ。命中した諸元のまま、今度は一斉に撃ち込んでくる。」
ジェラルトの目が見開かれた。
ドガーン!ドガーン!ドガーン!ドガーン!ドガーン!
試射とは比較にならない数の爆発音が、立て続けに掩体を揺らした。天井の土が再び落ち、丸太が軋んだ。
だが掩体の中の帝国軍人たちは、その揺れの中でも淡々と動いていた。
一斉射の着弾を観測手が双眼の魔道具で確認する。計算手が効果を判定し、修正の要否を算出する。通信手が魔道具に向かって次の射撃を帝国語で要請する。射撃指揮所が了解する。再び大量の砲弾が飛来する。
一斉射。観測。修正。一斉射。
その繰り返しだった。
まるで機械だ、とジェラルトは思った。
観測手は双眼の魔道具から目を離さない。通信手は巻貝の魔道具から手を離さない。計算手は手元の道具で何かを計算し、観測手に数字を渡している。誰も叫ばない。誰も慌てない。戦場の砲撃の真っ只中にいるというのに、まるで決められた手順を一つずつ消化しているかのようだった。
観測手の1人が観測窓の脇に場所を空け、顎で促した。ジェラルトが肉眼で観測窓を覗き込むと、遠くの松明の群れが見えた。観測手はあの双眼の魔道具で、この距離の着弾を正確に読んでいるのだ。
さっきまで数え切れなかった松明の群れが、見る間に減っていく。
1つ消えた。3つ消えた。まとめて5つ消えた。
爆風に吹き飛ばされたのか、持ち主が倒れたのか。松明が地面に転がり、草に燃え移り、小さな火が散る。その火が、倒れた人影を照らしていた。
怒号が悲鳴に変わった。
笛の音が途切れた。
あの冷静だった指揮官の声も、もう聞こえなかった。
ドガーン!ドガーン!ドガーン!
また一斉射。松明の塊がまとめて消えた。
ジェラルトは観測窓の縁を握りしめていた。
さっき自分は、1人の人間を殺すのに手が震えた。引き金を引いた後、膝が折れかけた。胃の奥から何かがせり上がってきた。
だが今、目の前で、この帝国軍人たちは何をしている。
観測窓の向こうで数百人が吹き飛ばされ、焼かれ、倒れていく。その光景を見ながら、表情一つ変えずに次の諸元を読み上げている。
声が震えない。手も震えない。
これが戦争なのか。
これが、帝国の戦争なのか。
ジェラルトは自分の手を見た。まだ震えていた。
マイトランドは、ジェラルトとは違うものを見ていた。
観測手が一斉射の着弾を確認する。計算手が効果を判定し、修正値を算出する。通信手が砲兵に伝達する。砲兵が修正値を反映して発射する。着弾後、前進観測班がその効果を観測し、同一諸元か誤差を修正して再び一斉射。目標が制圧されるまでこのサイクルを繰り返す。
この循環が止まらない限り、砲弾は正確に敵を追い続ける。
三点交会法。
観測点と砲兵陣地と目標の3つの位置関係から、射角と射距離を算出する手法だ。教本で読んだことはあったが、目の前で実行されているのを見るのは初めてだった。
第一射は試射だ。夜間の射撃には誤差がつきまとう。風や湿度による弾道の変化、暗闇での観測の制約。それらの誤差を実弾で確認し、着弾と目標との差を計算する。第二射でその差を修正し、命中させた。効力射では命中した諸元をそのまま使い、大量の砲弾を一度に叩き込む。着弾後、前進観測班がその効果を観測し、同一諸元か誤差を修正して再び一斉射。逃がさない。
測量が終わっている自陣付近であれば、昼間なら初弾から命中させることも、帝国軍なら可能だろう。
そして、その全てを支えているのが、あの巻貝の魔道具だった。
ヴェルタ軍では、砲兵への射撃指示は伝令兵を走らせるか、アダムスのような念話の異能を持つ者を配置するしか手段がない。伝令なら往復に何分もかかる。念話なら即座だが、使える者は限られている。
それが帝国では、前進観測班の1班にまで魔道具として標準装備されている。個人の異能に頼らず、道具で通信を実現している。これなら誰でも使える。交代もできる。念話の使い手が倒れても、通信は止まらない。
マイトランドは掩体の構造に改めて目をやった。
丸太の組み方。排水溝の角度。換気口の位置。観測窓の高さと角度。全てに合理的な理由がある。
ドワイトに教わったエンピの掘削法は、ネイ将軍から伝わったものだった。あれでも十分に優れた技術だと思った。だが帝国は、その技術を観測班の4人にまで叩き込み、どこに配置されても同じ品質の掩体を作らせている。
個人の技量ではない。組織の力だ。
マイトランドは、壁際に積まれた木箱の中身をちらりと見た。地図に書き込まれた数字、射表と思しき冊子、予備の通信用魔道具、そして予備の双眼観測魔道具。全てが整理されている。
これを持ち帰りたい。この仕組みを、ヴェルタに持ち帰りたい。
魔道具は無理でも、掩体の構築法なら持ち帰れる。観測の手順なら教えられる。三点交会法の計算なら自分で再現できる。
マイトランドの目が光っていた。
面白いと思っていただけたら、ブックマークしていただけると大変励みになります。次回もよろしくお願いします!




