第89話「次弾が来る」
剣より頭、魔法より読み。
平民の少年が戦場の頂を目指す、泥臭い成り上がり戦記です。
ゆっくり読んでいただけると嬉しいです。
『いいか、ジェラルト。マイトランドを絶対に守るんだぞ。どんなことがあってもだぞ。いいな?特に、・・・には絶対に捕まるなよ。絶対にだぞ。』
「はぁはぁ、前もこんなことあった様な気がするな。あの時、先生なんて言ってたんだっけな。」
ジェラルトは走りながら、ふと、師であるアランとの会話を思い出し、それに返すように一人呟いた。
「おい!おい!ジェル!聞いてんのか?」
「ああ、すまん。なんか、昔の事思い出してたわ。」
マイトランドの数度の呼びかけに、ようやく反応したジェラルトは、我に返ると続けた。
「なぁ、マイトランドよぉ。前にもこんなこと・・・。」
「そんなのはどうでもいい!後でいくらでも聞いてやるから、今の事だけ考えろ!」
マイトランドはジェラルトの話を遮ると、声を落とした。
「もうすぐ帝国の砲兵の射程圏内に入る。砲兵がいるなら、射弾を観測する目がどこかにいる。この地形なら稜線上のどこかだ。砲兵陣地と敵の位置を結ぶ線の延長、観測に必要な視界、稜線の高さ。3つの条件が揃う場所は限られる。」
マイトランドは一度言葉を切ると、ジェラルトの肩の上で首を動かし、方角を確認した。
「ジェル、ここからは全力で走れ。距離を離す。」
「今度は速度を増加させる風魔法使っていいんだな?」
「ああ。砲撃が始まる前に追っ手との間を開けないと巻き込まれる。」
ジェラルトは速度を増加させる風魔法をかけると、一気に加速した。背後の松明が見る見るうちに小さくなっていく。
十分に距離を稼いだところで、マイトランドが声をかけた。
「帝国兵に気づかせる様に、振り向きざまに一発撃て。」
「はぁはぁ、そんなのって。銃はさっき撃ってから装填してないぜ?」
「そうか、なら銃をくれ。弾帯から火薬と弾を取って俺が装填する。」
ジェラルトは首と左腕を通してかけてあった銃を左手で取ると、マイトランドが伸ばす右手に渡した。
「敵との距離はまだ結構ある。ゆっくり走ってくれ。」
マイトランドは銃を受け取ると、揺れるジェラルトの腰から火薬を取り、銃口を顔の手前で空に向け火薬を流し込んだ。そのまま弾を込めると、槊杖で一気に押し込む。
「ほら、できたぞ!指示を出したら、当たらなくていいから振り返って適当に撃て。指示を出すまで撃つなよ。」
「はあ、はあ、わかったよ。」
大勢の敵に追われているのだ。ジェラルトの息が先ほどよりも上がってきていることに気づいたマイトランドは、即座に気配察知を使い周囲の状況を探った。
ジェラルトの後方に膨大な数の敵が近づいているのを感じると、進行方向の近いところにある高台に、それとは別の反応を4つ確認した。
4つ。
前進観測班の標準的な編成だ。観測手、計算手、通信手、警戒手。やはりいた。
「よし、今だ!振り返って撃て!」
マイトランドがジェラルトの背を叩き、小さく呟いた。
ジェラルトは肩を叩かれると即座に立ち止まり、振り返って、少し離れた敵の松明の大群に向かって引き金を引いた。
バーン。
「クソ。当たるわけもないぜ。」
撃った瞬間、火薬の発光で僅かに光ったジェラルトの顔は歪んでいた。
それはジェラルトが、敵に当たらないと確信したからに他ならない。なにせ引き金を引く勢いが"がく引き"であったのだから。
通常、引き金というものはゆっくりと引くものである。"がく引き"とは射撃の際に、反動を予期して体をこわばらせたり、勢いよく引き金を引きすぎて銃の保持が崩れ、照準がズレてしまうことを指す。
つまりジェラルトは、振り返りざまに勢いよく引き金を引きすぎたため、自分で"がく引き"をしたと理解していたのだろう。
発光は一瞬で消え、すぐに暗闇に戻った。乾いた発砲音が鳴り響き、弾は敵集団に向かって飛んで行ったが、当たることなく敵の上方を抜けて行った。
ジェラルトの読み通り命中しなかったのだ。当然のことながら敵の追跡は弱まることはない。射撃が下手だと知って、余計に速度を上げる始末だ。
「ジェル、銃を貸せ。装填する。もう一発だ。」
「はいよ。」
ジェラルトは振り向くと再び走り出し、銃をマイトランドに渡した。
マイトランドは銃を受け取ると、火薬を流し込み、続いて弾丸を込めようとした。だが弾が丸いため、走るジェラルトの振動で何度か手から落としてしまう。
4度目でようやく弾を込めることに成功し、それを槊杖で一気に押し込んだ。
次の瞬間だった。
その場が急に明るくなった。
何かが空を裂いて飛来し、カルドナ軍の追っ手の集団に向かって落ちていく。
ドガーン!
敵に命中こそしなかったものの、敵の足を一瞬止めるには十分であった。
地面が揺れ、爆風が草木を薙いだ。
ジェラルトは突然の爆発音に立ち止まり、膝に手をつくと口を開いた。
「はあ、はあ。なんだ、お前撃ったのか?」
「いや、違う。見てなかったのか?これは範囲攻撃魔法だ。」
マイトランドは銃をジェラルトに渡しながら、先ほどの気配察知で反応があった高台の方向に目をやった。
帝国軍の前進観測班が、砲兵に射撃を要請したのだ。
ジェラルトが振り向きざまに撃った一発は、前進観測班に自分たちの存在を知らせると同時に、カルドナ軍がヴェルタ兵を追跡しているという状況を明確にした。
それを見た前進観測班は、カルドナ軍が帝国の監視地域を侵犯していると判断し、後方の砲兵に射撃を要請した。
第一射は試射だ。夜間では初弾から命中させるのは難しい。だが第二射では、その誤差を修正してくる。
「そこのお前!こっちだ!早くこっちに来い!」
高台の方向から声がした。ヴェルタ語だ。だが発音に強い訛りがあった。帝国語を母語とする者がヴェルタ語を話している声だ。
マイトランドはジェラルトの服を引いた。声のする方向だ。
ジェラルトはマイトランドを担いだまま走り出した。
「いいか。後は作戦通りだ。戻ったら分隊長に、うまくいったと報告してくれ。」
マイトランドがジェラルトにだけ聞こえるほどの小声で呟くと、ジェラルトもまた小声で返した。
「はあはあ。わかった。」
少し走ると、地面から草のついた扉が持ち上がった。
ジェラルトは一瞬足を止めた。
それまで何もないと思っていた地面の一部が、まるで地面そのものが口を開けるかのように持ち上がっている。扉の表面には草と土が貼り付けられ、閉じた状態では周囲の地面と完全に同化していたのだろう。上空から鳥の目で見ても判別できなかった理由が、今ようやく分かった。
掩体だ。
地面を掘り、丸太で天井を組み、その上に土を被せて草を植えている。扉だけではない。掩体そのものが地形の一部として偽装されていた。
帝国軍の軍服を着た軍人が扉を支え、2人を手招きしていた。
「早く入れ!次弾が来る!」
訛りのあるヴェルタ語だった。先ほどの声と同じ男だ。
ジェラルトは言われるがまま、マイトランドを担いだままその扉の中に飛び込んだ。
中に入った瞬間、ジェラルトは息を呑んだ。
思ったよりも遥かに広い。大人が5、6人立っても余裕がある空間が、丸太の柱と梁で支えられていた。
だが驚いたのは広さだけではなかった。
壁面には丸太が隙間なく組まれ、床には排水のための溝が掘られている。天井の一角には小さな換気口があり、外気が僅かに流れ込んでいた。観測窓は3方向に設けられ、それぞれに機材が据えられている。壁際には木箱が整然と積まれ、中には予備の魔道具や地図、計算用の道具が詰まっていた。
新兵教育で教わったことと、何から何まで違っていた。教本に書いてあった戦争と、目の前にある戦争は、まるで別のものだった。
これは穴ではない。工学的な構造物だ。
マイトランドはドワイトからネイ将軍のエンピを使った掘削法を教わった。あれは塹壕を掘るための技術だった。だが今、目の前にあるものは次元が違う。ネイ将軍が「名将」と評された陣地構築の技術を、帝国は末端の前進観測班に至るまで標準化している。
マイトランドはその構造を目で追いながら、頭の中に焼き付けていた。
掩体の中には帝国軍人が4名いた。
小さな観測窓から、筒が2本並んだ魔道具を覗き込んで外を見ている軍人が2名。巻貝のような形をした魔道具に向かって何かを喋っている軍人が1名。そして扉を閉め、2人を誘導した軍人が1名。
計4名。
マイトランドが気配察知で捉えた数と一致した。
面白いと思っていただけたら、ブックマークしていただけると大変励みになります。次回もよろしくお願いします!




