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三度目の長生き!  作者: ゴトーゼスタ


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20/22

第18話 甘党のほうが多いらしい



 二カ月後、オレは帝都に向かう飛竜の上にいた。


 聖環暦は一カ月が五十二日だから、二カ月っていっても約百日。ヴェルサディス兄上と再会したあの日から、オレはこの間、母上にひたすら甘やかされ続けた。


 ちなみに兄上と赤い竜は、あの日の夕方には帝都へ向けて発った。普通の飛竜で兄上を追いかけてきた護衛騎士たちは、気の毒にもそのままトンボ返りだ。


 一方のオレは、ただもうスイートハニー漬け……。

 というか、兄上は『準備に一カ月くらい』と思っていたらしいし、オレはいつでもよかったんだけど――母上が引き延ばした。


「なお頬のこけて見ゆるぞ。もっと丸う、もっと愛らしゅうなるまでは、そなたを他の目に触れしむること、妾は断じて許さぬ。妾が吾子は、世に比ぶるものなき可憐の宝よ。その愛らしさを引き立てる衣、さらに誂えさせねばならぬのじゃ」


 母上の言いなりになっていたら、これから十年くらいは甘いお菓子とドレス三昧の日々になりそうだった。

 いや、お菓子はいいんだ。


「なんぞ、口にしたきものは無きかえ。欲するものあらば、妾に申してみよや」


 って、やたら聞かれるから、前々世で食べたものを思いつくままあげてった。


「えっと、ケーキって、イチゴのショートケーキが定番だったんだけど、そういや生クリームのケーキってないのかな? モンブランって、栗のケーキだったっけ?」


 まあ、この世界、砂糖が超高級品だからね。遠い南の島からの献上品で、二十年くらい前まで貴重な薬扱いだったらしい。

 当然、スイーツ文化はほとんど発達してなかった。

 だけど、皇后ティエルシアが世界中からあらゆる食材を取り寄せて、複雑な味の甘味を誕生させた。

 砂糖が取れる植物も最優先で研究させたらしいよ。

 うん、オレ、前世からつくづく母上に甘やかされてるね……。


 蜂蜜に関しても、あんま覚えてないけど、

『ハチさん、かうのー。ハチミツ、いっぱいおいしいのー』

 実はルクレオンが養蜂業をほのめかしたことで、ミツバチ農家が誕生ってことになったらしい……。


 やー、ほんっと知識チートだよね。……母上が。


 前世のときもすごかったけど、今回はさらにパワーアップ。

 オレは雰囲気だけしか言ってないのに、すぐさまイチゴのショートケーキとか、モリモリなモンブランとか、濃厚チーズケーキとかミルフィーユとかアップルパイが出てくる。

 揚げ菓子としてドーナツやチュロス。

 ちょっとしたおやつに、フルーツキャンディとキャラメルとグミ。

 カスタードクリームと生クリームダブルのシュークリームにロールケーキにミルクレープ。

 見た目重視なフルーツタルトはもうほんとに色とりどりの果物やナッツで華やか。

 アイスの味も様々に、ジェラードも開発された。

 他に、ナッツを粉にして作った焼き菓子……ってだけで、フィナンシェに、ダックワーズ? クリーム挟んだふわっと系。続いて、カラフルマカロンまで出てきたのには驚いた。


 塩っぽいのでポテトチップスとフライドポテトは前世で作ってもらったけど、そういえばポップコーンは食べてないかも。

「あれって、トウモロコシから作るんだったような……?」

 その一言でキャラメルポップコーンまで行きついたり。


 ふわふわしっとりホットケーキに至っては、

「メープルシロップ……たぶん、木の樹液でできてたと思うんだけど……」

 なんて言ったら、まずメープルシロップが作られた。


 オレの知識とも言えないようなつぶやきから、本当に幅広い様々なお菓子の新作が開発されてった。


 でも、胃袋小さな幼児体形のオレがそんなに食えるわけじゃない。キイロはなんでも食うけど、あいつの食いっぷりじゃ、おいしいおいしくないの判断はできない。


 だから、試食には離宮の使用人たちが総出で駆り出された。

 みんな日に日に顔が丸くなっていった。

 でも全員が『服を誂えなおしても食べる!』って大喜びだった。


 ここの使用人十四人は母上が深く信頼してる人たち。

 だから、オレにルクレオンの記憶があることも明かして、全員の名前も覚えた。


 侍女長のヘルミナ、侍女のミレナとサーラとリュナ。

 近衛隊長のカイル、騎士のリシェルとオルフェン。

 治癒魔法師のアリステアとフェリオ。

 医師のドラン、魔導管理官のネリウス。

 料理人のマルシェと補助のティオ。

 それから連絡係のセリオ。


 まあ、侍女のおばちゃんとか医者のじーさんとか、料理人のマルシェは前世からよく知ってたし、他の人も見覚えあったけどね! 相手はもちろん以前からルクレオンのことを知ってるけどね。


 そんな安心できる人たちに囲まれて、前々世の日本で食べたものをスイーツ中心に再現してもらって、満腹満足な甘い生活。

 だけど、思いつくままあれこれ言ってたら、さすがにネタ切れしてくる。


「うーん……あとはお菓子って、チョコレート?  でも、チョコって……なんだっけ?  ココア? や、そうだ、カカオだ! カカオ豆って、暑いとこ原産の木の実だったと思うけど……コーヒー豆もそういうのだっけ?  母上はコーヒーのほうが好きそう」


 実は母上は辛党で肉・魚好きだ。

 甘いものは匂いだけでおなかいっぱいってタイプだから、お茶会を催すのはあまり得意ではなかったらしい。

 でも、ルクレオンのためのお菓子のおかげで、貴婦人方との社交がうまく行くようになって、経済も順調に回せてホクホクだったって。


 ちなみに父上もヴェルサディス兄上も甘味より酒くれ派。

 前世の家族で唯一、オレと甘いものをおいしそうに食べていたのは二番目のライゼルト兄上。

 今は帝国軍の総司令補佐として皇帝ヴェルサディスの右腕を務めていて、『帝国の盾』なんて呼ばれてるらしいのに、甘いお菓子にはめっぽう弱い。


 ライゼルト兄上は皇帝のパシリとして飛竜でびゅんっとやって来た。


「おいおい、っとに、まんまルクじゃねーか!  あー、だったなぁ。おまえ、ほんっとちんまりして、ちまっとちょこっと可愛いったらありゃしな――」


 湖畔で母上と散歩していたオレを見つけるや、ライゼルト兄上は勢いよく駆け寄ってきた。大きな身体を縮めてしゃがみ込み、オレを抱き上げようと手を伸ばす。

 そこへ、母上の蹴りが容赦なくわき腹に入った。


「寄るな、声を掛くるな! またそなたの下賤の言の葉が、ルクに移り染むるわ! よいか、ルク。こやつの喋りは聞かなんだものとして、妾をしかと呼ぶのじゃぞ」

「は、はい、お母様」


 やー、今さら母上は母上としか呼びようがないんだけど、とりあえず本人は『お母様』と呼ばれたいらしい。

 なんか、こう、母の夢?

 前世でルクレオンが一番真似しやすかったのが父上とライゼルト兄上の話し方で……つーか、がんばってもそれしか発音できなかったんだけど、母上的には可愛いルクくんにもっと可愛い喋り方をしてほしかったんだって。

 だから、今、頭にピヨピヨした黄色い鳥をいつも乗せてるのはアリらしい……。


 いてて、と大仰に顔をしかめながら、ライゼルト兄上は鼻で笑った。


「はっ! おかあさま? そりゃ、どちら様で?」

「今すぐ立ち去れ。この先、二度とここへ参るなかれ」


 地面に片膝をついたままのライゼルト兄上の喉元に剣先が突きつけられる。

 両手を上げながらも、ライゼルト兄上の軽口は止まらない。


「いやいや、兄上をキノコ料理でもてなしたなら、俺にも何かあるでしょ? 皇帝陛下からの書状に返事がいるんだし」


 母上の剣がぎんっと光って、オレは慌てて母上のマントを引っ張った。


「ねえ、お母様、ライゼルト兄上も一緒にお茶にしようよ。甘いものならいっぱいあるし、お母様用に塩キャラメル味のチーズケーキも作ってもらったんだよ。あと、塩クッキーも!」

「……ライゼルトは、ここにて待機しておれ。茶と菓子のみ運ばせるゆえ、内へは通さぬ。それより、ルク。先ほど申しておった木の実とやら、そなたはまこと好むのかえ?」


 母上が剣を鞘に収めたことにほっとして、オレは頷く。


「え? あ、チョコとコーヒー? うん!  オレ、チョコアイスとか、チョコシューじゃなくて……そうだ、エクレアだ! チョコのかかったシュークリームみたいなの、食べたい。あと、コーヒーも、ミルクと砂糖いっぱいのカフェオレなら好き」

「では、ライゼルトよ。まずはヴェルサディスへ返答を届けしのち、  ルクの食材となる木の実を求めて遠征いたせ。もし見いだして戻り来たならば、そなたにも新たなる甘味を下さむ」


 母上のパシリ使いの荒さはハンパないと思う。

 ヴェルサディス兄上みたく書状ならまだしも、だれも知らない木の実を探しにいけって……母上、本気?


 でも、その場にまっすぐ立ち上がったライゼルト兄上は、かつん、と踵を揃えて直立し、胸に拳を当てて深く一礼した。騎士としての礼法を極めた、無駄のない美しい動作だった。


「ご回復をお慶び申し上げます。皇太后陛下、何事も陛下の仰せのままに」

「帝位継承権第一位にある皇弟よ。この七年、よくぞ務めを果たしたものじゃ。その労、妾、深く(よろこ)す」


 ライゼルト兄上はさらに姿勢を正し、胸に当てた拳を強く握りしめて応じた。


「過分なるお言葉、恐悦至極に存じます。身の引き締まる思いにございます」


 その後、ライゼルト兄上を本館のテラスでもてなしてあげて、いろんなケーキ盛りだくさんのケーキバイキングをオレもおいしく食べて、お菓子はほんとによかった。みんなを幸せにした。


 だけど、ドレスって……誰得?


 いや、ドレスっていっても、今のオレの身長、たぶんほんの一メートルくらい。三歳児のおこちゃま体形じゃ、ドレスってより、ひらひらしたネグリジェに毛が生えたようなもん。

 一応動きやすさ優先で、レースとか刺繍とかの飾りも肌にチクチクしないようにしてくれてるし、そこまで窮屈な服ってわけじゃない。

 でもさ、数が……なんかもう毎日毎日、飛竜とか馬車で大量の荷物がドサドサ届く!

 こういうの、買い物依存症? 母上、買いすぎ取り寄せすぎ!


「案ずるな。余りたるものを送る先なら、妾に心当たりがあるゆゑな」

「てか、オレ、着替えは朝と夜だけにしたいんだけど」


「じゃが、湯に入れば着替えねばなるまい。朝と、湯浴みののちと、夜と――三度にて如何か」

「うーん、それならいいかぁ。お風呂、朝のがゆっくり気持ちいいし」


 朝から温泉。着替え一日三回。

 合間にちょこちょこおやつのスイーツ。

 もちろん食事も一日三回、きっちり朝昼晩食べて、さすがにオレの体重も増えた。

 身長も……たぶん、ちょっとは伸びたはず。

 まあ、母上と較べると誤差レベルだけどさ。オレから見たって、二メートル近い人たちの十センチの差は誤差なんだから、母上からしたらオレが十センチ伸びてもわかるわけないよね……。


「そなたは、まだこれほどに小さき身よ。いまだ帝都へ連れてゆくわけには参らぬ」

「やー、だけど、ヴェル兄上も大変だろうし、本格的な夏になる前に行って、秋は旅行しようよ! もみじ狩り? オレ、きれいに色づいた葉っぱ見に行って、ほかの温泉地にも行ってみたい」


 というわけで、地球でいうと七月中旬、夏の初めに帝都に行くことになった。


     ◇◇◇◇◇


 母上の腕に抱えられたまま、飛竜が雲を割る。

 オレの魔法で風対策はばっちりだけど、目の前に広がった光景に、背筋がぞくっとした。


 帝都は七つの円環で構成された巨大都市だ。

 空の下いっぱいに広がるその姿は、まるで地平線の向こうまで続く光の輪――。


 まず目に入ったのは、帝都の外側に広がる果てしない農耕地帯。金色の麦畑が風に揺れ、小さな村が点々と並んでいる。


 その農耕地帯の内側を、黒鉄の巨大な城壁がぐるりと囲んでいた。

 ここが第七円環――外郭区だ。門の前には荷馬車の列が延々と続き、人が蟻みたいに動いている。


 さらに内側には、第六円環の商業区が広がる。

 陽光を反射して輝く屋根、市場の布が風に揺れ、馬車が線のように行き交っている。ここだけでひとつの国みたいだ。


 商業区のさらに奥には、第五円環の学術区がある。

 塔が林立し、魔力の光がちらちら揺れていた。前世で散々通ったけど、もう近づきたくない場所だ……。


 その中心寄りには、第四円環の貴族区が広がっている。

 白大理石の巨大な屋敷と庭園が整然と並び、噴水の水音が聞こえてきそうな静けさだ。


 さらに奥へ進むと、第三円環――神殿区が見えてくる。

 白い屋根が果てまで続き、祈りの声が風に乗って届く。宗教国家の中心らしい、荘厳な空気が漂っていた。


 そして、帝都の心臓部である第二円環、皇宮区。

 高く分厚い禁門がそびえ、空からでも圧がすごい。その内側には白い屋根と広い庭園が果てまで続く皇族の街が広がっている。


 そして最後に、帝都の中心――第一円環の聖光樹の森。

 淡い光に包まれた森が広がり、主樹は雲を突き抜けるほど高くそびえている。幹の中を流れる光脈が、空からでもはっきり見えた。


(……でけぇ……  前世で見たときより……もっと……)


 飛竜が高度を落とし始め、皇宮区の白い屋根が近づく。

 やがてオレと母上を乗せた飛竜はゆっくりと旋回し、皇宮の発着場と舞い降りた。

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