第16話 パワーランチはキノコ風味で
とりあえず、場所を食堂に移してお昼ごはんになった。
長いテーブルいっぱいに並んだ料理は、どう見ても兄上のためのおもてなしだ。
上座に母上が座り、その左手――母上から見て左側の席に兄上が。そして右手の席にオレ。兄上とはちょうど向かい合う形だ。
侍女長が背筋を伸ばし、一品ずつ恭しく説明していく。
「まずは、森茸と春野菜の濃厚バタークリーム煮込み〈皇森仕立て〉にございます。本日採取いたしました森茸をふんだんに用い、春野菜の甘みを損なわぬよう、弱火にて長く煮含めております。仕上げには皇森特製のバターを落とし、香り高く整えてございます」
高い天井に侍女長の声がやわらかく響き、大きな窓から差し込む陽の光が銀器にきらりと反射する。
……でも、兄上も母上も、説明を待たずにぱくぱく食べてるけどね。毒見もなしで!
「続きまして、春角獣ロースの香草焼き・森茸ソテーと蜂蜜白ワインソース添えにございます。春角獣の最も柔らかき部位を厳選し、香草にて香りを閉じ込めながら焼き上げました。森茸は軽くソテーし、蜂蜜と白ワインを煮詰めた甘やかなソースにてお召し上がりいただけます」
兄上は無表情のまま、しかしどこか嬉しげに肉を手早く切り分ける。
「こちらは、森茸と若根菜の温サラダ・雪白岩塩と香草油の温仕立てにございます。若根菜は蒸し上げて甘みを引き出し、森茸と合わせて香草油にて温かく和えております。雪白岩塩をひと振りいたしますことで、素材の香りが一層際立ちます」
母上はフォークとナイフで野菜と茸を品よく口へ運び、優雅な動きのまま次々と皿を平らげていく。
「白角牛の仔と森茸の香草煮込み〈春仕立て〉にございます。仔牛の肉は大変柔らかく、森茸の旨味を吸わせるよう、香草とともに長時間煮含めております。春の香りを添えてございますので、後味は軽やかにございます」
兄上もフォークの動きが止まらない。皿の料理がどんどん消えてく。
「雪羽鳥と森茸のオーブン焼き・黄金バター風味にございます。雪羽鳥の胸肉に森茸を詰め、黄金バターを塗り重ねて香ばしく焼き上げております。皮目の香りと森茸の旨味が調和いたします一品でございます」
頷きながら、兄上はさらにフォークとナイフを動かす手を加速させる。
「銀鱗川魚の香草蒸し・森茸の白ワインソースにございます。川魚の繊細な身を香草にて蒸し上げ、森茸と白ワインを煮詰めた芳醇なるソースにて仕上げております。」
母上は立ちのぼるソースの香りをゆるやかに楽しみつつ、魚をいつのまにか食べ終えていた。
「最後に、蒼湖魚のロースト・森茸と春野菜のクリーム仕立てにございます。蒼湖にて今朝獲れました魚を皮目のみ強火にて焼き、 森茸と春野菜のクリームにて柔らかくまとめております」
とにかくキノコ、キノコ、キノコ――そして肉、肉、魚! 兄上の好物ばかりだ。
(……兄上、ほんとキノコ好きだよね。てか、母上もふつうに食べるんだ……。この離宮の使用人って、すっげー厳選済!)
子ども用の高い椅子に座ったオレの前には、二人と同じ料理が少しずつ盛られた皿のほかに、蜂蜜ケーキと白雪仕立てのとろとろミルクプリン、林檎の甘煮コンポートがてんこもり! 甘い香りがたまらない。
今のオレはなんでも食べられる。
前世のルクくんみたいに「おにく、くちゃいのー」「おちゃかな、いたいのー」「おやちゃい、えぐいのー」とか言わないよ?
だから前世は小さいままだったって突っ込みはもうなしにして、今度こそ大きくなるからね、オレ!
とはいえ、甘いものは先に食べたくなる。
だから、蜂蜜ケーキと交互に、お肉や魚を一口ずつ。
でもテーブルに降りた謎生物が「ピピッ」って口開けて待ってるから、肉や魚の大半はキイロのもとへ。
「臭みは完全に消えているが、香草の仄かな苦みは感じられるのに、春角獣ロースを食べるなんて偉いな、ルクス」
それでも兄上から褒められるって、前世のオレ、どんだけダメな子!
「なんかね、オレ、前よりいろいろ図太くなったみたい。だから、なんでもおいしいよ!」
「確かに以前のおまえとは言葉も違う。兄上、母上ときちんと発音できるようになったんだな」
「え……?」
ルクレオン時代のオレがどんなにがんばって発音しても、『私』は『オレ』で、『兄上』は『にーちゃん』、『母上』は『かーちゃん』。
だけど灰ネズなオレは――、
「あ、そっか! こないだまで記憶がなかった分、オレ、この世界の子どもと同じように、ふつうに音が聞き分けられるように育ったんだ! そっかぁ。じゃあ、赤ん坊のころ記憶が戻らなくて正解!」
やったよ! オレ、今度はちゃんと帝国語のネイティブスピーカー!! 食べ物の好き嫌いもなくなったし、いやー、何度も転生してみるもんだ!
えへへっと笑うオレに、食事を終えた兄上と母上がにこやかに笑み返してくれる。
二人は侍女長から食後のお茶を受け取りながら、世間話のようにさらりと言った。
「義妹の子を児童管理院へ捨て置く者に、精霊らがいかほど情け深くあれるか。この先が、実に興味あるところだ」
「斯様な女子を妻に迎えた男からは人の心も遠のこう。ヴァルグレイス家の命運も……さて、如何なることやら」
――怖いから! この人たち、にこにこしながらすっげー怖いこと言ってるから!! つーか、その怖いこと実行しかねないから、この権力者たち!!
「あ、あの、それ、確定したわけじゃないよね? えーと、だって、精霊魔法に親子関係を調べる方法ないよね? この目の色はオレの魂が宿ったせいで、突然変異ってこともあるし……」
とはいえ、母上が本気で調べさせたのなら、その結論は絶対だ。
そして父上の隠し子だったなら、灰ネズが魔力持ちだったのも納得できる。
この世界、貴族と平民では魔力核の大きさが違う。
平民の孤児が貴族や皇族並みの魔力核を持って生まれるなんてありえない。
でも、皇帝の血を引き、貴族の女性が産む子なら――精霊たちが『ルクレオンの魔力核を再生させてもOK』と勝手に考えてもおかしくない……。ほんと、やりそう……。
そこで、ふと疑問が浮かんだ。
「そういや……やっぱ、目の色? 兄上も母上も、オレのこと、すぐわかったよね? ……あれ? でも、母上と最初に会ったとき、オレの目の色、まだ灰色だったんじゃ……?」
母上と兄上の目に、ふわりと同じようなやさしい光が宿った。
「いかなる色であろうとも、この母がそなたを見まごふはずはなかろう。妾を見る目の色が、昔と変はらぬゆゑにな」
「久々に昔と同じ視線を感じたからね。最近はライゼルトさえ私と目を合わせようとはしないのに、おまえは何も変わらない」
あー、ソウデスネ……。
平民も貴族も、ましてやただの孤児が、皇太后陛下とか皇帝陛下とか、きらびやかな権力者をまっすぐ見るなんてしませんね……。
つい懐かしさに、オレ、二人の顔、じ――っと見入ってマシタ……。
「……オレ、やっぱ貴族とか皇子とかムリ。うん、目の色ごまかす魔法考える! あー、コンタクトレンズ? メガネのレンズの色でもなんとかなるかも!」
兄上は首をわずかに振り、落ち着いた声で告げた。
「いや、おまえはそのままでいい。ルクス、いっそ私の子にならないか? 私がスレイアを知らないわけでもない。ああ、そうだ。おまえはきっと私の息子だ」
(いやいや、兄上、義姉上と学院時代からラブラブだったよね? かなり一途ってか、少なくとも父上が母上を想うくらいには、義姉上のこと大切にしてたような……)
オレが突っ込む前に、母上がばっさり切り捨てた。
「そなたにそのほどの甲斐性があったのなら、貴族どもの言に靡きて五人もの側妃を迎え入れる必要などあろうはずもない。しかも自ら選ぶことすらできぬとは……まったく、嘗められたものよの」
兄上は眉ひとつ動かさず返す。
「父上とて側妃は五人でしょう」
「妾と結ぶ前の三人は血を繋ぐため。後の二名は妾が求めたゆゑよ。あれが自ら望みしは、スレイアただ一人にてあった」
「正式に側妃としなかった時点で情の程度は知れております。そもそも母上がルクレオンにかまけて突き放さなければ、後の側妃を迎えることもなかったはず」
母上は興じるように笑った。
「やれ、あれも不憫なものよ。代わりに執務を担う息子の憂いを少しでも減らさんと、老いた身に鞭打って若き娘らの機嫌取りに励んでおったが」
「……ルクレオン以外の金緑の瞳の持ち主を増やすことが、母上の狙いでしたか」
「オレ以外?」
名指しされて、思わず声が出た。
側妃とか貴族とか政治の話はおこちゃまの出る幕じゃない。
お口チャックして、キイロで手遊び。やー、こいつ、一応ふかふかだし、ちょっとくらいは癒し?
宮廷恋愛絵巻ってさ、側妃とか出てきて、けっこう殺伐としてる場面も多いんだよね。
で、実は母上ラブな父上にも五人の側妃がいた。
この世界、一夫多妻は貴族の嗜みっていうか、特にテラグリウス帝国の皇帝は聖光樹とか聖環飛竜とか色々背負ってるからね。血を繋ぐことが絶対的な使命。
皇太子候補の皇子は十八歳の成人とともに正妃か、あるいは側妃を迎え入れるのが慣例だ。
だから、ルクレオンには異母兄弟姉妹が何人もいた。なのに金緑の瞳の子どもを産んだのは結局、母上だけだ。
まあ、瞳の色がどうあれ、皇帝の血を引く者は先天的に魔力が多いから、貴族の養子に入るのにも、嫁ぎ先を見つけるのにも困らない。
皇帝が側妃を迎えて子作りに励むのはある種の義務だし、それにとやかく言うようなメンタルだと皇族の正妃なんて務まらないんだけど……。
「……あれ? そういえば兄上の息子――あ、ディオンアールだ! あの子の目、金緑じゃなかったの?」
ちょうどオレが六大陸巡りの旅に出る頃、皇太子ヴェルサディスと正妃のあいだに第一子の男児が生まれた。
その誕生のおかげで、ルクレオンは皇帝の後継者候補から外れて国を離れることができたともいう。
兄上は茶器をそっと卓上へ戻し、冷ややかに言い放った。
「帝位に必要なのは、瞳の色ではないのだがな」
その言い方で、逆に全部わかった。つまり、だ。
「えーと、それって、今、もしかしなくても他に金緑の瞳の皇族がいない? オレの存在が公になったら、すっげー立場、めんどーなことになる?」
兄上の沈黙が、なによりも雄弁だった。




