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不屈の葵  作者: ヌマサン
第7章 風林火山の章
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第311話 願ったり叶ったり

 元亀元年十月。家康が幕府軍の一員として上方に在陣している頃、留守を預かる十二歳の岡崎城主・松平次郎三郎信康のもとへ、父と同じ齢二十九の後見役・平岩七之助親吉が一通の書状を携えて登城してきていた。


「次郎三郎様!」


「おお、七之助か。いかがした!」


 日課である弓の鍛錬のため、片肌を脱いで的に矢を射ていた信康は平岩七之助の姿が見えると、露出していた肌を隠すように着物を着直し、後見役の方を振り向いた。


 小姓である石川成綱と本多九蔵秀玄が信康から弓矢を受け取り、余計なことを言わず、忠勤に励んでいる。そんな姿に感心しながら、平岩七之助は信康へ家康からの書状を見せながら話し始める。


「先ほど殿からの書状が某宛で届きましたゆえ、参上いたしましてございます」


「ほう、七之助宛の父上の書状か。差し詰め、某のところへ来たのは、書状に某へ伝えるべきことが記されていたからであろう」


「ご明察。まさしく次郎三郎様へ、しかと留守を守るようにとの指示が記されておりますれば」


 耳に胼胝ができるほど聞かされた父の言葉。だからこそ、平岩七之助からの報告を受けても信康は特段慌てることもなかった。もう一人の後見役である石川伯耆守数正が手抜かりなく政務を執り行っていることもあり、信康は何も心配することはなかったのだから。


「されど、書状には由々しき事が記されてございました」


「ほう、由々しき事とな」


「はい。次郎三郎様の舅にあたります織田弾正忠殿が窮地に立たされておると」


 思いがけない舅・信長の窮地と聞き、信康の眉はぴくりと動いた。父から織田家と徳川家は一心同体である旨を聞かされていた信康としては、織田家の窮地と聞いて軽く聞き流すことはできなかった。


「舅殿の窮地とはいかなることぞ?父上が申すには、摂津にて三好三人衆を追い詰めておったのではないのか」


「はい。されど、殿が浜松城へ入られたのと同じ先月十二日に石山本願寺が挙兵に及び、各地の門徒へ檄を飛ばしたとのこと。それに呼応してか、北近江の浅井備前守と越前の朝倉左衛門督が三万もの大軍勢で京に迫り、南近江では六角承禎も兵を挙げたとのこと。加えて、阿波や讃岐から三好三人衆が二万近い軍勢を渡海させたとも記されておりますれば」


「なんと!浅井と朝倉、三好だけでも敵は五万を超えておるではないか!」


「はい。何よりも京を東西から狙う動きでもあり、織田軍は京の周辺に釘付けとなっております。何より、殿も京へ着陣しておりますから、同じく身動きが取れなくなってしまっております」


「そ、それは危ういではないか!すぐにも軍勢を編成し、助けに向かうべきではないのか!」


 舅・信長の窮地というだけならば信康も平静を装うことができたであろう。しかし、先日畿内へ出陣した父・家康の身も危ういとあっては、居ても立っても居られないといった様子であった。


「次郎三郎様、だからこそ殿はこうして留守をしっかり守るようにと申し送って来たのでございましょう」


「なにっ、父上は某が援軍に向かおうとするのを見越して釘を刺しておられると……!?」


「はい。この文面にもそれがよく表れております。我らが警戒せねばならぬのは武田にございます。織田と徳川の窮地を聞きつけ、何か仕掛けて来てもおかしくありませぬ」


「それもそうか。されど、父上の御身が心配じゃ……。万が一にも父上の身に何かあっては御家は立ち行かぬ……!」


 信康の心配はまさにそのことであった。今、当主である父・家康を欠いては、経験不足の自分では三河・遠江を押さえられないことを己が一番理解しているのである。だからこそ、父の窮地と知り、動揺を隠せなかったのだ。


 そうして信康と平岩七之助が話し込んでいると、もう一人の後見役である石川伯耆守数正が来訪したのである。


「これは次郎三郎様、それに七之助殿もおったか」


「おお、伯耆守。政で何ぞあったか」


「いえ、政務につきましては滞りなく進んでおりまする。附家老の石川修理亮春重、中根正照、鳥居九兵衛の三名がよく働きますゆえ、某も助かっておりまする」


「おお、そうであったか。それならばよい」


 信康はさすが父の人選であると感心した。附家老たちの働きぶりを知らなかった信康は、当初彼らのことを不安視していたが、その不安を払拭するように政務に打ち込む姿は信康の心を強く打っていた。


「加えて次郎三郎様が任じられた大岡弥四郎、松平新右衛門、江戸右衛門七直定の岡崎町奉行も私利私欲に奔ることなく、公平な捌きをすることで領民からの評判も良うございますぞ」


「それは聞き及んでおる。大岡弥四郎を筆頭としてよく団結して町奉行の職務を遂行しているとな」


 唯一信康が考えた人事である岡崎町奉行の三名も、信康の期待など軽々飛び越える働きをしており、彼らの仕事ぶりが良ければよいほど領民たちからの信康の評価も高まるという好循環に結びついていた。


「父上、某は岡崎の留守をご指示通り守っておりますぞ――」


 後見役の石川、平岩の両名と語らう信康は二人にも聞き取れないほどの声量で西の彼方にいる父へと想いを馳せるのであった――


 そんな信康が岡崎の留守をしっかり守っているとは露知らず、家康は近江国に在陣する信長に越後の上杉弾正少弼輝虎との同盟について相談を持ち掛けているところであった。


「弾正忠殿。当家が越後と同盟を結ばんとしておりますこと、いかに思われましたでしょうか」


 家康は武田信玄との結びつきを強めたいと願ってやまない信長の心中を知り抜いているからこそ、お伺いを立てるように上杉家との同盟交渉についての話題を切り出した。


 信長も家康が武田と断交したがっていることは前々から聞かされているため、何を今更と言った様子でその話題に応じていく。


「三州殿の気の済むようになされよ。されど、おれは武田と断交するような真似はせぬ」


「やはり弾正忠殿は武田との友好関係の維持を望まれますか」


「で、ある。我が嫡男奇妙丸に信玄殿の六女である松姫を娶わせる話は進めるつもりでおる」


「では、当家が上杉家と同盟を締結し、武田と断交した場合、弾正忠殿はいかがなされまするか」


 家康が一番聞きたかったこと。それは上杉と同盟を結ぶことを信長がどう思うかではなく、武田と断交した場合、織田は武田に与するつもりであるのか否か。この一点に尽きる。


 それについての信長の返答はにやりと笑みを浮かべるところから始まった。はなから家康が最も知りたがっているのはそこだと見抜いていた信長。だからこそ、返答が告げられるのも早かった。


「案ずるな。三州殿が武田と断交したとて、織田が敵に回ることはあり得ぬ。さりとて、今は畿内周辺も落ち着かぬ昨今、武田と敵対するわけにもいかぬ。両者共通の同盟相手として、いざとなれば仲介役となり、和睦の道も示せよう」


 信長の考えとしては徳川と敵対することも、武田と敵対することもあり得なかった。それは東のことにかかりきりになっていられるほど畿内の政情が安定していないから。


 何より、信長の本心としては徳川と武田に争ってほしくはないのである。だからこそ、徳川・武田、双方の同盟者として万が一の折には仲裁に入れる余白を残しておきたいと考えていたのである。


「弾正忠殿のお気遣い、心より御礼申し上げまする」


「ははは、そのように礼を申されるほどのことではないわ。されど、あまり信玄殿を怒らせてはならぬ」


「怒らせてはならぬと?」


「で、ある。今でも宥めるのに苦労しているのに、これ以上激怒するような事態となれば、仲裁して和睦させることも難しくなる」


 そう、今でも信玄から怒りをぶちまけるような書状が届いたりして苦労している信長としては、家康の行動を束縛するつもりはないが、あまり信玄を怒らせるようなことはしないでほしいというのが本音であった。


「では、手切れした後、こちらから攻めるようなことはしないとあらば、弾正忠殿もご異議はありますまいか」


「ふっ、それでよい。武田を消耗させるのは上杉と北条に任せ、三州殿は牽制に徹するがよかろう。駿河表の戦況を聞くに、北条でも武田に手を焼いているそうではないか」


「いかにも。それゆえ、徳川では太刀打ちできぬと弾正忠殿は見ておるのでございましょう」


「そうではない。同数であったならば良い勝負となるであろうが、何分にも動員できる兵数が違う。三州殿であらば一万三千ほど集められようが、武田はその倍近い二万五千は集められよう。おれからの助言としては、徳川は下手に野戦などせず籠城に徹するべきじゃ。さすれば信玄殿に勝つことはできずとも負けることはない」


 信長の言う通り、家康と信玄では集められる兵数に大差がある。兵力差を加味すれば、徳川は籠城戦に徹したならば信玄に負けることはないというのが、信長の見立てであった。


 戦において最も大事なのは勝つことではなく、負けないこと。そのことは兵法を学んでいる家康も十二分に理解していた。


 とはいえ、信玄相手に消極的な戦いを挑むことは、これまで重ね重ね無礼な仕打ちを受けてきた若い家康にとってはあまりにも惨めで、屈辱的であった。


「弾正忠殿。武田と手切れいたした暁には、決して駿河へ手出しすることはいたしませぬ。仮に武田から攻め込んで来たならば、籠城戦に徹することをお約束いたしまする」


「うむ。そうしてくれればよい。さすれば、必ずこの信長が助け舟を出すゆえな」


 今の家康にできる精いっぱいの返事はそれだけであった。しかし、上杉と同盟を結ぶことについては信長の承諾を受けたという事実は大きかった。


 信長との会見を済ませ、自陣に戻るなり家康は使僧・叶坊光播を呼び寄せる。彼は越後にて歓待を受け、輝虎から同盟締結を約する起請文とともに鷹など様々な贈答品を携えて三河に帰国しており、此度の出陣に家康がわざわざ同行させてきていたのであった。


「徳川様、お呼びにございましょうか」


「叶坊光播、弾正忠殿からも上杉家との同盟締結について承諾を取り付けた。ゆえに、この十月八日付で起請文をしたためるゆえ、これを春日山城の弾正少弼殿へ届けてもらいたい」


「はっ、承知いたしました。然らば再び拙僧は越後へ向かいましょう」


 家康は叶坊光播が再び越後への使者を務めることを快諾すると、すぐにも起請文の作成に取りかかった。


 越後の上杉家へ同盟成立を誓約する大切な起請文であるから、家康の筆も必然的に遅筆になるのは無理もなかった。家康がこの起請文で誓約したのは二カ条であった。


  敬白 起請文

 右、今度愚拙心腹之通以権現堂申届候之処、御啐啄本望候事

 一、信玄手切、家康深存詰候間、少モ表裏打抜相違之儀有間敷候事

 一、信長・輝虎御入魂候様ニ、涯分可令意見候、甲・尾縁談之儀モ事切候様ニ可令諷諫候事

 若此旨於偽

 上梵天・帝釈・下四大天王、惣而日本国中之大小之神祇、別而伊豆・箱根両所之権現、三島大明神、八幡大菩薩、天満大自在天神之可蒙御罰者也、仍件如

 十月八日 家康(花押)

 上椙殿


 八百万の神々に宣誓することを記した家康の起請文は実に仰々しいものであったが、それほどまでに上杉弾正少弼輝虎と同盟を結ぶにあたり、約定を違えることはしないと明文化しておきたい家康の心情の表れであった。


 何より、誓約した二カ条は『家康は信玄と断交することを決意したからには輝虎を騙したり出し抜いたりするようなことは決してしないこと』、『信長と輝虎が入魂であるように織田に対し働きかけを行い、武田と織田の縁談についても破談となるよう、それとなく忠告するようにすること』であった。


 武田信玄と手切れに及ぶことを決断した家康の本心は以上の二カ条に表現されていた。特に二カ条目にあるように、家康の本心としては信長と信玄の甲尾同盟そのものを破棄させたいと考えていたのであり、そうなるように働きかけることを輝虎宛の起請文で誓ったのである。


「叶坊光播、この起請文を春日山城の弾正少弼殿へ届けてくれよ」


「お任せくださいませ。越後が冬になっては往来するのも困難となりますゆえ、一刻も早く徳川様の起請文を届けまするゆえ、吉報をお待ちくださいませ」


「うむ。そなたの戻りを首を長くして待っておる。そなたが越後から戻る頃にはわしも岡崎か浜松へ戻っているであろうから、京ではなく三河か遠江を目指して戻ってくるのじゃぞ」


 かくして家康の起請文を携えた使僧・叶坊光播は越後へと旅立ち、家康と叶坊光播は後日の再会を約したのであった――

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