第309話 北条御一家衆・今川氏真
元亀元年も早九月へ突入した。先月に武田信玄による駿河・伊豆国境周辺の侵攻を撃退した北条家であったが、依然として油断できない情勢のままであり、国境周辺の緊張感はかつてないほどに高まっていた。
そんな武田家との戦を継続する北条家の本拠である小田原の近郊・早川郷にて庇護を受ける今川上総介氏真はますます苦しい立場に置かれていたのである。
「あなた様、浮かぬ顔をして、どうなされたのですか」
元亀元年九月三日の昼頃。与えられた屋敷の縁側に腰を下ろし、漂い始める秋の日差しをその身に受けて何やら考え込んでいる夫・氏真に言葉をかけたのは、最愛の妻・春姫であった。近ごろでは早川郷に居住していることから、早川殿とも呼ばれている。
そんな早川殿の腕には抱かれてすやすや眠る一人の赤ん坊の姿があった。
「五郎は眠っておるか」
「はい。先ほどまで泣き叫んでおりましたのに、泣きつかれたのでしょうか。今はこうしてすやすやと寝息を立てております」
氏真は妻に抱かれて眠る嫡男の前髪を整え、にこりと笑みを浮かべる。そうして氏真が早川郷にて誕生した嫡男・五郎を愛でていると、氏真の妹・貞春尼に伴われて今川家家老・朝比奈備中守泰朝が厳めしい顔つきで氏真のもとへ参上した。
「御屋形様に奥方様。そして、若君におかれましてはご機嫌麗しく」
「ははは、備中守。もう私は隠居した身。御屋形様と呼ぶべきは国王丸の方であろう」
「何を仰せになるのですか!拙者にとってのお仕えすべき主君は氏真様と五郎様にございます。いかに奥方様の甥と申しても、あのようなよそ者を主君として戴くつもりなど毛頭ございませぬ」
これまた手厳しい朝比奈備中守の言葉であった。この頑固な忠義者の発言に氏真も早川殿も貞春尼も苦笑しながらも、悪い気はしなかった。
あれほど多くの一門や重臣に駿府で囲まれていたものの、名だたる今川家臣でここまで付き従っているのは元懸川城主・朝比奈備中守と、氏真に近侍している朝比奈弥太郎泰勝といった朝比奈一族が大半であった。
それは虚しさが勝るが、ある意味で本当の臣下を武田信玄の駿河侵攻でふるいにかけられたと言っても良かった。
「私が大平城を退去した後、この早川郷が今川家の家政を司る、いわば居城となっておる」
「はい。それは存じておりまする。某が御屋形様のお使いで小田原に参上した折も、北条家の者は早川御奉行所と呼んでおりましたからな」
「そうか、早川御奉行所か。駿府の次は懸川城、そのまた次は大平城。そうして今や早川郷と、本拠を移すたびにみすぼらしくなっていく不甲斐なさよ」
「御屋形様……」
氏真の言葉を引き取るように発言した朝比奈備中守であったが、傷心の主君に何と言葉をかければよいのか分からず、言葉に詰まってしまう。
今や北条家当主の次男・国王丸が今川家当主となっているが、当主を譲ってまで北条家に託した駿河奪還の悲願は叶うとは到底思えなかった。
一時期、北条が武田相手に優勢であったが、今では辛うじて駿東郡のみを押さえているにすぎず、それ以上支配を広げることはおろか、駿東郡を防衛するのがやっとという有様であったのだ。氏真が悲観したくなるのも無理はなかった。
「されど、国王丸めに家督を譲った後に五郎様が誕生なされるとは。あと少し、あと少しでも早くお産まれであれば、今川家当主は五郎様でありましたのに」
「備中守、そのようなことを申してはならぬ。もしそうだとしても、五郎へ左京大夫殿のご息女との縁組を強いられることとなっていたであろう。それでは五郎も不憫というもの」
「不憫にございますか」
「うむ。生まれたばかりの子に駿河奪還を託すなど、先代当主として、何より父として情けなくなるばかり。むしろ今では五郎が次期今川家当主という重荷を背負わずに済むことは僥倖であったと思っておる」
――我が子に無謀な駿河奪還の悲願を託さずに済んだ。
それが一人の父親として、氏真が想うところであった。たしかに領地もなく、先細りしていくだけの生活であるが、誰かに攻められ、味方だと思っていた者に裏切られたり、国を追われる心配だけはしなくても良い。
そんな氏真が求めてやまなかった平穏な日々を五郎は生まれながらに手にしているのだから、氏真はむしろ我が子を羨ましいとすら思えてならなかった。
「ふっ、このようなことを考えておるから越後の上杉弾正少弼殿に書札慮外の扱いを受けるのであろうが」
そう自嘲気味に笑う氏真の脳裏に、三度上杉弾正少弼輝虎へ書状を出したにもかかわらず、一向に返信が来ず、それを不審に思っているところへ上杉家から『書札慮外のためである』と連絡を受けた日のことが思い出された。
この戦国時代は身分制社会で、文書の書式にも厳格な身分制秩序が設けられていたのである。この書札慮外の『書札』とは書札礼という書式の作法であり、『慮外』とはその作法に違反していることを示していた。
そして、作法に違反した文書はその身分秩序を蔑ろにしたものとして受け取りを拒否されたり、返信されないのが常識であった。
つまり、上杉家からの『書札慮外』の連絡は、氏真は輝虎とは身分的に分不相応であると正式に通達されるという、屈辱的な扱いであったのだ。
これまでは戦国大名今川氏の当主として上杉氏と対等に書状のやり取りができたが、北条家の庇護を受けている今の立場では、それは許されなかったのである。
「されど、上杉弾正少弼殿からすれば、至極真っ当であろう。上杉家は越後や越中、東上野にまたがる所領を有し、佐渡や下野の国衆も従属させてもおり、何より関東管領に幕府から正式に補任されておる。それに対し、当家は駿河と遠江を領する守護大名の家格であったが、今や遠江も駿河も自力で治めておらず、北条家に身を寄せているににすぎぬのだからな」
なんてことはないといった風に氏真は口にしているが、内心では自分で言っていて悲しくなるほど今の今川家は落ちぶれている。
「しかし、左京大夫殿のご生母で、奥方様のご生母でもあられます、瑞渓院様は義元公の妹にあたる方でもございます。それゆえ、北条家内での御屋形様の立場は北条譜代の重臣よりも高うございますれば」
「うむ。それは存じておる。瑞渓院の叔母上も申していたが、北条家内の立場は舅殿を除けば、当主である左京大夫殿、北条源三氏照殿に続く序列三位であると申しておられた」
「そのことは拙者も耳にいたしました。御屋形様の下は北条五郎氏規殿、北条左衛門佐氏忠殿、藤田新太郎氏邦殿、北条右衛門佐氏光殿であるとも申しておられました」
「ほう、そうであったか。新太郎殿は藤田家を継いでおるし、生母が瑞渓院の叔母上でないから仕方ないとはいえ、養子である左衛門佐殿や右衛門佐殿と変わらぬ立場とは」
氏真は改めて北条一門の序列について考えたが、自分が序列三位というだけでも厚遇されていると感じられてならなかった。とはいえ、名実ともに氏真は北条家内では北条御一家衆として遇されていることは事実であるため、上杉家からもそう認識されているに違いなかった。
「おお、忘れておったが、今朝方上杉家へ出す書状をしたためたゆえ、家老である備中守にも副状を発給してもらいたい」
「なるほど、承知いたしました。して、宛先はいかがいたしましょう」
「私からは担当取次である山吉豊守宛に一通、それとは別に柿崎和泉守景家、直江大和守景綱、山吉豊守の三名に宛てた書状が一通用意しておる。備中守の副状は柿崎和泉守、直江大和守、山吉豊守の三名に宛ててもらいたい」
「しかと承りました。では、拙者が本日中に副状をしたためますゆえ、御屋形様の書状ともども使者に託し、越後へ送っておきますぞ」
朝比奈備中守は要領よく氏真からの副状発給の命令を快諾すると、こうしてはおれぬと立ち上がる。
「然らば、御屋形様。拙者はこれにて失礼いたしまする」
「うむ。副状の件はしかと頼むぞ。また暇があれば顔を出してくれよ」
「はっ!お呼びいただければ、いつでも参上いたしまする!」
あくまでも氏真を当主として敬う姿勢は氏真が駿府にいた頃から変わらない朝比奈備中守という漢は実に律儀な忠義者である。そんな忠臣の存在は、氏真の心を大いに落ち着かせてくれる。
そんな朝比奈備中守が退出すると、残された氏真の妹・貞春尼が頭襟から顔を覗かせ、口を開いた。
「兄上。今朝方、駿豆国境を探っていた朝比奈弥太郎から耳にしたのですが」
「おお、弥太郎か。して、何を申してきたのか」
「はい。どうやら徳川領のことを二つほど知らせて参りました」
「なに、徳川のこととな?」
北条家に庇護されている氏真であるが、そもそも懸川から北条領国へ逃げるよう手助けしてくれたのは他でもない三河・遠江を領する徳川三河守家康であった。竹千代の頃から知っている家康のことで何があったというのか、氏真は俄然身を乗り出して貞春尼の次の言葉を待つ。
「まず一つは今月半ばに居城を岡崎から浜松へ移されるとのこと」
「なに、岡崎城を出ると?たしか浜松は私が誅殺した飯尾豊前守連龍の居城であった曳馬の名を改めたとは耳にしておるが、そこに居城を移すのか」
「そのようです。飯尾氏の曳馬城を拡張する形で浜松城を築城し、それが完成したため、三河守様は居城を移されるそうで」
そこまでの詳細は氏真も知らなかったらしく、貞春尼からの話を実に興味深そうに相槌を打っている。その傍らでは早川殿も五郎をあやしながら北条の盟友である徳川の動向を嬉しそうに聞いている。
「左様か。して、三河守殿は浜松に移った後、岡崎は誰に任せるつもりなのじゃ」
「弥太郎が申すには、嫡男である松平次郎三郎信康殿に任せるそうです」
「なに、松平次郎三郎信康とな?」
「兄上もよくご存じでしょう。駿府に人質とされていた竹千代殿のことです」
「おお、あの折の竹千代か!そうか、竹千代も元服して次郎三郎信康となったか……!」
今から八年前の永禄五年に鵜殿藤太郎長照の二人の息子と人質交換するまでは駿府にて人質として預かっていた竹千代。
氏真が最後に会った折は四歳と幼く、氏真の中で家康の嫡男・竹千代はその時の姿で時を止めていた。
それだけに竹千代が元服して松平次郎三郎信康となったことに氏真は大いに驚かされたが、それと同時に今川御一家衆であった関口伊豆守氏純の外孫がこうして立派に成長していることが何よりも喜ばしかった。
「そうか、そうであったか。あの竹千代が岡崎城主となったか」
「ええ、妾も驚きました。そして、もう一つ」
「おお、もう一つあるのであったか。して、それは何であるか」
「これはあくまでも噂であると弥太郎も申しておりましたが、どうやら越後の上杉弾正少弼殿と気脈を通じているらしいと」
――家康が上杉弾正少弼輝虎と気脈を通じている。
そのことを聞いた氏真は目を見開く。早川殿も夫と同じく、義妹の発言に驚いている様子であった。
「三河守殿が弾正少弼殿と気脈を通じているとは、やはり武田のことか」
「あくまでも噂にございますが、おそらくはそうではないかと妾も思いまする。武田を打倒する目的以外で、徳川と上杉が気脈を通じることはままずありえませぬ」
「そうであろうな。されど、仮に三河守殿が弾正少弼殿と同盟締結となれば、武田との同盟を破棄することとなろう」
「ええ、そうなればすぐさま徳川と武田の間で戦となるは必定かと」
見識ある妹・貞春尼に言われずとも、上杉家との同盟が締結されると同時に家康は武田家との同盟を破棄することは氏真にも読めていた。
「弥太郎が申すには、安部大蔵尉と長谷川藤九郎の両名も駿河の所領を放棄し、三河守殿の家臣として旧領奪還を目論んでいるらしいと。三河守殿の中で武田との戦は想定済みではないかと」
「うむ。遠江に逃れた当家の家臣を召し抱えたということは、武田との戦を想定してのことであるのは間違いない。然らば、徳川と武田が戦となれば、当家の駿河奪還も光明が差すというもの」
「はい。西から徳川、東から北条が攻めれば、武田は挟撃される恰好となり、駿河での戦況は再び優位となるやもしれませぬ」
貞春尼の言葉に氏真は力強く頷く。よもや家康に再び助けられるなど夢にも思わなかった氏真。家康が懸川城の開城交渉時に交わした約定を忘れてはいないことに感じ入ってしまうのも無理はなかった。
かくして、家康の動きは武田から駿河を奪還したい氏真の命運をも左右していくのである。




