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不屈の葵  作者: ヌマサン
第7章 風林火山の章
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第304話 将軍への戦勝報告

 元亀元年七月四日。姉川の戦いにて勝利を収めた織田・徳川連合軍は京へと凱旋し、夏真っ盛りの大路を進み、群衆も天候もその勝利を祝福しているかのように晴れやかであった。


 家康は信長に付き従う形で将軍・足利義昭へ戦勝報告をするべく、二条御所へ入ったのである。前に二条御所へ入ったのは四月十四日に舞の興行を行った時ぶりであるから、早くも三ヵ月が経とうとしていた。


 奉公衆の案内で将軍のいる大広間へ通された信長と家康は、上座で胡坐をかいている足利義昭との謁見を果たしたのである。


「公方様。平朝臣織田弾正忠信長、並びに藤原朝臣徳川三河守家康、近江より帰陣いたしましてございます」


「うむ、弾正忠殿も蔵人も大儀であった。浅井と朝倉を相手に勝利を収めたこと、予も御所にて喜んでおったところじゃ」


 幕府に従う大名として、信長は足利義昭に平身低頭の姿勢で謁見に臨んだ。だが、足利義昭が家康のことを未だに『徳川三河守家康』や『徳川左京大夫家康』として認めておらず、『松平蔵人』のままであることに、家康本人だけでなく、傍らで聞いていた盟友・信長も顔をしかめた。


「公方様。此度の合戦、三州殿の奮戦なくば勝利することは叶いませんでした。ゆえに、三州殿へ公方様御自ら労いの言葉を頂戴いたしたく存じます」


 何とか、将軍・足利義昭に家康のことを認めさせたい信長は回りくどい方法ではあったが、直に労いの言葉を家康に賜るように掛け合ったのである。


 そんな信長の嘆願ともいえる発言に家康は後ろめたさを感じつつも、将軍からかけられる言葉を静かに待つこととした。


「おお、寡兵でありながらあの朝倉を退けたことは耳にしておる。松平蔵人、まこと大儀であった」


「公方様直々のお言葉、恐悦至極に存じます。今後とも幕府のため、奉公して参る所存にございます」


「当たり前じゃ。幕府に従う以上、奉公することは当然の責務であるぞ。もうよい、蔵人。下がってよい」


「はっ、お気遣いかたじけのうございます。では、某はこれにて失礼いたしまする」


 家康はかえって将軍・足利義昭の言葉に心を傷つけられる結果となり、それに怒ることもなく、静かに一礼して退出していく。そんな弟分の様子に、信長は心を痛め、唇を噛んだ。


「ふう、田舎くさい松平など、尾張と美濃、南近江や伊勢を支配する織田弾正忠信長ともあろう御仁が気にすることもなかろうに」


「そのようなことはございませぬ。某がこうして天下のために馳走できますのは、ひとえに東を三州殿が固めているからに他なりませぬ」


「ふむ、そうであろうかの。遠国の三河、遠江の二ヶ国を統べておる松平よりも甲斐や信濃、西上野、駿河を領有する武田や越後や越中、東上野を治める上杉の方が結んでおく価値があろうに」


 治めている領国が京から近いか、何ヵ国を統治する大名であるのか。そこばかり勘定する将軍・足利義昭の考え方に、信長は危ういと感じていた。しかし、そのことを正面切って意見すれば、信長までもが不興を買う恐れがあった。


 天下を管掌する信長は天下人であると自負していたが、室町幕府の将軍には逆らえない。この立場の弱さから盟友を守ってやれないことに、信長は葛藤していた。


「して、漏れ聞くところによれば、甲斐の信玄殿からは蔵人のことで対応を求められておるそうではないか」


「公方様もご存知でしたか。どうやら信玄殿は三州殿が某に従属していると誤解しておられるようで」


「ふむ。そうであるが、信玄殿の機嫌を損ねてまで松平を庇うこともあるまいに」


 ぽつりと漏れた足利義昭の本音に、信長はぎゅっと拳を握りしめた。信長としても家康と信玄の関係に亀裂が入っていることには心を痛めている。さりとて、徳川を立てれば武田が立たず。


 この板挟みともいえる状況に誰よりも心を痛めているのは信長なのである。そんな信長の心を知ってか知らずか、将軍・足利義昭はとんでもないことを口走ったのであった。


 こうして将軍・足利義昭への戦勝報告は、信長にとっても心地よい結果とならず、家康に至っては再び屈辱的な仕打ちを受ける謁見となった。


 信長が足利義昭との謁見を終えるまで、別室で待機していた家康は同道してきた酒井左衛門尉忠次、石川伯耆守数正、石川日向守家成の三家老と談笑し、今後の方針をいかにするか、語らおうとしていた。


「それにしても相変わらず、将軍は殿に対する扱いが軽すぎる!かようにわざわざ畿内まで出兵してきてやっているというに、何じゃあのお高くとまった態度は!将軍とはいえ、殿への仕打ちは到底許せぬ!」


 開口一番、将軍に対する愚痴を発したのは酒井左衛門尉であった。彼も将軍は敬うべき相手として認識しているが、彼の中で誰よりも敬っているのは主君・家康なのであり、その主君に対する無礼な物言いは不愉快極まりないものであったのだ。


「まことじゃ。当家は武田と戦ううえでも貴重な銭と兵粮を畿内での下らぬ争いに浪費しに来ておるのではない。畿内のことは畿内の者共で勝手にしておれば良いものを。我らを巻き込んでおいてなんじゃ、あの物言いは」


 酒井左衛門尉だけでなく、石川日向守までもが将軍の主君・家康に対する対応に憤っていた。そして、普段ならば両名を諫める石川伯耆守までも沈黙を貫き、両名を嗜めることもしなかった。


 そのことに苦笑しながら、家康は話題の転換を図ろうと試みる。


「まあ、謁見のことなぞどうでもよい。今さら愚痴を申しても詮無き事。大事なのは以後、いかにするかじゃ」


 すでに終わった将軍との謁見以上に、これから徳川家がどう立ち回っていくのか。そこが大事なのだと家康は三家老へ語り掛けたのである。それを主君に言われては、家老たちも済んだことばかり口にしてもいられなかった。


「ひとまず、弾正忠殿からは本日は京にて一泊し、明日にも岐阜へ戻ると伺ってもおる。それゆえ、我らも同じく明日京を発つこととしたい」


 まず共有すべきは今後の行路であった。とはいえ、行きと同じ道で帰ればよいし、季節は梅雨を過ぎてもいることから、川の増水で足止めされることは考えにくかった。


「さりとて、距離が距離にございますれば、岡崎へ戻るまでには十日近くかかりましょう」


「そうなるであろう。来月には竹千代の元服も控えておるゆえ、岡崎へ戻りし後はその支度も急ぎ進めねばならぬ」


 姉川の戦いの折には再来月であった竹千代の元服。しかし、すでに月が替わった今、それは来月のことと、非常に差し迫った出来事であった。


「伯耆守は竹千代の後見役でもあるゆえ、岡崎へ戻ったならば七之助とともに元服のことを急ぎ進めてもらいたい」


「承知いたしました。万事、この数正にお任せくださいませ」


「うむ、頼りにしておる」


 頼りになる智勇兼備の家老・石川伯耆守が戻れば一気に竹千代元服の支度は進展するであろう、というのが家康の認識であった。とはいえ、さすがの石川伯耆守も竹千代元服の準備にかかりきりになるため、その他のことは他の家老へ命じることにもなる。


「左衛門尉と日向守には上杉との交渉を急ぎ進めてもらいたい」


「では、越後との同盟を結ぶのでございますな」


「その通りじゃ。すでに当家は北条と武田に対抗するべく盟約を交わしており、その北条は四月に当主である左京大夫殿の異母弟にあたる三郎殿を弾正少弼殿へ養子に出し、越相同盟をより強固なものとしておる。残る当家も上杉との同盟を締結いたせば、武田は西の織田領を除き、上杉、北条、当家に三方を包囲されることとなる。さすれば、武田はしまいじゃ」


 家康が感じる脅威。それは間違いなく、駿河の大半を支配下に置いた武田家であり、それに対抗するには北条だけでなく、上杉とも結んでおく必要があった。


 そんな上杉家との交渉を進めるべく、帰国次第、酒井左衛門尉と石川日向守へ対応を委ねたのである。


「それとな、甲賀衆からの報せによれば、近日中に上杉は甲越和与を破棄し、武田と断交するそうな」


「なんと!上杉が武田と断交――」


 あまりにも衝撃的な発言に酒井左衛門尉は素っ頓狂な声を上げるが、慌てて両隣にいた石川伯耆守と石川日向守に口元を塞がれてしまう。


 その理由は単純明快。上杉弾正少弼輝虎が破棄するつもりである甲越和与は将軍・足利義昭と織田弾正忠信長の仲介により結ばれたもの。それが破棄されるなどと、よりにもよって二条御所で口にするのは憚られたためである。


「殿、申し訳ございませぬ」


「よいよい。あたりに奉公衆の姿は見えぬ。部屋の内にも外にも当家の者ばかりが詰めておるゆえな」


「さりとて、不用意な発言にございました。以後、気を付けまする」


 あくまでも申し訳ないと謝罪する酒井左衛門尉の態度に家康は口元をほころばせる。こういう律儀なところがあるから、酒井左衛門尉という男は失態を侵しても許せてしまうのだ。


「何はともあれ、帰国したならば、すぐにも越後へ使者を出すことといたす。そのこと、しかと頼むぞ」


 そう言って家康が酒井左衛門尉、石川日向守へ念押ししていると、すっと部屋の外を見張っていた鳥居彦右衛門尉元忠が入室してきたのである。


「いかがした、彦右衛門尉」


「はっ、只今渡り廊下を織田弾正忠さまが歩いて参られるのを確認いたしましたゆえ、そのことを報せようと」


「そうか、大儀である。弾正忠殿を出迎えねばな」


 家康はそう言って立ち上がると、三家老とともに襟を正して廊下へ何食わぬ顔で繰り出し、偶然居合わせたかのように演出し、信長と再会したのである。


「三州殿、先ほどはすまぬことをした。公方様に代わり、お詫びいたす」


「顔を上げてくだされ。何も、弾正忠殿が詫びることではございませぬ。何より、公方様へお認めいただけぬのは、某が非力であるがゆえにございますれば。以後、お認めいただけるように馳走して参るだけの事。さすれば、いつの日にかお認めいただける日も参ろうかと」


「いや、三州殿がそうおっしゃってくださるならば安心じゃ。もうほとほと愛想をつかしたなどと言われては敵わぬゆえ」


 信長の冗談交じりの一言に、家康は声を上げて笑った。


 初めて謁見したあの日、松平だの蔵人だのと呼ばれた瞬間から心は離れていたが、盟友の担ぎ出した神輿である以上、敬わないわけにもいかなかった。


「また畿内で何ぞ返事がございましたら、いつでもお申し付けくださいませ。この家康、ただちに軍勢を率いて馳せ参じましょうほどに」


「で、あるか。やはり持つべき者は盟友じゃ。されど、三州殿に頼ってばかりでは申し訳ない。何か困ったことがあれば、いつでも仰ってくだされ」


 将軍・足利義昭との謁見において、家康を庇い切れなかったことを悔やんでいるのか、信長の態度はいつになく丁重であった。


 家康としては困っていることは武田とのことであり、すぐにも信長に武田との同盟を破棄してもらいたかったが、畿内が落ち着かない情勢ではそれを実現することは難しいため、家康は何も言わなかった。


「そうです、弾正忠殿に一つお聞きしたき儀が」


「ほう、何でござろうか」


「先日某も岐阜城でお会いいたしたご嫡男の奇妙丸殿へ信玄殿の末娘の松姫を娶わせる縁談が持ち上がっていると耳にいたしましたが、真のことにございましょうか」


 水面下で上杉弾正少弼輝虎と同盟を結び、北条家も加えた三家で武田にあたろうというのが家康の考えであった。


 であるのに、肝心の織田家の嫡男に武田家の姫が輿入れするとあっては、家康としても心中穏やかならざるものがあった。それゆえの問いかけであったのだ。


「真のことよ。とはいえ、今は縁談の話が持ち上がっただけで、それ以上進展してはおらぬ」


「左様にございましたか。されど、すでに信玄殿の嫡男、武田四郎勝頼殿へは弾正忠殿が姪を養女になされたうえで嫁がせてもおりますれば、無理に重縁を結ぶ必要もないのではありませぬか」


「で、ある。されど、こうでもせねば武田を結び付けておくことは難しいこと、三州殿にもご理解いただきたい」


 家康としても信長が武田信玄と敵対したくないことは重々承知している。しかし、武田は北条を片付けた後に遠江へ手出ししてくることが見え切っている以上、織田に見限られては徳川は滅亡するしかない。


 それだけに、織田・武田の同盟は決して喜べるものではなかった。しかし、それを阻止することはいかに同盟者といえど、織田家内のことに介入することはできないため、家康も口をつぐむよりほかなかった。


 何はともあれ、家康は翌朝、本国三河へ帰還するべく京を発つのであった――

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