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不屈の葵  作者: ヌマサン
第6章 竜吟虎嘯の章
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第292話 二条御所での舞の興行

 桜の花びらが舞い散る中、舞の興行が行われる会場へ到着した家康。肩に乗った一枚の花びらを手で払い落とし、信長に自分の席を聞いて確認していた。


 するとそこへ、立烏帽子に狩衣姿の貴人が一人の少年を伴って信長のもとへ挨拶に来たのである。


「弾正忠殿、此度は舞の席へお招きいただき、感謝申し上げる」


「これは北畠中納言具教殿。わざわざ某へ挨拶いただけるとは思わず、感激しております」


「ははは、何を仰られる。一度は干戈を交えた仲なれど、今はこうして親類ともなっておるではありませぬか」


 側から信長の会話に聞き耳を立てていた家康は度肝を抜かれた。目の前にいるのは、姉小路頼綱と違い朝廷から正式に中納言に任じられ、正三位の位階を賜った公卿であり、伊勢国司を務めてきた名門北畠氏のご隠居・北畠中納言具教なのだから。


 当人も言ったように、昨年北畠中納言は信長による南伊勢侵攻を受け、大河内城にて干戈を交えた。しかし、今では信長の次男・茶筅丸を北畠中納言の嫡男・左近衛少将具房の養嗣子とすることで決着している。


「塚原卜伝より秘伝である一の太刀を授けられ、和歌も嗜まれるお姿は武士としても尊敬に値いたしまする」


「ははは、昔から剣術が好きでしてな。そのことが噂となり、今でも各地の剣客が訪ねて参るのです」


「それほどまでに名が知られておることは素晴らしきこと。某も機会があれば剣術を教わりたいものです」


 北畠中納言の言葉に信長は敏感に反応しながら、上手く切り返していく。


 北畠家当主は依然として北畠左近衛少将具房であるが、彼とその養嗣子・茶筅丸を後見しているのは他でもない北畠中納言なのである。だが、北畠中納言としても茶筅丸の背後にある織田弾正忠信長の力を無視できず、奇妙な力関係で今の北畠家の家政は成り立っており、そのことが家康にも如実に窺い知れるやり取りである。


「弾正忠殿、そちらにおられるのはどなたにございますかな」


「こちらは三河と遠江を領しておられる徳川三河守家康殿にござる」


 ようやく家康の存在に気づいた北畠中納言は信長に誰かと尋ね、信長も穏やかな表情でその問いかけに応じる。


「おお、弾正忠殿の盟友の徳川殿とは貴殿でござったか。挨拶が遅れてしまい、申し訳ござらぬ。北畠中納言具教と申す」


「こちらこそご挨拶が遅くなり、大変申し訳ございませぬ。徳川三河守家康にございます。お見知りおきくださいませ」


 位階のうえでは家康も従五位下であり、貴族に列することのできる家格であるが、目の前に北畠中納言は正三位。貴族よりもさらに格上の公卿と呼ばれる存在である。まさか、二条御所で会えようとは思わなかっただけに、家康も委縮してしまう。


「三河守殿、ご存知やもしれませぬが、こちらが当家の養嗣子となられた弾正忠殿の次男、茶筅丸にございます」


「ちゃ、茶筅丸と申します。何卒よろしくお願い申し上げます」


 家康へ礼儀正しく一礼する少年こそ、信長の次男で北畠家へ養子入りした茶筅丸であった。齢は十三であり、こうした大勢の格式高い人物が集まる場は初めてということもあり、緊張してしまっている様子であった。


 その点、北畠中納言は齢四十三ということもあり、こうした場でも委縮することなく、実に堂々としていた。


 ともあれ、家康は挨拶してくれた茶筅丸が自分以上に緊張している姿を見て緊張が緩み、普段通りの態度で接することができた。


「茶筅丸殿、ご挨拶いただき感謝申し上げます。某は徳川三河守家康にございます。以後、お見知りおきを」


 家康からの返答が嬉しかったのか、茶筅丸は弾けた笑顔を見せる。この少年こそ、後の織田信雄であり、家康と共に小牧・長久手合戦に臨み、それ以後も死ぬまで交流を続けていくこととなる。


「三河守どの。妹の五徳は達者にございますか」


「はい。三河国岡崎にて元気にしております。我が嫡男、竹千代とも仲睦まじくしておりますれば」


「それならば安堵いたしました。今後とも、妹のことをよろしくお頼みいたしまする」


 わざわざ妹である五徳のことを訪ねてくるあたり、茶筅丸は妹思いの良き兄であり、本当に兄弟仲は良いのだと家康は実感することができた。


 この上洛で五徳と生母を同じくする二人の兄に会うことができたのも大きな収穫であった。一人は岐阜城であった嫡男・奇妙丸であり、もう一人が今ここで出会った茶筅丸なのである。


「茶筅」


「はいっ!父上!」


「もうまもなく舞が始まろうゆえ、中納言殿とともに席につくがよい」


「はいっ!そういたします!」


 真っ直ぐな性根なのか、茶筅丸は実父・信長に言われるまま、養父のさらに実父であり、婚約者である雪姫の父でもある北畠中納言とともに席につくべく、信長と家康に別れを告げて立ち去っていく。


「三河守殿は茶筅丸をどう思われたか」


「真っ直ぐな性根で物分かりの良い方だと思いましたが」


「うむ。されど、軍才がまるでない。能楽や舞といった芸術にばかり興味関心があるようで、あのまま中納言殿の操り人形となってしまわぬか、不安なのだ」


「ともすれば、素直さも悪しき方向へ働くのではと弾正忠殿も懸念しておられるのですか」


 家康の言葉に信長は静かに頷き、不安げに次男・茶筅丸が着席するのを見やっている。一見すると、何もかもが順調なように見える信長であるが、まったく不安材料がないわけではないのだということを、家康は目の前で見せつけられたようであった。


 そうして家康は信長に教えられたとおりの座席へ向かうと、すぐ隣に座る青年の衣装には三階菱に五つ釘抜が、そのまた隣に座る折烏帽子を被った老人の衣装には蔦の家紋が刺繍されていた。


「徳川三河守家康と申します。お隣失礼いたします」


「どうぞ。貴公が弾正忠殿からよく名前を伺っておった三河守殿か」


「それは光栄にございます。そう仰られる貴公は三好家の方とお見受けいたしましたが、三好左京大夫義継殿にございましょうか」


「いかにも。三好左京大夫義継は某にございます」


 家康に一礼する三好左京大夫義継。彼こそ、先ほど出会った畠山左衛門督秋高の仇敵であり、五年前の永禄八年に三好三人衆とともに第十三代将軍・足利義輝を殺害した張本人であった。


 今年で齢二十二となったことを思えば、若さゆえの過ちと言えなくもないが、侵した罪は実に取り返しのつかないものであったが、三好家内の争いが影響して、今では三好三人衆と袂を分かち、将軍・足利義昭を補佐する立場となっている。


「三河守殿、こちらにおる者が誰かは分かりますかな」


「蔦の家紋でこの場に同席なされている御方となれば、松永弾正久秀殿とお見受けいたしますが」


 家康の回答に満足したのか、三好左京大夫は上機嫌に頷き、その向こうでは松永弾正も満足げに笑みを浮かべている。


「ご挨拶が遅くなり申した。大和を治めております松永弾正久秀にござる」


「徳川三河守家康にござる。三好長慶公御存命の頃から三好家に仕えておられる忠臣にお会いできましたこと、この上ない喜びにございます」


 今年で齢六十三ともなる松永弾正久秀の頭髪は一面真っ白となっていたが、瞳の奥に宿る猛々しい炎は衰えを知らぬようであった。


 三好長慶に引き立てられたことに恩義を感じている松永弾正は三好家当主への忠誠心は極めて高く、その忠誠心を知った三好左京大夫が後見役であった三好三人衆と敵対することを決断させたほど。


 そんな三好家の忠臣で大和を支配する松永弾正とこうして会えるなどとは夢にも思わず、家康は内から溢れる喜びを懸命に抑えつつ、三好左京大夫・松永弾正の両者と語らう。


「三河守殿はこれが初めての上洛であると耳にしましたが」


「お恥ずかしい限りに。礼儀作法も弁えぬ無作法者ゆえ、失礼がありましたならご容赦のほどを」


「いやいや、礼儀作法はどこかで学ばれたのかと思い、尋ねたまでのこと。他意はござらぬ」


 何か失礼があったかと焦る家康であったが、そうではないと三好左京大夫に諭され、胸を撫でおろした。


「思い出したのですが、たしか左京大夫殿は昨年に公方様の妹君を正室に迎えられたとか。この場を借りてお祝い申し上げます」


「ははは、かたじけのうござる。よもや三人衆どもに唆されて殺めてしまった足利義輝公の妹君を正室に迎えていようとは、人の一生とは分からぬものですな」


「まことに。某も永禄の変の折には三河すら統一できておらず、よもや今日遠江まで領土としたうえで上洛までしていようとは考えもしませんでした」


「おお、三河守殿も左様に思われるか。我らは存外気が合うのやもしれませぬな」


「そ、それは畏れ多きこと!某のような国衆上がりの者が左京大夫殿と気が合うなどと……!」


「ははは、当家も元は細川京兆家の家臣にござれば、国衆上がりだのなんだのと気にはいたしませぬぞ」


 家格のことを気にする家康を笑う三好左京大夫であったが、悪意など微塵も感じない若いがゆえの偏見の無さが表れている人物であった。そして、三好家の躍進を目の当たりにしてきた松永弾正も感慨深げに頷いている。


 そんな三好左京大夫・松永弾正と家康が交流を深めていると、いよいよ舞の興行が開始される。


 観世太夫と金春太夫が代わる代わる舞う中で、家康が公卿たちの方を見てみれば、手を取り合って涙ぐむ姿が散見され、彼らが京で舞の興行が実現したことそのものに感動しているのだということが家康にまで伝わってくるほどであった。


 そうして無事に二条御所の竣工を記念して行われた舞の興行が終わり、集まっていた公家衆・武家衆が帰路につくと、信長は足利義昭の元を離れて家康のもとへと足早にやって来たのである。


「三河守殿、しばしお待ちを」


 岐阜城の時とは打って変わり、礼儀正しい公的な雰囲気を身に纏う信長に呼び止められ、やや緊張しながら家康は振り返る。


「先ほど公方様の側近である一色藤長殿から耳にしたのじゃが、四日前の四月十日に信玄殿が嫡子である四郎勝頼へ官途と義昭からの一字拝領を求めてきたそうじゃ」


「な、なんと!武田がそのような根回しをと……!」


 よもや甲斐の武田信玄が幕府へ働きかけ、嫡男・諏訪四郎勝頼へ官途名と偏諱を授けてくれるよう将軍・足利義昭へ要請してきていようとは家康も驚いた。


 だが、何より家康が気になったのは、そのことを信長がどう受け止めているのか。そして、将軍である足利義昭はそれを受けたのか否かであった。


「案ずるな、おれの方から却下するよう申し伝えておいたゆえな」


「そ、そのようなことが罷り通るので?」


「公方様からどうすべきか問われたゆえ、そうすべきと応じたまで。されど、進言しただけに過ぎぬ。公方様が実行に移されることは十二分に考えられる」


 信長の返答にたちまち難しい顔つきになる信長であったが、それを見てにこりと笑う。


「武田家では諏訪四郎勝頼を嫡男とすることに、信玄殿の正室が反対しておることを伝えたゆえ、十中八九おれの進言した通り却下されよう」


「それは何故にございましょうか」


「信玄の正室は三条家の出身。三条家がどのような家柄か、三河守殿も分かっておられよう」


「たしか三条家は断絶しておりますが、五摂家に次ぐ清華家の家格。すなわち、その三条家の夫人が反対しているような人物へ公方様が官途と偏諱されるのは危ういと進言なされたのですな」


「で、ある。これで武田家中で跡目をどうするかいがみ合っているうちはこの話は進展すまい。あまり武田が公方様へ接近するのはおれとて望んでおらぬこと。あまり武田に調子に乗られても叶わぬゆえ、此度は三河守殿へ助太刀じゃ」


「感謝いたしまする」


 家康は本当に信長に頭の上がらぬ思いであった。だが、信長にも武田に対して思うところはあるため、今回のことは利害の一致というやつである。


 そうして信長は武田信玄からの要望について語り終えると、家康に一つ耳打ちした。


「それと三河守殿。くれぐれも例のこと、お忘れなきよう」


「あのことにございますな。承知しております」


 信長からの念押しに家康は「分かっている」と返答し、その日は別れた。


 そうして舞の興行が終わった六日後の四月二十日早朝。


 家康は京見物を満喫したから帰国すると触れ、重臣や旗本衆といった五百名を連れて京を発ったのである。


 そして、同日二十日。一足先に出た家康の後を追うかのように信長も京を発した。


 池田筑後守勝正率いる摂津衆三千に松永弾正久秀率いる大和衆、そこへ家康率いる五百も合流し、信長率いる織田軍を主力とする幕府軍三万が若狭国を目指して出陣したのである――

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