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不屈の葵  作者: ヌマサン
第6章 竜吟虎嘯の章
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第288話 室町幕府将軍との謁見

 思いがけず岸三之丞教明との再会を果たした家康一行は彼の案内で別室へ通され、謁見が許されるのを今か今かと待ちわびていた。


 外は春風が心地よく吹く良い季節である。桜のつぼみも膨らみ始め、さらなる春の訪れを感じられる空間で待つ家康のもとへ、岸三之丞がすり足で走り寄った。


「徳川三河守様、公方様がお呼びでございます」


「承知いたした。案内をお頼み申す」


 家康は酒井左衛門尉忠次や石川伯耆守数正へ目配せして立ち上がると、岸三之丞の後ろに続いて将軍・足利義昭の待つ広間へと向かう。


 陽光で温められた廊下を進んで広間へ入ると、上座には家康より齢が五ツ上の将軍・足利義昭が座していた。幕府奉公衆らも同席する空間の中で緊張していると、将軍から一段下がった位置に正装で座する壮年から聞き慣れたよく通る高い声が広間の空気を震わせる。


「公方様、こちらが三河と遠江を治める藤原朝臣徳川三河守家康にございます」


 緊張のあまり見落としてしまっていたが、声の主は盟友・織田弾正忠信長その人であった。家康を見てにこりと笑うその姿に、家康の心身を束縛していた緊張の糸が解けていくようであった。


「おお、松平蔵人か。さっ、近う寄れ」


「はっ、ははっ!」


 信長が徳川三河守家康と紹介したにもかかわらず、わざわざ松平蔵人と呼び、手招きする将軍・足利義昭に不快感を抱きながらも、それを一切顔には出さず、家康は作法通りに拝謁する。


「藤原朝臣徳川三河守家康、本日こうして公方様のご尊顔を拝謁できましたこと、恐悦至極に存じます」


「大儀である。進物も京にある物と比べれば見劣りする物ばかりであったが、一応納めておくとするぞ」


「はっ、ありがとうございまする」


 懸命に三河から運んできた進物の数々も感謝や労いの言葉一つなかったことに家康は屈辱を感じながらも平身低頭の姿勢を貫いた。


 そんな三河から上洛した田舎大名が将軍に頭を下げている様子を奉公衆たちが扇子で口元隠しながら笑うなど、悪しき空気が蔓延するのを信長は不愉快そうにあたりを睥睨していた。


 最悪ともいえる空気の中、家康は未だかつて感じたことのない屈辱感とともに頭を下げ、将軍・足利義昭への謁見を継続していた。


「予が上洛する折には援軍を派遣していただたいたとのこと、大儀であった。以後も幕府へ変わらず奉公するように」


「はっ、それはもう……」


「うむ。以上じゃ。下がって良いぞ」


「はっ?ははっ、ではこれにて失礼いたしまする」


 足利義昭との謁見は存外あっけなく終わってしまった。上洛するまでは家康と同じ従五位下の位階であった足利義昭だが、上洛後に従四位下、参議・左近衛中将に昇叙、任官されていた。


 その位階の圧倒的な開きもあってか、尚の事見下すような物言いであったため、家康は腹の虫が収まらなかった。


 だが、それでも武家の頂点である征夷大将軍なのだ。将軍から下に見られてしまうのは百歩譲って家康も辛抱できる。だが、将軍の周囲に座しているだけの奉公衆どもにまで笑われたのは大きな屈辱であった。


 ――こんなことのために自分はわざわざ上洛したのか。


 そう思うと馬鹿馬鹿しく思えてならなかったが、その怒りをあくまでも顔には出さず、家康は重臣と旗本衆の待つ別室へと戻った。


「殿、公方様との謁見はいかがでございましたか」


「うむ、終わった。じゃが、我らが汗水垂らして三河から運んできた進物を受け取りはしたが感謝や労いもなく、あまつさえわしのことを松平蔵人じゃと!ほざきおって!」


 思い出してきて腹に据えかねたのか、家康は庭に躍り出て愛刀を鞘から引き抜くと一閃。風に舞う木の葉を一刀両断してみせたのである。


「殿……」


「忙しい中わざわざ上洛したのにこの扱いはなんじゃ!もうよい、宿所へ戻ろうぞ!」


 愛刀を鞘に納めるも息を荒げたままの主君に、酒井左衛門尉と石川伯耆守をはじめとする家臣たちはよほど腹に据えかねることがあったのだと理解し、主君の命に従って宿所へ戻るべく急いで支度していく。


 そうして出発しようとしたみぎり、二人の奉公衆が家康のもとへ駆け寄ってきたのである。二人とも公家と見紛うばかりの端正な顔立ちをした公達であった。


「お、お待ちくだされ!三河守殿!」


「……何でござろうか」


 家康のことを探し回ったのか、息を切らして顔も赤くなっている奉公衆の二人に対し、家康はぶっきらぼうに応対する。


「某は奉公衆を務めております、細川与一郎藤孝と申しまする。そして、こちらが――」


「同じく奉公衆を務めております、明智十兵衛光秀と申します」


 先に名乗ったのが足利義昭が南近江や越前を流浪した日々でも片時もそばを離れなかった細川与一郎藤孝。織田信長と同じく天文三年の生まれにて、齢三十七になる。


 次に名乗ったのが元は朝倉家に寄食していた身分から幕府奉公衆に取り立てられて現在に至る明智十兵衛光秀。齢は細川与一郎よりも六ツ上の四十三歳であった。


「これは細川殿に明智殿。一体某に何用でござろうか」


「先ほどの謁見においては公方様や奉公衆共が失礼いたしたことの詫びをしに参ったのでござる」


 細川与一郎よりも早く口を開いたのは明智十兵衛であった。齢四十を超えているとは微塵も感じさせない凛とした声音に、家康も思わず聞き入ってしまう。


「左様にございましたか。されど、お気遣いは無用にござる。まだまだ領国を何カ月も明けられるほど政情は安定しておりませぬゆえ、今すぐにでも帰りたいところではございますが、弾正忠殿のお誘いもありますれば、二条御所で興行される舞を見物するまでは京へ滞在いたしますが、それが済めばすぐにも三河へ帰る所存。これが今生で最後の上洛ともなりましょうゆえ、それまでは京見物をいたすつもりにござる」


「さ、左様なことは仰らないでいただきたい。たしかに公方様は三河守殿を松平蔵人と呼んでおりましたが……」


「武士にとって名こそ命にございますれば、それを誤って呼ぶなど、某とて承服いたしかねまする。そのことは細川殿や明智殿も武士でござれば、ご理解いただけましょう。知らなかったのであれば三河の田舎大名ゆえ、一々そのようなことを存じておらぬかと思えましょうが、永禄八年に某のもとへ届いた上洛の協力を求める書状の宛名と変わらず、此度も松平蔵人と呼称されるのは我慢なりませぬ」


 謁見の際にもわざわざ信長が『徳川三河守家康』と紹介したにもかかわらず、将軍・足利義昭は『松平蔵人』と呼んでそれを改めることをしなかった。これが家康にとって最も屈辱であったのだ。


「お話はそれだけにございましょうか。それならば、某はこれにて失礼いたします」


「お待ちくださいませ!公方様は三河守殿がご自分を介して改姓と叙位任官なさらなかったことゆえ、関知せずと申しておりました」


「なんと申された!」


 細川与一郎が申すには、本来改姓や叙位任官は武家の頂点である足利将軍家を通すもの。だが、家康は当時将軍が不在だったこともあり、関白であった近衛前久を通じて徳川改姓と従五位下・三河守の叙位任官を勝ち取った経緯があった。


 そして、その近衛前久は足利義輝を殺害した三好三人衆が足利義輝の正室であった姉を保護したことを評価し、彼らが推す足利義栄の将軍就任を認めていた。


 そんな近衛前久は織田信長の力を借りて入京した足利義昭から兄・足利義輝の暗殺に関与していると疑われ、前関白であった二条晴良からも罪を追及された末、朝廷から追放されて今では摂津国の石山本願寺に移っているという。


 すなわち、足利義昭から見れば家康の徳川改姓と従五位下・三河守の叙位任官に協力した近衛前久は兄・足利義輝の暗殺に関わり、兄の仇である三好三人衆が擁立した足利義栄を支持していたため、気に入らないのだ。


「なるほど、それゆえに松平蔵人と某のことを呼んでおられたのですな」


「いかにも」


 そのような事情を聞いて、家康は本当に狭量な将軍様だと思った。これからはこんな将軍のために領民を動員して戦わねばならぬ日が来るのかと思うと今から憂鬱であった。


「さりとて、三河守殿には失礼なことをした。どうか何卒、今後とも変わらぬ奉公をお願いいたしまする」


 幕府奉公衆にしては珍しく好意的な細川与一郎と明智十兵衛の顔を立て、家康は怒りを収めることとしたが、内心では幕府への忠誠心は薄れつつあった。


「さっ、帰ろうぞ」


「はっ……!」


 重苦しい空気の中、家康一行は宿所へと戻った。


 そうして家康が不愉快な想いを胸に宿所へ戻ったのと同じ頃、諸大名や幕府御供衆・御部屋衆・申次・公家衆との謁見を終えた将軍・足利義昭は上機嫌で信長と酒を酌み交わしていた。


「いやはや、貴殿のおかげで上洛した武家衆との謁見もつつがなく済ませられた。改めて礼を申すぞ」


「勿体なきお言葉。されど、某はただ成すべきことを成したまでのことにござれば」


「謙遜なさらずともよかろうに。さっ、予が一献注いでやろう」


「はっ、かたじけのうござる」


 信長へなみなみと酒を注いでいく足利義昭は喜色満面であった。その顔を見るたびに、信長は謁見において不愉快な思いをした無二の盟友の顔が思い浮かんでならなかった。


「恐れながら、何故三河守に対してあのような態度を取られたのでしょうか」


「うむ、不服か」


「そういうわけではございませぬが、某にとっては東を守る大切な同盟相手にございますれば、何故あのような扱いを受けたのか、無礼を承知の上で問うてみたのでございます」


 信長はあくまでも将軍・足利義昭に失礼のないよう、丁重に言葉を選んで接していく。彼が天下布武を実現するためには欠かせない人物だからこそ、そうして平身低頭することも厭わなかった。


「松平蔵人が行った徳川への改姓も従五位下三河守の叙位任官も、我が兄の暗殺に関わった近衛前久を通じて行ったもの。本来であれば、予を通すべきであるにもかかわらず、じゃ」


「それは申請した折に将軍が不在であったからと三河守から伺っておりますが」


「別に予が上洛するのを待てばよかろうに。さすれば、良きに計らってやったものを」


 足利義昭の申すことは結果論にすぎない。上洛した今だから上洛するまで待てばよいと言えるが、あの当時の情勢を鑑みれば、二度と入京できなかった可能性もあった。


 何より家康は三河一統を成したその時に朝廷から三河国主としての立場を認めてもらうことで、一刻も早く三河国主としての立場を確定させたかったのだ。


 そうした家康の立場を想像することもなく、自分本位にしか物事を見ることができない将軍・足利義昭に信長は嘆息したい気分であった。


「いかがした?そのように浮かぬ顔をして」


「いえ、なんでもございませぬ。まこと、何故公方様のご上洛を待てなかったのでしょうな。ははは……」


 そう言って力なく笑うと、信長は足利義昭によって注がれた酒を一気に飲み干し、盃を空にしてしまう。


「そうじゃ、先日貴殿が進言した舞の興行じゃが、来月十四日が吉日と出たゆえ、その日取りで執り行うこととする。この旨、そなたから大名らへ伝達しておいてはくれまいか」


「はっ、承知いたしました」


 二条御所にて舞の興行が行われるのは来る四月十四日。今日が三月十三日である以上、まだ一ヵ月も先のこととなる。その間、家康は嫌な思いをした京に留められるのかと思うと、信長としても不憫でならなかった。


「そうじゃ、かねてより打診しておる若狭武田家復興じゃが、いかがなりそうか」


「公方様の甥でもある武田孫犬丸殿にも上洛を促しておりますが、何分にも越前にて庇護を受けておりますれば、事と次第によって朝倉家が若狭を守るために軍勢を出してくる恐れもございます」


「なんと、それでは朝倉との戦になると……!」


 足利義昭の妹の子で、若狭武田家当主・武田孫犬丸は庇護するとの名目で朝倉左衛門督義景の介入を受けて越前へ連れ去られ、若狭は朝倉家が実効支配する領国となっていた。


 それを見かねた足利義昭は信長に若狭武田家の再興を打診しており、武田孫犬丸とそれを形式上庇護していることになる朝倉義景に上洛を促していたが、応じる気配はなかった。


「両名が上洛した際に公方様を交えて談合する所存でしたが、それが叶わぬ以上、武を以て解決するほかありませぬ」


「うむ。されど、朝倉が若狭から手を引くと申し出たならば、それ以上の戦をしてはならぬ」


「無論心得ております」


 そう言って一礼する信長はにやりと笑った。なぜなら若狭から朝倉が手を引かない限り朝倉との戦はしてもよいと将軍のお墨付きを貰ったようなものなのだから――

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