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不屈の葵  作者: ヌマサン
第6章 竜吟虎嘯の章
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第280話 出船によい風は入り船に悪い

 十二月六日に駿河国蒲原城が落城し、一門の北条新三郎氏信・少将長順、重臣の清水新七郎が討ち死にしたとの報せは数日後に伊豆国韮山城に在陣する北条左京大夫氏政のもとへ報じられた。


「なんと!蒲原城が落城したと!?」


 蒲原城が一日で陥落させられるとは思ってもみなかった氏政は素っ頓狂な声を上げてしまう。それほどの堅城へ猛攻を仕掛けたとはいえ、その日のうちに落城させる武田軍の恐ろしさがひしひしと伝わってくる。


「兄上、新三郎以下城兵千余が皆討ち死にともなれば、薩埵峠の味方も士気が下がっておりましょう。下手をすれば、武田軍が攻め込んでくると聞くだけで自落するやもしれませぬ」


「それは助五郎の申す通りじゃ。されど、軍勢を関東に戻したこともあり、未だ武田軍と戦えるだけの兵力が集まっておらぬのだ」


 氏政とて、弟・助五郎氏規の言うことくらいは想定済みであった。しかし、信玄の小田原侵攻後、関東の軍勢を元の配置に戻したこともあり、兵が思うように集められず、韮山城で足止めを食っている不本意な状況であったのだ。


「殿、ここは某だけでも先鋒として向かわせてはいだだけませぬか!」


 気炎万丈な語気を発するのは北条相模守氏康の養子となっている齢十四の若武者・北条左衛門佐氏忠であった。若さもあり、勢いそのままに武田軍へ戦へ挑もうとする危うさがあった。


「ならぬ。そなたでは武田軍の相手にもなるまい。赤子の手をひねるが如く粉砕され、味方をいたずらに死なせるだけじゃ」


「されど、新三郎殿や少将殿が討ち死にされたのに、指をくわえて見ておることしかできぬなど、某は我慢なりませぬ!」


「じゃがな――」


「左衛門佐、控えよっ!」


 若武者・北条左衛門佐を諭そうとする氏政を遮り、怒気を露わにしたのは韮山城を守る氏政の弟・北条助五郎であった。


「初陣もしておらぬそなたではならぬと兄上が申しておる。これは主君の命じゃ。それも聞けぬような輩に軍勢を預けて向かわせるなど百年早い!第一、一門や重臣が討ち死にしたことを兄上が何とも思っておらぬと思うのか!」


 普段は温厚で滅多に怒りを露わにしない北条助五郎が怒った。このことは北条助五郎とは年齢が一回り下の北条左衛門佐にとって、喝を入れられたような心地が伴うものであった。


「殿、申し訳ございませぬ。左衛門佐めが浅はかにございました」


「よい、わしとて蒲原城のことは心を痛めておる。今頃は大叔父上もさぞかし心を痛めておられよう」


「はい。これにて幻庵大叔父様はご子息すべてを亡くされましたからな」


「うむ、せめてもの救いは討ち死にした新三郎の正室が身ごもっておることよ。されど、生まれてくるのが男子か女子か分からぬゆえ、現時点では後継者は不在となる」


 声音からも気落ちしていることが伝わってくる氏政の様子に北条左衛門佐は口を一文字に結んで黙りこくってしまう。北条左衛門佐としても北条新三郎は兄貴分のような存在であったから、それが武田軍と戦って討ち死にしたことの喪失感は大きなものであった。


 もちろん、氏政としても一門として信用していたからこそ、重要拠点である蒲原城を託したのだが、それだけに北条新三郎らを失ったことは痛手であった。


 そんな北条新三郎・少将兄弟が蒲原城にて戦死したとの報せは小田原城の氏康や北条幻庵へももたらされた。


「なんと、新三郎と少将が討ち死にと……」


 衝撃的な報告に、氏康は二の句が継げぬ有り様であった。それを傍らで聞く北条幻庵に至っては二の句はおろか、一の句も出てこず、悲嘆に暮れてしまっていた。


「叔父上、此度のことは何とお詫びしてよいやら……」


「詫びることではありませぬぞ。新三郎も少将も武士らしい見事な最期であったそうではありませぬか。父としても誇らしく思っておりますぞ」


 氏康は叔父・幻庵が吐いた言葉は噓偽りであることなどお見通しであったが、息子すべてを失ったことへのやるせない気持ちは息子をすべて失ったことのない氏康には到底理解できないものであれど、想像することはできる。


「叔父上、新三郎の正室が身籠っておりますゆえ、これが男子であったならば家督を継がせたく思いますが、女子である可能性も捨てきれませぬ」


「うむ、それはその通りですな」


「そこで我が六男を叔父上の末娘と娶わせ、婿養子として小机の所領を継がせたいと思うのですが、いかがでしょうか」


「それはありがたきこと。断る謂れがございませぬ」


「では、年内にも婚儀を済ませられるよう支度いたしましょうぞ」


「よろしくお頼みいたしますぞ、氏康殿」


 かくして氏康の六男は北条三郎として幻庵の娘を娶って婿養子となり、所領を継承することとなったのである。


 そうして北条家が蒲原城の敗戦の傷を癒すべく動いている頃、駿府へと進軍した武田軍もまた次なる戦に向けての支度を進めていた。


「御屋形様」


「左馬助か。先般の蒲原城攻めでの活躍は四郎より聞き及んでおる。さすがは我が甥じゃ」


「はっ!川中島で討ち死にした父の名を辱めぬ戦をせんと常に心がけておりますれば」


 信玄のもとを訪ねたのは信玄の甥・武田左馬助信豊であった。齢二十一となる若武者であり、四郎とともに信玄が一門の若手でひと際目をかけている人物である。


 何せ、武田左馬助の父は第四次川中島の戦いで武田本陣を守るべく戦って戦死した信玄の弟・武田典厩信繁なのだから。


「やはり小幡上総介信真の実弟、信高殿は討ち死にしておったようでございます」


「そうか、上総介の弟も討ち死にしておったか」


「あれほどの激戦です。誰も死んでおらぬなどあり得ぬ事かと」


「そうであろうな。じゃが、討ち死にした小幡信高はそなたの義兄弟であろう」


「はい。我が正室は小幡上総介殿の妹にございますれば」


 信濃国小諸城主でもある武田左馬助は上野先方衆の主力ともいえる国峯城主・小幡上総介信真と所領も近いことから、正室として小幡上総介の妹を迎えていた。すなわち、この蒲原城攻めで討ち死にした小幡信高は武田左馬助にとって義兄弟にあたるのであった。


「それにしても四郎殿も三郎兵衛尉殿も見事な采配にございました。某など、大したこともできなかったというのに」


「何を申すか。城の弱点を見抜き、四郎や三郎兵衛尉へそのことを伝えたのは左馬助であったと耳にしておるぞ。両名とも戦が終わりし後、そなたのことを褒めちぎっておったわ。儂もそなたの軍才は父にも劣らぬと見ておる」


「そ、それは畏れ多き事に……!」


「わっはっは、照れるとは可愛いやつめ」


 頬を紅潮させて恥ずかしがる武田左馬助の背中を叩きながら、信玄は薩埵峠の自落が真実であった場合の進軍経路について思考を巡らせていた。


「御屋形様、興津城や久能城を救えたとあらば、次なる目標は駿府館にございますか」


「うむ、その通りじゃ。されど、立て籠もっておる岡部次郎右衛門尉正綱が厄介じゃ」


「たしか最初の駿府占領時も激しく抵抗し、加えて当家が撤退した後に駿府を奪還した者でしたか」


「そうじゃ。齢二十八と若いが、なかなか機を見るに敏である」


「なるほど。伯父上のお考え、某にも読めましたぞ」


「ほう、申してみよ」


「殺すには惜しい若武者ゆえ何とかして降伏させて家臣にしたい、とお考えでは」


 自信満々に言い切る武田左馬助の一言に信玄はにやりと口角を吊り上げた。まさに、武田左馬助の言う通りのことを考えていたのである。


 氏真のことが憎い信玄であったが、今川家の家臣まで憎いわけではない。しかも、優秀な人物がいるのなら、引き抜いて家臣とした方が武田家のためともなる。


「然らば、岡部次郎右衛門尉は臨済宗に帰依しておると耳にいたしましたゆえ、ここは臨済寺の僧侶を派遣して説得させるのがよろしかろうかと」


「ほう、そうであったか。よし、ここは左馬助の申す通りにしてみようぞ」


 武田左馬助の進言を聞き入れた信玄は臨済寺の僧侶で適任者を探し出し、十二月十三日、臨済寺の僧侶である鉄山宗鈍《てつざんそうどん》を岡部次郎右衛門尉のもとへ派遣し、説得させることとしたのである。


 かつては煌びやかであった駿府も、今では戦火により見る影もない。加えて、郊外には武田の大軍勢が押し寄せているとあっては、人々も落ち着いて暮らしていられる状況ではなかった。


 そんな荒廃した駿府の奥に、見るからに再興されたばかりの駿府館が鉄山宗鈍の視界に飛び込んでくる。今川兵に案内されて対面した若き守将・岡部次郎右衛門尉は堂々たる態度で鉄山宗鈍へ向き合った。


「これは岡部殿。臨済寺の僧侶、鉄山宗鈍にございます。此度は対面が敵いましたこと、大変喜ばしく思っておりまする」


「ご丁寧な挨拶、痛み入る。いかにも某が岡部次郎右衛門尉正綱にござる」


 礼節を弁えた両者の対面は実に穏やかなものであった。季節の移ろいなども論じながら、ゆるりと本題へと斬り込んでいく。先に本題へ触れたのは鉄山宗鈍の方であった。


「岡部殿は今川家への忠節のため、今なお戦っておられますが、武田へ降ってしまわれてはいかがか」


「やはりそのことにございましたか。されど、我が家は代々今川家にお仕えして参りました。今さら、侵略してきた武田に降ることなどあり得ませぬ」


「武田家はすでに蒲原城も薩埵峠も占領し、北条軍は興国寺城より東へ撤退しております。これ以上戦い続けたとて、援軍が入る見込みなどありますまい」


「ふっ、なかなか痛いところを突いて来られますな」


「援軍なき籠城をしたところで、犬死するだけと心得ます。忠義の心も大切にございますが、勝てぬ戦に家臣や領民を巻き込むのはいかがなものかと拙僧は思いまするが」


 まさしく鉄山宗鈍の申す通りであった。北条の援軍が詰めている興国寺城の間には、蒲原城と薩埵峠、興津城、久能城があり、これを突破しなければ駿府へ北条の援軍は陸路で辿り着けない。


 そうなれば海上からの北条軍による物資補給は見込めても、武田軍を撤退させる決定打には欠ける。


 鉄山宗鈍の言う通り、勝ち目のない戦に家臣や領民を巻き込んで良いものか。それは駿府を奪回して今日に至るまで岡部次郎右衛門尉なりに必死に考えてきたことである。その答えを出すことを今、彼は迫られているのである。


「岡部殿はご存知ですかな。今の今川家のことを」


「うむ、同族の岡部五郎兵衛元信より便りがありましたからな。今川家の当主は氏政の子、国王丸となり、北条家の傀儡と化しておると」


「その通りにございます。加えて、氏真殿は北条家の御一家衆同然の扱いとなっております。もはや今川家は滅亡したに等しい。もはや武田に抗う意味はございますまい」


「うむ。所詮は武田も北条も今川領の駿河を食い物にしておるだけの事。もはやどちらに加担しようとも今川家のためにならぬ以上、ここは武田に降るべきであると仰せになられたいのでしょうか」


「いかにも。今川様にお仕えしていた方々も多くが武田へ降っておりますれば。また、甲州屋形様も降伏後の岡部殿のお立場は保証すると仰せでした」


 滅亡したに等しい今川家のために家臣や領民を勝ち目のない戦に巻き添えにするのか。はたまた、多くの今川旧臣が仕官した武田家へ降伏して家臣や領民を守るか。正義はどちらなのか、それを鉄山宗鈍と語るうちに悟った岡部次郎右衛門尉は答えを導き出した。


「然らば信玄殿へお伝え願いたい。某、岡部次郎右衛門尉は降伏し、駿府を開城すると」


「良きご決断かと」


 かくして岡部次郎右衛門尉は降伏したうえで駿府を開城することを決断した。そして、岡部次郎右衛門尉は鉄山宗鈍を介して武田信玄に謁見することとなったのである。


「そなたが次郎右衛門尉か」


「ははっ!岡部次郎右衛門尉正綱にございまする!」


「良き武者ぶりじゃ。儂はそなたの武勇を買っておればこそ、こうして投降を呼びかけたのじゃ。そのこと、分かってくれような」


「ははっ!そのおかげで某はこうして生きておりまする!以後は駿河先方衆として誠心誠意努めまする!」


 信玄は目の前の若武者・岡部次郎右衛門尉が平伏する様を見て満足したのか、大きく頷いてみせる。


 昨年十二月に侵攻開始から七日で占領した駿府を、一年の時を要したものの今こうして再び占領することが実現したのだから、満足のいく戦果であった。


「あとは大原肥前守資良の守る花沢城、長谷川藤九郎正長が守る徳一色城を落とせば、駿河の山西地域も制圧となるか」


 駿河領有まであと一歩とまではいかずとも、あと二歩と言える地点まで漕ぎつけた甲斐の虎の獰猛な眼は宇津ノ谷峠と当目峠の向こうをしっかり見据えていた――

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