第279話 蒲原城の戦い
永禄十二年十一月五日。霜が降り始める時期であることから霜月と名付けられた十一月に入った中、信玄は甲府を出陣。
四日後の九日には信濃国諏訪大社にて戦勝祈願を済ませた後、南へと進軍する方向を転じ、二十二日には先の駿河侵攻で攻め落とした駿河国富士郡大宮城へ入城したのである。
狙いはどこか。そんなことは信玄が諏訪大社への願文に『則蒲原城、興国寺同前、駿州一円令静謐、達信玄本意者』と記したように、蒲原城や興国寺城をはじめとする城を制圧し、駿河平定を成し遂げることである。
しかし、信玄は信濃から甲斐を経て駿河へ向かう道中、上野よりもたらされた情報を耳にしたため、あえて遅々とした進軍を行っていた。
「父上!」
大宮城の広間にて座禅を組む父・信玄のもとへ駆け寄ったのは四男・諏訪四郎勝頼。鎧甲冑と陣羽織を身に纏い、腰に太刀を佩いた出で立ちで駆け寄る様は勇将に相応しいものであった。
「四郎か。やはり長尾軍は関東におるのだな」
「はい。報せによれば上野国沼田城へ入り、情勢を見守っておるとのこと。これは当家の西上野を攻めとる動きにございましょうか」
「分からぬ。じゃが、こうして駿河へ攻め入らず、長尾軍の動きを見守っておるのは万が一にも西上野が攻められることあらば、軍勢を反転して西上野へ向かえるようにするためじゃ」
「さすがは父上。されど、某の見るところ、上杉弾正少弼輝虎という男は約定は守る男と心得ます。加えて、当家との和睦も京の公方様の仲介によるものにございますれば、万に一つも攻めて来ることはなかろうかと」
「それは儂もそう思う。じゃがな、四郎。戦とは何が起こるか分からぬからこそ、戦なのじゃ。決して己の都合よく解釈してはならぬ」
自分が産まれる以前から戦をしてきた偉大な父からの訓戒。それを耳にした勝頼は、やはりこの父は偉大であると痛感する。何より、この父がいるうちは上杉であろうと北条であろうと敵ではないと心の底から思える、不思議な何かがあった。
「ひとまず、この大宮城にて長尾勢の出方を見極める。長尾にばかり目が行って駿河の北条の動きを疎かにもできぬゆえ、南北へ絶やさず斥候を放ち、情報を集めるようにいたせ」
「はっ!承知いたしました!何かあれば、すぐに父上へ知らせまする!」
勝頼という息子も優秀であった。勇猛果敢でありながら、情勢を判断する慧眼の持ち主でもあった。そんな信玄にも嫡男と見込まれた四男坊は情報収集を徹底し、東国情勢の把握に努めていく。
そうして大宮城に入ってから五日が経った十一月二十七日。長らく関東の上杉弾正少弼がいかに動くのか、成り行きを見守っていた信玄のもとへ、西上野からの報せがもたらされる。
「父上!吉報にございまするぞ!」
「吉報となれば、長尾軍が攻め入ったのは当家の西上野領ではなかったのじゃな」
「はいっ!沼田城を出陣した上杉軍は下野国佐野へ侵攻したとのこと!」
「そうか。しかと甲越和与は機能しておるらしいな」
「では!」
「うむ、出陣じゃ!目指すは海道第一之名地、蒲原城!」
ついに信玄は動いた。武田菱の旗を掲げた武田の大軍勢は信玄の号令一下、大宮城を出立。街道を南へ進み、突き当たると西へ進軍し、北条軍が一門や重臣を駐屯させてまで死守したいと考える蒲原城を包囲したのである。
「父上!城を守る北条新三郎氏信へご命令通り、降伏を促す使者を送りましたが、降伏には応じぬとのこと!」
「左様か。して、四郎よ。北条の援軍は何処まで来ておる」
「巫女どもが申すには、当主である北条左京大夫氏政自ら韮山城へ入り、城を守る北条助五郎氏規と合流。一門の北条左衛門佐氏忠といった諸将が続々と参集し、軍勢を結集させておるとのこと!」
「ほう、韮山城を参集地としておるか。ならば、敵の狙いは最初の駿河侵攻と同じく、我らの退路を断つ事であろう」
「いかがいたしまするか。韮山城からならば、数日のうちにここへ駆けつけられましょう」
「総攻めじゃ。この十二月六日のうちに城を攻め落とす」
信玄の判断たるや迅速であった。城方から降伏せぬとの返答を受け取るなり、ただちに総攻撃を命じたのである。
「者共!蒲原城は本日中に攻め落とす!かかれっ!」
前線にて諏訪四郎勝頼が采配を振るうと武田軍の総攻撃が始まる。武功を立てれば出世の機会もある。そのことを理解している武田軍の兵士たちは城への一番乗りを目指して死をも恐れず突き進んでいく。
それを目の当たりにした北条軍は各々が持ち場へ付き、援軍が到着するまで持ちこたえねばならぬと奮迅して迎撃に当たっていた。
「兄上!武田の総攻めが始まりましたぞ!」
「望むところです!少将、武器弾薬にも限りがあります。確実に敵を仕留められる距離まで無駄玉を撃たず、敵を引き寄せてから撃つよう指示を!」
「ははっ!」
城を託された北条新三郎は御隠居・相模守氏康から添削を依頼されていた和歌を文机に置くと、手に持つ筆を軍配に変え、敵の動きを見極めるべく櫓へ登った。
東海道から駿河湾を見下ろす山の頂に位置する城の櫓であるから、戦況が手に取るように把握でき、西に味方が在陣している薩埵峠も遠望できるためである。
「やはり敵は多いですね……。されど、こちらも私の指示を良く守ってくれています。これならば援軍が到着するまで持ちこたえられましょう」
武田軍が城門を突破しようと前進してくるが、それを弟・北条少将長順や重臣・清水新七郎といった者たちが懸命に敵の侵攻を防いでいた。
そんな折、青ざめた顔つきの伝令兵が櫓の下へ駆け寄り、北条新三郎を呼んだのである。
「申し上げます!三ノ曲輪の城門が破られ、山県三郎兵衛尉昌景率いる赤備えが侵入!清水新七郎様が迎撃に向かわれました!」
「それはなりませぬ!すぐにも三ノ曲輪を放棄して二ノ曲輪へ詰めるよう伝令を!兵力を分散させてはなりませぬ!」
北条新三郎は今いる本曲輪から南西へ階段状に広がる二ノ曲輪、三ノ曲輪を見やると、確かに城門は破られ、あちこちから火の手が上がっている。
そんな火の手が上がる中、炎より紅い鎧装束で統一された部隊が勇猛果敢に攻め込み、北条軍を立て続けに撃破し、二ノ曲輪へ前進しつつあった。
「三郎兵衛尉殿!」
「おお、和泉守殿か!よくぞ来てくださった!」
「我ら駿河先方衆も加勢いたしまするゆえ、このまま二ノ曲輪も奪取してしまいましょうぞ!」
駆けつけたのは元今川家臣・孕石和泉守元泰率いる駿河先方衆。家康が駿府に在住していた頃、家康が放った鷹が獲物や糞を隣接する自身の屋敷に落とされたことから度々苦情を申し立て、三河の子倅と侮辱の言葉を吐いていた男である。
そんな孕石和泉守は第一次駿河侵攻にて武田軍へ早々に降伏し、所領を安堵され、此度の駿河侵攻にも従軍していた。
「駿河先方衆の皆々は我ら赤備えの両翼を固めてくだされ。そのうえで、二ノ曲輪の門突破は我らが受け持つこととしよう」
「承知いたした!」
山県三郎兵衛尉と孕石和泉守は力を合わせて北条軍の反撃を押し返していく。これを防ぎ止めたい北条軍であったが、瞬く間に三ノ曲輪から北条兵は駆逐され、二ノ曲輪への侵入を許すのも時間の問題。そんな味方の苦戦はすぐにも北条新三郎へ注進された。
「くっ、このままでは援軍が来るまでに落城となりましょうか……」
悔し涙がこぼれそうになるのを押さえながら、北条新三郎はあくまでも冷静に報告を受けていた。しかし、そこへさらなる悲報が届けられる。
「申し上げます!北東の善福寺曲輪が敵の手に落ちましてございます!守将皆討ち死にとのこと!」
「なんと!笠原や狩野、皆討ち死にしたと申すか……!」
絶望が押し寄せる。北条新三郎の中で討ち死にしたと報告された者たちの顔が浮かんでは消えていく。昨日まではいかにして武田を防ぐか、必死に話し合っていた者たちが一人、また一人と散っていく現実に、心が張り裂けんばかりであった。
「申し上げます!」
北条新三郎の前に駆け寄った伝令兵は血と泥と汗にまみれ、背中には幾筋もの矢を受けていた。そのことから、北条新三郎は味方の苦戦ぶりを目に見える形で強制的に理解させられる。
「清水新七郎様、お討ち死に!二ノ曲輪も陥落し、敵はこの本曲輪へ突撃するべく、攻め寄せて来ておりまする!加えて、当家へ加勢せんと武田軍へ攻めかかった富士信忠殿も撃退され、這う這うの体で戦線を離脱されたとのこと!」
ここへきて、またもや北条家の重臣が討ち死に。先日まで大宮城を守っていた今川家臣・富士信忠も敗走した。何より、この蒲原城も今いる本曲輪を残すのみとなった時点で、落城は決まったようなものであった。
北条新三郎が敗北を悟り、脇差しに手をかけると幾筋もの矢を受けて戻った弟・少将長順が駆け寄って阻止する。
「兄上!もはやこの城はこれまでにございます!ここは西の薩埵峠へ落ち、味方と合流するべきであるかと!」
「それは分かっておるが、今さらこの武田軍の包囲を逃れることなどできまい」
「さ、されど!ここで我ら兄弟が死ぬるようなことがあれば、父上が悲しみまするぞ!」
弟に父の名を出され、北条新三郎の頬を雫が伝う。彼らの父・北条幻庵は齢六十を超えている。そんな北条幻庵には三男二女があった。長男の三郎時長は九年前に病死。そのため、家督は次男である北条新三郎へ譲られ、三男の北条少将もここ蒲原城に詰めている。
姉妹の中でも長女は北条氏康の養女となったうえで吉良氏朝へ嫁ぎ、次女はまだ誰にも嫁いでおらず父のもとに残っている。
「我ら兄弟がここで枕を並べて討ち死にとなれば、後継者がおらず、父上は息子をすべて失うこととなりまする!」
「それはそうですね。私にもそなたにも、亡くなられた兄上にも子がおらぬ。ともすれば、嫡流が途絶えることとなる。何より、息子全員に先立たれたとあっては、父上は消沈してそのままなくなってしまうやもしれぬ」
「ですから、ここは何としてでも――」
北条少将が蒲原城からの脱出を訴え、北条新三郎が弟からの嘆願を受け入れようとした刹那。轟音とともに鬨の声が一層近づいてきたのである。
「申し上げます!」
「何事ですか!」
「本曲輪の門が破られ、武田軍が曲輪内に侵入いたしました!」
その知らせに、弟・北条少将は膝から崩れ落ちた。兄・北条新三郎も瞠目して己の死を悟った。もはや敵が本曲輪へ突入したとあっては、今さら城を抜け出すことなど間に合わない。
「いたぞ!あれが北条新三郎と北条少将の兄弟ぞ!逃がすな!」
北条兵を斬り伏せて押し入ってきた武田兵。赤で備えた甲冑を身に纏う者たちであったから、精鋭と名高い赤備えだと北条新三郎は見抜いた。
「兄上っ!」
「黄泉にて会おうぞ。兄上!今そちらへ参りますぞ!父上!先立つ不孝をお許しくだされ――」
二人は遮二無二敵中へ斬り込んだ。今さら何を臆することがあろうか。北条新三郎氏信・少将長順兄弟の戦死でもって、蒲原城の北条兵は全員玉砕となり、城は武田軍の手に落ちたのである。
「左様か。城兵皆討ち死にか」
「はい。皆、北条の武門を辱めぬ見事な最期にございました」
城攻めから帰還した山県三郎兵衛尉からの報告に瞠目して耳を傾けた信玄は、全軍に蒲原城へ入城することを命じた。
北条軍の動きを偵察させ、背後を断つべく向かってきているようならば、撤退も視野に入れなければならないからである。しかし、信玄が懸念するような事態にはならなかった。
「父上、北条の本隊は未だ韮山城へ留まっておる様子」
「左様か。ならば、まだ蒲原城が落ちたことを知らぬのやもしれぬな」
「おそらくはそうでしょう。されど、落城を知ったところで動いて来るとも思われませぬ」
「そうであろう。ひとまず、兵らも城攻めで疲れておることゆえ、十一日まではこの城で休息を取らせ、十二日からは薩埵峠へ向かう」
蒲原城を攻め落とした信玄の次の狙いは薩埵峠。ここを占領できれば、駿府まで敵はおらず、興津城と久能城でそれぞれ奮闘する穴山左衛門大夫信君、板垣左京亮信安を救援することも叶う。
そんな信玄の執念を知ってか知らずか、信玄が十二日から薩埵峠に攻め寄せることを知った北条軍は蒲原城落城と城兵の壮絶な最期を耳にして動揺していたため、自落。
すなわち、退路を断たれたと判断して十二月十二日に陣所を放棄して相模へ逃げ帰ってしまったのである。
かくして三度目の駿河侵攻となる信玄は難所と目していた薩埵峠を戦わずして確保した。駿河制圧の道が開けた信玄は翌十三日、駿府館へ軍勢を進めていくこととなるのである――




