第274話 三増合戦
永禄十二年十月朔日。ついに武田信玄率いる甲斐、信濃、西上野の軍勢二万は北条家の居城・小田原城を包囲した。それを受けて小田原城内では緊急の軍評定が開かれていた。
城内には武田軍の侵攻を聞きつけ、伊豆国三島から舞い戻った北条家当主・北条左京大夫氏政、御隠居・北条相模守氏康、氏康六男・北条三郎、氏政から大叔父にあたる北条幻庵、譜代家老の松田尾張守憲秀などが在城していた。
「父上、よもや信玄が小田原へ侵攻して参ろうとは思いませなんだ」
「うむ。関東の軍勢を駿河や伊豆へ割いた隙を突いて小田原へ侵攻を企むとは油断ならぬ」
当主・氏政以上に戦経験豊富な氏康ですらも、信玄が小田原へ侵攻してくるなどとは考えもしなかった。なるほどそう来たか、と感心しているかのような態度であり、それが氏政を苛立たせる。
「父上、ここは打って出て蹴散らしてやりましょうぞ!源三は甲斐へ続く街道へ、新太郎は秩父方面へとそれぞれ手勢を率いて陣取ってもおります。三方位から攻め立てれば信玄を討ち取ってしまうことも可能であるかと!」
三十二歳と若い当主の打って出るべき、という意見に反対したのは齢六十を超える老将・北条幻庵と齢四十となった家老・松田尾張守の両名であった。
「信玄は野戦名人。こちらが打って出てくることは望むところでありましょう」
「某も幻庵殿の意見に同じく、打って出るは信玄の罠に進んで嵌るようなもの。ここは籠城戦に徹するべきであると心得まする」
「くっ、八年前の長尾景虎の関東侵攻と同じく、指をくわえて見ておるだけか……」
氏政とて大叔父の北条幻庵や家老の松田尾張守が言わんとすることが理解できないわけではない。
そして、案の定、武田軍は三度にわたって挑発し、北条軍を堅牢な小田原城から引っ張り出そうとしたのだから、両者の見解は信玄の意図を完封するものであったことは間違いない。
そうして十月一日に包囲を開始してから四日目。北条軍が一向に挑発に乗らず、城を出てこないこともあって、信玄は長居してはかえって危ういと判断。武田軍は撤退を開始したのである。
「父上、まことに撤退を?」
「四郎、すでに大石源三氏照、藤田新太郎氏邦、北条左衛門大夫綱成といった一門が精鋭を引き連れて戻って来てもおる。ここは退路を断たれる前に退くに限る。相模は敵にとっては庭のようなもの。言わば、我らに甲斐で戦を挑むようなものぞ」
「なるほど。さすがは父上。此度の侵攻で北条も懲りて本国相模や武蔵、上野の防備を固めるべく駿河から関東の軍勢を撤兵しましょうな」
「その通りじゃ。これでは我らがいつでも小田原へ攻め込めると北条の者共へ思い知らせてやれればそれでよい。これにて駿河侵攻がやりやすくなったわ」
すべて信玄の計算通りに進み、信玄はほくそ笑んだ。その隣にいる諏訪四郎勝頼も関東の覇者・北条家を手玉に取る父の軍略に畏敬の念さえ抱いた。
武田軍は小田原城下に火を放つと撤退を開始し、悠々と本国甲斐へ引き揚げる動きを取った。
この武田軍の動きに、ここまでやられっぱなしであった氏康も黙っていなかった。すぐにも当主・氏政を呼び寄せ、ある作戦を決行させることとした。
「父上!お呼びでしょうか!」
「うむ。そなたは小田原城内の軍勢二万を率いて武田軍を追撃せよ」
「はっ!」
「併せて、源三と新太郎、左衛門大夫へ早馬を出し、要所である三増峠へ布陣するよう命じよ」
「なるほど、甲斐へ退こうとする武田軍の行く手を弟らが遮り、その背後から某の隊が追いつき、武田軍を挟撃して殲滅するのですな」
「そうじゃ!分かったならば、さっさと動かぬか!」
氏政は父・氏康に喝を入れられ、すぐにも武田軍を追撃するべく軍勢を招集するとともに弟たちへと伝令を飛ばしたのである。
そんな氏政からの命令を受け、武田軍への報復に燃える大石源三氏照と藤田新太郎氏邦の両名は義叔父の北条左衛門大夫綱成とともに勇躍して三増峠へ向かい、甲斐へ撤退する途上の武田軍を待ち受けた。
北条軍七千ほどがすでに三増峠へ着陣したことは、先陣として進む馬場美濃守信春から後方の信玄へと伝令された。
「ほう、北条の小童どもが待ち構えておるか。軽く蹴散らしてくれようぞ」
信玄は北条軍の大将が誰であるのかを問いただすと、伝令兵は淀みなく答え、それは馬場美濃守が予め信玄に聞かれることを予測して調べていたのだと知ると、信玄は声を上げて笑った。やはり持つべきものは腹心であると言わんばかりに。
「加藤景忠、小幡上総介信実、前へ」
「はっ!これに!」
「これにおりまする!」
甲斐国都留郡の国衆・加藤景忠、上野国国峯城主・小幡上総介を呼び寄せると、あることを命じていく。
「両名は三千ほどの兵を引き連れ、敵の後詰めが詰めておるであろう津久井城の抑えに向かえ」
「ははっ!承知!」
「委細承知!」
「敵に後詰めを出させぬこと、これが勝敗を左右するであろう。決して抜かるでないぞ」
信玄は北条軍と激突する前に部隊を三隊に分けた。一つは言うまでもなく本隊、もう一つは加藤景忠・小幡上総介に委ねた津久井城の抑えに向かわせる隊。そして、残るもう一つの隊の大将として赤の鎧甲冑で身を固めた腹心を呼び寄せた。
「三郎兵衛尉、そなたも三千ほどを率い、三増峠南西四半里の志田峠へ潜み、儂からの合図を待て」
「承知いたしました!合図があったならば、北条軍の側面を衝けばよろしいので?」
「そうじゃ。志田峠は三増峠よりも高所であるから、敵兵の進退は儂よりもよく見えよう。敵の隙が大きいと見れば、独断で動いて構わぬ」
「ははっ!然らば、臨機応変に対応させていただきまする!」
腹心・山県三郎兵衛尉昌景を志田峠へ進ませた頃、再び武田軍の先陣を承る馬場美濃守より伝令が駆け込んでくる。
「申し上げます!」
「言わずとも良い、敵軍とぶつかったか」
「はいっ!しかし、高所に陣取る敵方が有利で苦戦を強いられており、思うように進めておりませぬ!」
「左様か。後ほど使番として武藤喜兵衛を向かわせるゆえ、しばし防戦に徹しよと」
信玄は馬場美濃守からの伝令を帰らせると、すぐにも足軽大将の武藤喜兵衛を呼び寄せ、先陣への伝達事項を伝えていく。
「なるほど、三郎兵衛尉様が側面攻撃を仕掛けられるまでは陣形を崩さず耐えることを第一とせよと」
「うむ。そのことを美濃守へ伝えてくれい」
「はっ!では、ただちに向かいまする!」
諏訪四郎勝頼よりもさら一つ年下で二十三歳の若武者が先陣へ駆けていくのを見届けると、武藤喜兵衛と同じく足軽大将の曽根内匠助昌世を呼び寄せた。
この曽根内匠助は義信事件において義信の乳母の子供にあたる嫡子・曽根周防守が死罪となったため、一時期駿河へ身を潜めていたが、今は帰参を許されて足軽大将として立派に務めている。
「内匠助、そなたは箕輪城代の浅利信種のもとへ軍監として赴いてはくれまいか」
「はっ、承知いたしました。然らば、ただちに向かいまする」
不愛想ではあるが、戦術眼はたしかな曽根内匠助を派遣すれば問題ないと判断した信玄は北条軍との対峙を続行。やや武田軍が劣勢かと思われたその時、南西から鬨の声が上がった。
「者共!今こそ好機!北条軍の横っ腹を衝くぞ!突撃っ!」
信玄が志田峠へ潜ませていた山県三郎兵衛尉昌景が北条軍の陣形が伸びだした隙を突き、側面攻撃に転じたのである。この見事なまでの不意打ちに、ここまで押しまくっていた北条軍も動揺を隠せない。
「源三兄者!側面から敵襲じゃ!」
「ちっ、信玄め!志田峠にも手勢を回しておったか!しかも、それなりの数!」
「これは危うい、伏兵の対処に兵を回せば、到底正面の武田軍先陣をあしらえぬ!」
「くっ!せめて兄上の本隊二万が到着するまで持ちこたえられれば、信玄の首だって狙えるものを!」
二十代の大石源三、藤田新太郎の両大将ではやはり百戦錬磨の武田信玄の相手は厳しかった。それを見かねた北条左衛門大夫が口を挟む。
「津久井城にも数千の武田軍が牽制しておるらしく、援軍に向かえぬと先ほど報せを受けた。小田原からの援軍も間に合わなかった以上、ここでは防ぎきれぬ」
「義叔父上!ならばいかにせよと!」
「荒れ狂う奔流に抗おうが押し流されるのみ。進みたがっておる敵は進みたがっている方へ進ませるが吉。ここは志田峠の武田の別動隊と本隊を合流させてやるべきであろう」
「そ、それではあまりにも……!」
「我らは負けたのじゃ。されど、ここから大事なのはただでは負けぬという心じゃ」
信玄に匹敵する老練な武士・北条左衛門大夫にそこまで言われては、大石源三・藤田新太郎兄弟は従うほかなかった。北条軍は突破されるふりをして道を開けてやり、武田軍を甲斐の方面へと進ませた。
「喜兵衛、何かおかしいぞ」
「やはり美濃守様もお気づきで」
「うむ。北条軍がこうまで脆いはずがない。まるで我らを先に進ませたいかのような……」
「ええ、山県隊ともろくに戦わず、後退した様子。先ほどまでの意気軒昂な戦ぶりは何処へ消えたのか」
先陣として北条軍と激戦を繰り広げた老練な馬場美濃守と若いながらも信玄の側で戦を経験してきた武藤喜兵衛は違和感を感じるという点で意見は一致したが、北条軍の狙いまでは読み切れず、そのまま前進を続けた。
だが、馬場美濃守と武藤喜兵衛が気づくような違和感を信玄が見落とすはずもなかった。
「父上!存外北条も脆うございましたな」
「うむ。じゃが、これを訝しいと思わぬか?敵が逃げるように我らに道を譲ったのじゃぞ」
「単に山県隊の勢いに押されて押しのけられただけではないかと思いまするが……」
信玄は諏訪四郎勝頼相手に違和感を感じなかったかと問いかけたが、まるで気づいていなかった。そのあたりはまだまだ父として贔屓目に見ても未熟であった。
「四郎は殿軍せよ。儂の違和感が的中するか否か、その眼で確かめて参れ」
「ははっ!たしか他にも箕輪城代の浅利信種殿、信濃先方衆の真田左衛門尉信綱殿と真田兵部少輔昌輝殿の兄弟、内藤修理亮昌秀殿がおりましたか」
「うむ。皆其方とは比べ物にならぬほど戦経験豊富な当家きっての強者ばかりじゃ。その戦ぶりを間近で見て参るがよい」
「はっ!承知いたしました!」
かくして信玄によって殿軍を任された勝頼であったが、父の直感が正しかったことを思い知らされることとなる。
「義叔父上!」
「よっしゃ、行くか!」
「源三殿も新太郎殿もよく耐えられた!さあ、参りますぞ!勝った!勝ったぞ!」
ここへきて意気消沈したかに思われた北条軍の猛反撃が開始された。武田軍の後方で殿軍を務める武田軍へ牙を剥いたのである。
「おお、父上の仰られた通りであったか……!」
馬上で勝頼が感嘆している間にも戦端は開かれ、各隊が北条軍に応戦し始める。
「我こそは真田左衛門尉信綱じゃ!」
「真田兵部少輔昌輝はここにおるぞ!腕に覚えのある者はかかって参れ!」
持ち前の豪勇でもって三尺三寸の陣太刀・青江貞を振るって北条軍の将兵を次々に斬り伏せていく真田左衛門尉。そんな兄に続けとばかりに弟・真田兵部少輔も名乗りを上げて敵との死闘に身を投じていく。
「四郎殿」
「おお、修理亮ではないか」
「某のことを覚えておいてくださいましたか」
「うむ。前に三郎兵衛尉と話した折、真の副将であると絶賛しておったゆえな」
「それは過分な評価というもの。されど、三郎兵衛尉殿にそこまで言われたとあっては、それに見合う働きをせねばですな」
そう言って勝頼の側で笑う内藤修理亮はたちどころに殿軍の指揮を執り、見事に統率して隊列を整えていく。
そんな中、殿軍の左翼を担う箕輪城代・浅利信種も奮戦していたが、それを遠くから見つめる老将の姿があった。
「殿、あれが箕輪城代の浅利信種であると」
「左様か。この距離ならば狙えよう。鉄砲隊構えっ!放てっ!」
北条左衛門大夫の号令で鉄砲隊が放った弾丸は容赦なく浅利信種に命中し、一瞬にして西上野支配の要となる箕輪城代を討ち取ったのである。
「信種様がやられた……!」
「こりゃいかん!逃げ――」
「ええい、狼狽えるな!」
逃げようとする浅利信種麾下の将兵を押し留めたのは信玄によって派遣されていた曽根内匠助。動揺する兵士たちをまとめ上げると、鮮やかな采配で隊列を立て直していく。
かくして十月六日に北条軍と激戦を繰り広げた武田軍であったが、翌七日に甲斐国上野原に到着し、信玄は甲府へ無事に帰還することができた。
後世ではこの三増峠での合戦は、高低差が大きく作用した戦国最大規模の山岳戦として知られることとなる――




