第266話 知者は水を楽しむ
永禄十二年五月十五日に今川氏真一行は酒井左衛門尉忠次や松平甚太郎家忠といった徳川勢に守られながら駿遠国境へ到着。これより先は武田軍に占領された地域を突破して向かうことにもなる険しい道のりが待ち受けている。
「御屋形様、あれを」
「むっ、弥太郎か。いかがした」
氏真は眠い目をこすりながら馬に乗って輿に並走する朝比奈弥太郎泰勝が指さす方角を見やる。すると、大井川の対岸には北条鱗の旗が林立して一行の到着を待っていたのである。
「おお、あれは紛れもなく黄備え隊……!まことに北条左衛門大夫綱成殿が手勢を率いて参られたのか……!」
近隣諸国でも常勝軍と名高い北条左衛門大夫率いる軍勢が威風堂々と大井川の対岸で待ち構えていたのである。
大井川を挟んで向かい合うこととなった徳川軍と北条軍。一応和睦した間柄ではあるが、いつ反故にされるか知れたものではないと妙な緊張感が流れる。
そんな中、酒井左衛門尉は予め主君・家康より了解を得た事柄を実行に移すべく、わずかな手勢を先行させ、北条左衛門大夫のもとへ向かわせるのであった。
朝日が川面を照らし出す中、北条軍のいる大井川東岸へ数騎で向かったのは齢十四の若き東条松平家当主・甚太郎家忠であった。
「某、松平甚太郎家忠と申します!護衛隊を指揮する酒井左衛門尉の命を受けて先行して参りました!」
下馬して北条兵へ大将・北条左衛門大夫綱成に取り次いでくれるよう松平甚太郎が頼み込んでいると、相変わらず厳めしい面構えをした豪傑が陣の奥から姿を現す。
「ほう、松平一族の方が何用であるか。このような数騎で乗り込んでくるとは何かの使者でござろうか」
「いかにも。されど、ただの使者というわけではございませぬ」
「なんと、ならば他に如何なる用件があると仰るか」
「人質にございます」
「ひ、人質と申すか!?」
「はい。我が主三河守は北条の皆々様がまことに上総介様御一行の身柄を引き渡すのか、不安に感じておられるであろうから、到着次第人質となり、引き渡しが終わるまでそのままでいよと仰せにございました」
驚くべきことに、北条家の不信を察した家康は先手を打って人質を送り込んできたのである。徳川家当主が諱を一字与えたほどの武士を人質として送られたとあっては、さしもの歴戦の覇者・北条左衛門大夫綱成も笑うほかなかった。
「いやはや、さすがは三河守殿。先手を打って人質を送り込んで来られるとは我らも思うておらなんだ。よろしい、では貴殿を預かったまま上総介殿御一行を引き渡してくださるように」
北条左衛門大夫が目くばせするとその場にいた家臣が離席し、数名の北条兵を引き連れて酒井左衛門尉が待機する西岸へと駆けていった。
しばらくすると、今川氏真一行が姿を現し、それに遂行する今川勢とともに大井川の渡河を開始する。
氏真一行が東岸へ渡ると同時に、対岸に残されていた大藤式部丞率いる北条兵三百も渡河をはじめ、それを事実上北条家からの人質と見なした北条左衛門大夫は松平甚太郎に対岸へ戻ることを許可して川を渡らせていく。
そうして何事もなく大井川の中央で松平甚太郎らと大藤式部丞らが行き違い、無事に身柄の引き渡しのすべてが完了すると、北条左衛門大夫は対岸の酒井左衛門尉へ一礼し、大井川に背を向けて東へ移動を開始する。
対する酒井左衛門尉も人質となった松平甚太郎の労をねぎらうと、撤収の命令を下して懸川城に入城しているであろう家康のもとへと帰っていくのであった。
そうした頃、家康は懸川城へ入城し、戦後処理を開始するべく準備を開始していた。
「殿、酒井左衛門尉より早馬が参り、無事に上総介殿御一行を北条方へ引き渡したとのことにございまする」
「そうであったか。そうじゃ、日向守。この書状を急ぎ薩埵峠の左京大夫殿のもとへ届ける使者を立ててもらいたい」
「はっ、承知いたしました。されど、これはいかなる書状にございましょう」
「わしは以後、氏真と氏政の両氏とは無二の入魂でありたいと記した起請文じゃ」
「なれば、然るべき者を使者として向かわせた方が良さそうですな。手配いたしまする」
家康より北条氏政へ送る大切な起請文を預かった家老・石川日向守家成は新たな懸川城主とされ、それは母方の従兄であり家老という立場であることから遠江防衛の柱石を担うことを期待されてのことであった。
「殿、お呼びにございましょうか」
石川日向守が退出したのと入れ替わるように家康のもとを訪れたのは齢三十二となった旗本先手侍大将の一人・芝田七九郎康忠であった。
「七九郎、よくぞ参った。此度の遠江経略でもよく働いてくれたそなたを家老に任命する旨を伝えるべく呼んだのじゃ」
「な、なんと!されど、某は譜代の家柄ではございまするが、他の家老の皆様のように華々しい戦功は何一つございませぬ……」
「そのようなこと、気にするでない。わしはそなたの忠勤ぶりをよく知っておる。そのうえで、そなたを家老に抜擢することを決めたのじゃ」
「承知しました。浅学非才の我が身なれど、殿からのご期待に沿うべく働いて参る所存にございます!」
それでよい、と家康は頷きながら新たに家老に任命した芝田七九郎を励ました。家老では酒井左衛門尉、石川与七郎数正、石川日向守が目立っておるが、最年少には齢二十九の植村出羽守家政がいるので若さを気に病むことはないと繰り返し伝え、その日は帰らせたのである。
「殿」
芝田七九郎が恐る恐る退出してしばらくして到着したのは齢三十七の頼れる家老・石川与七郎であった。
「殿、七九郎殿を家老に任命されたと耳にしましたが」
「ほう、噂が広まるのは早いものじゃ。いかにも、芝田七九郎康忠を家老に任命したが、そちは不服か」
「いえ、滅相もございませぬ。当家の所領は今や三河一国のみならず、遠江も併せた二ヵ国となってございます。これまで以上に進めなければならぬ政務は増えましょうゆえ、家老として政に携わる者が増えることは良いことにございます」
「うむ、それゆえ七九郎を家老に任命したのじゃ。されど、これでも領土が倍近くにまで膨れ上がった当家もこれまでの体制で運営していくことは困難であろう」
三河一国だけであった徳川家の所領がわずか半年の内に三河・遠江の二ヵ国へと広がったことはこれまで通りの政治体制では領国経営が難しくなることを意味していた。
「ゆえに、殿へ進言したきことが」
「今川家のように戦国大名としての体制へ移行するべきである、とでも言いたいのであろう」
「いかにも。政策の執行に携わる奉行人を立てるなど色々とありましょうが、領国統治者が今川から移り変わったことを示すためにも印判を改められてはいかがかと」
「ほう、印判を改めるか」
これまで使用してきた印判を改めることで徳川家が新たな大名権力として君臨することを示すべき、というのが石川与七郎の申したいことであった。そして、あくまでも政治体制は今川家に倣うのが適切ということも皮肉なことであったが、最も合理的な理由である。
「うむ、印判についてはわしも考えておくとしよう。印判に彫る字をいかにするかも考えねばならぬゆえな」
「それがよろしいかと」
家康の中で印判に彫る字は幾つか候補があり、どれにするか悩むことになるのだが、そうなる前に西三河からもたらされたある情報を石川与七郎に共有することを優先した。
「そうじゃ、わしも先ほど報せを受けたのじゃが、吉良上野介義安様が亡くなられたと」
「まことにございまするか!?」
「うむ。東条と西条の両吉良氏の家督を継承され、我らが今川家に反旗を翻したばかりの頃から支援してくださった方であり、何よりわしが元服する折に理髪役を務めてくださった経緯もある」
「何より、上野介様ご正室は殿の叔母にあたる方にございますれば」
家康の駿府時代からの知己であり、永禄四年から始まった今川家との戦において吉良家当主として助力してくれた吉良上野介義安。齢は家康より六ツ上であることから、まだ数えで三十四と早すぎる死であった。
「して、後継はいかがなさるおつもりで?」
「うむ、幸いなことに今年で六ツとなった嫡男の三郎がおるゆえ、家督相続の問題はない。加えて、吉良三郎の生母は我が叔母にあたることから従弟でもある」
「なるほど、然らば吉良家のことはひとまず安泰にございますな」
三河において絶大な影響力を誇る吉良家当主の死。万が一にも家督継承者が不在であったならばどうしようかと冷静沈着な石川与七郎ですら焦るほどの事態であったが、家督相続は丸く収まっていた。
「それはそうと、殿。当家に仕えたいと申す者を三名ほど連れてきてございますが、これへ通してもよろしいでしょうか」
「構わぬ。通せ」
家康の許可を得るなり石川与七郎が手を叩くと、隣の間に控えていた者たちがぞろぞろと家康の前へとやってくる。その中の一人に、家康は見覚えがあったため、真っ先に声をかけた。
「おう、それなるは渡辺源蔵ではないか」
「はっ、お久しゅうございます」
「一向一揆平定後、尾張方面へ落ちていったを聞かされておったが、よもや今川家に仕官しておったとは思わなんだ」
「はっ、上総介様より『真』の一字を賜り、今は渡辺源蔵真綱と名乗っておりまする。これを機に、再び殿にお仕えしたいと思い、与七郎殿へ取次をお願いした次第に」
三河一向一揆では同族である渡辺半蔵守綱とともに一向一揆に与して家康に敵対した渡辺源蔵が恐る恐る顔を上げると、家康の不機嫌そうな顔が目に入ったのである。
「与七郎の顔を立て、帰参することは許そう」
「あっ、ありがとうございまする!」
「じゃが、直参は許さぬ。以後は本多平八郎忠勝の麾下として励め」
「はっ……!」
渡辺源蔵の心中は複雑な思いが交錯し、整理がつかない状態であった。当然自分ほどの剛の者ならば徳川家の家臣として返り咲けると期待していただけに、七ツも年下の本多平八郎忠勝の配下と位置付けられることは屈辱であった。
されど、これを断れば徳川家に仕えることは金輪際できなくなる。その方が困ると判断した渡辺源蔵は渋々、家康からの命令に復したのであった。
「続けて、こちらは彦坂小刑部元正殿にございます」
「ご紹介に預かりました彦坂小刑部元正にございます」
「彦坂の名は聞いたことがある三河の国人で、義元公に仕えておったであろう」
家康も彦坂氏の名は今川家の従属国衆であった頃に幾度も見聞きした名であった。それに、同じ三河出身者ということもあり、親近感すら覚えていた。
「殿、これにおる小刑部なる者は今川家にて奉行を務めておった者。今後の当家の政においても大いに役立つかと思いまするが……」
扇子で口元を隠したうえで家康に助言する石川与七郎。奉行を配置するなどの話を先にしておいたのはこのためであったかと家康は驚嘆させられた。そうなれば、返す言葉は決まっていた。
「よかろう。以後は当家で奉行として務めてもらいたい」
「ありがとう存じまする!」
嬉しそうに顔を喜びで輝かせながら彦坂小刑部は深々と頭を下げ、渡辺源蔵の隣へと下がっていく。代わって、石川与七郎に促されて家康の前へと進み出たのは白髪の目立つ老人であった。
「三河守様、お初に御意を得ます。天方城主を代々務めております、天方山城守通興と申しまする」
「おお、天方城と申せばこの懸川の西に位置する袋井から街道沿いに北上した地か」
「はい。先日三河守様に従属された天野宮内右衛門尉殿の犬居城は某の居城から北西に進んだところにございますれば」
「そうであったか。ならばこの遠江の地理にも詳しかろう。この後、戦後処理をここにおる家老の石川与七郎に任せるつもりでもおるゆえ、ひとまず石川与七郎に就いて補佐してはくれぬか。何分、わしも与七郎も地の利に明るくないゆえな」
「はっ!齢五十二の老いぼれにございますが、老骨に鞭打って奉公させていただきまする!」
「た、頼んだぞ」
徳川への従属が認められるなり、急に元気溌剌とした天方山城守に驚きながらも、地の利に明るい彼を石川与七郎に付けることで少しでも戦後処理を進めやすくしようというのが、家康の狙いであった。
かくして、家康は新たに所領となった遠江にて旧今川家臣などを家臣として取り立てながら、遠江での戦後処理を進めていくことになるのだが、そのあまりの量に家康は忙殺されていくことになるのである――




