第265話 懸川開城と懐旧談
武田信玄の駿河撤退より半月が経過して成立した家康と今川上総介氏真との和睦。家康は今川家を介して打診された北条家との和睦についても快諾し、武田信玄と敵対している北条相模守氏康・左京大夫氏政との和睦に踏み切った。
これによって懸川城開城後、今川氏真一行の身柄を北条家へ引き渡す事前準備は完了し、迎えた永禄十二年五月十五日。懸川城明け渡しの当日を迎えた。
これまで徳川家に対して開かれることのなかった懸川城の城門が重苦しい音を響かせて開門し、武装を解いた今川氏真が正室・春姫と数えで四歳になる娘、実妹の貞春尼、叔母にあたる中御門宣綱の妻、大叔母にあたる山科言綱後室・御黒木殿といった親族とともに城を出てくる。
無論、その周りには今川氏真を警護するべく元懸川城主・朝比奈備中守泰朝、岡部五郎兵衛元信、朝比奈弥太郎泰勝といった重臣や側近らが守りを固め、周囲の警戒を怠る様子はない。
その後ろに続くのは北条左京大夫氏政からの命令で懸川城へ援軍として入っていた大藤式部丞率いる北条兵三百が続き、続々と城を退去していく。
それに入れ替わるように徳川の軍勢も入城し、城内の今川赤鳥の旗が丸に三つ葉葵の旗へ置換されていく様子を氏真一行は複雑な心境で見守りながら、家康本陣へ入った。
「上総介殿、お久しゅうございます。徳川家家老、酒井左衛門尉忠次にございます」
「同じく主君より出迎えを命じられております、家老の石川与七郎数正にございます」
本陣手前で徳川家の家老二人に出迎えられた今川氏真は家康と面識のある正室と妹に娘を託し、朝比奈弥太郎を護衛として伴って本陣へ。そのほか親族は本陣の外で留められ、朝比奈備中守と岡部五郎兵衛が護衛として北条家の援軍とともに留まった。
酒井左衛門尉・石川与七郎の両家老に案内されて氏真が本陣の最奥へ入ると、正面には床几に腰かける懐かしい弟分の姿があった。横には父・義元が与えた金陀美具足が日の光を受けて、金色の光を放っており、綺麗に磨かれてあるのが伝わってくる。
そして、家康の周囲には重臣・酒井雅楽助政家、家老・石川日向守家成が胸を張って控え、家康を護衛するように近侍の鳥居彦右衛門尉元忠、本多平八郎忠勝、阿部善九郎正勝、高力与左衛門清長、天野三郎兵衛康景といった駿府で面識のある者ばかりが居並ぶ空間が構築されていた。
投降した今川氏真が警戒せずに済むよう、面識のある人物や今川家ゆかりの調度品ばかりが並べられた空間に敗者として腰かけた今川氏真らへ、家康が目に涙をためて話しかける。
「某が徳川三河守家康にござる。御屋形様とお呼びしておった頃が懐かしゅうございまする」
「うむ、予もそなたを竹千代と呼んでおった頃が懐かしい。かように立派な武士となったこと、あの世で父も喜んでおろう」
家康が涙声で話しかけたことにつられたのか、氏真の目からも一筋の雫が零れ落ちる。
「上総介殿、此度は某からの和睦の求めに応じていただき、まこと感謝申し上げる。これで当家の兵も無駄に命を落とさずに済み申した」
「三河守殿からの和睦の求めは当家にとっても渡りに船であった。援軍も補給も見込めず、兵糧や武器弾薬も秋まで到底持たぬところであったゆえな。三河守殿が築かれた付城の効果にござろう」
「左様にございましたか。されど、当家といたしましても武田とも関係が悪化の一途を辿っておりましたゆえ、そうなれば武田と手を切り、上総介殿や北条家と手を組み、武田を封じる策を描くが賢明と判断したまでのこと」
「うむ、徳川と武田が不仲であることは三月に送っていただいた書状からも察しがついておったが、三河守殿はさすが機を見る目がございますな」
駿府で共に研鑽した青年期とは異なり、今は家康が勝者、氏真は敗者である以上、言葉遣いも互いにこれまで通りとはいかなかった。そんな駿府時代を知る者にとっては違和感を感じるやり取りの中で、家康は氏真の背後に控える貞春尼へ視線を移す。
「たしか、貴方様は……」
「三河守様、ご無沙汰しております。武田太郎義信が正室として武田家へ輿入れしました、松にございます」
「そうでございましたな。初めてお目にかかった頃より十八年経ちましたが、『貞観政要』の一節を諳んじられたこと、今でも鮮明に覚えておりますぞ」
「懐かしゅうございます。あれから十八年も経ったのですから、わたくしも年を取るわけです」
そう言って上品に笑う貞春尼に面影を重ね合わせながら、家康はにこりと少年時代を思い出したかのように笑う。
「年を取られたとは申せ、齢は某より一ツ上の二十九にございましょう。まだまだお若うございますぞ」
「それもそうですが、あの頃、『論語』も『貞観政要』もろくに学んでおらなんだ愚兄ですら齢三十二。まこと時が経つのは早うございますと申し上げたかったのです」
「ははは、左様でございましたか。これから北条領国へ向かわれるとのことゆえ、これが今生の別れとなりましょうが、また機会があれば書物のことでまた話をしたいものですな」
「ええ、三河守様と再びお会いすることがございましたら、その時はぜひ」
実ににこやかな家康と貞春尼の会話であったが、十八年前のことを引き合いに出された氏真はあわあわとしていた。隣にいる妻には聞かせたくない、彼にとっては恥とも言うべき結婚前の話を暴露されたのだから、慌ててしまうのも当然のことであった。
「三河守殿、駿府におられた頃は我が兄助五郎とも親しくしてくださったと耳にしております。上総介が正室、春にございます」
「これは相模の御前様。さほど顔を合わせる機会はございませなんだが、壮健であらせられたようで何よりにございます。助五郎殿にはむしろ親しくさせていただいておりました」
「お気遣いいただきありがとうございます。実家へ戻りましたら、兄にも三河守殿にお会いしたことを伝えておきましょう」
「お頼み申します。助五郎殿とは永禄三年の尾張侵攻以来、一度もお目にかかっておりませぬゆえ、三河守は達者にしておったとお伝えくだされ」
「ええ、きっと伝えておきます」
まだ二十代前半と若い氏真正室・春姫は弾けるような笑顔を浮かべ、家康に深々と一礼した。すっかり立場は変わってしまったが、駿府時代の絆は断金の交わりであることを両家の家臣たちにも再確認させるという点では極めて上手くいった会合であった。
「そうじゃ、三河守殿。これへ控えるは左京大夫殿より和睦にあたっての細かなすり合わせを行った朝比奈弥太郎泰勝と申す忠臣じゃ」
「なんと、そなたが北条家への使者を務めたという御仁か」
突如紹介されたこともあり、北条氏政の陣中でも堂々としていた朝比奈弥太郎も恐縮し、照れくさそうに人差し指で頬を掻いていた。
「城外には備中守殿や五郎兵衛殿もおられるとのことですが、よくお二方が当家との和睦を受け入れられましたな」
「ははは、たしかにその通りなれど、両名とも戦局を捉えるに優れておりますからな。不服とは申せ、いつまでも籠城が続かぬことを誰よりも理解しておる」
家康は氏真から岡部五郎兵衛元信と朝比奈備中守泰朝の人物像を聞かされて気づかされることがあった。そう、両名とも今川家への忠義者で頑固者であるが、筋を通せる立派な武士なのだということを。
「そうじゃ、上総介殿が存じておるかは分かりませぬが、一つ朗報がござる」
「ほう、朗報と?」
「先月末、何処かへ潜伏していた岡部次郎右衛門尉正綱殿が駿府を奪還し、焼失していた駿府館を再興する動きをしておるとのこと」
「なっ、なんと!次郎右衛門尉が生きておったか!しかも、駿府を武田から奪い返すとは……!」
駿府を脱出して懸川城へ向かう際、安部大蔵尉元真とともに僅かな手勢で武田軍を迎撃して以後、消息不明であった岡部次郎右衛門尉正綱の名が飛び出すなど想像すらしていなかった氏真。それだけに、家康から聞かされたことは氏真の心に深く刺さった。
「たしか次郎右衛門尉と三河守殿は駿府におった頃から親しかったか」
「はい。同じ天文十一年生まれということもあり、親しくしておりました。先日、駿河方面を探らせていた甲賀衆からの報せで生存しているだけでなく、駿府から武田軍を追い出していたことが判明したのです」
「それは吉報じゃ……!わざわざ伝えてくれたこと、感謝いたすぞ」
「もはや当家と今川家は敵対関係ではございませぬ。これしきのこと、感謝されるほどのことではござらぬ」
たしかに遠江での今川方の拠点は悉く徳川方に転じることとなったが、武田軍の侵攻を受けた駿河が今川家のお膝元だけあって、未だ家臣たちが激しく抵抗し続けていることを知り、氏真は新たな闘志が燃え上がっていた。
「武田軍が占領しているのはあくまでも駿府の周辺に留まっておりますれば、武田軍を駿河より駆逐するは容易いことかと」
「うむ。そのようじゃ。幸先良い報せも聞けたことゆえ、予は北条軍とともに戦い抜いてみせようぞ」
「その意気でございます。それと、駿遠国境までは家老の酒井左衛門尉忠次の手勢と松平甚太郎家忠率いる東条松平勢を付けまするゆえ、どうかご無事で」
「かたじけない。この恩には必ずや報いようぞ」
「然らば、恩賞は武田軍を駿河より駆逐していただけるだけで結構にございます」
「ははは、それならば容易きこと。元よりそのつもりゆえ、任せておいてくだされ」
氏真は家康からの手厚い対応に感謝し、妻子や妹たちとともにその場を後にしようとするが、最後に立ち止まり、今生の別れとなる家康の方へ振り返った。
「三河守殿!瀬名や竹千代、亀姫らは達者に暮らしておるか?」
「ええ、瀬名は築山に築いた屋敷で娘の亀とともに達者にしておりまする!竹千代も齢十一となり、妻を持つくらいには成長しておりまする!」
「そうであったか!それを聞き、安堵いたした!ではまた会える日が来ること、心より願っておるぞ!」
それだけ言い残すと、氏真は家康の前から去っていく。そして去り際に一言、近くにいた徳川兵ですら聞き取れるか分からないほどの声量でこう呟いた。
――死ぬでないぞ、竹千代。
かくして氏真一行が本陣の表へ出ると、朝比奈備中守と岡部五郎兵衛が騎乗した見慣れぬ若武者と言葉を交わしているところであった。
「御屋形様!ご無事でしたか!」
「うむ、予も皆も無事じゃ。して、この者は?」
氏真は駆け寄る岡部五郎兵衛へ、馬上の若武者が誰かと問いかけると、その若武者は下馬して片膝をつき礼を示した。
「お初にお目にかかります、松平甚太郎家忠と申す者にございます!此度は我が主三河守より上総介殿御一行を駿遠国境までお送りするよう、仰せつかっておりまする」
そう、彼こそが東条松平家当主・松平甚太郎家忠であった。産まれたその年に父・甚太郎忠茂を日近合戦にて亡くし、家督を継いだ亀千代である。今では齢十四となり、立派に元服して家康より『家』の一字を偏諱されている。
「日近合戦にて討ち死にした松平甚太郎忠茂が遺児、亀千代であったか。そのことは亡き父より聞いておる」
「それは光栄の至り。我ら東条松平勢が酒井勢とともにしかとお守りいたしますゆえ、ご案じなさいますな」
若武者らしい屈託のない笑みを浮かべ、氏真一行を応対する松平甚太郎。そうしたところへ、遅れて酒井左衛門尉が手勢を率いて合流し、北条家から申し入れのあった駿遠国境へと出立したのである。
「左衛門尉殿、家老であるそなたが同伴してくれるとは思わなんだ」
「これは当家としての礼儀にございます。何より、北条家からは常勝軍と名高い北条一門の左衛門大夫綱成殿が率いる玉縄衆がやってくるのです。当家もそれ相応の者を向かわせねば無礼であると主君が申し、某を指名されたのでございます」
「そうであったか。たしか北条左衛門大夫殿は当主である左京大夫殿の叔母を妻としており、左衛門尉殿も主君である三河守殿の叔母を娶っておられる。そういったところも三河守殿は意識して白羽の矢を立てたのではあるまいか」
「あり得まするな。我が主のことじゃ、そういったことまで気を遣われての判断やもしれませぬ。やはり上総介殿は殿のことをよく存じておられる」
「ははは、駿府におった頃は兄弟同然に育った仲でもある。されど、他家の当主の方が家老である貴公よりも主君のことを理解しておるようでは危うかろう」
「仰せごもっとも。今後とも殿の御為、精進せねばなりませぬな」
久方ぶりに話した今川氏真からの助言を胸に、酒井左衛門尉は任務を全うするべく駿遠国境へと進み続けるのであった。




