第262話 堀江城、降伏開城す
今川上総介氏真率いる意気軒高な今川勢と北条家からの援軍が籠城する懸川城と和睦交渉を進めながらも、一切隙のない鉄壁な布陣を維持する徳川家康指揮する徳川軍。
遠江一国をほぼ手中に収められたことに満足しながらも、まだ気を緩めるわけにはいかないと緊張した面持ちの家康のいる天王山砦の本陣へ、永禄十二年四月十二日、堀江城から家老・石川与七郎数正が馬を飛ばして駆けつけたのである。
「殿!」
「与七郎か、いかがした!堀江城で何か動きがあったか!」
何か動きがあれば逐一報告するように申し伝えてはいたが、酒井左衛門尉忠次とともに交渉に当たっている石川与七郎自らが馬を駆けさせてまで天王山砦まで戻ってこなければならないような重大事が起こったのではないか、そう思い家康はつい身構えてしまうが、内容はそこまで悲惨なものではなかった。
「申し上げます。昨夜、城中より降伏開城に応じる旨の使者がございました」
「おお、そうであったか。して、与七郎が参ったということは大澤左衛門佐との交渉の条件の擦り合わせに参ったのだな」
「さすがは殿。お察しの通りにございまする。加えて、殿から大澤左衛門佐へ宛てて堀江城に引き続き在城することを許すことと、所領の安堵を伝える起請文と判物を与えていただきたく」
「それは無論じゃ。与七郎が堀江城へと戻る前に起請文と判物をしたため、準備しておくとしようぞ」
まずは大澤左衛門佐基胤を安心させるべく、主君・家康からの起請文と判物を与えることの必要性を石川与七郎は熟知していた。そのうえで、具体的な内容を記した起請文を準備するという段取りであった。
「して、あとから出す起請文は与七郎と左衛門尉の連署とするか」
「はい。左衛門尉殿と話し合った末、起請文に記すのは五カ条と相成りました」
「ほう、見せてみよ」
そう言って家康が石川与七郎の持参した起請文案へ目を通す。そこには確かに五カ条記されていた。
一、大澤らの当城居成をそのまま認めること
一、何事も大澤らを出し抜くようなことはしないこと
一、知行などもこれまで通り認めること、ただし新居の代わりに呉松を与えること
一、すべての知行分は諸不入とし、城下の成敗や山や浜名湖の権益も含め、すべて以前の通りに認めること
一、何事であろうと大澤らに関する虚説が流されたら、訴人をまず厳重に取り調べるようにすること
「ふむ、一カ条目はわしがすぐにしたためる起請文にも記す内容じゃな。わしも下手に城主を変えるは愚策と心得るゆえ、これでよかろう」
「はっ!某も左衛門尉殿もまったく同意見となりましたゆえ、安堵いたしておりまする」
石川与七郎は家康からまずもって一カ条目はこれで良いと許可を貰えたことにほっとしつつ、次なる二カ条目はどうかと問いかける。
「二カ条目もそれでよい。当家が武田の如き卑劣な真似を取ることは天地がひっくり返ってもなかろうが、起請文にしたためておくに越したことはない」
「やはり殿もそうお考えにございましたか。この条文については左衛門尉殿が盛り込むべきだと申したので加えたのです」
「そうであったか。左衛門尉が最も武田に好き放題されて憤っておるゆえ、こうした条文を盛り込んでおくのは悪くなかろう」
「では、二カ条目もこのままといたしまする」
石川与七郎は起請文案の一カ条目と二カ条目は変更なしという旨を記し、次なる三カ条目の確認へと移った。
「知行などをこれまで通り認めるとの点はわしがすぐに発給する起請文と相違ない。されど、新居の代わりに呉松を与えるとは、ずいぶん考えたではないか」
「やはり殿もお気づきになられましたか」
「うむ。新居は東海道と浜名湖水運という水陸双方の輸送における要衝。ここを大澤氏に押さえられたままでは以後も補給に悩まされることが起こりうるやもしれぬ」
「その通りにございます。万が一にも大澤氏が武田の調略を受けて逆心したとしますれば、たちまち当家の補給路が遮断され、三河と遠江の物資の供給が絶たれ、非常に危うい。そう考えましたゆえ、新居を召し上げ、当家が直接管理する方が良いと考え、起請文に盛り込んだのでございます」
「うむ、代替地として呉松を与えることも明記されておるし、これならば大澤氏も目くじら立てるようなことはなかろう」
三カ条目についても変更がなかったことを起請文案にしっかり記載した石川与七郎は続けて、四カ条目の確認を行う。
「殿、四カ条目についていかが思われますか」
「ふむ、権益について大方は今川家に従っておった頃のままとするのは良い案じゃ。あれやこれやと手を加えていては、一向に統治が進まぬゆえな」
「いかにも。あくまでも今川家の頃より認められていた権益を殿が改めて保証する、という形が良いのではないかと某も左衛門尉殿と話し合ったところにござれば」
「うむ、実によくできておる。さすがは左衛門尉と与七郎じゃ。四カ条目もこれでよい」
「はっ!ありがとう存じまする!」
石川与七郎は家康からお褒めの言葉を頂戴したことを喜びながらも、しっかりと四カ条目にも変更なしであると分かるものを記述していく。そのあたりは家中でも一番しっかりしているのが、石川与七郎という男であった。
そして確認は最後、五カ条目となった。
「殿、五カ条目は武田との戦を見据えて盛り込むべきとの左衛門尉殿からの意見を聞き、某が文面を調整したのでございますが、いかがでございましょう」
「うむ、それでよい。大澤氏に混乱が起きれば、浜名湖水運を荒らせるであろうことくらい、信玄殿も気づいておるであろうからな。領主を悪しく罵る者は敵の間者と見て、厳重に取り締まらせるがよい」
「では、五カ条目もこれでよろしゅうございますか」
「うむ、それでよい。二人の考えた起請文案のままでよいゆえ、すぐにもしたためるがよい。わしもそなたに託す大澤左衛門佐宛ての起請文と判物を準備するとしよう。今すぐにしたためるゆえ、今しばらくここで待っておれ」
「はっ!では、殿の起請文と判物が仕上がるまで、待たせていただきまする!」
石川与七郎が思わず背筋が伸びるほどの声量で発した言葉に家康はにこりと笑みを返すと、すぐにも書状をしたためるべく近侍たちに命じて筆と硯と紙を一式用意させ、すぐにも筆を取って滑らかに石川与七郎から提案された文面そのままのものを仕上げていく。
「与七郎、そなたが申しておった文面で仕上げたゆえ、すぐにも大澤左衛門佐へ届けるのじゃ」
「はっ、起請文と判物、しかとお預かりいたしました!後のことはこの与七郎と左衛門尉殿にお任せくださいませ」
家康がしたためた起請文と判物を預かるなり、石川与七郎は慌ただしく出立。ほとんど休むことなく堀江城を包囲する徳川陣営へ帰陣し、同じく交渉に当たっている酒井左衛門尉忠次の陣営を訪れた。
「左衛門尉殿、ただいま戻り申した」
「戻ったか、与七郎殿。して、殿はなんと?」
「我らが連署でしたためる起請文の内容について何も変更せずとも良い。そのままの内容を送るようにと仰せでござった」
「左様であったか。では、急ぎ起請文をしたためねばならぬか」
「然らば、左衛門尉殿は起請文をしたためる準備をお頼み申す。某は家臣に命じ、殿から預かりし起請文と判物を大澤左衛門佐がもとへ届けさせておく」
「うむ、それが良かろう」
酒井左衛門尉が書状をしたためる支度を進める中、石川与七郎は自らの家臣へ家康から預かった起請文や判物の一式を渡し、城内の大澤左衛門佐へ届けるように指示を出していく。
どちらともさほど時を要することではなかったため、すぐにも二人は起請文をしたため始め、家康からお墨付きをもらっている五カ条をそのまま列記した連署状を書き上げた。
「与七郎殿、宛先は城主の大澤左衛門佐基胤とその一族の中安兵部少輔種豊だけでよいであろうか」
「いえ、もう一人宛先に加えておきましょうぞ。中安兵部少輔種豊と同族の中安権太泰長がよかろうかと」
「うむ、以上三名に宛てての連署状が完成したとなれば、すぐにも届けさせようぞ」
連署状を仕上げた酒井左衛門尉と石川与七郎は日付が変わる前に連署状を届けるべく、適任の使者を見繕い、堀江城中へと向かわせたのである。
すでに和睦を結ぶことは城中に知れ渡っており、徳川家への敵対心が下火になりつつある城中を通って城主・大澤左衛門佐に謁見した使者は酒井左衛門尉から託された口上を述べ、件の五カ条が記された連署状が大澤左衛門佐らの手に渡ったのである。
「と、殿!こ、これは一体……!」
「信じられぬ……!所領を半分は召し上げられるとばかり思うておったが、所領については新居が召し上げられ、代替地が呉松となったほかに変更はないなどと、これは夢ではあるまいな」
「殿、夢ではございませぬぞ!権益についてもこれまで通り認め、殿が堀江城に在することも認められておりますれば……!」
大澤左衛門佐と中安兵部少輔の主従は酒井左衛門尉と石川与七郎による連署状の内容に目を通すなり感激していた。
てっきり所領が大幅に削られることになるのだろうと考えていた大澤左衛門佐にとって嬉しい誤算であった。
「使者殿、我らの降伏開城を好条件でもって遇してくれたこと、礼を申しておったことを石川与七郎殿、酒井左衛門尉殿の両名にお伝えくだされ」
「はっ、立ち返ってしかと主に伝えまする!では、これにてご免!」
酒井左衛門尉と石川与七郎によって派遣された使者は堀江城主・大澤左衛門佐からの伝言を伝えるべく、ただちに本陣へ戻った。
「ほう、好条件と申しておったか」
「左衛門尉殿、たしかに大澤左衛門佐にとっては好条件やもしれぬ。おそらく、もっと理不尽なことを求められると思うておったのではないか」
「所領の大幅減封や転封といったことか」
「いかにも。何せ、今川方の将として長らく抗ったのじゃ。そのくらいは覚悟しておったであろう」
「なるほどのぅ。じゃが、殿は原則として降伏を申し出た者の知行は安堵としておられる。これが殿の定められた方針でもある」
「さしづめ自分はそれには該当しないとでも思っておったのであろう。まあ、今となってはそのようなことはどうでも良いのですが」
酒井左衛門尉と石川与七郎はそこまで言い終えると顔を見合わせて笑いあった。見事に難航するかに思われた大澤左衛門佐の籠もる堀江城の降伏開城をめぐる交渉を見事にまとめ上げたのであるから。
「ともあれ、このことは殿にもご報告せねばならぬ」
「うむ、与七郎殿は一足先に戻り、殿への報告を頼む。わしは大澤左衛門佐と直に会って徳川への従属が偽りでないかをこの目で確認した後、懸川へ合流することといたす」
「うむ。ではこのこと、殿に伝えておくとしようぞ」
酒井左衛門尉が現地で大澤左衛門佐の投降が偽装投降でないかを最終確認をしている間に懸川城を包囲する天王山砦の家康本陣へ、翌十三日に石川与七郎は到着したのである。
「与七郎か、ずいぶんと疲れておる様子じゃが、近ごろはあまり眠れておらぬのではないか」
「いえ、そのようなことはございませぬ。それはさておき、堀江城の開城交渉はまとまりましてございます」
「でかした。やはり左衛門尉と与七郎に委ねたは正解であったな。こうも早く交渉がまとまるとは思わなんだ」
「某も左衛門尉殿も同意見にございましたが、どうやら大澤左衛門佐……殿はもっと厳しい処置が下されると思っておったらしく、五カ条の内容のいずれもすんなりと受け入れたとのことです」
「そうであったか。それならば良いのじゃ」
石川与七郎から堀江城の降伏開城の交渉も上首尾に終わったことを聞き、かつてないほど上機嫌となる家康。
それもそのはずであった。堀江城が徳川の支配下となったことで、遠江国で今川方として健在なのは他でもない今川氏真が籠城する懸川城のみとなったのである。
「侵攻開始から早四ヵ月。ようやくここまで漕ぎつけたか」
「長い戦いにございましたな」
「じゃが、まだ懸川城の開城交渉はまだ纏まっておらぬ。この交渉さえ相成れば、めでたく当家は三河と遠江の二ヵ国を有する大名となる」
「まこと、この光景を先代広忠公や先々代清康公がご覧になられたならば、いかほど喜ばれることか」
「与七郎、まだまだ捕らぬ狸の皮算用というやつじゃ。ゆめゆめ油断してはならぬ。武田軍もまだ駿河に留まったままゆえな」
そう石川与七郎を諭しつつも、武田が駿河領有に手こずる中で、徳川の方が先に遠江を抑えられたことに大満足する家康なのであった。




