第260話 堀川一揆鎮圧と麦の刈り取り
遠江国懸川の徳川陣中が武田信玄から今川氏真との和睦交渉を中止するよう強く求められ、徳川家中が武田への不信感を爆発させている頃。
同国堀川城に籠城していた一揆勢を攻めるべく、宇津山城をはじめとする浜名湖西岸の湖西地域を鎮定した酒井左衛門尉忠次率いる東三河衆が包囲を開始している最中であった。
「左衛門尉殿!」
本陣を構え、堀川城の曲輪配置と周囲の地形が描かれた絵図と睨み合う酒井左衛門尉忠次のもとへ駆け寄ったのは酒井左衛門尉よりも齢が十八も下の森川金右衛門氏俊という二十五歳の若武者であった。
この森川金右衛門の父・堀場氏兼は尾張の武士で織田家に仕えていたが、母方の叔父は森川氏次といって曳馬城主であった飯尾豊前守連龍の客将となっていた。
そんな叔父・森川氏次は四年前の永禄八年十二月二十日に駿府にて飯尾豊前守が誅殺された際にともに討たれてしまい、その話を聞きつけた家康に招かれて徳川家臣となり、父方の堀場の氏ではなく、母方の森川氏を称していた。
そんなわけで森川金右衛門は遠州に所縁のある家柄であることから、家康の命で酒井左衛門尉とともに浜名湖周辺の今川方の城を制圧する役目を与えられ、ここに在陣しているのである。
「おう、金右衛門か。一揆衆は降伏に応じると申したか」
「新田友作とか申す者を始め、百名にも届きませぬがその者らは降伏するとのこと。されど、そのほかの者は降伏には応じぬ、城が欲しくば力ずくで奪いに参れと申しておりました。おそらく、この城が満潮になると舟で往来するほかなく、干潮時でも出入口が一ヵ所のみの要害でありますから、難攻不落の自負が城方にはあるのではなかろうかと」
「ふむ、そうであろうな。ならば、降伏に応じると申した者だけでも城を退去するよう命じるとしようぞ」
「そうですな。戦う気のない者を戦に巻き込むわけには参りませぬゆえ」
根が真面目な森川金右衛門は、この時の酒井左衛門尉のわずかな表情の変化に違和感すら感じず、降伏に応じる者は先に城を退去せよと大声で呼ばわり、城を退去した新田友作とその家臣らは見逃され、何処かへ落ちていった。
かくして城へ残った者は老若男女含めて千五百を超えたが、これを包囲する酒井左衛門尉率いる東三河衆はその倍以上の兵力を有していた。
「左衛門尉殿、いかにして攻められるご所存か」
「満潮になる前に力攻めで落とす。攻撃開始は今月二十七日とせよ」
「ははっ!では、各隊にその旨を伝えて参りまする!」
数の上では千五百人が立て籠もっていると聞かされても酒井左衛門尉は微塵も恐怖が湧かなかった。何せ、半数近くが女子供なのだからまともに戦える兵は千に満たないのだから。
明けて三月二十七日。潮が干潮になると同時に四方より徳川勢は嫌というほど弓鉄砲を城内に打ち込んだ。
これまでまともに城を攻められたことのなかった堀川城は、この徳川勢から容赦なく放たれる弓鉄砲による攻撃で混乱に陥った。城壁や櫓から応戦しようとする兵士が次々に戦死して城の内外を問わず落下。
眼の前で人が死んでいく光景に耐えられなくなった女子供が絶叫し、それを鎮めようとする間にも幾人もの死体が出来上がり、混乱は増すばかりであった。
大澤左衛門佐基胤の命を受けて堀川城の応援に駆け付けた二十名ばかりの大澤家臣も手練れであったが、半数近くを女子供が占める籠城戦など経験がなく、対応が後手に回る。
そうしている間に城の唯一の出入口の方から鬨の声とともに木槌が城門を粉砕するべく叩きつけられる音が響き渡る。
「ちっ、城の四方から弓鉄砲を撃ちかけて参ったは陽動!敵の真の狙いはその間に門を打ち破り、城内へ突入することであったか!」
手練れの大澤家臣たちが城門付近で采配を取り、防ごうとするも攻め寄せる徳川兵と練度が違う。わずかに地侍たちも混じっているが、大半が寄せ集めの百姓集団では如何ともしがたく、攻撃開始から一刻と経たず、城門が破られ、城内へ徳川勢の侵入を許してしまう。
「敵が城内に侵入したぞーっ!」
櫓から響く声に戦える者たちが駆けつけて必死に防戦し、一度は徳川勢を城門の外まで押し出すことに成功するなど、激しく抵抗した。この戦模様はすぐにも酒井左衛門尉へと注進される。
「申し上げます!我が軍が城門を打ち破り、一度は城内への侵入に成功するも後退!平井甚五郎様がお討ち死に!」
「相分かった!」
徳川家臣にも戦死する者が出始めた。そのことに酒井左衛門尉が焦り始めるところへ、別の伝令兵が駆け込んでくる。
「申し上げます!一番乗りの大久保甚十郎様、敵の銃弾を受けてお討ち死に!」
「馬鹿なっ、甚十郎が討たれたと申すか……!」
大久保甚十郎は齢十七の若武者であり、家康から託された大久保七郎右衛門忠世の嫡男・新十郎忠泰と同い年の次代の徳川を担う者たちである。勇猛果敢な若武者の死を受け、酒井左衛門尉は頭を抱えるが、今さら攻撃をやめるわけにはいかなかった。
「作戦は継続!城へ弓鉄砲を撃ちかけている隊には今より四半刻のみ火矢に切り替えよと伝令を!」
「ははっ!急ぎ向かいまする!」
普通の矢や鉄砲を城内へ打ち込むだけでは手緩いと判断した酒井左衛門尉は火矢の使用を命じた。それも城内へ攻め入る味方に被害が出ないように時間制限まで設けたうえで。
かくして城の外からは次々と火矢が撃ち込まれ、城内の建物に次々と引火し、城内はたちまち灼熱地獄と化した。
「落ち着け!落ち着かぬか!慌てて鎮火いたせば慌てることではないぞ!老人と女子供で手分けして水を井戸からくみ上げ、消火に努めよ!男衆は城門に攻め寄せる徳川勢を城内へ入れぬことに専念せよ!」
懸命に声を枯らしながら地侍や大澤家臣が指揮を執り、城中の混乱を鎮めて鎮火と敵の迎撃を分担して行うが、そのようなやり方でしのげるほど徳川勢の攻撃は手緩くなかった。
酒井左衛門尉の定めた四半刻が過ぎると、たちまち元の弓矢や鉄砲に持ち替えた徳川勢が容赦なく矢玉の雨を降らせる。そして、城門に殺到する徳川勢は味方を殺されて畏怖するどころか、殺意を増してぶつかっていき、再び城内へ侵入し、瞬く間に城を制圧。
城に残っていた一揆勢八百を討ち取り、残りの女子供を含めた七百余人を捕虜として連行したのである。
「おお、新十郎殿も無事であったか」
「某のような若造にまで殿を付けずとも良いですぞ、左衛門尉殿。それよりも見てくだされ!初陣から敵将の首を挙げてやりましたぞ!」
「でかした、さすがは七郎右衛門殿の嫡男じゃ!このこと、すぐにも懸川の陣におる七郎右衛門殿へ知らせてやるがよろしかろう」
「はいっ!」
無事に城攻めから生きて戻ってきた大久保新十郎忠泰は兜首一つを持参していた。初陣から武功を上げるとは、さすがは大久保党の跡取り息子だと酒井左衛門尉は感嘆したが、次の瞬間には戦後処理が待ち受けていた。
「金右衛門!」
「はっ!」
「捕虜とした一揆勢七百余名、女子供も含めて都田川の堤に連行したか」
「はっ、ご命令の通りにいたしました」
「よし、全員の首を刎ねよ。見せしめじゃ」
酒井左衛門尉からの捕虜とした一揆勢を女子供もろとも斬首せよとの命令に、森川金右衛門は吐き気を催したが、これくらいの見せしめがなければ敵地を自領として統治していくことはできないのだと腹をくくった。
それからの都田川の堤上は地獄絵図と化した。堀江城から援軍に来ていた大澤家臣であろうが、一揆に加わった地侍であろうが、はたまた百姓であろうが、女子供であろうが、例外なく処刑されたのである。
かくして予め降伏すると言って城を退去した新田友作とその家臣たちを除き、堀川一揆に加担して堀川城に籠城していた者たちは皆殺しとされ、堀川一揆は文字通り一日で壊滅させられたのであった。
「左衛門尉殿、無事に処刑が終わったとのことです」
「左様か。辛かったであろうが、これもまた徳川のため。何より、無謀な一揆を起こして領民を死なせないため、必要な犠牲であったのじゃ」
森川金右衛門も酒井左衛門尉の言わんとすることは十二分に理解している。しかし、実際に都田川の堤上で繰り広げられた惨劇を前にしては易々と「はいそうです」などとは口が裂けても言えなかった。
ともあれ、堀川城の陥落により、徳川軍に和睦もせずに抵抗し続けているのは大澤左衛門佐が守る堀江城のみとなった。
「堀江城攻囲中の菅沼新八郎定盈よりの伝令にございます!」
「おう、新八郎殿からの伝令か。申してみよ」
「はっ!先日のご命令の通り、付城の構築を進めておりまする!」
「おお、そうか。我らも堀川一揆鎮圧が成せたゆえ、全軍で堀江城へ向かうゆえ、付城構築の人手も増えるゆえ安心せよと伝えてくれ」
「はっ!承知いたしました!加えて、我が主菅沼新八郎が申すに、城周辺の麦を刈り取るのはいかがかと!これを放置しては敵の年貢となってしまい、兵糧攻めが長引く恐れもあるとのことで」
菅沼新八郎定盈からの提案は絶妙であった。酒井左衛門尉が何のために付城の構築を命じたのか。その意図を汲んだうえで敵の食料の源となる麦を先に刈り取ってしまうのはどうかと献策してきたのである。
そんな菅沼新八郎からの魅力的な提案に対する酒井左衛門尉の返答など、言わずと知れていた。
「許可する。堀江城周辺の麦を刈り取ったうえで城を封鎖し、兵糧攻めといたす!このこと、すぐにも新八郎殿へ伝え、支度を進めておくように」
「承知いたしました!」
伝令はすぐに堀川城を発つと、一刻とかからずに堀江城包囲中の菅沼新八郎の陣へと帰りついた。
「左様か、左衛門尉殿は麦の刈り取りを実施すると仰せであったか」
菅沼新八郎はすんなり自分の提案が通ったこともあり、嬉々として麦を刈り取る支度を開始する。そんな堀江城周辺の麦の刈り取りは酒井左衛門尉率いる東三河衆が合流した直後、すぐに実施された。
「良いか!この麦を刈り取ってしまえば、敵の食料とはならぬ!敵を兵糧攻めにするうえでは欠かせぬことなのじゃ!心を鬼にしてかかれっ!」
足軽大将らの号令で足軽たちが慣れた手つきであと一ヵ月で収穫できるところまで成長していた麦を刈り取っていく。
二毛作が広く行われていた戦国時代、田植え前に麦を収穫し、稲刈りが終わった後の秋に麦の種まきを行う。すなわち、昨年の秋に播種して一ヵ月後に自分たちの食料となる予定であった麦が、城を囲む徳川勢によって目の前で刈り取られていく。
そして刈り取られた麦が徳川軍の足軽によって慣れた手つきで荷駄車に山積みにされ、徳川方の陣中へ続々と回収されていく。
それを堀江城の櫓から眺める大澤左衛門佐は怒りとともに櫓の柱に拳を叩きつける。その傍らで歯ぎしりする中安兵部少輔種豊が大澤左衛門佐へあることを進言する。
「殿、ここは打って出て徳川の奴らを駆け散らしてやりましょうぞ!我らの麦を刈り取られて、指をくわえてみているなど到底できませぬ!」
打って出て徳川勢を蹴散らし、麦の刈り取りを阻止すべきというのが中安兵部少輔の意見であったが、それを大澤左衛門佐は手で遮った。
「それこそ敵の思う壺じゃ。見てみよ、麦を刈り取る足軽どもの周りには武装した徳川勢も待機しておる。城を打って出たならば、そこを鉄砲や弓で狙われてよしじゃ」
「くっ!黙って見ておるしかないのか……!」
「見ておるしかないのじゃ。もはや年貢収納は望めぬであろう……」
「加えて、宇津山城も堀川城も落ち、この浜名湖周辺で徳川と交戦中なのはこの城だけじゃ!もはや浜名湖水運の主導権も徳川に奪われてしまったのですぞ……!」
麦の刈り取りで期待していた食料が見込めない。そのうえ、浜名湖水運の主導権を徳川に奪われたことで物資の補給もままならない。完全な孤立無援であり、これまで握っていた大澤氏の湖の領主としての強みなど、皆無に等しかった。
「殿、兵糧はいかほど残っておりましたでしょうや」
「兵部少輔、わしに確認せずとも分かっておろう。城内の兵粮は持って二ヵ月じゃ。六月上旬には兵粮は枯渇する。その頃には麦が収穫できるゆえ、それで稲刈りまで食いつなぐつもりであったが、それすらも叶わなくなってしまったのじゃ……」
城主・大澤左衛門佐に言われずとも中安兵部少輔種豊も自分たちが置かれた状況は嫌というほど理解していた。
だからこそ、改めて大澤左衛門佐にすべてを告げられ、膝から崩れ落ちるほかなかったのである……




