第258話 懸川開城交渉、始まる
今川上総介氏真が陣頭指揮を執る姿をその眼で見て、この強襲策では落とせないと判断し、全軍に退却を命じた家康は旗本衆らとともに天王山砦へと帰陣し、戦傷を癒やしていた。
「殿!何故、撤退をお命じになられたのですか!」
「平八郎の言わんとすることは分かっておる。じゃが、敵の備えを見て、これではいたずらに犠牲が増すばかりじゃと思うてな」
「……っ!」
本多平八郎はそれ以上言い返すことはなかった。それは実際に前線に出て戦った彼にも、今川方の備えの固さ、士気の高さから考えてあのまま突破することは難しいと肌身で感じていたからであった。
それもあり、強襲策の失敗について指揮官である家康を攻める者は誰一人いなかった。
「されど困りましたな。精鋭の旗本衆を動員してなお、力攻めで落とせぬとあっては落とせぬやもしれませぬ」
ぽつりとつぶやいた石川与七郎数正。だが、彼のその一言に今の家康の悩みのすべてが凝縮されていた。今川方にも甚大な被害を与えたが、こちらも味方に甚大な被害を受けている。このまま戦いを続けても双方に犠牲が増すばかりで益はない。はてさて、どうしたものか。
そう家康が考え込んでいると、榊原小平太康政が大須賀五郎左衛門尉康高とともに血相変えて本陣へと駆け込んできたのである。
「殿!一大事にございまする!」
「城方が打って出て参ったか!」
「いえ!今川への援軍を乗せた船が天竜川河口の懸塚湊に到着したとのこと!」
「なんじゃと!」
懸塚湊は懸川城から南西へ六里半ほど進んだ地にある。そんなところへ今川への援軍が到着したとあっては、絶対に懸川城へ合流させるわけにはいかなかった。
「小平太と五郎左衛門尉はただちに懸塚湊へ急行せよ!断じて懸川城へ合流させてはならぬ!」
「ははっ!」
「承知いたしました!」
家康から懸塚湊へ急行するよう命じられた榊原小平太と大須賀五郎左衛門尉はすぐに動かせる部隊を率いて進軍。急行軍であったが、それに付いて来られるのは、さすが三河武士というべきであった。
「五郎左衛門尉殿、一足先に湊を見てきたが、敵兵は舟から荷駄を下ろしている最中じゃ」
「助大夫殿、物見してくださったこと、感謝いたす!さっ、小平太殿。今のうちに敵を制圧してしまいましょうぞ」
「いかにも。これこそ千載一遇の好機!参りましょうぞ!」
そう言って真っ先に榊原小平太とその与力衆が進み出て、大須賀五郎左衛門尉の組も負けじと前進を開始。
三河一向一揆平定後、大須賀五郎左衛門尉の組に属していた筧助大夫正重は物見してきた土地勘を活かして榊原・大須賀の両組を案内し、懸塚湊への急行軍を大いに助けた。
「五郎左衛門尉殿、あの旗は……!」
「北条鱗……!どうやらあの援軍は北条家から派遣されたようでござるな」
敵が北条家から派遣された者たちだと知った榊原小平太、大須賀五郎左衛門尉の判断は迅速果断、すぐにも突撃を命じて攻撃したのである。
徳川の旗を掲げた部隊が攻め寄せてきたことに北条の援軍は狼狽えながらも応戦したが、不意を突かれたこともあり防ぎきれぬと判断するなり舟へと戻り、続々と湊を離れていったのである。
「ちっ、取り逃がしたか!」
大須賀五郎左衛門尉の組に属する筧助大夫は地団太を踏んで悔しがった。だが、そんな筧助大夫に悔しがることはないと語りかけたのは大須賀五郎左衛門尉であった。
「助大夫殿、これで良いのじゃ。兎にも角にも懸川城と合流させぬことが先決。見てくだされ、船は西へ去っていき申した。差し詰め、堀江城にでも向かったのではござるまいか」
「なるほど、左様にござるな。然らば、これ以上の追い討ちは無用にございますな」
「いかにも。ひとまず鹵獲した品々を天王山砦まで持ち帰ることといたしましょうぞ」
大須賀五郎左衛門尉の言葉に納得したのか、筧助大夫はそそくさと鹵獲品を持ち帰るべく、支度を進めていく。それより早く、榊原小平太の組の者が天王山砦の家康本陣へ敵援軍を撃退したことを報告したことで、緊張が走った本陣は張り詰めていた糸が切れたようであった。
「殿、ひとまず敵援軍は撃退できましたが、それでも目の前の戦局が変わるわけではございませぬ。次はいかがなされまするか」
「そのことじゃが、今しばらくわしにも考える暇をくれ。その間、皆には砦から打って出てはならぬと命じ、守りと監視を徹底させよ」
ため息とともに発された家康の命に、家臣一同が一礼して本陣より下がっていくと、家康の考え込む日々が始まった。春めいた暖気に包まれる日が続く中、三日三晩寝ずに対応策を考えた家康は石川与七郎や石川日向守家成の両家老を呼び寄せた。
「殿、何か良策を思いつかれましたか」
「否、策など出し尽くした」
「で、では何故我らをお呼びになられたのでしょうや」
良き策を思いついたゆえ、家老らに聞かせたうえで意見を求める。そんないつもの流れを想定していた石川与七郎、石川日向守の両名であったが、違ったことに驚き、顔を見合わせる。
「わしは今川と和睦することを決めた」
「なるほど和睦をと……。と、殿!今和睦と仰せに!?」
「うむ。これ以上、当家も犠牲を出すことは避けたい。じゃが、城方とてそれは同じ事であろう」
「されど、城方が和睦を受け入れましょうか」
「細かな調整は必要となろうが、受け入れる可能性がある」
どうしてそこまで自信たっぷりに今川が和睦を受け入れると断言できるのか。石川与七郎にも石川日向守にもはかりかねていた。
「わしは武田と敵対することを見越して越後の上杉弾正少弼殿と書状のやり取りをしておる。そうであろう、日向守」
「はい。ですが、それとこれとでは話が違うのではないかと」
「違わぬわ。もはや武田と戦うのであれば、目下武田と戦っておる今川と北条は同志といってもよい」
「すなわち敵の敵は味方である、と?」
ようやく事態が飲み込めた様子の石川日向守の様子に家康は大きく頷いた。将来的に武田と戦うのであれば、もはや今川と北条と戦って消耗するのは得策ではない。それをして最も利を得るのは武田なのだから。
「されど、どのような条件で交渉なされるので?」
「与七郎がどう考えておるかは分からぬが、わしは和睦に応じて懸川城を明け渡していただけるならば、北条氏と申し合わせて武田を追い払い、氏真一行の駿府帰還に尽力すると申し伝えるつもりでおる」
「なるほど、それならば和睦に応じる可能性はありましょうな。城方も命は助かるばかりか、北条家とともに武田を追い払って今川家が駿府に返り咲く絵を描くことが賢明であると考えましょう」
今川と北条で武田と徳川と戦う構図よりも、今川と北条、徳川が連携して武田と戦い駿河を追い出す構図の方が今川家は駿河を奪還できる可能性は高い。
「されど、懸念すべきことが一つございまする」
「ほう、懸念すべきことじゃと。与七郎、忌憚なく申してみよ」
「はっ、然らば言上いたしまする。当家と武田が交わした起請文には『徳川氏も武田氏も相互の合意なく今川方と無断で和睦すべからざること』と記してございます。それこそ、左衛門尉殿が下条伊豆守へ詰問したのと同じことを我らがすることとなりまする」
「ははは、あちらが先に破った約定をこちらが遵守する道理はない。今さらこちらがどうしようが、武田にとやかく言われる筋合いはない」
それこそ『おのれらは破ったくせに我らには約定を遵守せよと、どの口が申しておるか』と先月末に酒井左衛門尉が下条伊豆守にぶちまけたのと同じことを家康は言っているのであり、それは至極当然のことであった。
「しかし、必ずや武田は当家へ詰問して参りましょう。その対応も考えておかねばなりませぬ」
「うむ。そうじゃな。懸川の交渉がまとまるまでは時を稼がねばならぬ。あれやこれやと言い訳を並べるとしようぞ」
「そ、それで通じましょうか」
「ふん、向こうは武田上野介らの独断が招いたことで、数日前まで山県三郎兵衛尉はおろか、主君である信玄殿も知らなかったなどと適当な申し開きをしてきたのだ。こちらも適当に聞き流して、再び起請文の交換でも持ち出せばよい」
武田上野介らの独断で行われた安倍一揆衆との和睦は事実に相違ないのだが、それで弁明された家康や酒井左衛門尉は適当並べた大嘘であり、武田は不誠実な対応を取ったと怒り心頭であった。
それゆえに、まともに武田から詰問されてもまともに対応する必要はないと家康は断じているのである。
「殿のご存念は我らも理解いたしました。こうなれば、殿の思われる通りになさってくだされ。武田の不誠実な対応に腹を立てておるのは、何も殿だけではございませぬ」
「そうか。ならば、そういたす。日向守はただちにこのことを上杉家の河田豊前守殿へ書状で知らせるのじゃ」
「はっ、承知!」
家康の命を受け、ただちに上杉家重臣・河田豊前守長親へ懸川とは開城交渉に入ったことを報せる書状をしたためるべく、自陣へ戻っていく石川日向守。それを見届けるなり、家康は残る石川与七郎へも指示を飛ばしていく。
「与七郎は適当な使者を見繕い、今川家臣の小倉和久のもとへ派遣し、和睦を申し入れさせよ」
「しかと承りました。殿の書状は持たせましょうか」
「そうじゃな、すぐにもしたためるゆえ、使者の選抜は与七郎に一任する」
「ははっ!では、すぐに支度にかかりまする!」
家康の命を受け、弾かれるように石川与七郎は本陣を飛び出し、使者の選抜をするべく頭を高速回転させていく。その間に家康は城内の今川上総介氏真に宛てて、和睦を申し入れたいとの意向とそれをすることが双方のためになると説いた書状を書き上げていく。
そうして三月八日に慌ただしく準備された今川家との和睦に向けての交渉は、まずもって今川家臣・小倉和久のもとへ家康直筆の書状を持参した使者が到着したことで幕開けとなった。
思いがけず城を包囲する家康から降伏勧告でなく和睦を求める使者が到着したことは、すぐにも氏真のもとへ報告された。
「なにっ、三河守から和睦を求める使者が参ったと!」
「はい、使者が申すには口上はなく、書状に主家康の本心が綴られておりますので、ご一読くださるようにと……」
「よかろう、ならばその書状を予のもとへ持って参れ」
使者を受けた小倉和久がそそくさと使者が持参した家康の書状を取りに行っている間に氏真は重臣である朝比奈備中守泰朝、三浦次郎左衛門氏満、岡部五郎兵衛元信ら重臣を集めて書状を待った。
そうして家康からの書状が小倉和久より氏真へと献じられると、すぐにも氏真は書状を開封し、中身を確認していく。
「御屋形様、三河守からはなんと!」
「『遠江を家康に下されたい。もし家康が取らねば信玄に奪われてしまうでしょう。私に遠江を譲り、和睦をしてくだされば、北条氏と申し合わせの上、信玄を追い払い、氏真殿を駿府に帰還させる努力をいたします』と、かように申してきておる」
氏真から伝えられた家康からの書状の内容を聞いた今川重臣の反応は様々だった。
「おのれ、三河守め!何様のつもりじゃ!のっけから遠江をよこせなどとは無礼千万!」
「されど、備中守殿。徳川からの申し入れは決して悪い話ではござらぬ。このまま徳川を相手に籠城を続けるよりも、駿河を奪還することが叶うは魅力的じゃ」
「某も五郎兵衛殿と同意見にござる。北条が東から、当家と徳川が西から挟撃すれば、信玄とてひとたまりもあるまい。これならば容易く駿府館はおろか、駿河一国を武田より奪い返せましょう」
朝比奈備中守は家康からの和睦の内容を無礼だと怒ったが、岡部五郎兵衛と三浦次郎左衛門は賛同の意を示した。それを見ていた氏真も思うところを述べていく。
「遠江を下されたいとの一節じゃが、もはや徳川に従っておらぬ遠江の城はこの懸川と大澤左衛門佐の堀江城と堀川一揆が籠もる堀川城。それと武田に従属しておる奥山大膳亮のみじゃ。もはや遠江は徳川のものと言って差し支えない。ならば、遠江は徳川に割譲してやり、そのうえで真の敵である武田に挑む方が良いと予は考える」
氏真の考えにそれでも賛同しかねると言いたげな朝比奈備中守であったが、不服そうに口を真一文字に結んで沈黙するだけで不服を訴えることはしなかった。
「されど、三河守の真意を測る必要もあるゆえ、すぐに応じることはせぬ。今しばらくは和戦両様の構えを継続することを皆に命じておく」
氏真の思案するとの返答を受け、徳川と今川の和睦は双方ともに和戦両様の構えを継続したまま条件の擦り合わせなどが行われていくことと定まったのである――




