第257話 再会せしは竹馬の友
永禄十二年も早くも三月へ突入した。信越国境も雪解けの気配が漂い始め、駿河国興津で北条軍と対峙する武田信玄が北信濃や上野へ上杉軍が侵攻するのではないかと気が気でなかった頃。
その上杉弾正少弼輝虎は重臣・河田豊前守長親を呼び寄せ、今後のことを評議している最中であった。
「豊前守、懸川からの便りは実に色よいものであったな」
白の盃に並々と注がれた酒を煽りながら上杉弾正少弼は全幅の信頼を寄せる重臣へ語り掛ける。十年前に輝虎が上洛した折に美貌と才能を認められて側近として取り立てられた知勇兼備の重臣はにこやかに返答していく。
「はい。懸川の攻囲は進み、今川方は追い詰められている様子。とはいえ、某宛に書状が届くとは思いませなんだ」
「ふっ、たしか一年前に豊前守が徳川へ書状を送ったきりのやり取りであったな」
「はい。されど、当家の手の者の調べでは先月末も徳川が武田へ詰問する出来事があったとのこと。我らが思っておる以上に両家の中は悪化しているものと思われまする」
「であるならば、北信濃や上野へ侵攻する時が来たか。これも毘沙門天のお導きか……」
悠然と自前の盃へ酒を注ぎ、妖艶な笑みを浮かべる上杉弾正少弼。ようやく北越後の本庄繫長の乱を平定し、越後国内の動乱も収まったところ。加えて雪解けともなれば、北信濃や越山して上野を攻めるには良い季節であった。
「されど、御屋形様。京の公方様や織田弾正忠殿からは甲越和与を命じる御内書と副状が届いておりますが、いかがなさいますか」
「ふむ。公方様の仰せとあらば従わずばなるまい。されど、この機を逃せば、信玄を叩く機会は二度と訪れまい」
「いかにも。関東の北条とも講和し、同盟交渉も始まっておりますれば、北条と協同で上野を制圧するもよし、北条が駿河へ傾注している間に北信濃へ進出するもよし、いずれにせよ絶好の好機にございますれば」
河田豊前守の申すことはその通りであり、上杉弾正少弼は優雅に頷いてみせる。彼の脳内に北条との和睦はあっても、武田との和睦だけはあり得なかった。
北条との戦いが始まったのは関東管領へ就任してからであり、武田信玄はそれ以前からの宿敵。今さら武田と和することなど断じてあり得なかった。
「されど、我が北条と和することを良く思わなかったのか、房総の里見は我らとの同盟を破棄し、武田と結ぶ構え」
「里見と北条は犬猿の仲にございますれば、やむを得ぬ仕儀と心得まする」
「だが、常陸の佐竹をはじめ、我らにこれまで味方してきた関東の諸豪族は我と手を切って武田と結んででも北条と戦うであろう。関東管領の我に心より服従しているわけではないゆえな」
「申し上げにくきことながら、そうでありましょう。されど、関東の諸豪族に与して北条と戦うよりも、北条と和してでも武田との戦いを優位に進めるは得策かと。越中の一向一揆とも戦う中で北信濃で武田、関東で北条を相手どるはいささか無理がありました。ここは戦うべき敵を見定めていく時期にございましょう」
――さすがは河田豊前守、我の考えをよく理解している。
上杉弾正少弼は内心で優秀な側近に感心しながら、新たに酒を煽る。
「我らと同盟するにあたり、大石源三氏照率いる北条軍は関宿城の包囲を解き、上野で北条方となっていた諸豪族を我に従うことも承諾し、我への誠の心を示した」
「はい。さすがは北条相模守氏康と御屋形様がお認めになられただけの人物にございます」
「うむ。ゆえに我はこれまで通り関東管領職を北条へ認めさせる代わりに、相模守の甥にあたる足利義氏を古河公方として認めることで、その誠へ報いた」
「当家は武田方の西上野を除く上野を確保したうえで、北条家に関東管領職と北条家が擁する古河公方も認めたことで無理に越山して関東で戦う必要はなくなったわけですからな」
これで上杉家の敵は越中の一向一揆と武田家に絞り込めた。このことは四方八方を敵に囲まれていた上杉弾正少弼にとって転機とも言うべきことであった。
「されど、最も懸念すべき事案が残ってございます」
「ふっ、常陸の佐竹と結んでいる太田三楽斎がことであろう」
「はい。当家と北条家から太田三楽斎へ先の北条家と里見家で勃発した三船山合戦で戦死した太田三楽斎の子である太田氏資に代わって太田三楽斎を岩付城に入れる代わりに、佐竹氏と縁を切って片野城など常陸の所領を放棄することを求めておりますが……」
「うむ、先祖代々の血である武蔵国岩付へ戻れると喜んで合意すると思うておったが、太田三楽斎と上田朝直の間で争われていた松山城の処遇で合意がまとまらないうえに太田三楽斎は常陸の所領も岩付同様に保証されることを求め、佐竹常陸介義重とともに反発してきておる」
太田三楽斎の処遇で揉めていることを語る上杉弾正少弼であったが、要請に応じないならば関東管領の名のもとに成敗するだけのことであるため、さほど悲観した様子もなく、美しい所作を保ったまま酒を注いでは飲み干し、注いでは飲み干していく。
そうして上杉家と北条家の講和が越相同盟へと昇華されようとしている頃、両者から共通の敵と認識されている武田信玄は一向に進展しない甲越和与に焦っていた。
「お、御屋形様!」
「三郎兵衛尉、先ほどの織田の使者とのやり取りを聞いておったのか」
織田家からの使者を招いて再度将軍義昭に甲越和与を取り計らってほしいとの旨を伝えていたところであった。足利義昭からの甲越和与に応じるよう命じる御内書を快諾した信玄であったが、一向に上杉弾正少弼は応じる気配がなく、武田・上杉間の交渉は頓挫していた。
それゆえに、織田信長に依頼して再度将軍である足利義昭から甲越和与の下知を出してもらおうとしていたのである。その交渉を隣の間でじっと聞いていた山県三郎兵衛尉昌景は、予想だにしなかった主君の狼狽ぶりに焦ったのである。
「よもやあそこまで丁重に織田の使者に頼み込み、あまつさえ頭を下げられるとは思いませなんだ」
「じゃが、あれぐらいのことをせねば、この窮地は乗り切れぬ」
そう肩を落としながら語る憔悴しきった信玄がこの時使者へ託した書状には『もし信長に見放されたら、信玄は滅亡するしかない』との弱音が記されているほど、今の武田家は追い詰められていた。
「して、三郎兵衛尉」
「はっ!」
「酒井左衛門尉とのこと、収まったであろうな」
「はい。ひとまず、某から表裏なきことを誓う起請文を差し出し、そのうえで酒井左衛門尉が息女を近日中に懸川の徳川陣所へ送り届ける手筈となっておりまする」
「そうか、それならばよい」
いつものような覇気が言葉の端々から感じられない。そこからも信玄の憔悴ぶりは山県三郎兵衛尉にも伝わってくる。だからこそ、主君をこのような目に遭わせる北条も上杉も、徳川も許すまじとの怒りが沸々と湧き上がってくる。
「御屋形様、ひとまず本日のところはお休みくださいませ。これ以上はお体に障りまする」
「うむ。すまぬが、儂が休む間のことは頼むぞ、三郎兵衛尉」
山県三郎兵衛尉はこの世でただ一人の敬愛する主君を労わり、寝所まで送り届けると決然と陣中へ戻り、くまなく見回っていくのであった。
そして、そこまで信玄が憔悴しきっているなどとは夢にも思わない懸川城攻囲中の徳川三河守家康は三月五日、懸川城を強襲するく動き出していた。
「殿、なんでも先日三河浄珠院に鐘と鐘楼を寄進するよう本国三河へお命じになられたとか」
「ははは、与七郎は耳が早いの。うむ、明日は父上の命日ゆえ、父の菩提のために寄進くらいはしようと思ってな」
「そうでしたな。先代広忠様が亡くなられたのは天文十八年の三月六日……」
「天文十八年となれば今より二十年前じゃ。あれから弘治、永禄と二度も元号が変わった。わしなど、まだ駿府にすら赴いておらぬ頃のことじゃ」
「二十年にございますか。まこと早いものでございますな……」
石川与七郎数正の脳裏に初めて幼君とともに駿府へ赴いた在りし日が思い出される。その時は東海道一の大勢力を誇っていた今川家と二十年後にはこうして戦場で相まみえていようとは考えもつかなかった。
「殿、支度が整いましてございます!皆々、戦はまだかと焦れており申す!」
「ははは、槍半蔵のそなたも焦れておろう。うむ、わしも出陣するゆえ、今少し待てと血の気の多いあほたわけどもへ伝えて参れ」
「ははっ!」
胴丸に鉢金姿で参上した槍半蔵こと渡辺半蔵守綱は勇躍して、他の旗本衆へまもなく出陣だと愛用の長槍を片手に触れ回っていく。
「殿、まこと御自ら采配なされるので?」
「うむ。此度こそわし自らが采配を取り、懸川城を攻め落としてくれる。他の砦からも出撃を命じてあろうな」
「はい。左衛門尉殿と日向守殿、山家三方衆や松平庶家と幡豆小笠原、高天神小笠原をはじめとする遠州勢、皆々支度が整ったと報せが入っておりますれば」
「よし、参るぞ!馬曳けっ!」
かつて今川義元より拝領した金箔押しや金漆塗りで仕上げられた金陀美具足を身に纏い、今川氏真との決戦に臨む。複雑な思いを抱えながらも、家康は愛馬に騎乗し、自らが受け持つ攻め口へ旗本衆を率いて進軍していく。
「太守様、あの世でいかようにもお責めくだされ。今より家康は恩ある今川家を滅ぼす決戦を仕掛けまする」
「殿」
「与七郎には聞かれてしもうたか」
「はい」
「これがわしの弱さじゃ。今川家と決別して八年経とうとも、あの駿府での日々を忘れられぬ凡愚なのじゃ」
「凡愚などではございませぬ。殿は受けた恩を忘れる恩知らずでないこと、この石川与七郎数正はよく存じておりますれば。地獄で義元公にお叱りを受ける際は、某もお連れくださいませ」
「ふっ、まこと物好きじゃな。良かろう、ならば共にあの世で義元公のお叱りを受けるとしようぞ」
側近である石川与七郎と言葉を交わしたことで迷いが晴れたのか、それまでとは打って変わり、今川家との決戦に臨む徳川家の当主としての顔つきで馬を進める。
「皆の者!これより懸川城への総攻めを行う!我らの攻め口が本命であり、他の攻め口は鉄砲や弓での威嚇射撃に留めるよう命じてある。敵の守備を分散させんがためじゃ!この隙を突き、我が旗本衆が城内へ突入する!ゆえに、我らの敗北は作戦の失敗を意味する!心してかかれっ!」
家康の演説に旗本衆からは咆哮でもって返答される。その空気を震わす咆哮から気迫を感じ取った家康は懸川城へ向けて、采配を振り下ろした。
「総攻めじゃ!かかれっ!」
「おおっ!突っ込めぇっ!」
本多平八郎忠勝が愛槍を振り回して先頭きって突っ込んでいくと、堰を切ったように家康麾下の精鋭、旗本衆が懸川城へ攻めかかる。
「与七郎、狼煙!」
「はっ!狼煙じゃ!」
他の方面から攻めかかる陽動部隊へ送る合図の狼煙が上がると、それを確認した各隊は一斉に動き出し、各方面より銃声と鬨の声が轟いた。
「一番鑓は本多平八郎忠勝が貰った!」
そんな本多平八郎の声に渡辺半蔵や服部半蔵ら若武者が先を争って城へと攻めかかるが、今川勢も負けてはいない。腐るほどある鉛玉や矢の雨を降らせ、木楯で防ぎながら前進してくる徳川勢の勢いを削いでいく。
一進一退の攻防を繰り返しながらも確実に今川方を押し出し、城へ進みつつあるとの知らせを受けて家康も金陀美具足を身に纏い、あとに続く。
城門が見える位置まで進むも、その手前の丘陵を固める今川勢を抜くことが出来ず、旗本衆が押し返される光景が家康の目に飛び込んでくる。
「殿、今川勢は木楯を並べて突っ込んでくる我が隊を正面から受け止めて相撲のように押し戻しておりまする」
「そのようじゃ。その後ろから槍隊が槍を繰り出し、そのさらに後ろから鉄砲隊や弓隊が一斉射撃でもって援護しておる。まこと隙のない鉄壁の構えじゃ」
そう言って石川与七郎ともども敵の構えに感心する家康であったが、木楯と槍が並ぶ光景の奥でひと際煌びやかな鎧甲冑を身に纏い、萎烏帽子を着用した貴公子然とした壮年の武士が視界に飛び込んでくる。
「お、御屋形様……」
家康は一目見て分かった。その人物こそが、齢三十二となった今川家当主・今川上総介氏真であると。
「殿、今川家当主自らが指揮を執っているとなれば、敵の士気が高いのも頷けまする」
「よもや今川家当主自ら指揮が執っておるとは思わなんだ」
「いかがいたしまするか」
「撤退じゃ」
家康は即答した。戦場で見た兄貴分の雄姿を見ては、そう判断せざるを得なかった。かくして家康自らが采配を取った強襲は失敗に終わり、天王山砦へと退却していくのであった――




