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不屈の葵  作者: ヌマサン
第6章 竜吟虎嘯の章
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第252話 短気は損気

 永禄十二年一月末。酒井左衛門尉忠次率いる東三河衆の攻撃を受けた佐久城は、浜名肥前守頼広の逃亡によりあっけなく落城と相成った。


 肩透かしをくらった感はあったが、結果的に無策で総攻撃を命じた酒井左衛門尉の判断が功を奏し、城兵の大半が逃亡したことで城も損壊が少なく、元の状態のまま手中に収められたのは大成功といって差し支えなかった。


「義兄上!残党の制圧も成せましたぞ!」


「さすがは孫九郎殿。鮮やかな手並み、この左衛門尉深く感じ入ってござる」


「いやはや、兵を率いて突き進んだ途端に内側から門を破って兵が現れた時は何事かと思いましたが、まさか脱走兵とは思わず」


「まことに。某も後方から眺めておって何事かと思うたわ」


 誰もが予想しえなかった敵兵の逃亡。ある程度は見込んでいたが、あれほどの数が逃げ出すとは予想外だったのである。


「にしても、佐久城の高台は実に見晴らしがよい」


「はい。某も驚かされました。捕らえた足軽らが申すには、ここから南西の方角、湖を隔てた先に見える城が宇津山城であると」


「おお、あそこに大原肥前守らが籠城しておるのか。こうしてみると、目と鼻の先ではないか」


「いかにも。そして、南東に見えるのが堀江城であると申しておりました」


「ほう、これは良いことを聞いた。すなわち、ここを我らが押さえたことで宇津山城と堀江城の間に楔を打ち込んだに等しいということか」


「そうなりましょう。今頃は両城も慌てふためいておるのではありますまいか」


 佐久城はすぐ近くに湊があることから、ここから舟を出せば逆に堀江城と宇津山城を行き来する連絡船を攻撃することが可能となる。それすなわち、この佐久城が重要拠点と位置付けられることでもあった。


「佐久城ですが、これから宇津山城を攻めるとなれば離れねばなりませぬ。問題は誰を残すかにございますな」


「それはもう定まっておる。殿からも奪った後の佐久城へ誰を入れるか、了承も得ておる」


「それは一体誰にございますか?」


「植村庄右衛門正勝。殿の信頼厚く、戦経験も豊富な忠義者じゃ。ひとまずこの者が在城しておれば、おめおめと敵の手に城を渡すことはなかろう」


 家康からの評価も高く、酒井左衛門尉もこの者ならばと実力を見込む植村庄右衛門。彼をひとまず佐久城へ在城させることとしたのである。その当人はすぐ後ろに控えながら、あまりの褒め言葉に恥じ入っている様子であった。


「義兄上、庄右衛門殿が顔を赤くしておりますぞ」


「ははは、可愛い奴じゃろう?褒め慣れておらぬだけで、実力は確かじゃ。細かな仕置きは後ほどで良かろう。我らは残る後藤氏を攻めるべく、すぐにも出陣せねばならぬ」


「まことですな」


 ひとまず佐久城に植村庄右衛門を留め置くこととし、すぐにも出陣しようとする酒井左衛門尉と西郷孫九郎であったが、そこへ初陣とはならなかった大久保新十郎忠泰が胴丸姿で駆け込んでくる。


「新十郎殿、いかがした!」


「はっ、後藤佐渡守真正殿と後藤覚蔵殿が酒井様にお目通りを願っております」


「なにっ……!?」


 たった今から攻めに行こうとしていた後藤氏の両大将が謁見を求めてきた。使者を立てずに佐久城の本陣まで当人らがやってきたのであれば、用件は一つ。


 酒井左衛門尉はすぐにも謁見するからこれへ通せと大久保新十郎へ指示し、武装を解いた後藤佐渡守、後藤覚蔵が到着した。


 後藤佐渡守の一歩後ろを歩く後藤覚蔵は家康が遠江侵攻を始めるなり、秘かに宇利峠の菅沼新八郎定盈を訪ねて帰属を申し出て来ていたため、満を持して帰属を願い出にきたものらしかった。


「後藤佐渡守、同じく覚蔵、両名ともよくぞ参られた。此度参られた用件は降伏を願い出に参ったのであるな」


「はっ!此度、徳川様の軍勢が佐久城を一日にして陥落させたとの知らせを受け、佐久城ですら一日も抗えなかったのならば降伏するよりほかはないと思い、降伏を決意した次第に」


「これまで再三再四にわたって、菅沼新八郎より降伏を促す使者が入っていたにもかかわらず、それに従わなかったのじゃ。本来ならば打ち首とするところであるが、懸川在陣中の殿からは降伏を願い出た者を斬ってはならぬと仰せつかっておることゆえ、両名とも本領安堵といたす」


「あ、ありがとう存じまする!以後は徳川様のため、忠勤に励みまする!」


「その旨、しかと起請文に誓うように。加えて、人質も提出していただくゆえ、そのことお忘れなきよう」


 あくまでも敗者に臨む勝者として毅然とした態度で臨む酒井左衛門尉に恐れをなし、後藤佐渡守は屈服し、すぐにも起請文と人質提出に応じた。そして、本坂を拠点とする後藤覚蔵もかねてから帰属を願っていたこともあり、こちらの帰属もすんなり進んだ。


 かくして、佐久城の浜名氏を駆逐し、本坂峠周辺を拠点とする後藤氏を従属させたことで、本坂峠から三ケ日《みっかび》にかけての地域は徳川方によって平定されたのである。


「これで堀川城さえ落とせれば、井伊谷までの道が繋がり、刑部の傍を通る本坂道の姫街道を使えば三方原に出て曳馬城へ至る道も開けよう」


「さすれば、補給の問題も片がつきまするな」


「うむ。じゃが、堀川一揆などは後で良い。堀江城と宇津山城、この二城を落とすことが出来れば、堀川城も勝手に降伏してくるであろう」


「然らば、これより先は堀江城攻めを行う隊と宇津山城を攻める隊、この二つに分かれるのですな」


 義弟・西郷孫九郎の言葉に、酒井左衛門尉は笑顔で頷いた。さすが、自分の考えを理解してくれている、と書いてあるような笑顔であった。


「さすれば、井伊谷三人衆と菅沼新八郎定盈には堀江城攻めを命じるつもりでおる」


「では、残りの全軍でもって宇津山城攻めを行うのですな」


「その通りじゃ。これが成せれば、当家の補給路の問題は万事解決。懸川で戦っておられる殿もさぞかし安心なされるであろう」


 かくして一月中に本坂道周辺の今川方を制圧した徳川勢は軍勢を二つに割り、野田菅沼勢と井伊谷三人衆の軍勢で堀江城へ、酒井左衛門尉率いる残りの東三河衆は宇津山城を攻囲したのである。


 無事に本坂峠から三ケ日にかけての今川方を掃討し終えたことはすぐにも酒井左衛門尉が発した書状によって、戦果のほどが懸川城攻めの指揮を執る家康のもとへと届けられた。


「殿、それは左衛門尉殿からの書状にございますか」


「おお、平八郎が参ったか。見てみよ、我らが遠江侵攻を開始した折に従わなんだ浜名氏の佐久城を攻め落とし、後藤氏を従属させたそうじゃ」


「おお、さすがは左衛門尉殿にございますな!されど、次は堀江城と宇津山城を攻めるべく、軍勢を二手に分けると記してございますが……」


「平八郎、あくまでも左衛門尉は堀江城よりも先に宇津山城を落としておきたいのじゃ」


「三河に近い湖西を抑えてしまえば、堀江城も堀川城も強みを失う。いわば、宇津山城を落とすことこそが堀江城の外郭を突破するに等しい意味を持つのじゃ」


 家康の小難しい言い回しに、本多平八郎忠勝は困惑顔をする。しかし、別に無理に理解しなければならない話ではないため、そこは軽く流すこととした。


「にしても左衛門尉は優秀じゃ。早々に本坂峠から三ケ日までの地域を平定してしまうとは」


「殿の予想を上回ったということでしょうか」


「そうじゃな。それでも二月の初旬には片づけられるとは思うておったが、一月中に宇津山城攻めに入れるとは大したものじゃ」


 順調に浜名湖周辺の制圧を進めている酒井左衛門尉の便りを受けて、家康はとにかく上機嫌であった。この調子で宇津山城を落とせれば、浜名湖水運の主導権を今川から奪うことが出来るのだから。そうなれば補給のことで毎度毎度頭を悩ませる必要もなくなる。


 しかし、そこへ驚くべき報せがもたらされる。


「申し上げます!」


「小平太、いかがした!」


「はっ!本日二十八日午の刻、天王社路で今川方との激戦があり、長篠菅沼家当主の菅沼貞景殿がお討ち死に!」


「馬鹿な……!」


 長篠菅沼家と言えば、秋山伯耆守虎繁とも交戦した山家三方衆の一角である。その軍勢から多数の死傷者を出したに留まらず、当主・菅沼貞景までもが討ち死にしてしまったのは施しようのない痛手であった。


「その討ち死にした菅沼貞景の叔父にあたる菅沼伊豆守満直殿が至急謁見を求めておりまするが、いかがいたしましょう?」


「会おう。これへ通せ」


「ははっ!」


 長篠菅沼家当主の戦死を告げに来た榊原小平太康政は家康の命を受け、一時本陣を離れると、謁見を求める老将・菅沼伊豆守を伴って舞い戻ってきた。


「お初に御意を得ます。菅沼貞景が叔父、伊豆守満直にございまする!」


「面を上げよ。此度のこと、この家康も胸を痛めておる」


「はっ、此度我が甥が犯した失態、許しがたい蛮行と心得ておりまする」


「蛮行とは思っておらぬ。戦場で死ぬるは武士の本懐であろう。されど、長篠菅沼家の家督をいかにするか、そちらの問題を残したままではそなたらも戦いにくかろう」


「はっ、ご配慮くださりありがとうございます。某としましては討ち死にした菅沼貞景の長子、新九郎正貞を当主としていただければと」


「ふむ、継承順位からしても長男とあらば、誰も家中で異論を申すものなどおるまい。菅沼新九郎正貞が家督を継承することを認めようぞ」


「ありがとう存じまする……!この旨、本陣へ立ち返り、家中の者らへ話をして参りまする」


 万が一にも菅沼貞景に男子がいなかった場合、次の当主をめぐって一族が分裂してしまうこともあり得た。そのため、長子がいると聞き、家康は安堵して菅沼伊豆守と相対していたのである。


 ともあれ、一族の長老格といっても良い菅沼伊豆守に任せておけば、上手く家中もまとまり、家督継承も問題なく済ませられるだろう。そう思い、家康は肩の力を抜いたが、肝心なことを聞きそびれていたことを思い出す。


「そうじゃ、小平太」


「はっ!」


「天王社路の合戦はいずれが勝ったのじゃ!」


「はっ、今川勢にございまする。城攻めをするべく近寄った山家三方衆に対し、城方が打って出て激しい合戦となりたる模様」


 それを聞き、菅沼伊豆守が言っていた『蛮行』が一体何であるのか、家康にも理解できたような気がした。さしづめ、周囲の制止も聞かず、武功欲しさに城攻めを仕掛けようとして討ち死にしたことを言っているのだろう、と。


「殿に無断で戦を仕掛けて敗走するとはみっともない」


「そう言ってやるな、平八郎。我等とて幾度となく城へ攻め寄せては撃退されておる。山家三方衆のことを言えた義理ではない」


「むっ、それもそうですな」


「じゃが、こうも苦戦しておるようでは先が思いやられるわ」


 苛立ちを滲ませる家康は二月に入っても懸川城を落とすことはできず、その苛立ちは募るばかりであった。


 家康が懸川城攻めに手こずっている頃、堀江城を攻める井伊谷三人衆も苦戦を強いられていた。


「平右衛門殿、存外敵は手強いぞ」


「大澤左衛門佐といえば、唯一無二の今川方。今川譜代でもないのに、あれほどの忠誠心を持つ武士は珍しいでしょうな」


 井伊谷三人衆の一人・鈴木三郎大夫重時は父に代わって堀江城攻めに加わっている近藤平右衛門秀用に語りかける。そんな鈴木三郎大夫も近藤平右衛門も、この状況を良かれと思っているはずもなく、じれったい想いをしていた。


「ここは大挙して攻めかけ、一挙に城を落としてしまうのはいかがか」


「されど、同じ手で昨日も敗北しておろう」


「まさか敵も同じやり方で攻めてくるとは思うまい。その意表を突くのでござる」


「ふむ、じゃが……」


「さては鈴木三郎大夫ともあろう御方が怖気づかれたか」


「なにっ!儂が怖気づいたじゃと!ほざいたな、若造めが!」


 見事に近藤平右衛門に乗せられた鈴木三郎大夫は共同で攻撃を再開。


 競うように城門を目指して突き進む無茶なやり方であったが、近藤平右衛門の言う通り、敵の意表を突くことには成功し、多くの死傷者を出しながら城門までたどり着いた。


「近藤勢よりも先に城内へ突入するのじゃ!槌隊前へ!一気に城門を打ち破れっ!」


 近藤平右衛門を追い越して城門前へ辿り着いた鈴木三郎大夫は槌隊を前進させ、門破壊を開始。門へ槌がぶつけられ、あと一押しで門破壊できるといったところで城内から数多の銃声が轟いた。


「うっ!」


「と、殿!」


 前線に出て指揮を執っていた鈴木三郎大夫の督戦もあり、まもなく城門が打ち破れるというところで肝心の鈴木三郎大夫が敵の銃弾を浴びて戦死。大将の戦死を受け、慌てて鈴木勢は退却し、またしても堀江城攻めは失敗に終わったのである……

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