第250話 懸川天王小路の仕場居
永禄十二年一月二十一日。遠江国懸川天王小路。厳しい寒さが兵士らの肌を痛めつける中、徳川軍は懸川城を攻めるべく進軍し、天王小路までたどり着いていたのである。
「作左衛門殿、兵士らも休息は十分取れたかと。そろそろ進軍を再開なされては?」
「重忠殿の申される通りか」
「うむ、前進を再開する!皆の者、支度をせよ!」
西尾城主・酒井雅楽助政家の嫡男で齢二十一の酒井重忠からの進言もあり、本多作左衛門重次は進軍再開を命じていく。しかし、粉雪の舞う中、突如として前方から鬨の声が上がる。
「何事じゃ!」
「作左衛門殿はここでお待ちくだされ!某が見て参りまする!」
若武者・酒井重忠が足早に前方へ駆けていく間も鬨の声は激しさを増し、剣戟の音が本多作左衛門のもとまで届いているだけに、不安と焦燥感が掻き立てられる。そうしてやきもきする本多作左衛門のもとへ、顔から湯気を発して酒井重忠が帰還した。
「作左衛門殿、一大事にござる!前方の隊へどこからともなく現れた今川軍が攻撃を仕掛け、激しい斬り合いとなっておりまする!」
「ちっ、このような小路では道幅も狭く、数の差を活かして敵を攻めることは叶わぬか……!」
「はい。精々後詰めを送ることしかできませぬが、それでは前方の隊が壊滅してしまいまする」
本多作左衛門は舌打ちし、この戦況を恨んだ。
まさしく、孫子の兵法地形篇の一節『隘き形には、我れ先ずこれに居れば、必らずこれを盈たして以て敵を待つ。若し敵先ずこれに居り、盈つれば而ち従うこと勿かれ、盈たざれば而ちこれに従え』に近いと敵は判断して攻め寄せてきているのだと、本多作左衛門は察知した。
「ここは後詰めを派遣し、敵を撃退するよりほかはない。さもなくば、いつまで経っても城攻めに移れぬ!」
「いかにも。援軍ならば、某が向かいましょうぞ」
本多作左衛門は酒井重忠の申し出を受け、前線へ出張って貰おうとしていたところへ駆け寄ってきたのは水野惣兵衛忠重、水野太郎作正重の両名であった。
「お待ちあれ。ここはこの水野惣兵衛が参りましょうぞ」
「な、なんと!されど、惣兵衛殿は殿の叔父御。それを前線に向かわせるなど……」
「遠慮はいらぬ。某も今は徳川家臣、遠慮なくお申し付けくだされ。それに、敵も死ぬ気で向かってきておるのです。これを突破するならば、一体どれだけの犠牲を見込まねばならぬか、知れたものではござらぬ」
「ここは退くべきである、と仰せか」
「いかにも。されど、ただで勝ちを譲ってやるほど、この惣兵衛も人間が出来ておりませぬゆえ」
槍を地にどんっと突き、豪快に笑う水野惣兵衛。その傍らでは勇ましく槍を担いで出陣の命を待つ水野太郎作の表情を見て、本多作左衛門は決断した。
「うむ、承知した。然らばここは撤退することといたそう。殿軍はご両名にお願いしたいが頼めますかな」
「しかと承った!」
「委細承知!」
本多作左衛門のその言葉を待っていたとばかりに駆けだす水野惣兵衛・太郎作の両名。その背を感謝の想いとともに見届けると、本多作左衛門は次なる指令を出していく。
「外山小作はおるか」
「はっ、外山小作正成はこれにおりまする!」
「若いながら武勇に優れたそなただからこそ命じることじゃが、今さっき前線へ赴いた水野惣兵衛殿らととともに敵の追撃を凌いではくれまいか」
「お任せくだされ!必ずや作左衛門殿の期待に沿う働きをしてご覧にいれまする!」
外山小作は弾けるような笑みを浮かべると水野惣兵衛・太郎作の両名に後れてはならぬと前線へと駆けだし、本多作左衛門の側に残る徳川家臣は酒井重忠のみとなった。
「すまぬが、重忠殿には撤退の指揮を手伝ってもらいたい」
「そうおっしゃるのではと思っておりました。喜んで手伝わせていただきましょう!」
「頼む」
かくして本多作左衛門と酒井重忠による徳川軍の退却が始まり、懸川天王小路での仕場居、すなわち合戦は今川方に軍配が上がった。だがしかし、徳川軍もそう易々と勝ちを譲る間抜け揃いではなかった。
「一番鑓はこの西郷監物丞信房が貰った!」
真っ先に徳川軍へ槍を入れ、槍を並べて迎え撃った徳川の陣形を突き崩した西郷監物丞の咆哮に今川兵から歓声が上がる。氏真が懸川城へ入り籠城すると聞きつけ、わざわざ懸川城へ加勢にやってきた土豪・西郷監物丞これにあり、といった戦ぶりに兵士らの士気は上昇する。
しかし、崩れた陣形はみるみるうちに立て直されていくが、西郷監物丞は敵の動きを見て撤退するつもりだと察知した。兵士らは何事かを聞きつけ、腹をくくったような表情をしているのだ。さしずめ、殿軍を任されたのだろうと西郷監物丞は推測した。
「者ども、敵は退くつもりじゃ!追撃して武功を稼ぐ時ぞ!」
そう言って前進しようと足を前へ一歩踏み出した西郷監物丞の足元へ鉛玉が一発、轟音とともに撃ち込まれた。
「ちっ、何奴じゃ!」
「水野太郎作正重と申す!これより先には進ませぬぞ!」
「小癪な奴め!討ち殺してくれるわ!」
怒気を発して西郷監物丞が水野太郎作へ打ってかかると、他の者も負けじと徳川軍へ突撃を開始。たちまち激しい戦いとなり、伊東武兵衛、大谷七十郎といった者たちが次々に武功を立てていく。
「へっ、徳川には骨のある武士はおらんのか!」
「そんなへっぴり腰では我らは倒せぬぞ!」
そう豪語して憚らない伊東武兵衛と大谷七十郎の二名の前に長槍を引っ提げて現れたのは家康の叔父で今回の殿軍を引き受けた猛将・水野惣兵衛であった。
「ほう、今川にも威勢のいいやつがおるではないか。この水野惣兵衛がお相手いたそう!」
三河一向一揆では槍の名手・蜂屋半之丞貞次に敗れたとはいえ、槍の腕前に優れる水野惣兵衛。すでに幾人かの今川兵の血で朱塗りされた槍を見て、伊東武兵衛と大谷七十郎の血が昂る。
「すでに味方を幾人も討ち取ったのであろう!許さぬ!」
「それはこちらとて同じこと!槍合わせ願おう!」
互いに、味方を討ち取った憎い奴。その意識でもって対峙するが、伊東武兵衛と大谷七十郎はどちらが水野惣兵衛へ挑むのか、決めかねている様子であった。
「ええい、面倒じゃ!お主らまとめて相手してやるで、さっさと向かって来い!」
「なにをっ!そのような卑怯な真似ができるか!」
「卑怯じゃと!わしは強いゆえ、二対一にしておかねば勝負にすらならぬぞ!大人しく二人まとめてかかってくるがよいぞ!」
苛立たせる水野惣兵衛の物言いに憤りを覚えながらも、そこまで言うならばと伊東武兵衛と大谷七十郎は二人がかりで水野惣兵衛へと挑んでいく。
さすがに二対一。手数の上では水野惣兵衛など比較にもならず、たちどころに勝敗が決するかに見えた。しかし、齢二十九と若いながら水野惣兵衛の動きは完全に戦い慣れている歴戦の勇士そのものであった。
相手の動きを予測し、なるべく無駄な力を使わずに相手の槍の軌道をそらす。首をひねって避ける。最小限の動きで応じるのに対し、伊東武兵衛と大谷七十郎は特に作戦もなく力押しで水野惣兵衛へと挑みかかる。
まるで連携も取れていない動きを捌くことなど水野惣兵衛には造作もなかった。瞬く間に敵の攻撃を見切って伊東武兵衛の手から槍を叩き落す。
その死角から槍による突きを繰り出した大谷七十郎であったが、水野惣兵衛に石突のある方で往なされ、体勢を崩したところへ、到底避けることなどできない速度で突き出された槍によって体を刺し貫かれ、絶命してしまう。
大谷七十郎が討たれるのを目の当たりにした伊東武兵衛が咆哮とともに殺意を纏う槍を繰り出すが、ものの見事に回避され、隙だらけであった膝を横から槍で殴られてしまう。
槍で膝を横から叩かれた激痛に片膝ついた伊東武兵衛であったが、それが仇となった。そこへ吸い寄せられるように水野惣兵衛の槍が突き出され、その胸板を躊躇なく貫いた。
そうして伊東武兵衛と大谷七十郎を討ち取り、水野惣兵衛が周囲を顧みると、味方が敵の攻撃をあしらいながら後退を始めるところであった。そのため、水野惣兵衛は大急ぎで討ち取った二人の首を取り、合流。味方の撤退を援護しながら後退していく。
「おう、惣兵衛殿!敵は首尾よく討ち取れましたか!」
「うむ、活きのいい武士が二人ほどおったゆえ、その首級をな」
「いやはや、さすがにございますな。某は一番鑓じゃとかほざいておった西郷監物丞に手傷を負わせて退けただけじゃ」
「そうであったか。じゃが、討ち取らずに退けたのも意味はあろう。なまじ討ってしまっては仇討ちじゃと家来どもが叫んで追い討ちしかけてくるでな」
肩を並べて談笑する水野惣兵衛と水野太郎作。彼らが談笑していると、一人の若武者が首級を腰にくくりつけて走り寄ってきたのである。
「お二方、ご無事にございましたか!」
「そなたはたしか、外山小作正成殿と申したか」
「はいっ!永禄三年の頃より殿にお仕えしておる者にございますれば!」
永禄三年といえば、ちょうど桶狭間合戦があった年であり、この外山小作正成という若武者は家康が今川氏真からの許可を得て岡崎城に入った折から仕え始めた新参者の部類に入る武士であった。
「して、小作殿は齢はいくつであるか」
「今年で二十六になりましてございます!」
「おう、そうであったか。ならば、ここにおる太郎作の一ツ上か」
「なんと!太郎作殿は齢二十五にございましたか!」
二人とも年上だと思っていたのか、外山小作は驚いた表情を見せる。なんとも可愛がり甲斐のある若武者だと思い、水野惣兵衛は外山小作と言葉を交わす。
しかし、撤退戦の指揮も卒なくこなしたうえで器用にやってのけられるのは、水野惣兵衛の紛れもない才覚であり、それは水野太郎作にも真似できない技術であった。
ともあれ、懸川天王小路は徳川方の敗走という結果に終わったのであり、城外で今川軍が勝利を収めたとの一報は城内の今川勢を大いに喜ばせた。
「御屋形様!お味方が天王小路にて勝利なされたとのこと!祝着の極みに存じまする!」
「おう、朝比奈芳線か。備中守はまだ戦場か」
「はいっ!西郷監物丞殿をはじめとする負傷者を城内に収容する役目が残っておりますれば、城外にてその指揮を執っておりまする!」
朝比奈備中守と同族の今川重臣・朝比奈芳線は出家し丸めた頭を伝う汗を拭いながら主君・氏真へと戦勝を報告する。その間も、外では勝利を喜ぶ雑兵らの歓声は耐えることなく城内の空気を震わせ続ける。
それを聞いているうちに当主・氏真も気分が良くなってきたのか、謡曲を口ずさみ始める。
「やはり御屋形様は良き声をしておられますな。思わず、耳を傾けてしまいまする」
「ははは、父上には当主のすることではないとお叱りの言葉を賜ったこともあるが、どうしても好きで耳から離れぬのじゃ」
何かについて当主らしくないなどと口を挟んできた父・今川義元。しかし、それは愛情あってこそのお叱りであることを理解し、一心に当主として今日まで励んできた氏真。
当主を譲られたのが十二年前の弘治三年の正月。あの頃は父の後見もあり、何事も順調であった。それが九年前の永禄三年に一変してしまった。それでも氏真はでき得る限りのことをして領国を維持し、九年もの月日を乗り越えてきたのを誇りに思う自分がいる。
「御屋形様?そのように虚空を見つめられて、いかがなされましたか」
「いや、なに。昔のことを思い出しておったまでのことじゃ。あの頃は竹千代も助五郎も駿府におり、楽しい日々であったからな」
「な、なるほど」
さすがの今川重臣・朝比奈芳線でも、氏真の言う竹千代が徳川三河守家康のことであり、助五郎が北条氏規であることに気づくことはできなかった。それだけに、この主君は何を言っているのだ、という反応になってしまう。
「そうです、御屋形様」
「いかがした?」
「はっ、この大勝利を堀江城の大澤左衛門佐殿や宇津山城の大原肥前守殿へ伝えたく存じますが、よろしいでしょうや?」
「おお、それは良い。此度の戦勝を耳にすれば、宇津山城も堀江城も士気が回復しよう。さすれば、一層徳川の手を焼き、浜名湖水運を奪取することがより困難なものとなるはずじゃ」
「然らば、この朝比奈芳線よりご両所へ伝えておきまする」
「うむ、頼んだぞ」
氏真から天王小路での戦勝を堀江城主の大澤左衛門佐基胤、宇津山城代の大原肥前守資良へ伝える許可を賜った朝比奈芳線はすぐにも書状をしたため、二人のもとへ届けさせるのだが、それを読んだ大澤左衛門佐から思いがけない反応を示されようとは、この時の朝比奈芳線が気づけようはずもなかった。




