第247話 遠江衆の人質についての協議
徳川家による遠江侵攻、武田信玄による駿河侵攻が同時期に行われた永禄十一年も怒涛の勢いで過ぎ去り、明けて永禄十二年。
本陣を移す前に今川上総介氏真の籠城する懸川城へ囲んで以来、最も激しく攻め立てた家康は本陣を移した先の見附にて越年。
その目と鼻の先にある見附ノ砦屋敷こと、見附古城にて武田軍の猛将・秋山伯耆守虎繫率いる伊那衆も永禄十二年正月を迎えていた。
家康自らが見附へ本陣を構えたことが警告を意味していることを察知したのか、秋山伯耆守の過激な行動は慎まれ、一定の緊張感を孕みながらも軍事衝突なども起こらず、平和な年越しとなった。
そんな正月早々、数えで二十八歳となった家康は二十一歳も年上の武田信玄に宛てて書状をしたためていた。それは言うまでもなく、遠江に駐留する秋山伯耆守率いる伊那衆に対する抗議の文面である。
「殿、その書状は……」
「小平太か。うむ、興津にて北条軍と対峙しておる信玄殿へ宛てた書状じゃ。これで武田がどのように動くか、様子見じゃ」
「なるほど。動けばいかがいたしまするか」
「追わぬ。こちらも兵力が限られておるゆえ、なるべく無用な戦は避けたい」
「動かなければ?」
「討ち果たすのみ。事と次第によっては駿河西部へ攻め入り、信玄の背後を衝いてしまうやもしれぬ」
「そ、それは武田との大戦に……!」
「そうなれば今川や北条とは停戦するしかなかろう。遠江を徳川の領土として認める代わりに、懸川城から退去していただく。その後は北条とともに武田軍を挟撃し、駿河を今川のものとすることは承諾する、といったところであろうか」
家康が示した今川・北条との和睦案は妥当なものであった。家康としても駿河まで領有したいわけではないし、遠江までが手中に収まればそれでよいのだ。
ともすれば、武田の脅威を今川・北条と協同で打ち払ってしまう方が大きな利益となるとも家康は考えているのだと、近侍する榊原小平太康政は察した。だが、それは領土拡大を貪欲に狙う武田信玄を倒すには今できる最善策であろうとも理解できた。
「まあ、そうならぬためにも信玄殿には正しく対処していただかねばならぬな」
そう言って家康は家臣の植村与三郎、山岡半左衛門の両名を呼び寄せると、書状を託して急ぎ駿府へ向かわせたのである。
家康としてはこの書状を読んだ信玄がどう対応するか、それで武田に見切りをつけるのか、はたまたそうでないかと見極めようとする狙いであった。
「殿」
「おお、善九郎か。秋山伯耆守からの返答はどうであったか」
家康が植村与三郎と山岡半左衛門へ信玄に宛てた抗議書を託し、榊原小平太と談笑するところへやってきたのは齢二十九の側近・阿部善九郎正勝であった。
「はっ、大将の秋山伯耆守は殿がお求めになられた協議の申し入れに応じるとのことにございました。場所は殿が指定なされた原川の河原で構わないとも申しておりました」
「そうであったか。それならば良い。あとは協議に向かわせる者が到着すれば支度は整うか」
家康は秋山伯耆守との協議に向かわせる者はすでに選抜しており、その到着を待っていた。その間に阿部善九郎へ別な指示を出していると、本多平八郎忠勝に案内されて長谷砦に在番していた家老・酒井左衛門尉忠次が到着した。
「殿、新年あけましておめでとうございまする」
「うむ。新年早々見附へ呼び出して済まぬな」
「とんでもございませぬ!殿がお呼びとあらば、この左衛門尉、何処におっても駆け付けまする!」
齢四十三となってなお、覇気が薄れることなく長年経験を積んできたことで老練さが増した頼もしい家老の忠誠心溢れる一言を聞き、家康は口元を緩めて笑った。
「嬉しいことを申してくれる。して、懸川に変わりはないか」
「はっ、殿が天王山砦を離れられて以後も小競り合いが毎日のように行われておりまするが、それ以上のことはございませぬ」
「北条の援軍は先月末に入った以来か」
「はい。その後は援軍が入った様子もございませぬ」
自分が離れて以後の懸川の情勢を良く知る家老・酒井左衛門尉の口から異常はないと聞けたことでようやく家康も安堵し、本題の秋山伯耆守との協議について斬り込んだ。
「して、此度某は秋山伯耆守との協議では人質の件を交渉して参ればよろしいのですな」
「その通りじゃ。武田方と交わした起請文にも『徳川が経略した地域の遠江衆の人質について武田方は異議なく引き渡すこと』と記し、認めてもおる。秋山伯耆守が徴収しておる遠江衆の人質を引き渡すよう、家老であるそなたから申し入れて首を縦に振らせて参れ」
「なるほど、それならば秋山伯耆守も認めましょう。されど、万が一否と申した場合はいかがなされまするか」
「力ずくで奪うまでよ。わしも安間に布陣して成り行きを見守るゆえ、何かあればそのまま秋山勢に攻めかかる」
「承知いたしました。されど、そうなれば殿が到着なされるまで、某は単身で生き延びなければなりませぬか」
「案ずるな。本多平八郎と榊原小平太も後学のためと称して協議には同行させる。そなた一人で敵地へ赴かせるはずなかろう」
「ありがとうございまする……!然らば、気張って交渉に臨んで参りまする!」
「うむ、頼んだぞ」
かくして秋山伯耆守と遠江衆の人質について協議するべく、酒井左衛門尉は本多平八郎・榊原小平太の両名を従えて秋山伯耆守との会見の場である原川の河原へと赴いた。家康もすぐさま安間の地に布陣し、事の成り行きを見守る構えを取った。
そうして酒井左衛門尉が肩をいからせて陣幕を払い、秋山伯耆守の待つ陣中へ赴くと、そこには重たい鎧甲冑を脱ぎ捨て、太刀の手入れをする虎髭の武将の姿があった。
その武将こそ、酒井左衛門尉と同じく齢四十三となった武田家の老練な猛将・秋山伯耆守虎繫その人であった。
「これは酒井左衛門尉殿、よくぞお越しくだされた。ささっ、まずはおかけくだされ」
「かたじけのうござる。然らば、お言葉に甘えて」
机代わりに用いられている楯を挟んだ秋山伯耆守虎繫に促され、用意された床几に腰かけた酒井左衛門尉。その傍らでは周囲の警戒を怠らない本多平八郎と榊原小平太の姿があった。
そんな警戒する若武者を見やり、秋山伯耆守はふっと鼻で笑う。
「そう警戒されずともよい。陣幕の向こうに討ち手を潜ませるなどという卑怯な謀略は好かぬ」
「ははは、何も疑っておるわけではござらぬ。武田家中でも名の知れた猛将、秋山伯耆守殿とお会いできたこと、まことに喜ばしゅうござる」
酒井左衛門尉は露骨に警戒するな。もっと敵意や殺意を押さえろと本多平八郎や榊原小平太に目くばせしながら、相対する秋山伯耆守へおべっかを使い、穏便に交渉が進むよう取り計らっていく。
「さて、三河守殿からの申し条によれば、我らのもとに留めている遠江衆の人質を引き渡していただきたいとのことでござったが」
「いかにも。もとより、取り交わした起請文にも『徳川が経略した地域の遠江衆の人質について武田方は異議なく引き渡すこと』と記してござれば、これを受けていただかねば――」
「うむ、受けましょうぞ。さっ、遠江衆の人質をこれへ」
酒井左衛門尉の発言を予想外の言葉で遮った秋山伯耆守。彼の合図でぞろぞろと遠江衆の人質が連れてこられたのである。こうもすんなり引き渡しに応じるとは思っていなかった酒井左衛門尉は面食らい、一瞬動きを止めてしまっていた。
「もとより起請文に記してあることにござれば、引き渡しに異論はござらぬ。我らは盟友である徳川殿を高く買っております。今後も協力し、共に今川領の経略を成して参りましょうぞ」
無骨な笑みを浮かべる武人・秋山伯耆守。しかし、その言葉の裏には暗に遠江での軍事行動を認めろ、と言わんばかりであり、何より徳川を高く買っているなどと心にもないことを申している。
そのことに即座に気づいた酒井左衛門尉は腹の中で「こやつ、心にもないことを言いよって」と怒りが湧き上がってくるのを感じたが、理性でもって怒りの炎を鎮静化させていく。
「いやはや、かたじけござらぬ。我が主三河守も武田と協調して今川領を経略することを望んでもおりますれば、そのことを駿府へもお伝えくださいますよう」
「しかと伝えさせていただく。然らば、我らはこれにて失礼いたす」
そう言って秋山伯耆守は起立し、同行してきていた家来衆を引き連れて原川の河原を立ち去っていく。おそらく、視認できる安間の地に家康自らが布陣しているのを見て身の危険を感じ取ったのだろう、と酒井左衛門尉は察した。
何はともあれ、協議そのものは穏便に済み、酒井左衛門尉は秋山伯耆守が残していった遠江衆の人質を連れて原川の河原を離れ、安間の地に布陣している家康のもとへと戻った。
「殿!無事に遠江衆の人質を手に入れることが叶いましたぞ」
「大儀であった。じゃが、わしが遠江衆から聞かされていた人質の数よりも多い気がするのじゃが、わしの数え間違いか」
「いいえ、そうではございませぬ。人質らの数は多うございました。犬居城主の天野宮内右衛門尉藤秀、奥山兵部丞と奥山左近将監の兄弟から武田方へ提出された人質が含まれてもおります」
「なにっ、北遠江の天野氏と奥山氏からの人質もおったと申すか……!」
鵜殿三郎氏長たちが在番する二俣城よりもさらに北、山奥に位置する天野氏と奥山氏からも人質が武田方に提出されていた。
その事実を酒井左衛門尉を介して知った家康であったが、今まで不可解であった謎が一つ氷解することとなった。
「そうか。それゆえ、二俣に近い地で山家三方衆と秋山勢が衝突したのか」
「殿、それはいかなることに?」
「見てみよ、天野や奥山といった国衆が武田方へ従属しておったとすれば、秋山伯耆守ら伊那衆は容易に北遠江を抜けて二俣まで進出できようが」
「ま、まことですな……!となれば、秋山伯耆守は天野と奥山を調略して従属させたうえで北遠江から遠江へ侵入を果たした、ということにございますか」
「じゃが、これは奥三河だけでなく北遠江でも武田領の南信濃と隣接してしまったということでもある。ひとたび武田と戦になれば、奥三河、北遠江、東海道の三手より当家領へ攻め込めることともなる」
家康はこうして街道を改めて見ていくと、想像以上に武田軍が自領へ侵攻する経路が多いことを思い知らされる。
「殿、武田との戦はやはり避けた方が良さそうですな」
「うむ。されど、遠江を当家が領有することだけは何としても認めさせねばならぬ」
ここまで来たら、何としても遠江の領有だけは武田信玄に認めさせておく必要がある。その家康の決意は揺らぐことはなかった。
「して、戻る道中に小平太から聞いたのですが、駿府の甲州屋形へ書状を送ったのですか」
「うむ。北条軍に背後を断たれて苦境に陥っている今しかできぬ抗議をしておこうと思ってな」
「なるほど。して、いかなる内容を記したのでございましょうか」
「これまでの遠州での伊那衆の行動は目に余る。これは起請文にある自力次第との盟約に反する行為に他ならない旨を記した。なにせ、当家に従う山家三方衆と武力衝突したり、当家に従属するから従えぬと突っぱねた久野城へ侵攻したりしておるのだ。これは当家の自力次第に対する妨害であるから、ただちに行動を停止するように求めた」
たしかに遠州での武田軍の動きは度が過ぎていた。それをこれまで家康が激しく憤りながらも抗議せずに堪えてきたのは、武田軍の駿河侵攻が順調であっという間に遠江へ雪崩れ込んできそうであったからだ。
しかし、北条軍に背後を断たれて苦境に陥り、駿河の領有すら困難になっている今ならば、非を認めさせることが出来る。信玄が恐れているのは、ここで徳川が武田の盟約違反を口実に今川や北条と協同して攻め込んでくること。
まさに、遠江経略から武田を排除するには今を置いて他になかった。交渉相手の足元を見て交渉するのは、交渉を有利に進めるうえで大事なことではあるが、さすがの信玄も黙ってはいまい、ということは家康も酒井左衛門尉も言うまでもなく考えていることである。
「すまぬな、左衛門尉。そなたの娘おふうに何か危害が及ぶやもしれぬ」
「それを申せば源三郎様の身柄も危ういかと。それでも殿はやると仰せなのです。もとより、人質に出した時点で覚悟はできておりまする」
決然とした酒井左衛門尉の瞳に家康は申し訳ないという気持ちを抱きながら、改めて遠江を手に入れるために武田相手にごねれるだけごねてやろうと決意するのであった――




