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不屈の葵  作者: ヌマサン
第6章 竜吟虎嘯の章
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第240話 知らぬ甲斐の虎より馴染みの三河守

 永禄十一年十二月十七日。二日前に思いがけず武田重臣・秋山伯耆守虎繫率いる信濃国伊那衆と軍事衝突したことは他ならぬ山家三方衆の一人・奥平美作守定能から蒲郡端和法華堂へ着陣した家康へと訴え出たのである。


「それは真か、美作守!」


「はっ!当家の者も多く負傷者を出しております!武田は同盟相手ではないのですかっ……!」


 作手奥平家の当主を務める齢三十二の奥平美作守からの訴えは至極当然なものであった。普通の戦であれば、敗走したことを咎めなければならないが、盟約を結んだ相手から攻撃を仕掛けられて勝ってこいという方が無理難題であった。


 家康は頂点に達した怒りを抑えきれず、拳をわなわなと震わせた。盟約を結んだ相手の軍勢を攻撃してくるなど前代未聞の悪行に他ならず、側で奥平美作守の報告を聞いていた酒井左衛門尉忠次や石川彦五郎家成、石川与七郎数正といった家老らにも憤怒の色が窺えた。


「殿!武田は我らを軽んじておるのです!曳馬城を支配下に置いたならば、次は秋山勢を討ち果たしてしまいましょうぞ!」


「うむ、それは良い!どのみち我らは懸川へ進撃するのじゃ、いっそのこと秋山伯耆守らが入った見附ノ砦屋敷を懸川城攻めの行き掛けの駄賃に攻め潰してしまおうか……!」


 この武田軍から喧嘩を売られたと言っても良い状況に憤っていたのは異母弟・松平源三郎康俊を人質として甲斐に送った家康自身と、長女・おふうを人質として提出している家老・酒井左衛門尉であった。


 自分たちからだけ人質を提出させる不平等な盟約を交わしておきながら、このように攻撃を仕掛けてくるなど許しがたい屈辱であったのだ。


「されど、殿。いかに武田が苦境に陥っているとはいえ、独断で秋山勢を攻め潰すは危ういのではないかと。まずは駿河在陣中の甲州屋形へ異議を申し立て、それで決裂した後に堂々と戦を仕掛ければ大義名分も立ちましょう」


「さすがは策士、与七郎じゃ。然らば、秋山伯耆守が動きは今しばらく静観することといたす。何を企んでおるのか、それを見定めねばならぬゆえな」


「それがよろしいかと存じます。一にも二にも曳馬城を当家に帰属させることこそ肝要。殿の目的は秋山如き小者を相手にすることではございませぬ。遠江を当家領とするため、こうして遥々遠征してきておるのです。そのこと、努々お忘れになってはなりませぬ」


「いや、与七郎にはまた教えられたぞ。まさしくその通りじゃ、まずは曳馬城の確保じゃ!」


 家康が一度憤怒の矛を収めると、視線を目と鼻の先に位置する曳馬城を見上げた。かつて城主であった飯尾豊前守連龍が駿府で誅殺されてからあと三日で丸三年になろうとしている。それを思い、何とも言い表せぬ複雑な感情を家康は抱いていた。


 一方その頃、曳馬城内では先日の秋山伯耆守が山家三方衆を蹴散らしたとの報せがもたらされ、秋山伯耆守の目論見通り、城を管轄していた飯尾遺臣・江馬安芸守泰顕とその弟・江馬加賀守時茂とで対立が始まっていた。


「兄上!ここは徳川へ従うの一択かと!三河守様からは再三再四、丁重な文をいただいておるのです。今降れば所領は安堵とするゆえ、どうか開城してほしいとのこと!徳川方となれば亡き殿と御隠居様を誅殺した今川をともに討ち滅ぼすことも叶うのです!」


「じゃが、徳川に降るのは危うい」


「危ういとは?」


「一昨日、武田重臣の秋山伯耆守殿が徳川方の山家三方衆と合戦に及び、快勝したそうではないか。徳川如き三河国主に従属するよりも武田へ降る方が良かろう」


 そう、秋山伯耆守率いる伊那衆が徳川方の山家三方衆と合戦して勝利したことで武田軍の精強さを感じた兄・江馬安芸守泰顕は武田へ従属すべきではないかと主張し、徳川へ帰属することを決意している弟・江馬加賀守時茂とで真っ二つに意見が割れてしまっていたのである。


「血迷われたか、兄上!」


「血迷ってなどおらぬ!血迷っておるのは加賀守、そなたの方であろうが!現状、徳川は井伊谷を制圧したのみじゃ!それと比べて武田勢は侵攻開始から十日と経たずに駿府から氏真めを駆逐し、懸川へ追いやった!さらには北遠江から伊那衆を送り込んで川東の調略も進めておると聞く!誰がどう見ても徳川なんぞよりも武田へ帰属するべきであろうが!何故そのような道理も分からぬ!」


「道理も分からぬのは兄上の方でございましょう!遠くの武田よりも近くの徳川に従うべきです!」


「ふん!本坂道も東海道も抑えられず、浜名湖周辺の今川方も攻略できておらぬ徳川などに従ったとて、お先真っ暗であろうが!このたわけめが!」


「なにを!徳川様へ二俣城の者らが従属を願い出たとも耳にしておりますれば、ここを抑えれば徳川は川東へも進出できるのです!ここで徳川へ協力すれば遠江を徳川領とすることも夢では――」


 何としても兄・安芸守を説得したい弟の江馬加賀守であったが、それ以上反論することは許されなかった。殺意を察知させないほど素早く抜き放たれた江馬安芸守の脇差によって右わき腹から左肩へと一直線に斬りつけられたのである。


 実の兄に斬りつけられるなど想定すらしていなかった弟・加賀守は仰向けに倒れ、息も絶え絶えに刀から血を滴らせる兄・安芸守を見上げた。


「あ、あにうえ……」


「弟よ、そなたとくだらぬ口論をしている暇などない。ただちに秋山伯耆守殿の陣中へ使者を派遣し、武田方へ帰属する旨を伝えねばならぬゆえな。さすれば、駿府へ人質に出した母の身柄も返していただけよう。併せてそなたの子の弥三の進退は案ずるでないぞ。わしがしっかり引き立ててやるゆえな」


「弥三……不甲斐ない父を許しておくれ――」


 そこまで言い終えると、江馬加賀守時茂の瞳から生命の光が消えた。がくり、と力の抜けたように横を向いた弟の頭部を流し見ると、弟を斬り捨てた江馬安芸守泰顕は愕然とする他の飯尾遺臣へ目配せする。


 今この瞬間、江馬兄弟の二頭体制で行われた曳馬城の支配は江馬安芸守泰顕による独壇場と化したのである。


「誰ぞ適当な使者を見繕い、見附におられる秋山伯耆守殿の陣中へ向かわせよ。そして、他の者は籠城の支度に急ぎ取りかかれ。徳川と一戦交えねばならぬゆえな」


 我が物顔で他の飯尾遺臣へ指示を出す江馬安芸守泰顕であったが、次の瞬間、誰も予想していなかった事態が勃発した。


「殿の仇!」


 鋭い金属が肉を断ち、血飛沫があがる音が静寂に支配された曳馬城に反響する。斬られたのは他でもない、武田方へ帰属するため反論する弟を斬殺した江馬安芸守泰顕であった。


「き、貴様はたしか弟の家臣の小野田彦右衛門……!おのれ、何をするか……!」


「何をするかじゃと!主君の仇討ちじゃ!お人好しな殿を斬殺したそなたをのうのうと生かしておくわけなかろうが!死んであの世で殿に詫びよ!」


 右肩甲骨から左わき腹にかけてを深々と斬られた状態の江馬安芸守泰顕は満足に刀を振るうことも叶わず、江馬加賀守時茂家臣・小野田彦右衛門渾身の一太刀を浴びせられ、見事に討ち果たされたのである。


 文字通り血で血を洗う抗争へと発展し、城を管轄していた江馬兄弟が二人ともこの世の人ではなくなったことで、曳馬城は城主不在となった。


 城の正面に布陣する数千もの徳川軍を前に、城主不在となった曳馬城の在城衆は決断に迫られた。そして、いかにするのが自分たちのためかなど、言わずと知れたことであった。


 在城衆はただちに城内で起こったことのありのまま蒲郡端和法華堂に布陣する家康へ訴え、城を明日にも明け渡したいと申し出たのであった。


「そうか、城中ではそのようなことがあったか」


「ははっ!もはや城主のおらぬ城にございますれば、三河守様へ明け渡すのが良かろうと重臣一同一致いたしましてございます」


「然らば、明日にも城の引き渡しを行うとしよう。その旨、城内の者たちへお伝えいただきたい」


 かくして城主不在の曳馬城は翌十二月十八日に家康へ引き渡されることとなり、東海道沿いに進軍すれば今川氏真の籠る懸川城へ進出することができるようになったのである。


 一方その頃、曳馬城から東海道沿いに進んで天竜川を渡河した先にある遠江国府中の見附に入った武田重臣・秋山伯耆守虎繁は見附の北に位置する匂坂氏へ武田へ臣従するよう呼び掛けていた。


「匂坂からの返答はいかが相成ったか」


「はっ!匂坂十左衛門殿は人質を進上したうえで帰属するとの返答が入っておりまするが、匂坂六郎五郎は徳川へ帰属することを決断したらしく、一族分裂して争っておる由」


「そうであったか。当家に帰属する意志のある者が家中におるならば、無理に調略する必要もなかろう。我らは平尾へ進軍し、久野城の久野三郎左衛門へ当家への帰属を促してみようぞ」


 匂坂氏は直に武田方への帰属でまとまると判断した秋山伯耆守は伊那衆を引き連れて平尾へ進出し、懸川城すぐ西の久野城主・久野三郎左衛門宗能へ武田へ人質を差し出して帰属するよう促したのである。


 そんな久野城中では意見が真っ二つに割れ、激しい内訌となっていたのである。


 家康に帰属すると頑なな惣領・久野三郎左衛門に対し、一族の久野佐渡守宗憲、久野日向守宗成、久野弾正宗政、久野淡路守宗益、本間十右衛門は家康に従うなどもっての外だと連日連夜にわたって翻意を促していた。


「殿!ここは懸川城と提携して徳川と戦うべきでございましょう!国衆あがりの徳川なんぞに当家が従うなどあり得ませぬ!」


「佐渡守、何を申すか。わしは徳川へ従うべきだと申しておる。第一、国衆あがりだとか家格に縛られる杓子定規な考え方では判断を誤るもととなろう」


 久野佐渡守宗憲は家康へ敵対するべきとの意見を久野三郎左衛門へ具申したが、首を横に振るばかりで徳川帰属の意志を揺るがせなかった。そのため、久野淡路守を擁立しての謀反を一同を考え始めたところへ、秋山伯耆守が武田方へ帰属するよう申し入れてきたのである。


 そうして謀反の計画をいよいよ実行しようという機運が高まった頃、反徳川を訴えてやまなかった久野佐渡守は何かと馬の合う本間十右衛門を呼び寄せていた。


「十右衛門、そなたは謀反を起こすべきだと思うか」


「突然ですな。某は近ごろ殿の申されることが正しいのではないかと思い始めております」


「いや、実は儂もそうなのじゃ。家格に捉われておっては判断を誤るもとじゃと殿に指摘されて、目が覚める心地がした。それゆえ、謀反の企てを殿へお伝えしようと思う」


「然らば、某も同道仕ります。そうと決まれば早い方がよろしゅうございましょう」


 心変わりした久野佐渡守と本間十右衛門の両名はすぐに久野三郎左衛門へ謀反のことを密告したのである。


 これにより謀反は失敗に終わり、謀反者が擁立しようとしていた久野淡路守は問答無用で切腹となり、久野弾正は追放され、久野城中は徳川帰属で一本化されたのである。


 そうして久野三郎左衛門は武田への帰属を拒む旨を秋山伯耆守へ伝達したのだが、事態は予想だにしていない方向へと動き始める。


「殿、久野城は当家に帰属しないとの返答がございましたが、いかがいたしまするか?」


「久野城を攻めるとしようぞ。徳川へ帰属するなど、御屋形様はお許しになるまい。城を占拠さえしてしまえば、どうとでも言い訳は立つ。徳川風情が当家に偉そうに物を申せるはずもなかろう」


 驚くべきことに秋山伯耆守は徳川へ帰属する意志を表明した久野城への侵攻を開始したのである。これには久野城の久野家中は驚愕したが、対応は迅速であった。


「者共!当家の領土を侵す曲者、秋山伯耆守へ我らが強さ、思い知らせてくれようぞ!出陣じゃ!」


 久野三郎左衛門は侵攻してくるならば容赦はせぬとばかりに城を出撃。城北西の宇刈川にある鼻欠淵《はなかけぶち》にて白兵戦を展開したのである。双方に戦死者を出す激しい合戦へと発展したのである。


 しかし、久野勢をもうまもなくで打ち破れるというところで、秋山伯耆守のもとへ見附へ残留している部隊から早馬が到着。驚くべき報せをもたらしたのである。


「申し上げます!徳川軍は曳馬城を押さえたとの由!」


「なにっ!それは真か!」


「はいっ!まもなく家康本隊も曳馬城を発ち、懸川へ進軍を再開するとのことで、すでに先陣が天竜川の渡河に向けて準備を開始しておりますれば……!」


「ちっ、これはまずい。やむを得ぬ、皆聞けぃ!ひとまず平尾へ退却せよ!徳川に背後を取られてはならぬ!急げ!」


 秋山伯耆守は舌打ちとともに平尾への撤退を命じ、伊那衆は久野勢との戦闘を中止して退いていき、久野三郎左衛門は虎口を脱したのであった。

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