第12話 届かない手
カルムたちと別行動になってから、あたしは村の中を走り回って、まだ残っているはずのガイコツを探している。
「……あっ。これ……?」
ふと足もとを見ると、足跡があることに気付く。あまりはっきりとしてないけど、靴ではなく裸足の形であることは分かった。であれば足跡の主は、あたしが探しているモノだ。
足跡は1人分だけではない。出くわせば、1対複数になってしまうのは明らか。それでも、今は動けない2人の為に、あたしはその足跡を辿ることにした。
息を潜めながら、なるべく足音を立てず、慎重に進んでいく。足跡は次の曲がり角で右へと曲がっていた。
ふと、進む足が止まる。別に、何かを感じたわけじゃない。それは確かな音が耳に入ってきたから。
カチャ、カチャ、カチャ。その何かが擦れる音はだんだんと近づいてくる。
足音が、戻って来ている。
そうわかると数歩、後ずさってしまう。何とか踏み留まるも、小刻みに震える足だけは止まらなかった。
落ち着け、レンフォード。自分にそう言い聞かせる。対峙するのはもうこれで3回目。それに、剣を振り下ろすだけのただ単調な攻撃は、少しの力で押し返せば簡単に隙が作れるらしい。
……できる。あたしなら。心に決め、曲がり角の先を見る。数秒も経たずにガイコツが姿を現す。
ゆっくりと、不気味に動きながら眼前に出てきた人影は3つ。その手にはやはり、錆びた剣を持っている。
ガイコツの顔の、空洞のような2つの黒い目に、あたしが映ったのだろうか。
1体のガイコツが、剣を振り上げて迫ってくる……!
それと同時に、走り出す。走りながら剣を持つ手を返し、剣先が自分の後ろにくるようにする。
そのまま距離を詰め、ガイコツが剣を振り下ろす間も与えぬ内に――――。
「はぁっ!!」
会心の横薙ぎを、ガイコツに食らわす。
黒い灰になって崩れ落ちるその体を横目で確認してから、残りの敵に目をやる。
もしあたしが誰にも負けない特技を聞かれたら、胸を張って言えることが1つある。
それは「足の速さ」だ。これだけはカルムにも、メイにも負けない。普段はスカートだから、本気で走ることはあまりないけど。
それでも、こいつらを欺くには十分だ。
「さて、あんたらもまとめて倒してあげるわ!」
身体の正面に敵を捉え、剣を構える。
さっきはカルムに綺麗な連撃を魅せられた。あいつは確かに努力家なところがあるから、影で練習していたと言われればあの剣技は納得出来る。でも……。
「何も、努力してたのはあんただけじゃないのよ!」
両手で構えた剣の先を自分の右側へと向け、地面と平行になるように傾ける。
剣に力を込める。それはただ握るだけの力ではなくて、やがて目に見えるようになる魔力。
2体のガイコツは未だに動いていない。いや、動き始めるよりあたしのが早い。
込めた魔力は、あたしの得意な火の魔力。燃え上がる火をイメージしながら剣に魔力を流し込む。
剣の刀身が、赤く光る火を纏う。
「食らいなさい! これがあたしの火の荒波!!」
離れた位置にいるガイコツ達に向け、思い切り剣を横に振る。
剣に纏われた火は一筋の弧を描いて飛んでいく。
火の波が通り過ぎたガイコツは、遅れたように燃え始め、やがて灰となって消えていった。
「……はぁ~~」
向き合っていた時の緊張感と不安から解放された上に、魔力を消費した疲れが合わさり、大きな溜め息が出てしまった。
倒れそうな身体を、膝に手をついて支える。
村に入った時から感じていた不穏な空気も、今や薄くなっているように思える。おそらく、ガイコツは、もうこの村にはいない。
あたしはまた溜め息をつく。でも今度のそれは安堵のものだった。
その瞬間は唐突に訪れた。急に強い風が吹き荒れ、レンの髪を、服を、大きく揺らした。
「うぁっ……」
レンはその場に踏み止まることだけで精一杯だった。気を抜けば飛ばされる。そう思えるほどの突風だ。
数秒、もしくは数十秒とも言える間吹いた風が止んだ時、レンは寒気が背中に走るのを感じた。
また空気が、淀んでいる……。ガイコツを倒す前よりも強く、暗い空気が流れている。
「急がなきゃ……!」
立ち止まってはいられない。そう切り替えたレンは、来た道を引き返す。待っている2人のもとへと急ぐ。
全速力で走れば、さっきの場所まで戻るのにそう時間はかからないはずだ。
しかし、レンにはそれをしなかった。当然、あえてしなかった訳ではない。
来た道を戻れば戻るほど、暗い空気が、悪寒が、強くなっていく。それら全てが向かい風となり、前に進める足を遅くさせる。
「はぁ……はぁ……」
その場にいるだけで、体力が吸い取られていく感覚だった。このままじゃ、いつか倒れてしまう……。
轟音が響いたのは、足が止まりかけたのと同じ瞬間だった。
さっきまで吹いていた悪風が、突然切り払われたように消えていく。それによって、力がなくなっていく感覚も薄れ、それ以上の体力の消費はなかった。
「さっきから、一体何が……起こってるのよ……」
目まぐるしく変わるこの空気に、レンは戸惑いを隠せなかった。それでも呼吸を整え、止まっていた足を再び動かす。
音が聞こえたのはおそらく、この先を行った曲がり角、つまり2人がいた場所だ。一刻も早く、向かわなければ。その一心で進んでいく。
そうして、2人のいた場所まで戻ってきた。しかし角を曲がった時に見たその光景は、信じられないもの、という表現ではとても足りない惨状であった。
ガイコツに荒らされていた家の壁面はさらに傷が付き、部分によっては壊れている箇所もあった。そして周囲には火でも放たれたかの様な焦げ付く匂いが広がっていた。
その道の先に立っている影が、全ての元凶なのだろう。
黒いローブを着て、フードを被ったその姿から連想されたのは、昔本で読んだ「悪の魔術師」だった。
無条件で剣を構えるが、その魔術師が左腕で何かを持って、いや抱えているのに気が付く。目を凝らして、よく見ると、それは……。
「……メイ?」
魔術師の背中越しに見えるその白い髪は、見間違えるはずもないメイのものだった。
それを見た瞬間、身体は前へと飛び出した。敵を倒すより先に、友達を助け出さないと……!
すると、メイが捕まったままこっちを見た。あたしに気付いた。なら後は手を伸ばしてくれれば……。
そう思ったが、メイは手を伸ばす素ぶりを見せなかった。
冷静に考えればわかったかもしれない。捕まっているのに手を出すことは出来ない。さらに思えば、メイがただ大人しく捕まっているはずがない。すでに手は、何かしらの反抗に使われていた可能性もある。
そんな考えに至ったのは全てが終わった後の話。
メイと魔術師の身体が、紫の光を放ち始めた。何が起こるかは検討がつかなかったが、やがてその理由は目に見えてわかる様になった。
2人の身体が、消えた。そしてあたしの手は空を切った。
それさえも理解出来たのは後の事で、目の前で起きた事は到底信じられないものだった。
「なんなのよ……メイ……」
頭の中がこんがらがっているあたしは、ただ唖然とすることしか出来なかった。
カンッ!
今度は近くで、そんな高い音が鳴った。はっとして自分の周りを見ると、少し離れた場所にこちらに背を向けて立つガイコツの姿、そして、地面に突っ伏して倒れているカルムの姿だった。
「なっ……!」
すっかり見落としていたせいで、急に現れた様に見えたガイコツに驚いた。しかしそのガイコツは今、剣を振り上げてカルムを斬ろうとしている……!
「さ、させるかぁっ!」
とっさの判断で、手に持っていた剣でガイコツを斬った。やはり灰になって消えていくガイコツは、あたしの疑問をただの1つも解決する手がかりを残してくれはしなかった。
「カルム……あんたは……」
この状況に呆気に取られているあたしは、倒れているカルムの傍らに立ち、肩を貸すことも声をかけることも出来ずに、ぽつりとそう呟いた。




