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忘却魔女ミゼリアの恋煩い〜記憶喪失中につき、あなたの呪いは解けません〜  作者: 小蔦あおい
第2章 王宮でのお仕事

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第9話



「軍部調剤室は年がら年中忙しいけど、冬終わりから春が特に忙しいんだ。大変だけどやり甲斐はあるから一緒に頑張ろう。傷薬は作れる? 僕がよく作るのは打撲に効く塗り薬とそれから……」

「インス侯爵令息、熱心な指導のところ悪いですが、今日のところは挨拶だけですので勘弁してください」


 コンラッドが横槍を入れると、クリフは肩を竦めてみせる。


「これは失礼。新しい子が入って来たから嬉しかったんだ」

「そのようですね。ところでいい加減、ミゼリアさんの手を離してあげてください」

 コンラッドが眉を吊り上げて指摘すると、クリフはへらりと笑った。



「おっと。僕ったら君が可愛くて手を離すのを忘れていたみたい」

 手を離しながら、ばちりとウィンクを飛ばしてくる。

 ミゼリアは頬が引き攣りそうになるのを微笑みで押さえ込んだ。


(……なんとなく、女性職員が次々と辞めていく理由が分かった気がする)

 この部署がブラックなのも原因ではあるが、一番は目の前の女たらしだ。


 きっとクリフは餌を与えても釣り上げるどころか何もしないダメなタイプだ。その上、侯爵家という強力なカードを持っている。彼に恋したところで、相応しい身分でないと未来が明るくないのは明白だ。



 女性職員が次々と辞めていくのは、煮え切らない態度の彼とその身分差に絶望してのことだろう。

 そう思うと、真面目に働く他の職員たちが気の毒に思えて仕方ない。


(私はインス卿に魅了されないのでご安心を。リシュアス様一筋なので靡くことはありません)

 心の中で他の職員たちに安心の言葉をかける。とはいえ、今みたいな距離感で接してこられるのは遠慮したいところだ。


 明日からクリフの下で働くことに一抹の不安を抱えながら、ミゼリアはコンラッドとともに王室薬局を後にした。




「ミゼリアさん、インス侯爵令息には気をつけてくださいね。彼はアカデミーの同級生ですが当時から女性の噂が絶えない人だったので」


 白い建物から出て庭園を歩いていると、コンラッドが不安そうにこちらを一瞥してくる。


 因みに、コンラッドは表向き離宮の管理人として働いているが、実際はリシュアスの側近だ。彼の家系であるベルダース家は代々リシュアスに忠誠を誓い、側近として仕えている。


 だからこそ、恋に現を抜かさず職務を全うするように忠告しているのだろう。

 疑われたミゼリアは心外だというように渋面になった。



「言われなくても分かってます。あれは女の敵です。私はインス卿よりも、リシュアス様が好きですから」

 自分で言っておきながら、ミゼリアは頬を赤くする。

 コンラッドはすっと目を細めた。


「ミゼリアさんはリシュアス様のことがお好きなのですね」

「はい。私の恩人で初恋の相手ですから!」

 ミゼリアは迷子になって助けられたことをコンラッドに話した。



「へえ、そんなことが。リシュアス様は滅多に離宮からは出られません。運命的な出会いですね」

「う、運命だなんて。私とリシュアス様が結ばれる運命だなんてっ!」

「そこまで言ったつもりはありません」


 ばっさりと切り捨てられるが、ミゼリアは『運命』という響きに気を取られてコンラッドの話を聞いていない。


「それにしても、随分遠くまできましたが、離宮にはまだ着かないんですか?」

 もう長いこと庭園の中を歩いている気がする。庭園は庭師の手入れが行き届いていて、どこも精巧で美しい造りとなっている。


 クロロの森とは違う人工的な緑の中を歩くのは新鮮で楽しくはあるが、一向に目的地に到着しないので不安になってくる。

 コンラッドは後ろに手を組んだまま口を開いた。


「リシュアス様がいらっしゃるのは離宮ですから。正宮と離れていて当然です」

 尤もらしい理由をコンラッドが述べてくるが、何となく腑に落ちない。


「晩年のリシュアス様が過ごした場所って世間では言われてますけど、事情を知っている身からすると隔離されているように感じます」

 ミゼリアの鋭い指摘にコンラッドの表情が一瞬曇った。


「そうですね。リシュアス様は王族ですが、他の王族からすれば脅威でしかありません。彼は呪いのかかった不老不死。本気を出せばこの国を乗っ取って、独裁国家を築くことだって可能な危険人物ですから」

「危険人物だなんて大袈裟な!」



 リシュアスは魔王を倒した四人の英雄の一人で、この国の王子。

 そんな人物が親族から危険視されているなんて夢にも思わなかった。


(悠々自適に暮らしていると思っていたけど、実際は王族に煙たがられている。呪いを一日でも早く解いて欲しいって言っていたのは、こういう事情も含まれていそうだわ)


 普通の人間に戻って人生を全うしたいと言っていたリシュアスの言葉が、今では重たく感じられる。


「つまり、王族にはリシュアス様の味方がいないってことですか?」

「現段階で友好的なのは陛下だけですが、他の王族の方々も解呪には協力的です。リシュアス様も王族とこれ以上軋轢が生じないように正宮での振る舞いには細心の注意を払っていらっしゃいます」



 ミゼリアは昨日のリシュアスを思い出す。

 記憶喪失を告白するまで、彼は絵本から出てきた王子のような態度を取っていた。あれは角を立てないようにする、彼なりの配慮だったのかもしれない。

 なんとも言えない息苦しさを覚えたミゼリアは俯く。


「自分らしくいられないのは辛いですね」

「そうですね。……そういえば、ミゼリアさんはリシュアス様の素に触れても、好意的なままでしたね。私としては安心しました」

「え、リシュアス様にがっかりする部分がどこにあるんですか?」

 ミゼリアは勢いよく顔を上げて真顔でコンラッドに言う。


「もう存在しているだけで完璧じゃないですか! 思い出しただけでも格好良すぎて心臓がドキドキします!!」

 早口で答えると、コンラッドが遠くを見るような目で答える。


「はい。あなたはそういう人でした」

 それから他愛もない話をしながら歩いていると、コンラッドがおもむろに前方を指差す。

「離宮が見えてきましたよ」



 枯れた木々に囲まれたトンネルの先に、石とレンガでできた建物がひっそりと佇んでいる。離宮という名前にしてはあまりにも小さい宮だった。

 正宮と違い、古めかしさも感じられる。


 それでも離宮の前には泉があり、緑を愛でる庭はきちんと手入れが行き届いている。

 ミゼリアはコンラッドとともにうっすら氷の張った泉を横切って離宮へ入った。



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