第8話
王宮に長期滞在することが決定したミゼリアは、その日のうちに宿舎へと案内され、翌日から使用人として働くことになった。
これはコンラッドが迅速に動いてくれたおかげなのだが、それにしても仕事が速い。
案内された宿舎は、女性ものの衣類や小物類などがすべて揃っていた。
『ミゼリアさんはベルダース家の人間として離宮の職員兼、薬師として働いていただきます』
王宮には王室薬局という薬草園を備えた薬局があり、そこでは腕のある薬師が二十名ほど働いている。
身分の壁はなく、薬師免許と試験さえパスできれば採用されるらしい。
とはいえ、その試験というのが難関だ。筆記試験と面接試験の合格ラインが非常に厳しく、狭き門となっている。
コンラッドから薬師として働いてもらうと言われたので、てっきり裏口就職させてくれるのかと思いきや、普通に宿舎で試験を受けさせられた。
長距離移動とリシュアスの面会で綿のように疲れていたミゼリアだったが、死に物狂いで試験に臨んだ。
というのも、満面の笑みを浮かべるコンラッドから「霊薬の魔女の弟子なのに王室薬局に就職できなかったら目も当てられませんね」と、焚きつけられたからだ。
万が一不合格になってしまったら、死んだバーバラに顔向けできない。
絶対に合格しなければという強い意志のもと、ミゼリアは合格を勝ち取った。
「コンラッド卿、これでいいですか?」
翌朝、山吹色の髪を黒のリボンで結び水色のお仕着せに着替えたミゼリアは、王室薬局への入室許可証である銀のプレートをコンラッドの顔の前にずいっと近づけた。
プレートを見たコンラッドは涼しい顔で拍手する。
「わあ、凄い。おめでとうございます。流石はミゼリアさんですね」
「どの口が言いますか。急に試験を受けることになって大変だったんですからね!」
恨めしい声で反論したら、コンラッドがクスリと笑う。
「私だって試験官に無理を言って時間を設けていただいたんです。合格してもらわなくては困ります。あと、働くにあたって給金はちゃんと発生するので安心してください」
つまり、リシュアスからの資金援助とは別に、給金が加算されるらしい。それはそれでありがたく、悪い気はしない。
「早速ですが、私は何の仕事から始めればいいですか?」
「今日のところは薬局への挨拶ですかね。その後でリシュアス様が暮らしている離宮へ案内します」
コンラッドは言い終わるとくるりと背を向けて歩き始める。ミゼリアは後に続いた。
王室薬局は庭園の隅に建てられていた。白い建物の隣には温室が併設されている。
建物の中に入ると、中年男性が出迎えてくれた。
彼は昨夜の面接試験で試験官を務めてくれた人だ。熊のように大柄で、短い黒髪。頬には傷痕があり、猛禽類を思わせるような鋭い目つきをしていたのでよく覚えている。
「初めまして。軍部調剤室の室長を務めているサム・バトスだ」
「ミゼリア・エリントンです。今日からよろしくお願いします」
(えっ、まさかこの人が室長!?)
適当な人間が面接をしてくれたと思っていたので、ミゼリアは内心驚いた。
バトス室長は相好を崩して握手を求めてくる。
手を取ると力強く握りしめられ、ビリビリした。
ミゼリアが痛みに耐えていることなどお構いなしに、バトス室長は空いている方の手を頭の後ろに置いた。
「いやあ、ベルダース伯爵が急に試験を受けさせろって言うから何事かと思ったけど、こんな良い子を寄越してくれるとは思わなかったよ。丁度、一ヶ月前にまた一人女性職員が辞めちゃって。もともと僕は軍部出身だから、引き留めるとどうしても威圧感が出ちゃうのかな。パワハラだって監査局に駆け込まれちゃうから素直に受領するしかないんだ」
バトス室長が沈んだ声で言った。
もともと軍部の人間だったようで、利き手の怪我で剣が握れなくなり、辞職したという。それから一念発起して薬師の免許を取り、ここ王室薬局で働いていると教えてくれた。
「とにかく、猫の手も借りたいほど忙しかったから困っていたところなんだ。よろしく頼むよ。できればたくさん残業してくれると嬉しいな」
「薬局の仕事は週三日、定時まででお願いします。彼女は離宮の仕事がメインなので」
ブラックジョークにもならないブラック発言に戦々恐々としていたら、コンラッドがすかさず釘を刺す。
世間ではリシュアスの死後、彼を讃えて晩年の彼が過ごした離宮をそのままの状態で保存する法律ができた。劣化防止のため、立ち入りが許されているのは長年彼を支えた功臣ベルダース家の関係者だけで、入るにはクリスタルの特別なプレートが必要になる。
(まあ、離宮保存も立ち入り禁止もリシュアス様の存在を隠すための嘘だけど。私はベルダース家の遠縁で、お庭管理のために呼ばれたってことになっているのよね)
ミゼリアは銀のプレートとは別に首から提げているクリスタルのプレートを服の上から手で重ねる。
「パートタイムだとしても願ったり叶ったりさ。こんな逸材はなかなかいないからね」
王室薬局の室長から逸材というお墨付きをもらえて、ミゼリアは心が躍った。
「ありがとうございます。頑張りますのでよろしくお願いします!」
小さく拳を掲げてみせると、バトス室長はうんうんと顎を撫でる。
「もしうちで働きたくなったらいつでも正社員採用するから!」
「それは遠慮しておきます」
ミゼリアがばっさり切り捨てた後、背中を丸めるバトス室長が早速とある部屋へと案内してくれる。
扉の横には『軍部調剤室』というプレートがかけられていて、中には老若男女問わず六人の職員が働いていた。
彼らはミゼリアと同じ銀のプレートを首から提げている。
バトス室長は職員の中で一番若い二十代半ばの青年に声をかけた。
「インス君」
手招きすると、インスと呼ばれた青年が席を立ってやって来る。
ふわふわとした赤色の髪に、青色の瞳をしている。女性受けの良さそうな甘いマスクの持ち主だった。
「彼はクリフ・インス侯爵令息で、ここでは薬師として働いてくれている。アカデミーを首席で卒業しているし、若いのにとても優秀なんだ」
「褒めすぎですよ室長。僕なんかまだまだ先輩たちの足下にも及びません」
バトス室長から紹介されたクリフは、改めてミゼリアと挨拶を交わす。
「はじめまして。これからよろしくね」
「ミゼリア・エリントンです。こちらこそ、よろしくお願いします」
ミゼリアはその笑顔に思わず見入ってしまった。
クリフは笑うと目尻が垂れて色気が倍増する。リシュアスとはまた違うイケメンだった。




