第7話
何事もなかったように大人しくソファに腰を下ろす。
(ど、どどどうしようっ! リシュアス様がめちゃくちゃ引いてる!)
本人からすれば、会ったばかりの女にいきなり告白されてドン引きものである。
現に、彼は何とも言えない顔をしていた。
居心地の悪くなったミゼリアは萎びた野菜の如くしゅんとする。
「すみません、今のは忘れてください……」
跪いていたリシュアスが立ち上がると咳払いをした。そして改めて訊いてくる。
「呪いが解けないとはどういうことだ? まさか、力を出し渋っているのか?」
リシュアスから胡乱な視線を向けられたミゼリアは、即座に否定する。
「私だって好きで記憶喪失になって、力が使えなくなったわけじゃないんです。これには深ーい訳がありまして」
「ほう、どんな訳だ? 聞いてやる」
リシュアスは腕を組んで目を眇めてみせる。
ミゼリアは居住まいを正して事情を説明した。
「実は――」
今から半年前にバーバラが亡くなった。そのショックから、ミゼリアは彼女が死ぬ前後の記憶を失ってしまった上、解呪の力もさっぱり使えなくなってしまったのだ。
魔法使いや魔女は神からの祝福を授かると、息をするように力が使えるようになる。
「無意識にできていたものが突然できなくなって、私自身も困惑しています。うまく説明できないですけど、突然呼吸の仕方が分からないみたいな感じです」
「祝福の力が使えないのは分かった。だが、どうしてこうも都合良く忘れてしまったんだ?」
腑に落ちないリシュアスは追及の手を緩めない。
ミゼリアは膝の上にのせている拳を握り締め、反論した。
「私だって理由が知りたいです。お医者様は先生が亡くなったことと関係があるんじゃないかって言っていました。使えなくなったのは記憶を失ってからなので……」
バーバラの葬儀が終わった後、ミゼリアは彼女が死んだショックから店の中で倒れていた。見つけてくれたのはロイドで、彼はミゼリアを屋敷に運んで世話をしてくれた。
無事に意識を取り戻したミゼリアは、バーバラが死んだという事実だけは覚えていても、記憶はすっぽりと抜け落ちてしまっていたのだ。
どれだけ思い出そうと記憶の旅に出ても、分厚い靄に遮られてその先に進めない。
「けど、お医者様の見立てでは、記憶喪失は一時的らしいです。記憶を取り戻したら力も自ずと使えるようになるとは思いますが、いつになるのか……お役に立てずすみません」
解呪が使えない今のミゼリアでは、リシュアスの悲願を叶えられない。
実質、ただの役立たずだ。
悔しさからミゼリアは歯噛みする。すると、リシュアスが不思議そうに首を傾げた。
「そこに一体何の問題がある? 記憶喪失なのは一時的なんだろ。だったら、おまえが死ぬまでに思い出せばいいだけの話だ」
「なんだかスケールが大きすぎやしません?」
「人間の寿命なんて精々七十年だろ。三百年強制的に生きてきた身としては大した時間じゃない。記憶が戻るまでの間は、ここに滞在するといい」
「すみませんが、お店を空けるわけにはいきません。常連のお客さんだっていますし。あと、お金を稼がないとクロロの森を守れませんから」
「クロロの森?」
リシュアスが聞き返すと、コンラッドが補足してくれる。
「現在、オーベル領は主要道路の復旧に大金が必要です。そこに隣領のリント伯爵が漬け込んでクロロの森を買収しようとしています。リゾートホテルの開発を計画しているという話をオーベル子爵令息から聞きました」
「そうです。だけどあの森は自然豊かですし、薬草の宝庫です。開発なんてすべきじゃないです。リント伯爵から守るためには、銅貨一枚でも多く稼がないと」
お店の売り上げはすべてオーベル子爵に渡すつもりだ。少しでも主要道路の復旧資金として役立てて欲しい。
クロロの森とバーバラとの思い出が詰まった家を失わずに済むのなら、ミゼリアは喜んで協力する。
話を聞き終えたリシュアスは肩を竦めた。
「ミゼ、俺を誰だと思ってる?」
「え? リシュアス様はこの世界を救った英雄の一人で、ロエウルム王国の王子です」
言った側からミゼリアは解決策に気づいた。
「もしかして、助けてくれるんですか?」
「ああ、金ならいくらでもあるからな」
リシュアスはニヤリと口角を吊り上げる。
活路を見いだしたミゼリアは歓喜した。
「っ、ありがとうございます。なんとお礼を言ったらいいか……」
「ただし、これは一年以内に解呪の使い方を思い出したらの話だ」
「へ?」
突然の無理難題に思わず目が点になる。
「三百年生きてきた身としては大した時間じゃないって言ってませんでした?」
「さっきまでは俺の一方的なお願いで対等じゃなかったからな。譲歩しての発言だった」
クロロの森を守るための資金援助してくれるのはありがたい。とはいえ、その条件の難易度が上がったと感じるのは、ミゼリアだけだろうか。
不満が顔に出ていたのか、リシュアスが理論立てて話してくる。
「俺は普通の人間に戻って人生を全うしたい。おまえは金が要る。どうだ、ウィンウィンだろ? それから」
リシュアスはコンラッドにあれを出せと目配せする。
心得顔のコンラッドは、ミゼリアに一枚の書類を手渡した。
文面には『秘密保持契約書』という文字が書かれている。
恐ろしいことにリシュアスの許可がなければ退宮できない上、王宮から逃げ出したら鞭打ち刑、彼の存在を誰かに漏らせば死刑という無茶苦茶な条件が連なっていた。
「俺は三百年前の人間で普通ならとっくに死んでる。不老不死で生きているのを知っているのは王室とごく一部の人間だけだ。生きていると知られてしまった以上、簡単には帰せないな」
要するに、無事に帰りたければ一日でも早く記憶を取り戻して呪いを解けということのようだ。
「リシュアス様、英雄で王子の割に卑劣で腹黒くないですか?」
こんな発言をする時点で不敬ではあるが、言わずにはいられなかった。
そして、とうの本人も気にしている様子は一切ない。
「交渉上手と言ってくれ。おまえにもメリットがあるんだからいいだろ」
そう言われると言い返せなかった。
一日でも早く帰路につきクロロの森を守れるなら、背に腹はかえられない。
(これは私が記憶を思い出せばいいだけ。絶対、思い出してリシュアス様の呪いを解いてみせるんだから!)
ミゼリアは挑むような顔つきでリシュアスを見る。
「分かりました。一年以内にあなたの呪いを解いてみせます」
「よし、交渉成立だな」
ミゼリアとリシュアスが握手を交わす。こうして、ミゼリアの王宮滞在が決まった。




