第6話
(リシュアスってどこかで聞いた名前だと思うけど。それって確か……)
今から三百年前、この世界を蝕んでいた魔王が四人の英雄によって倒された。その四人の中に、ロエウルム王国出身の青年もいたという。
彼の名前はリシュアス・ロエウルム。この国の第三王子だった人物だ。
(四人の英雄の名はビンツェンにアルフ、エリナー、そしてリシュアス。いやいや、そんなまさかね……。だって三百年前の人だよ? 歴史上の人物だよ? 生きてるわけない)
たまたま名前が同じだけ。とんだ戯言だと、ミゼリアは手を振って自分の考えを払拭しようとする。
すると、ミゼリアの考えを読んだリシュアスが畳みかけてきた。
「おまえが察している通りだよ。私は三百年前に魔王を倒した四人の英雄が一人、リシュアス・ロエウルムだ」
「はいぃっ!?」
ミゼリアはとうとう素っ頓狂な声を上げた。
三百年前の英雄が生きているなんて人知を超えている。到底信じられない。
コンラッドに真実なのか目で訴えれば、彼は真顔で頷いてくる。
「いやいや、ちょっと待ってください。仮にもし三百年生きてるなら、もっとヨボヨボのお爺さんのはずでは? なんで若いままなんですか?」
納得がいかないミゼリアは、はいっと手を挙げて尋ねた。
リシュアスは脚を組み直しながら答える。
「魔王を討った際、私は魔王の血液を大量に浴びてしまった。人間にも言えるけど、血液には魔力が含まれている。魔王は最後の悪足掻きとして、血液を媒介に私へ強力な呪いをかけたんだ」
リシュアスは目を閉じると長い睫毛を震わせる。
再び目を開くと、重たい口を開いた。
「その呪いは不老不死。老いることも死ぬことも赦されず、私はずっとこの世界で生き続けている」
そう言い終わるや、控えていたコンラッドがハンカチの上に短剣をのせてリシュアスの前に差し出してくる。
「こういうのは口で説明するより、直接見た方が早いだろう」
「え?」
短剣を受け取ったリシュアスは何の躊躇いもなくその刃を手首に当てるとスライドさせる。刃と皮膚の間から赤い鮮血が大量に溢れた。
それは手のひらを伝ってボタボタと床へと落ちていく。
ミゼリアは突然の自傷行為に悲鳴を上げた。
(大変。早く止血しないと! このままだと血が足りなくて死んでしまう!!)
顔を真っ青にして狼狽える。
しかし、異変はすぐに起きた。
傷口から流れていた血が止血もしていないのに勝手に止まり、瞬く間に傷口が塞がっていったのだ。
ミゼリアは目の前の光景を目の当たりにして呆然とした。
(傷つけてもすぐに癒える身体。これが不老不死の呪い)
「これで呪いの証明になったと思う。信じてもらえるかな?」
そう言いながら、リシュアスは短剣をコンラッドが手にしていたハンカチの上に戻す。次にソファから立ち上がり、ミゼリアの前で跪いた。
「ミゼリア・エリントン。どうか呪いを解き、強制的に止まっている私の時間を動かしてはくれないか?」
リシュアスは苦悶の表情を浮かべながら懇願してくる。
ミゼリアは胸が詰まった。
(目の前で証明されて信じないわけがない。三百年もの間、リシュアス様は死にたくても死ねずに生きてきた。自分が望んでいるわけでもないのに生かされ続ける。そんなの、想像するだけで苦しいよ……)
呪いが解ければ、普通の人と同じようにリシュアスも生きられる。
歳を重ね身体は衰え、永遠の眠りにつくだろう。
普通の人の当たり前をリシュアスに与えられるのは、解呪の魔女であるミゼリアだけ。
役に立たないと思っていた魔女の力がようやく誰かのために発揮できる。しかもそれが初恋の相手のためになるなら、役得といえる。
ミゼリアは背筋を伸ばした。
「お任せください。私がリシュアス様の呪いを解いてみせます」
「ありがとう、ミゼリア。いや、おまえのことはミゼと呼ばせてもらおう。ミゼ、本当に感謝している」
感極まったリシュアスはミゼリアの手を両手で握り締めてくる。
潤んだ瞳ときらきらしい微笑みを向けられて、ミゼリアの意識が一瞬飛んだ。
(ひゃああっ!!)
心臓が悲鳴を上げている。好きという感情がムクムクと膨れていくのが嫌でも分かる。
(ダ、ダメ。こんな感情を抱いたところで迷惑をかけるだけ)
ミゼリアは暴れ回る心臓を無視して、力の発動に意識を集中させる。
不老不死という苦しみから、リシュアスを解放してあげなくては。
「今からリシュアス様の呪いを解きます…………あっ」
ここで重要な事実を思い出す。
ミゼリアは、サーッと顔を青くした。
「どうした?」
先ほどまでの威勢の良さがなくなったミゼリアに、リシュアスが怪訝そうな顔をする。
ミゼリアは笑って誤魔化した。
「えへへ。なんでも……」
「ないことはないだろう。隠しごとはしないで欲しい。話してくれないと的確なアドバイスができないじゃないか」
優しい声音で言われているのに、包み隠さず話せという圧を感じる。
ここで嘘を吐いたところでどうせ隠し通せない。
観念したミゼリアは、小さく息を吐くと事実を打ち明けた。
「……怒らないで聞いてくださいね。実は私、記憶喪失で力が使えないんでした」
「はあっ!?」
ミゼリアの予想外の回答にリシュアスが声を荒らげた。
コンラッドも目を丸くしている。
「ミゼ、冗談は休み休みに言え。力が使えないってどういうことだ? 俺にかけられた呪いはどうなる?」
先ほどまでの物腰の柔らかい紳士的な態度はどこへやら。
御伽話に出てくるようなきらきらしい印象とは打って変わって、今では同一人物なのかと疑いたくなるくらい凄まじい顔つきになっている。
無論、ミゼリアは尋問を受けているような感覚に陥った。
(さっきまで『私』って言っていたのに、一人称が『俺』になってる。ついでに雰囲気も大きく変わったような……)
ミゼリアの額からは珠のような汗が滲む。今度は違う意味で心臓がドキドキした。
弁解したいのにリシュアスの気迫に圧倒されて、口からは空気の漏れる音だけが出る。すると、今まで黙っていたコンラッドがリシュアスを諌めた。
「リシュアス様、素は出さず紳士的な態度のままでお願いします。これではミゼリアさんが萎縮して話せなくなってしまいますよ」
指摘されたリシュアスはしまった、と我に返るが時既に遅し。
ミゼリアは俯くと、ふるふると身体を震わせていた。
たちまちリシュアスが狼狽える。
「すまない。おまえの解呪に期待を寄せていたから。梯子を外された気分になって、取り乱してしまった。ミゼ、怖がらせてしまったか?」
リシュアスがミゼリアの様子を窺うべく、顔を覗き込もうとする。
すると、それよりも先にミゼリアが立ち上がり、黄色い声を上げた。
「きゃ〜! 王子様みたいなリシュアス様も格好いいけど、精悍なリシュアス様も格好いい! どうしようっ、好きです!!」
リシュアスに迷惑をかけたくなくて心に秘めておくつもりだったのに。
ギャップに魅了されて気持ちが溢れてしまい、気づけば口を衝いて出てしまっていた。
「は?」
両頬に手を添えて舞い上がるミゼリアだったが、リシュアスの呆気に取られている表情を見て、一気に顔色を失った。




