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恋煩いの魔女は不滅の英雄にキスできない〜記憶喪失中につき、あなたの呪いは解けません〜  作者: 小蔦あおい
第5章 ミゼリアの祝福

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第31話



 ガタガタと揺れる馬車の荷台で目が覚める。

 ミゼリアが薄らと目を開くと、白い幌が見えた。

 近くで薬草の香りがする。周りには乾燥した薬草の束が積まれていた。


 また、自分の状態を確認すると腕と胴は縄で一緒に縛られ、板間に寝かされていた。

 荷台が小石に乗り上げて揺れる度、身体に響いて痛い。

 舗装されていない道を走っていることから、王宮の外に出ているのかもしれない。



(バトス室長はどこに連れて行こうとしてるんだろう。私を殺さないといけないってどういう意味?)

 気になることはまだある。彼がミゼリアを『致死の魔女』だと知っていた点だ。


 バトス室長には所蔵庫の鍵を借りるために記憶喪失であることは伝えていた。しかし、これまで一度も魔女だとは明かしていない。

 また、ミゼリアは解呪の魔女だと思い込んでいて、致死の魔女だと知ったのはつい三日前である。

 記憶を取り戻して絶望したミゼリアは倒れて寝込んでいたので魔女だと告げる暇もない。



(誰かがバトス室長に私が致死の魔女だって教えたの? だけど、わざわざ言うような人は周りには誰もいないし……)

 あれこれ考えているうちに馬の嘶きが聞こえてくる。気づけば幌馬車が停車していた。


「目が覚めたようだね」

 声がする方へ視線を向けると、ランタンを手にしたバトス室長が幌の中を覗き込むようにして立っている。

「……おかげさまでよく眠れましたよ」


 ミゼリアは肩とお腹に力を込めて上体を起こすと、皮肉で言い返した。

 それに対して意に介さないバトスが白い歯を見せてくる。


「なら良かった。早速だけど歩いてくれるかな」

 言われるまで気づかなかったが、足は拘束されていなかった。

 バトス室長は元軍人。しかも二軍所属で魔物討伐時は活躍するような人だった。

 逃げ出したところで、捕まえられる自信があるのだろう。


(向こうに隙ができるまで、大人しく指示に従った方が良さそう)

 ミゼリアは言われた通りに幌馬車を降りて地面に足をつける。



 前方には木製の小屋がある。さらにそこから少し離れたところには、三角屋根をした大きな建物が建っていた。風に乗って獣や糞尿の臭いがするので畜舎のようだった。


「ここは王宮が管理している畜舎だ。食材の肉は基本的にここから調達されている。王室薬局の薬草園では、要らなくなった薬草の一部を家畜の餌として活用するんだ」


 バトス室長が小屋の扉を開ける。暗いので中が見えず目を凝らしていたら、バトス室長が中に入ってランタンで照らしてくれた。

 そこには麦稈を丸めて束にしたものや、薬草を丸めて束にしたものが積まれている。どうやら飼料庫のようだ。


 バトス室長は扉のフックにランタンを吊り下げると、慣れた手つきで荷台から薬草の束を下ろし、中へと運んでいく。それが何往復と続くのでミゼリアの頭の上には、たくさんの疑問符が浮かんでいた。


(私を殺したくて拉致したのにどうして放置しているの? こんなの、逃げてくださいって言っているようなものじゃない)

 しかもバトス室長は飼料庫の中に入ってからなかなか戻って来ない。

 逃げるなら、油断している今がチャンスだ。


 ミゼリアはゆっくり後ろへ下がる。一歩、また一歩。

 飼料庫と一定の距離が取れたらくるりと背を向けて走り出した。

 しかし、自分の意思に反して身が竦む。

 突然足が動かせなくなった。殺気だ。


「馬鹿な真似はよした方がいい。君の考えてることなんてお見通しだよ」

「っ!!」

 振り返ると、飼料庫の中にいたはずのバトス室長がすぐ後ろで仁王立ちしている。


「なんで……」

「逃げようとしたのが分かったのかって? これでも僕は戦場を経験している身だからね。人も獣も魔物も、命の危機に晒されるとどう行動するかなんて長年の経験上、手に取るように分かるよ」


 こちらに近づいてきたバトス室長がミゼリアを肩に担いで飼料庫へと連れて行く。

「は、離して!」

 じたばたと自由が利く足を動かして抵抗するものの、効果はなかった。

 バトス室長は飼料庫に向かって進んでいく。そして中に入った途端、ミゼリアをぞんざいに放り投げた。


 幸いにも、麦稈や薬草の束がクッションとなって地面に叩きつけられても痛くはない。室内は草の独特な香りに包まれていた。

 バトス室長はミゼリアの縄を解くと、懐からスキットルを取り出して蓋を開ける。中の液体を入り口付近の床や薬草に撒いていく。

 身を起こしたミゼリアは、バトス室長の行動に目を剥いた。


「その中身はまさか」

「これは蒸留酒だ。言わなくとも、これからどうなるのか、君なら分かっているはずさ」

「私を焼き殺すんですか?」


 バトス室長は困ったというように眉尻を下げた。

「嫌だなあ、人聞きの悪い。これは君が自分でしたことだよ。記憶を取り戻し、祝福の力に絶望した君が焼身自殺を図った。僕は火事を見つけた第一発見者さ」

 どうやらバトス室長は自殺に偽装するつもりでいるようだ。

 汗が滲む手をミゼリアは握り締める。


(記憶を思い出した私を殺す理由は一体何? 私の魔女の力とバトス室長は何も関係ないのに。訳が分からない)

 この場を乗り切るために、まずは状況を整理する。

 バトス室長はミゼリアが致死の魔女である情報をどこかで手に入れた。


 王宮でミゼリアが魔女だと知っているのは、リシュアスとコンラッド、そしてエリスの三人だけだ。その他の人間には誰も教えていない。


(消去法でいくと、バトス室長に話したのはコンラッド卿が一番怪しい。だけど、二人は事務的な会話だけで親しくしているところなんて一度も見たことがない)

 ミゼリアが考え込んでいる間に、バトス室長が準備を完了させていく。


「さて、お別れの時間だ。エリントン君は優秀な子だし、いなくなると寂しいよ」

 しおらしいことを言いながらも、やっていることは物騒だし、全然寂しそうな顔はしていない。それよりもどこか嬉しそうですらある。


 ミゼリアはバトス室長の右手に目をやる。少し動きがぎこちないのは、その手が以前軍部で所属していた時に負った怪我のせいだろう。

 その手を見て、ミゼリアはあることを思い出した。


「……バトス室長と初めて挨拶をして握手した時、手を強く握られてビリビリしたのが印象的でした。最初は元軍部の人だから力が強いんだって思っていたんですけど、あれは室長が自身の魔力を通して私の力を探っていたから。つまり、最初から私を警戒していたんですね?」


 ミゼリアはバーバラに自分の祝福を鑑定してもらった時のことを思い出す。

 バーバラが手を握って自身の魔力を身体に通してくれたのだが、あの時も握られている手がビリビリとして痛かった。



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