第32話
「わざわざ私が何の魔女か確認した理由はなんですか?」
ミゼリアが問い詰めると、尋問は辞めてくれというように両手を軽く挙げてくる。
「君がベルダース伯爵の紹介だったからだよ。離宮の管理人がいきなり王室薬局に人を入れるなんて前代未聞だ。僕の計画に気づいたんじゃないかって、疑わずにはいられなかった。だから念のため調べさせてもらったんだけど、魔女だと分かった時は内心焦ったよ」
ミゼリアは顎を引く。
彼の企んでいる計画とは何だろう。
ベルダース家の動向を注視していたとなると、彼の企んでいる計画にはリシュアスや王室に関係があると考えてしまうのが自然な流れだ。
「計画っていうのは、まさかクーデターですか?」
警戒心を露わにして尋ねたら、バトス室長が慌てた様子で否定してくる。
「クーデターなんてとんでもない! そんなことしたらリシュアス様を悲しませてしまうじゃないか。この僕がそんなことするわけないだろう」
以前、クリフの友人であるダリルがリシュアスのことを熱弁していた。その彼とバトス室長は同じ二軍に所属し、一緒に魔物を討伐していた。
もしかするとバトス室長もリシュアスに心酔しているのかもしれない。
現に、その表情からは必死さが伝わってくる。
「リシュアス様を慕っているんですね」
すると、バトス室長がきょとんとした表情をしたかと思うと、腹を抱えて笑い出す。
「慕ってるだなんて簡単な言葉で済ませないでくれ。僕は崇拝しているんだ。離宮にいらっしゃるリシュアス様と会えるのなら、僕は今すぐにでも彼の足下に跪いて靴先に口づけをしたいくらいだ」
ミゼリアは思わず息を呑む。
「どうしてそれを……」
リシュアスが今も生きていて、離宮で暮らしていることをバトス室長は知っている。
彼の存在を知っている者はごく一部の関係者だけ。世間に存在が露呈しないように秘密保持契約を交わしているし、彼らはリシュアスや王室に忠誠を誓っている。
裏切るなんてまずあり得ない。
頭の中がパニックを起こしそうになる。
しかし、バトス室長から何も聞き出せていないことに気づいてすぐに冷静になった。
ミゼリアは相手のペースに飲まれないよう気を引き締める。
「そういえば、室長は魔法使いなんですよね? まだ訊けてなかったんですけど、神様からどんな祝福を受けたんですか? 私だけ手の内を明かすのは不公平だと思います」
バトス室長はこちらを一瞥して考える素振りを見せた後、納得したように頷いた。
「僕が神から与えられた祝福は探知だよ」
「ということは、その力でリシュアス様の存在を知ったんですね?」
問いただすとバトス室長から話の腰を折るなと注意される。
「話は最後まで聞くものだよ、エリントン君。俺の探知は人を探るものじゃない。離れた位置からでも魔物の魔力を捉えられる力だ。具体的に説明すると、建物や木々に遮られていようとも、この目で魔物の魔力が確認できる。その範囲は王宮がすっぽり入るくらい。僕が魔法師でもないのに二軍で活躍できていたのは、単に剣の腕があったからじゃない。この探知の力を使って魔物がどこに潜伏しているか把握できたからなんだ」
そこでミゼリアは合点がいく。
以前ダリルがバトス室長は現役だった頃に、普段は目立たないのに本番になると勘が鋭くなる人だったと教えてくれた。あれは祝福の力を使って魔物がどこにいるのかを把握していたからのようだ。ただ、そこで一つの疑問が湧く。
「えっと。リシュアス様は魔物じゃないですよ?」
訝しんでいたら、バトス室長が目を尖らせる。
「笑止。リシュアス様は魔物じゃない。だけど僕の探知の力が反応しているってことは、彼の身体に魔物の魔力が巡っているってことになる。そしてそれは、僕が見てきた魔物の魔力の中でも一番濃厚だ。……十中八九、あれは魔王のものだろう」
魔王を討伐した際、リシュアスは大量の返り血を浴びたと言っていた。血には魔力が宿っていて、魔王はそれを介してリシュアスに不老不死の呪いをかけた。
恐らく、その時の魔力がリシュアスの身体に残存しているのだろう。
「魔王の魔力を帯びたことでリシュアス様は長寿の身体を手に入れられた。だが、それが世間に知られるのはまずいと判断した王室側は、あろうことかあのお方を離宮に閉じ込め、監視役にベルダース家をつけた。この世界を救った英雄を幽閉して蔑ろにするなんて、酷いと思わないか?」
憎悪に満ちたバトス室長は、ギリギリと奥歯を噛みしめる。
「王室やベルダース家といった邪魔者は排除しないといけない。一刻も早くリシュアス様を助け出さなければ。そんな感情が日増しに強くなっていった矢先、ベルダース伯爵から君を紹介された。魔女かどうか調べた時は驚いたよ。とはいえ、君からは悪意はまったく感じられないし、記憶喪失で訳ありのようだったから目を瞑ることにした。実際、調剤室の仕事が忙しくて人手は足りていなかったからね。所蔵庫の鍵は貸したけど、記憶回復に関する本は事前に隠しておいたよ」
どおりでどれだけ探しても記憶回復に関わる本が見つからないわけだ。
事前に隠されてたのなら見つけようがない。ミゼリアは内心で納得する。
「記憶を思い出した以上は放置できない。君は英雄を殺すために雇われたんだろう?」
「……」
嫌悪の眼差しを向けてくるバトス室長に、ミゼリアは表情を強ばらせた。
致死の魔女は人を死に至らしめる。
(もともとは解呪のためで殺すために雇われたわけじゃない。でも、私が人殺しなのは紛れもない事実)
解呪の魔女ならどれだけ良かっただろう。目覚めてからそればかり考えていた。
普通の人間として人生を全うしたいというリシュアスの願いを叶えられない。ミゼリアの力では人生を全うするという最後の部分だけしか与えられない。
悄然としている間も、バトス室長が話を続ける。
「この国は英雄であるリシュアス様が永久に君主であり続けるべきだ。それを実現させるために、同志を二軍から集めた。仲間はリシュアス様が存命していると言っても半信半疑。だけど、そのお姿を直接見たらどうなる? 必ずやリシュアス様のもとで結束してくれる。そのためにも不安因子である君を殺し、リシュアス様を救い出さないと。きっと僕の偉業を知ったら、リシュアス様はお喜びになって感謝してくれるだろうなあ。それに、あのお方が君主である姿は皆が求めている」
ミゼリアは最後の部分でぴくりと反応した。
(皆が求めているっていうけど、本人の気持ちはどうなるの?)
リシュアス自身は君主になるのを望んでいない。それどころか他の王族に迷惑がかからないよう離宮に引き籠もっている。
先ほどからバトス室長は自分の主張ばかりで、リシュアスの気持ちを尊重しようとしていない。彼が望んでいるのは英雄という部分だけでリシュアス自身じゃない。
ミゼリアはバトス室長をキッと睨みつけた。
「あなたにリシュアス様の何が分かるの? この三百年間、彼がどんな気持ちで生きてきたかも知らないくせに。リシュアス様は室長の自己陶酔の道具じゃないんだから!!」
ミゼリアは声を張り上げて異を唱えた。
すると、図星を突かれたのかバトス室長が満面朱を注いだ顔でこちらを睨んでくる。
「黙って聞いていれば勝手なことばかり言う。リシュアス様のことをよく理解しているのはこの僕だ。長年離宮に閉じ込められていた彼を解放した僕は、今後彼の側近として活躍するんだ!」
激昂したバトス室長は、入り口近くに置かれていた薬草の束を蹴る。
次に扉にかけていたランタンを薬草の束目掛けて叩きつけた。
ガラスの割れる音がした直後に、ランタンの灯りが麦稈に引火して燃え上がる。




