第29話
先程までの少女のような空気とは打って変わって、今は貫禄がある。そして、放たれるオーラはこの中で一番恐ろしい。
エリスの覇気に充てられて気圧されるコンラッドだったが、すぐに色を正して次の話題に移った。
「陛下、この場をお借りして英雄派のご報告をさせていただいてもよろしいですか?」
「言ってみなさい。内乱が起きて損害を被るのは国民です。無駄な反乱因子は、芽が出る前に潰さなくてはいけません」
エリスの許可を得て、コンラッドが最新の情報を共有する。
「英雄派を調べていくと、とある共通点に行き着きました」
「共通点? 前に下級貴族が多いって言っていなかったか?」
コンラッドが以前の報告で英雄派には下級貴族の出身者が多いと言っていた。彼らは現在の既得権益層である高級貴族に不満を抱いている。
「それもありますが、もう一つあったのです。それは彼らが軍部所属であるという点です。過去から現在までの経歴を洗ってみると、そのほとんどの人間が二軍の小部隊、第一部隊から第三部隊の所属でした」
第一部隊から第三部隊といえば、五部隊ある二軍の中でも魔物討伐の腕を誇っている兵士ばかりだ。
そして、彼らは軍部の中でも魔法剣術を編み出したリシュアスを崇拝している。
「おじ様に心酔するあまりクーデターを目論んだってところかしら。世間一般で死んでいるおじ様を永久君主に祭り上げて政治を動かす。まったく以て、机上の空論ね。そんな政権に誰がついていくというの」
その言い分は尤もだとリシュアスも思った。死んだ人間を君主に祭り上げたところで実際の政治を動かしていくのは生きている人間だ。
その人間に政の知識や腕がなければ、特権を得るどころか国の運営すらままならないだろう。高級貴族ならまだしも、帝王学を学んでいない下級貴族には無理だ。
「そうですね。リシュアス様が世間一般で言うように死んでいるのなら英雄派の目論見は達成できないでしょう」
コンラッドの意味深な発言にリシュアスが眉をひそめる。
「待て。その言い回しだと俺の存在に気づいている者がいるということか?」
尋ねるとコンラッドが頷いた。
リシュアスとエリスは顔を見合わせる。
離宮と正宮の間には庭園がある。もしベルダース家の関係者以外が歩いているとこちらはすぐに発見できる。また、離宮の周りは衛兵が定期的に巡回してくれているし、離宮へ向かう手前で必ずクリスタルのプレートを確認する決まりになっている。
もし身につけていないことが発覚すると、たとえベルダース家の関係者でも否応なしに地下牢に収監されて取り調べを受ける。
反対にリシュアスが正宮へ向かう場合は、下っ端文官の制服を着て行動している。不老不死になってから、リシュアスは自分の肖像画のすべてを燃やして処分した。王宮のどこにも絵は飾られておらず、容姿でバレることはない。
それなのに、どうして生きていることが知られてしまったのだろうか。
「どこで情報が漏れたのか見当もつかない。基本的に俺は離宮に籠もっているし、正宮で会うのはエリスだけ。そして、俺の存在を知っている者にはすべて秘密保持契約を交わしている。正宮と離宮の移動も王族だけが知る隠し通路を通って往き来しているんだぞ?」
コンラッドもどこで情報が漏れたのかまでは突き止められなかったらしく、困った顔をする。
「英雄派の中でもリシュアス様の生死については意見が割れているようです。ですが仮にもし、リシュアス様の存命を疑っている者たちを信じさせることができたら、その結束力は増して勢いづくでしょう。首謀者は大手を振って王室へのクーデターを起こせるというわけです」
コンラッドは書斎にあったロエウルム王国の地図を広げる。
「二軍は国内の魔物討伐のために各地へ派遣されています。私が独自に調査したところ、彼らは既に討伐を終えていました。しかし、先ほど軍部に確認を取ったのですが、第一部隊から第三部隊はまだ討伐先から帰還していないそうです。怪しい点はまだあります。軍部調剤室に医薬品が注文され続けているんです。しかも、内容は傷薬や回復薬ばかり。輸送先は討伐地近くの町ではなく、王都からほど近い町ばかりでした」
となると、第一部隊から第三部隊は王都からほど近い場所で潜伏している可能性が高い。
話を真剣に聞いていたエリスはコンラッドを貫禄のある流し目で見る。
「それで、その首謀者が誰なのか目星はついたのかしら? もったいぶってないで教えてもらえるとありがたいわ」
「その者の名は――」
コンラッドは首謀者の名前を二人に伝える。
エリスは片眉を跳ね上げると、口を開いた。
「それが事実ならミゼリアが危ないんじゃないかしら。この者はおじ様を崇拝しているんですもの。ミゼリアに致死の力があると知ったら英雄を死なせようとしているミゼリアに嚇怒するでしょうね。何が何でも排除しようと動くでしょう」
ミゼリアの危険が迫っていると知ったリシュアスはすぐに対策を練る。
「それならミゼにはしばらくの間、離宮で過ごしてもらおう。コンラッド、今日付でミゼリアを王室薬局から解雇しておけ。宿舎の荷物もまとめて持ってくるように」
「すぐに対応させていただきます」
リシュアスは額に手を当てる。
「ミゼに危険が迫っているが、ここにいる限り安全だ。幸いにも彼女は今、ここで眠っている。向こうは手出しできまい」
リシュアスが愁眉を開いていると、突然扉を叩く音がする。
返事をすると、遠慮がちにデボラが入ってきた。
エリスの存在に気後れしているようだ。
「お取り込み中大変申し訳ございません。ですが急を要するのでご報告に参りました」
「どうした? 話してみろ」
リシュアスが促すと、デボラがおろおろとしながらも口を開く。
「実はミゼリアが離宮のどこにもおりません。目を覚ましたので飲み物でもと思って厨房へ行って戻ってきたら、その間に部屋からいなくなってしまったんです!」
「何だと!?」
リシュアスは声を荒らげる。
「すぐにミゼを探す手配を。見つけ次第、保護してすぐに離宮に連れてくるんだ」
「承知しました」
コンラッドが返事をしてすぐに行動に移す。
「私ももう一度離宮にいないか隈なく探してみます」
デボラもコンラッドに続いて外へと飛び出していった。
リシュアスは強い焦燥感に駆られ、舌打ちをする。
(頼む、どうか無事でいてくれ)
ミゼリアがいなくなったのはもとを辿れば自分のせいだ。あの時何か言葉をかけていたら、ミゼは過呼吸になって倒れなかったかもしれない。絶望しなかったかもしれない。
様々な後悔ばかりが心に押し寄せてくる。
(ミゼはいつだってどんな俺も受け入れてくれていた。好意を示してくれていた。それに対して俺はどうだっただろう。自分の理想ばかりを押しつけて、ありのままのミゼを受け入れようとしなかった。そのせいで傷つけてしまった)
ミゼリアの心が離れてしまったのは身勝手な己のせいだ。
今さら謝ったところで許してくれるとは思わない。
(ミゼに拒絶されたって構わない。だが、どうか俺におまえを守らせて欲しい)
唇を引き結び、すみれ色の瞳に悔恨の色を滲ませていると、ポンと肩を叩かれる。
顔を向ければ、エリスがにっこりと微笑んでいた。
「懊悩して待っているだけなんて英雄のおじ様らしくないわ。昔みたいに行動で示して。必要ならわたくしを使えば良いのよ。いくらでも協力しましてよ」
リシュアスはハッとする。
そうだ。昔は何でも気になることがあったら自ら行動していた。
魔王を倒しに行こうとしたのだってそうだ。
誰かに頼まれたからじゃない。自分の意思だ。
離宮に籠もりすぎたせいで、どうやら焼きが回ったようだ。
本来の自分を見失っていることをエリスに気づかされた。
「ありがとうエリス。早速だが、俺に戦闘の許可を出して欲しい」
エリスは頷くと、厳かに命じた。
「ロエウルム王国君主として、リシュアス・ロエウルムの戦闘を許可します」
許可をもらったリシュアスはその足で離宮を飛び出した。




