第26話
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それはある夏の暑い日のことだった。
ミゼリアがクロロの森で薬草を摘んで帰ってくると、バーバラがお店のカウンター近くで蹲っている。
『先生、大丈夫? また具合が悪いの?』
薬草を摘んだ籠を床に置いて駆け寄る。苦しそうにするバーバラの背中を優しく撫でた。
『ありがとう、ミゼリア。ここ最近多い貧血よ。薬を飲めば治るわ』
ゆっくりと立ち上がったバーバラが安心の言葉をかけてくれる。
しかし、その額には脂汗が滲んでいた。よく見ると、彼女は腹部を手で強く押さえているではないか。
眉を顰めたミゼリアは、籠に入っている薬草を漁る。
『薬を作るから、先生は休んでて』
『私の弟子は頼もしいわね。これなら国に頼まれている自白薬も作ってくれそうね』
『それは普通の薬じゃなくて霊薬でしょ? 私は霊薬の魔女じゃないからそんなものは作れないよ。まあ、私は解呪の魔女で呪いを解くことならできるけど。それこそ使う機会なんて、一生のうちにあるかないかだよ』
ミゼリアが神の祝福を受けたのは、六歳くらいの時だった。
当時のことは小さくて覚えていないが、一度だけ力を使った記憶が微かに残っている。
(クロロの森で苦しんでる馬がいて。だけどどうして苦しんでいたんだっけ? 詳しいことは思い出せない)
その後馬がどうなったのかは不明だ。
馬の結末を知りたいところだが、この話をするとバーバラが嫌がるため、ミゼリアは自分からはしないようにしている。
『……ミゼの場合、力を使う機会は少ない方がいいわ』
バーバラが眉尻を下げて相づちを打ってくる。
表情が先ほどよりも歪んでいるので、調子は相当悪いらしい。
無理をさせてはいけないと判断したミゼリアは、ベッドに横になるよう提案した。
バーバラはそこまで心配する必要はないと言ってくるが、ミゼリアは食い下がる。
『霊薬の魔女である先生の身に何かあったら大変だよ。国や貴族に頼まれている霊薬は私じゃ作れない。もう歳なんだから自分の身体をいたわ……痛っ!』
ミゼリアが年齢を指摘したら、バーバラに頭を小突かれた。
『こら。人を年寄り扱いしないでちょうだい。足腰は同年代よりもしっかりしているわよ。でもまあ、今回はあなたの言うとおりにしておきましょう』
最終的にバーバラはミゼリアの提案を聞き入れてくれた。
ところがそれ以降、彼女の容態は良くなるどころか、日増しに悪化していった。
ベッドから起き上がれない日が一日、また一日と増えていく。
ミゼリアが医者を呼ぼうとすると、バーバラからは大丈夫だと一蹴される。
そうこうしているうちに腹痛と嘔吐を繰り返すようになった。居ても立っても居られなくなったミゼリアは、とうとうバーバラの制止を振りきって医者を呼ぶ。
駆けつけた医者が治療してくれたおかげで、バーバラの表情は幾ばくか苦痛から解放された。ベッドからは穏やかな寝息が聞こえてくる。
『そろそろ隠し通せない段階になったから、バーバラさんの病状について話しておこうと思う』
どうやらバーバラは内緒で診察を受けていたらしい。彼女は自分がどんな病魔に襲われているのか把握していたようだ。
『先生の、おばあちゃんの病気はどんな薬を作れば良くなるんですか?』
医者は聴診器を外しながら難しい顔をした。
『残念だけどバーバラさんの病気は、今の医学や薬学では治せない。私が発見した時点でかなりの段階まで進んでいた。ミゼリアを心配させないよう、これまで必死に隠して耐えていたんだよ』
『そんな』
これまでバーバラと過ごした記憶が走馬灯のように駆け抜けていく。
厳しくも優しい祖母。唯一の家族がいなくなってしまうなんて、そんなの嫌だ。
『先生、おばあちゃんと一緒にいられる時間は後どれくらいですか?』
泣きそうになるのを必死に堪えて尋ねる。
『落ち着いて聞きなさい。このままだとバーバラさんの余命は半年と持たない。だからといって諦めるのはまだ早い。完治させることは無理だとしても病気の進行を送らせる方法はある。それには大量の薬が必要だ』
唯一の家族を失いたくないミゼリアは医者に縋った。
『構いません。一日でも一緒にいられるなら何の薬を用意したらいいか教えてください』
『言っておくが、あくまでもこれは病気を治す薬じゃないからね』
『分かってます』
ミゼリアは医者から教えてもらった方法で薬を作り、バーバラへ投薬を行った。
釘を刺されたとおり、これはバーバラの病気を完全に治すものではない。
病気はバーバラの身体をゆっくりと、そして確実に蝕んでいった。
(先生は霊薬の魔女なのに、自分の霊薬が効かないなんて。神様はどうしてこんな理不尽な仕打ちをしてくるの)
中肉中背だったバーバラは痩せ衰え、ふっくらとしていた頬も痩けた。
ベッドで眠りにつく彼女を眺めながら、ミゼリアは椅子の上で両膝を抱えて座り込む。
(先生が死んで一人になったら、これからどうしよう……)
先のことを考えたくない。今の願いは一日でも長くバーバラと一緒にいることだから。
膝に顔を埋めていたら、不意に掠れた声で名前を呼ばれた。
顔を上げて椅子から立ち上がると、バーバラと視線が合うように覗き込む。
『先生、どうしたの? どこか苦しいところでもある? 医者を呼んだ方がいい?』
質問攻めにあったバーバラは力なく笑った。
『ただ、あなたの顔が見たくて呼んだだけよ』
病状が急変したわけではないと分かり、ミゼリアは愁眉を開く。
『そっかあ。早く元気になって、また一緒に森で薬草を摘もうね。お店にも立とうね』
痩せ細ったバーバラの手を握り締め、ミゼリアは励ました。
すると、何かを決意したバーバラが色を正す。
『祝福のことで話しておかなくてはいけないことがあるの。ミゼ、あなたが持つ力は解呪じゃない。――致死の力よ』
『致死?』
日常生活では使わない言葉だったので思わず聞き返してしまう。
バーバラは話すべきか悩んでいるのだろう。
薄らと苦悶の表情を浮かべながら過去について語ってくれた。
『あなたの祝福の力が発現したのは六歳の時。クロロの森に子爵様の馬が迷い込んだ時のことよ』




