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恋煩いの魔女は不滅の英雄にキスできない〜記憶喪失中につき、あなたの呪いは解けません〜  作者: 小蔦あおい
第4章 消えた記憶

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第25話



「王都の平和祭最終日は毎年花火が打ち上がる。街中だと人混みもあって落ち着かないからな。特等席で見せたかった」

 空を仰ぐミゼリアの空色の瞳に、宵闇のキャンパスに描かれる光の花々が映り込む。


「ミゼ」

 リシュアスは名前を呼び、優しい手つきで自分の方へと顔を向けさせる。


「不老不死で生きた三百年間は灰色だった。だがそれもミゼと出会ってからは大きく変わった。おまえは俺に希望を与えてくれたんだ。この花火のように、俺の心を鮮やかに照らしてくれる」

「リシュアス様……」


 いつの間にかリシュアスとの距離が近くなっている。

 花火に照らされた彼の頬は普段と違ってほんのりと赤くなっていた。


「呪いが解けた後も一緒にいて欲しい。ダメか?」

「っ……」

 突然の告白にミゼリアは戸惑ってしまう。

 どう返事をしていいのか分からなくて口だけがぱくぱくと動く。



(それってつまり、リシュアス様も私のことが好きってこと? 両想いなの!?)

 好きな人から好意を寄せられて嬉しくないわけがない。

 高鳴る胸の鼓動は最高潮に達していた。


 リシュアスの顔がミゼリアの瞳にアップで映る。すみれ色の瞳は熱を孕んでいた。

 今は唇が触れるか触れないかの距離で、見つめ合っている。


 ミゼリアは顔を真っ赤にして視線を彷徨わせた。

「いつも以上に顔が近くないですか?」

「わざとやってるからな。ミゼは顔が赤いな。もっと近づけたらどうなるんだ?」

「そ、それは……」


 しどろもどろになっている間にフィナーレを迎えた。

 赤や緑、オレンジといった色とりどりの花火が何千発も打ち上がる。

 空は真昼のような明るさになった。


 リシュアスがおもむろにミゼリアの顎を親指ですくい上げてくる。

 花火に照らされた彼は、先ほどまで軽口を叩いていた人とは思えないほど真剣だった。

 こちらを見つめてくる瞳から目が逸らせない。



「……リ、シュアス様」

 視線を彷徨わせるミゼリアだったが、逃げるなというようにリシュアスが指の腹で頬を撫でてくる。

 こっちを見ろ、という合図を送られてミゼリアは再び視線を向けた。


 すると、リシュアスが目を閉じて顔を近づけてくる。

 ミゼリアもそれに答えるように瞼を閉じた。

 そして――。


 花火は止んだ。

 夢の時間が終わったように、辺りは静寂に包まれる。

 ミゼリアはリシュアスの唇をサッと手で遮っていた。


「――おやめください」

 普段とは違うあまりにも低い声が出た。ミゼリア自身も驚くほどだった。

 ミゼリアは両手を突き出して距離を取る。その手は震えていた。



 ショックを受けたような表情でリシュアスが眉根を寄せると、唇を引き結ぶ。

「……すまない。俺も祭りの雰囲気に当てられたようだ。戯れが過ぎた」

 リシュアスは笑っているが、気まずい雰囲気が伝わってくる。



 俯いたミゼリアは蚊の鳴くような声で「違うんです」と否定した。

 手の震えがいつの間にか全身にまで到達している。

 まるで高熱が出始めているかのように皮膚という皮膚がざわざわした。


「……たった今、すべての記憶を取り戻したんです」

「それは本当か!?」

 突然の吉報にリシュアスが驚喜した。

 これでようやく悲願が叶う。

 ミゼリアには、リシュアスの心のうちが手に取るように分かった。


「この顔を見て、まだ嘘だと思いますか?」

 ゆっくりと顔を上げたミゼリアは燦然と涙を流していた。

 リシュアスはバツの悪い顔をして、ミゼリアの頭をぽんぽんと優しく叩いた。



「そうだった。おまえが失っていた記憶はバーバラの今際の記憶だった。辛い記憶を思い出したっていうのに、自分のことでいっぱいになって喜んだりしてすまなかった」


 不謹慎だったと謝罪してくるリシュアスに、ミゼリアは小さく頭を横に振った。

(違う。そうじゃなくて……)

 バーバラの記憶を取り戻して悲しいのもある。だが、問題はそこではない。



「謝らないでください。リシュアス様は悪くありません。ただ、私とキスしちゃダメです。……というか、キスなんて恐ろしくてできないですよ」

 リシュアスから好意を寄せられて嬉しかった。

 キスされると分かった時、あのまま身を委ねてしまいたかった。


 けれどそれは叶わない。最後の花火の光が消えた瞬間に思い出してしまったのだ。

 今際の際の記憶を、そして祝福の力を。

「恐ろしくてできないってどういう意味だ? 分かるように説明してくれないか?」

 ミゼリアは声を絞り出すようにして答えた。


「私は解呪の魔女じゃありません。リシュアス様の求める魔女じゃないんです」

 突然の告白にリシュアスのすみれ色の瞳が大きく揺れる。

「何を言って……」

 ショックを受けた様子のリシュアスを尻目に、ミゼリアは涙を流しながら続けた。




「本当の私は人を死に至らしめる『致死の魔女』なんです。そして、先生を手にかけた人殺しです」

 リシュアスの顔が絶望に染まっていく。

 ミゼリアは唇を噛みしめた。


(こんな自分なんて思い出したくもなかった)

 今夜ほど自分の存在が虚しく感じる夜はなかった。

 記憶を取り戻せば、解呪の魔女として役に立てると信じて止まなかったから。


 ミゼリアは浅い呼吸を繰り返す。

 うまく息ができない。苦しい。

 目の前の世界がぐにゃりと歪む。

 それなのに、幻滅するリシュアスの顔だけははっきりと見える。


「ミゼ? ミゼ! しっかりしろ!」

 反転する世界の中でリシュアスが必死に呼びかけている。

 しかし、その声もじきに遠のいていく。

(……ごめんなさい)

 ミゼリアはとうとう、気を失ってしまった。



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