第24話
「おいどうした、食べ過ぎて気分でも悪いのか?」
「いいえ、違います」
ミゼリアはぶんぶんと首を横に振る。
「それなら早く手を取れ」
リシュアスが催促してくる。
ミゼリアは手を伸ばし――シャツの袖をちょんと摘まんだ。その行動が意外だったのか、リシュアスが肩を震わせる。
「普段あんなに欲望丸出しなのに、公衆の面前では恥ずかしがるんだな」
「こ、これでもうら若い乙女ですから! それに……」
「なんだ?」
普段は異性を患者や仕事仲間として見ているため、特に意識していない。
リシュアスにも好意を示してはいたが、そこには一定の距離があった。
しかし、人が多いここでは否が応でも密着してしまう。
気恥ずかしくなるなと言う方が無理だった。
とはいえ、ありのままを話すのはなんだか癪だ。
「なんでもありません」
拗ねたミゼリアはリシュアスから視線を逸らす。
すると、リシュアスがフッと表情を緩めた。
「周りは祭りの雰囲気を楽しんでいるだけだ。誰も俺たちを見ていない。気にするな」
そう言って裾を摘むミゼリアの手を引き剥がすと、自身の手で包み込んだ。
大きな手は力強くて、ゴツゴツとした硬い皮膚の感触もある。それでいて、彼の体温とともに優しさも伝わってきた。
ミゼリアは声にならない悲鳴を上げる。
(リシュアス様はただはぐれないように、手を繋いでくれただけ。平静を装わないと!)
そう意識すると、余計に顔へ熱が集中してしまった。
制御不能になった熱のせいで、耳の先まで真っ赤になっていそうだ。
すると、さらなる追い打ちをかけるように、リシュアスが耳元で囁いてくる。
「どこも人が多くて賑やかだ。これだと案内どころじゃないな」
思わず空いている方の手で、囁かれた方の耳を覆う。
「……リシュアス様、この間もそうでしたけど、またわざとやってませんか?」
「さあ、どうだろう?」
「リシュアス様!」
ミゼリアは遂に非難めいた声を上げる。
策士であったリシュアスは喉を鳴らして笑っていた。
「悪かった。もう揶揄わないから手は握ったままにしておいてくれ。本当にはぐれたら困るからな」
リシュアスがギュッと手を握り直してくる。こちらの身を案じているのがありありと伝わってきた。また、先ほどからリシュアスはミゼリアが通行人とぶつからないよう、庇うようにして歩いてくれている。
こうなると怒るに怒れない。
(狡くて優しい人……)
ミゼリアが心の中で呟く。
出店が最も多い広場を通り抜けた後、二人は人の少ない通りを歩く。坂を上り、見晴らしの良い高台に出た。
そこからは王都の街並みが一望できる。
ミゼリアは頬にかかった髪を耳にかけながら、隣に立つリシュアスをちらりと見やる。
彼は王都の街並みを神妙な顔で眺めていた。
「昔と変わらない部分もあれば、変わった部分もある。なんだか不思議な感覚だ」
「三百年も経てばいろいろなところで変化がありそうですね」
同意するようにリシュアスが大きく頷く。
「そうだな。ロエウルム王国だけじゃなく、他の国にも様々な変化が起こっているんだろうな。呪いが解けた暁には、また各地を回ってみるのもいいかもしれない」
リシュアスの瞳に羨望の光が宿る。
(初めて会った時、リシュアス様は王宮を離れられないって言っていた。本当は昔も今もいろんなところを自由に旅したいんじゃないかな)
ミゼリアがリシュアスの気持ちを考えていたら、風に乗って女性や子供たちのはしゃぐ声が聞こえてくる。
少し離れたところにはちょっとした行列ができていて、皆の手には花冠が握られている。
「あっ、花投げだ」
ミゼリアは思わず声に出した。
「花投げ? 何だそれは?」
リシュアスが興味ありげに眉を上げて尋ねてくる。
「知らないんですか? お願いごとを口にしながら、離れた場所にある的棒へ花冠を投げるんです。的棒は三つあって、どれか一つにでも入ると願いが叶うと言われています。的棒三つとも距離はバラバラで、遠ければ遠いほど願いが叶いやすいそうですよ」
「へえ。そんなの俺の頃にはなかったな。的棒に入ったら本当に願いは叶うのか? ただのインチキにしか見えないぞ」
「身も蓋もないことを言わないでください。夢がなくなるじゃないですか!!」
「そうは言っても、ミゼはやるんだろ?」
「もちろんです」
ミゼリアはお店の人に料金と引き換えに花冠を受け取り、列に並ぶ。
リシュアスに参加するか訊いてみたが、見物だけにすると言われた。
投げればすぐに終わりなので順番はすぐにミゼリアの番が回ってきた。
投げる位置に立つと、リシュアスが話しかけてくる。
「ミゼは何を願うんだ? クロロの森が守れますようにか?」
「私のお願いが何かなんて分かりきっているでしょうに」
ミゼリアは呆れ返る。
この人はわざと言っているのか。それとも、こういうところは鈍感なのか。
(私の願いは一つだけ)
片方の目を瞑り、狙いを定める。花冠を一番遠い的棒に向かって投げた。
「リシュアス様の悲願が叶いますように」
手から離れた花冠は、綺麗に的棒に入っていく。
リシュアスは目を見開いた。
「やったあ! 無事に入りましたよ!」
実は花冠が命中したのはこれが初めてだったりする。
それもあって達成感と高揚感に包まれたミゼリアは子供のように手を叩いてはしゃいだ。
見物していた周りの客も笑顔で拍手を送ってくれる。
「……無事に入ったみたいで良かった。おめでとう」
リシュアスが口元に手をやって視線を逸らす。
「もしかして、私のことだから外れると高を括っていましたね?」
「いや、そんな風には思っていない。ただ……」
「なんですか?」
「いや、何でもない。ここは熱いから涼しい場所に移動しよう」
「そうですか? じゃあ、あっちの飲み物屋さんで冷たいものを買いましょう」
リシュアスの顔が赤くなっていることに、ミゼリアは気づかなかった。
楽しい時間はあっという間に過ぎ、日没を知らせる鐘が鳴る。
迎えに来たベルダース家の馬車に乗り込んで、ミゼリアとリシュアスは離宮に戻った。
「今日はありがとうございました。とっても素敵な一日になりました」
ミゼリアはお礼を言う。名残惜しいが、とても充実した一日だったので満足している。
「一日歩き回ってお疲れだと思います。どうぞゆっくりお休みくださいね。それでは失礼します」
くるりと背を向けると、リシュアスに腕を掴まれて引き留められる。
「もう少し付き合ってくれないか? 最後に見せたいものがある」
「もちろん構いません」
願ってもない申し出に、ミゼリアは二つ返事で答えた。
リシュアスに連れてこられたのは、二階の書斎にあるバルコニーだった。
そこは木々が拓けていて、空がよく見える。
既に日が沈んだ空は、紫色から濃紺色へと姿を変えていく。その移り変わりが美しく、いつまでも眺めていたくなった。
「今日はミゼのおかげで久しぶりに王宮の外へ出られて楽しかった。誘ってくれてありがとう。楽しい予定を作ってくれていなかったら、俺はまだベッドの上で苦しんでた」
「少しでも前向きな気持ちになれたなら嬉しいです。ところで、ここで何が見られるんですか?」
「その質問の答えはもうすぐ出る」
リシュアスが空を指差す。
直後、強烈な光の花が咲き、遅れてドォンという音が轟いた――花火だ。




