第23話
ミゼリアは瞳に涙を溜めながら懇願する。
リシュアスとデートができるなんてまたとない機会だ。絶対に逃すわけにはいかない。
必死に訴えていると、リシュアスがククッと喉を鳴らした。
「分かった、分かった。ちゃんと約束は守るからまずは一緒に並んでも恥ずかしくないよう着替えてこい」
服装を指摘されたミゼリアは下を向いて確認する。
確かに今着ているのは水色のお仕着せで、これではデートというより、主人と使用人のお出かけになってしまう。
(だけどオーベル領から着の身着のまま連れて来られたし、休みの日はずっと所蔵庫に籠もっていたから外出用の服なんて持ってないよ)
デートが台なしになりそうで途方に暮れていると、離宮からデボラがやって来る。
「ミゼリア、いつまでそこにいるの? 早く準備をしないと外出する時間がなくなってしまうわよ」
デボラは柔和に微笑むと、ミゼリアの両肩に手を置いて中に入るよう促してくる。
「準備って言われてもお出かけ用の服が……」
「まあまあ、私に任せなさい」
優しい声音なのに、両肩に置いている手は力強い。
半ば強引に連れて行かれた部屋は支度部屋だった。
訳が分からず目を白黒させていたら、デボラと二人の侍女に取り囲まれる。
「さあ綺麗になりましょうね、ミゼリア」
「腕が鳴るわね」
「覚悟してね」
有無を言わさない笑顔の三人に圧倒され、ミゼリアは小さな声で「お手柔らかに」と答えるしかなかった。
それからしばらくして――。
ミゼリアはリシュアスの前に再び姿を現した。
「どうでしょうか?」
デボラたちによってミゼリアは大変身を遂げていた。
普段簡単にまとめているだけの髪は二つ括りにして編み込み、低い位置でまとめ上げている。服は春らしいライラック色のニットのワンピースで、腰には黒のベルトをつけてウエストラインを絞っていた。
また、顔は薄く化粧を施し、耳にはアクセントとして菱形のアメジストのピアスをつけさせてもらった。
リシュアスがこちらを凝視してくるので、恥ずかしくなったミゼリアは頬を掻く。
「えへへ。普段お洒落しないので見つめられると恥ずかしいです」
「可愛い」
「はい?」
「今日のミゼリアは可愛いと思う」
「っ……、ありがとうございます。リシュアス様もいつも以上に格好いいです」
馬子にも衣装と揶揄われるかと思いきや、リシュアスが真顔で可愛いと言ってくれる。
ミゼリアの心臓は激しく脈打った。顔に熱が集中して熱い。
(う、ううっ。リシュアス様に可愛いって言われた。これって夢じゃないよね?)
自分の頬を抓ると痛い。夢じゃない。そしてこの幸せな一日はまだ始まったばかりだ。
目の前にリシュアスの手が差し出される。
「それじゃあ行こうか」
ミゼリアははにかみながらリシュアスの手を取る。そして、コンラッドが用意してくれたベルダース家の馬車に乗り込むと、街へと繰り出した。
平和祭は最終日というのもあって、街は既に大勢の人々で賑わいをみせていた。
広場にはいくつもの出店が建ち並び、店主が声を張り上げてお客を呼び込んでいる。
「わあ、あそこのお店の串焼きとっても美味しそうですね。こっちはじゃがいものフライにミートパイ!!」
ミゼリアは目をきらきらと輝かせながら辺りを見回していた。
オーベル領の平和祭には毎年参加していたが、小規模だし出店は少なかった。
やはり王都は規模が違う。たくさんのお店が並ぶ祭りは生まれて初めてだ。
手前のフルーツ飴のお店も気になるし、奥にあるワッフルも食べてみたい。美味しそうな食べ物に目移りしていると隣から呆れ返った声がする。
「あまりきょろきょろするな。田舎者だというのが丸わかりだ。あと食い意地を張るな」
顔を上げると苦い笑みを浮かべるリシュアスがミゼを見下ろしている。
ミゼリアは指を左右に振りながら反論した。
「リシュアス様。今日という日に美味しいものを食べないでいつ食べるんですか?」
「それはまあ、一理あるな。だが食べるものを決めておかないと腹に入らなくなるぞ」
「承知しました。きちんと吟味してから買うことにします」
素直に忠告を聞き入れたミゼリアはどんなお店があるのか、見て回ってから買うことにする。美味しい食べ物の他に、ここには装飾品や鞄などの雑貨類も揃っていた。
可愛いブローチや髪留めにも目を引かれるが、美味しそうな匂いの誘惑には勝てそうにない。
(散財しないよう、使うお金は食べ物だけにしておかないと)
持ってきているお金は王宮で働いた給金の一部だ。しかし、これはクロロの森を守るためのお金でもある。財布の紐は堅くしておかなければいけない。
すると突然、隣を歩いていたリシュアスが立ち止まった。
「リシュアス様?」
声をかけるも、彼はとある店へと吸い寄せられていく。
リシュアスはそこで何かを買うと茶色の紙袋を抱えて戻ってきた。
「何を買ったんですか?」
尋ねると、リシュアスが紙袋の口を開いて中身を取り出す。
それは砂糖がたっぷりついた丸いドーナツだった。
「子供の頃、兄上たちとこっそり王宮を抜け出して食べたお菓子だ。当時はこんなに砂糖はついてなかったが、美味かったのを覚えている」
「このドーナツはリシュアス様が子供の頃からあったんですね」
しみじみとした気持ちになっていると、口の中にドーナツが放り込まれる。
表面にたっぷりとついた砂糖が甘い。揚げたての生地は外がサックリしているのに中はふわふわしている。
「わあ、美味しいです!」
口元に手を当てて感動していたら、リシュアスが袋の口をこちらに向けてくれる。
「たくさんあるからもっと食べていいぞ。いつもミゼには世話になっているからな」
「ありがとうございます。では遠慮なく!」
ミゼリアはドーナツを二、三個手に取って口の中にぽいぽい放り込む。
「こら、食い意地を張るな!」
非難の声を上げるリシュアスは怒っていなかった。寧ろ、普段と違って楽しんでいるように見える。
ミゼリアはリシュアスとじゃれ合うこの時間が好きだ。
特に今日はいつもの服装と違って王都の住人に溶け込むような、動きやすい服装に身を包んでいる。
どこからどう見ても二人はただの一般人。そして周りからすれば、デートを楽しんでいる若いカップルに見えているだろう。
ドーナツを食べ終えたミゼリアは紙袋をゴミ箱に捨て、手についた砂糖を払う。
「次はどこを見て回りますか? 私、王宮で働いてますけど、王都を歩いたことがないんです。良かったら案内してください」
「俺も久しぶりだからきちんと案内できる自信はない。あまり期待するなよ」
ぶっきらぼうな言い方ではあるが、リシュアスが手を差し出してくれる。
はぐれないように手を繋ごうという意味のようだ。
(ひゃああ! これはいわゆる手繋ぎデートでは!?)
ミゼリアは全身が熱くなるのを感じた。人前で手を繋ぐのはなんだか気恥ずかしい。
リシュアスはというと、黙って俯くミゼリアを見て首を傾げた。




