第22話
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宿舎でいつもの時間に目覚めたミゼリアは身支度を調えていた。
顔を洗い、水色のお仕着せに袖を通し、首には離宮に入場できるクリスタルのプレートを提げている。
ミゼリアは鏡の前で髪をブラシで梳かす。そこに映る自分は浮かない顔をしていた。
ここ最近、リシュアスを看病していた際に思い出した記憶の夢ばかり見る。
『祝福のことで話しておかなくてはいけないことがあるの。ミゼ、あなたの魔法は――』
バーバラの口はぱくぱくと動いているのに、やはりその先が聞き取れない。
「先生は私に何を教えてくれようとしているの?」
毎回肝心なところで声が聞こえなくなるのがどうしようもなく焦れったかった。
記憶を思い出す鍵になりそうなのは、床に転がっていた空っぽの瓶だ。
あれはバーバラが霊薬に使う特別な瓶。ミゼリアは絶対に使わない。
一体、何の薬が入っていたのだろう。
気になることが多すぎて一刻も早くすべての記憶を思い出したい。
「はあ。先生が生きていたら、記憶回復の霊薬を作ってもらえたのに……」
袋小路に陥ったミゼリアは深いため息を吐く。
これまで記憶を回復するために仕事の合間を縫って王室薬局の所蔵庫に通っている。
しかし、どれだけ書物を読み漁っても記憶回復に関する項目には出会えなかった。
果たして、ミゼリアが求める情報は手に入るのだろうか。
心が折れそうになっているのに気づいたミゼリアは、不安を振り払うように頭を振る。
(まだ所蔵庫にあるすべての書物を確認したわけじゃないから。諦めるにはまだ早い!)
ここで諦めたらリシュアスに申し訳が立たなくて、顔をまともに見られない。
(リシュアス様の呪いを解きたい。この終わりのない日々から解放してあげたい)
一緒に過ごす時間が増えていくにつれて、ミゼリアは以前にも増して呪いを解きたいと願うようになった。
自惚れかもしれないが、リシュアスを救えるのは自分だけ。だから何が何でも解呪の魔女として力を取り戻さなくてはいけない。
気合いを入れるため、ミゼリアは自分の両頬をぺちんと叩く。
それからいつものように山吹色の髪をまとめて黒のリボンで結んだ。
朝食を食べに宿舎から正宮の食堂へ移動していると、バトス室長に話しかけられる。
「おはよう、エリントン君」
「おはようございます、バトス室長」
ミゼリアが挨拶すると、バトス室長は隣に並んでくる。
「軍部からの報告だけど、君の傷薬は治りが早いと非常に好評のようだ。今年は例年以上に魔物の数が多くて、大量に消費する見込みだ」
「好評なのは嬉しいですけど、例年以上の魔物の数となると調剤室の仕事はまだまだ落ち着かないですね」
二軍が魔物討伐へ向かってしばらく経つ。出征時にある程度の医薬品を渡してはいるが、消費が激しそうな薬はその後も継続的に支援しなくてはならず、忙しさは続いていた。
「終わりが見えなくて申し訳ないけど、頑張っている二軍のためにも我々が支えないといけない。引き続きよろしく頼むよ」
「分かりました」
パートタイムで働かせてもらっている自分よりも、大変なのは他の職員たちである。
戦場で戦っている二軍のため、ひいては死んだ目をしながら働く職員の負担を減らすため、ミゼリアは精励しようと心に決める。
「ところで、記憶の方はどうだい? 渡した所蔵庫の鍵は役に立っているかな?」
バトス室長には記憶喪失のことを打ち明けて、その手がかりを探すために所蔵庫の鍵を貸してもらっている。
期待の目を向けられたミゼリアはバツの悪い顔をした。
「すみません。まだ何も見つかってません」
「そんな顔しないでくれ。君の方が記憶を失って苦しいだろうに。これはちょっとした好奇心なんだけど、思い出せない記憶はそんなに大事なものなのかい?」
「はい。それがないと自分を発揮できないんです」
自分が魔女だということは伏せておいた。伝えたところで解呪は使えないので証明できないし、それを何に使うのか疑問を持たれたら、リシュアスの存在を明らかにしなくてはいけない。
また、秘密保持契約を結んでいる以上、迂闊にリシュアスの存在を口にできなかった。
あまり触れて欲しくない内容だと、バトス室長は察してくれたのだろう。それ以上の深入りはしてこないでくれた。
「蔵書の数が多くて調べるのは大変かもしれない。手伝えないけど、諦めずに頑張ってくれ。鍵は君が納得がいくまで持っていて構わないからね」
「ありがとうございます」
「おっと、そろそろ会議の時間だ。これからもうちでの仕事を頼むよ。離宮の仕事が嫌になったらいつでも言ってくれ。喜んで正式採用するから」
どうやらまだミゼリアを諦めていないらしい。バトス室長は「それじゃあ」と言ってミゼリアから離れていった。
朝食後に離宮へ行くと、入り口に意外な人物が柱に身体を預けて立っていた。
「リシュアス様? もう具合は大丈夫なんですか?」
ミゼリアはリシュアスのもとに駆け寄る。長い間寝たきりだったので起き上がっても大丈夫なのか心配だったが、当の本人はけろりとしていた。
「見ての通り、もうすっかり良くなった」
リシュアスは柱から離れると、背筋を伸ばした。
ミゼリアはじっと眺める。
本人が言うようにリシュアスは健康そのもので血色は良く、肌もハリがあった。
すっかり回復した様子に安堵の息を漏らすミゼリアだったが、あることに気づいて声を荒らげる。
「万年引きこもりのリシュアス様が屋外にいるなんて今日は槍でも降るんでしょうか!?」
「おい、それを言うなら雨だろうが。おまえは俺をなんだと思ってるんだ?」
たちまちリシュアスの目が鋭くなる。
「だって、日がな一日ゴロゴロしているところしか見たことないですし」
「ほーう。そんなこと言うなら、一緒に祭りは行かないぞ」
祭りと聞いてミゼリアの思考がピタリと止まる。
(え、今祭りって言った? リシュアス様、私との約束を覚えてくれてたの?)
現在、王都では五日間にわたって平和祭が開かれており、今日がその最終日だ。
リシュアスに元気になってもらいたい一身で祭りに行こうと声をかけたミゼリアだったが実際問題、それが難しいことだと分かっていた。
話題になることなく終わるものだと思っていたのに、まさかリシュアスの口から祭りの言葉が出るなんて想像もしていなかった。
そして今まで気づかなかったが、よくよく観察すると今日のリシュアスはよそ行きの格好をしている。
灰色のベストに白と水色のストライプのシャツ、黒のズボンを綺麗に着こなしていた。耳には菱形のトパーズのピアスまでついてる。
そして。普段よりも三つ編みが丁寧に結われていた。
リシュアスは肩にかかった三つ編みを手で後ろに払いながら視線を逸らす。
「折角、約束通りデートしてやろうと思ったのに。無駄になったな」
「い、いい行きます。絶対行きますから無駄とか言わないで!」




