第17話
(普段の姿からは全然想像できないけど、リシュアス様ってやっぱり凄い方なんだ)
リシュアスの功績と彼を慕う者が多いことを知ったミゼリアは、自分のことのように誇らしくなる。
(まだリシュアス様が生きてるって知ったら、何が何でも教えを請いそうね。ダリルさんみたいな人が大勢離宮に押し寄せてきそう)
リシュアスは素さえ出なければ絵に描いたような王子だし、カリスマ性をもってすれば、信仰までされそうである。
しかし、すぐに浅はかな考えだと自分を叱った。
(人と関わって貧乏くじを引くのはリシュアス様だ。たとえ人から尊敬されたとしても、その人たちは先に死んで、不老不死のリシュアス様を置いていってしまうから)
リシュアスが偉人であると同時に、改めてその孤独な境遇に切なくなる。
ミゼリアは胸の痛みに耐えるように服の上に手を置いた。
薬師の仕事を終えた後は、離宮の厨房に足を運んだ。
リシュアスが軽食を食べてくれるようになったので、料理人のジャンと相談して今日からおやつも出してみることにしたのだ。
本日のおやつはジンジャーブレッドで、教会の修道士たちが食べる定番の一つだ。
今は生地がオーブンで焼けるのを待っている。オーブンからは甘さとともに香辛料の効いた香りが立ち込め、食欲を刺激してきた。
これならリシュアスも美味しく食べてくれるだろう。
オーブンのジンジャーブレッド同様にミゼリアの期待も膨らんでいく。
「そろそろ頃合いだろう」
ジャンがオーブンの扉を開けて天板を取り出すと、型からはきつね色の生地が顔を出していた。粗熱を取っている間にお茶の準備をして、最後に型から取りだしたジンジャーブレッドを一センチ幅にカットしていく。
「まあ、美味しそうなお菓子だこと」
ミゼリアがお皿に盛り付けられていく様子を眺めていたら、デボラがやって来た。
「今日からおやつを出してみようと思うんです。軽食を召し上がってくれるようになったのでもしかしたらおやつもと思って。ジャンさんと相談したんです」
「そうね。きっと喜んでくださるはずよ」
そう言いながらデボラはティーポットの蓋を開けて中身を確認する。やがて、蓋をもとに戻すとフッと表情を緩めた。
「ミゼリアには感謝しているわ。こうしてまたリシュアス様が人間らしい生活をしてくださるようになったんだもの」
「いえ。感謝するならジャンさんに。私は提案しただけです」
「その提案が良かったんだよ。俺もどうやってリシュアス様に食べてもらうか試行錯誤していたけど、結局ダメだったんだ。歴代当主の手記にも手がかりはなくて、お手上げ状態だったんだぜ。だから俺もミゼリアさんには感謝している」
ベルダース家は歴代当主がリシュアスに関する情報を手記として残している。これがあることで過去の出来事をスムーズに調べられる上、代替わりしてもリシュアスの負担が軽減できるようになっていた。
リシュアスが長い期間食事をしないでいる状態は手記にはなく、前代未聞だとコンラッドが言っていた。
(突然食事をしなくなって、解決策も見つからない。相当困っていたんだろうな)
皆の喜びようを思い出して一人納得していると、デボラが手を合わせるようにしてお願いをしてくる。
「ミゼリアにはこれからもリシュアス様のお世話係として励んでもらえると非常にありがたいわ」
「はい。もちろんです」
リシュアスのお世話係という役得を任されているのだから、こちらとしては全身全霊捧げる覚悟だ。
ミゼリアが肯うと、急にデボラの表情に憂えの色が浮かぶ。
彼女は窓の外に視線を移した。
「庭のスノードロップが見頃になったわ。クロッカスも咲き始めている。……もうすぐ春が来てしまうのね」
一般的に春の到来は誰もが歓喜するところだ。さらに魔王が討伐された季節でもあるので喜びもひとしおだ。
ところが、デボラの言い回しだと来て欲しくないように聞こえる。
春が来て何か都合でも悪いのだろうか。
ミゼリアは思わず眉間に皺を寄せる。
デボラは小さくため息を吐くと、いつもの真面目な顔つきに戻った。
「さあ、お茶が冷めてしまう前におやつを持っていってちょうだい」
促されたミゼリアは尋ねる間もなくお盆を渡され、追い立てられるように居間へ向かわされた。
「失礼します。おやつを持ってきました」
小広間の扉を開くと、ミゼリアが作ったシダーウッドとシトラスのポプリの香りがふわりと香ってくる。すっきりと落ち着いた香りに包まれた室内は、以前より居心地良くなっていた。
足を踏み入れると、リシュアスは相変わらずソファの上で寝そべっている。
金髪の長い睫毛に縁取られた瞼は閉ざされていて、ただ眠っているだけなのに妙な色気がある。
ミゼリアはくらりとして、危うく後ろに倒れるところだった。
(うう、リシュアス様が今日も神々しい。眠っているだけなのに私を翻弄してくるよ!)
ミゼリアが深呼吸を繰り返して精神統一している間に、こちらに気づいたリシュアスが額に手を置きながら口を開く。
「ミゼ、記憶は思い出したか?」
「ご、ご機嫌ようリシュアス様。すみませんがまだですね」
リシュアスに会いに行くと、必ず開口一番に尋ねられる。
毎回このやり取りから始まるので、これは二人の間で挨拶みたいなものになっていた。
普段はそこで終わって他愛もない話へ流れるのだが、今日は違った。
「そう言ってそろそろ一ヶ月経つぞ。食事を持ってきてくれるのはありがたいが、そっち方面も頑張ってくれ」
「これでも薬がないか毎日王室薬局の所蔵庫で調べてますよ」
何もしていないかのような言い方をされたのでミゼリアは抗議した。
「そうか。ミゼがそう言うのなら信じよう」
早く記憶を思い出せとせっつく割には、リシュアスは本気で焦ってはいない。
不老不死で三百年生きてきた彼からすれば、この期間は大した時間ではないらしい。
それどころか、ミゼリアが死ぬまでに思い出しさえすればそれで構わないのだ。
実際問題、焦らなくてはいけないのはミゼリアの方だった。一年以内に記憶を思い出して解呪しなければ、クロロの森を守るための資金が得られないのだから。
(どう転がっても、得をするのは自分ってわけね。……年の功なのかもしれないけど、こういうところは腹黒いわ)
負けっぱなしでいるような気がして面白くない。
ミゼリアは少しばかりやり返してみることにした。




