第16話
「皆の様子を見ていたらパートタイムが申し訳なく思えてきます。私、ちゃんと役に立ってるのかな」
不安を感じていたら、クリフに背中を叩かれる。
「大丈夫、めちゃくちゃ役に立ってるって。ミゼがいないとうちは過労死で全滅してただろうし。死んだ目の職員が多いけど、あれでもまだ元気だよ」
クリフ曰く、ミゼリアが入ったことで調剤室に変化があったらしい。
それはオーバーワークの改善で、これでも残業時間は減少したという。
そうは言っても自分の目には過労死寸前の職員にしか見えない。自分でも実感できるくらい、もっと役に立たなくては。
「ところで、今朝はどんな依頼が届いているんですか?」
ミゼリアはクリフの持っている注文書を覗き込む。
いつもの要領なら解毒薬に傷薬、痛み止め、体力回復薬の依頼である。
ところが、書かれていたのはまったくの別ものだった。
「なんで吐き気止めが必要なの? もしかして乗り物酔い対策?」
現地へ赴くのに馬での移動は必須。
普段から乗馬の訓練を受けているであろう彼らが乗り物酔いなんてするだろうか。
訝しんだら、自分のことではないのにクリフが気まずそうに目を泳がせた。
「……白状するとこれは個人的に頼まれたものなんだ。軍部では遠征前に必ず二日間の休みが与えられる。それで、友人の何人かが羽目を外したみたいなんだよね」
「つまり、深酒をして潰れてしまったと」
だからクリフがこんな朝早くに出勤しているのか。
「二日酔いするまで飲むなんて、やだよねえ。お酒は飲んでも飲まれるなだよ。でも可愛い女の子になら、飲まれてもいいかな」
「はいはい、そうですか」
色気を滲ませたクリフが甘い言葉を吐いてくる。
もうクリフに慣れてしまっていたミゼリアは冷たくあしらった。
「とはいえ、困ったな。俺は二日酔いの薬なんて作ったことないんだよね」
主に戦闘時の傷や怪我に効果のある薬を作っている部署のため、体調を整えるものに縁がない。
こういうのは他部署がメインで作っている薬なので、クリフの経験が乏しいのも無理はなかった。
「私に任せてください。保管室へ寄ってから調剤室に行きます」
くるりと背を向けたミゼリアは仕事に取りかかった。
保管室は薬草園の隣にあり、調剤室からは離れた場所にある。
そこにはすぐに薬が調合できるよう、多種多様の薬草が様々な形で保管されている。
ミゼリアは目的の薬草を見つけると調剤室に戻った。それからすり鉢とすりこぎ棒を使ってゴリゴリと粉末にしていく。
「できました。この粉末をお湯に溶いて、飲ませてあげてください」
ミゼリアは粉末が入った紙の包みを数個作っていた。
机の上に置くと、興味津々のクリフが一つ取り上げて中身を確認している。
「これは何で作ったんだい? 使ったのは一種類だけみたいだね」
「ミルクシスルの種を粉末にしただけですよ。二日酔いの症状を緩和してくれる優れものです」
薬草店の薬師として働いてきたミゼリアは、生活習慣に特化した薬を作ってきた。
よって、二日酔いに効く薬を作るのなんてお手の物だ。
「へえ、すごく簡単にできるんだね。僕でも作れそうだし覚えておこうっと」
クリフは感心しながら、広げていた紙の包みをたたむ。
「おい、クリフ~」
丁度そこで弱弱しい声が入り口から聞こえてきた。
視線を向けると、そこには青年が扉に寄りかかるようにして立っている。
顔色の悪い彼はいつでも嘔吐できるように桶を抱え持っていた。どうやら、二日酔いの薬を頼んだ張本人のようだ。
「薬ってもうできてる? 気持ち悪くて、無理」
「ダリル、酒で潰れるなんて伯爵家の名折れだよ。それと、お願いだからここでは吐かないでね」
「ひ、人が大変な時に冷たいこと言うなって、友達だろ……うっぷ」
女の子には優しいクリフだが、どうやら同性には素っ気ないらしい。
苦笑いを浮かべるミゼリアは、薬の一包をコップに入れてお湯に溶いた。
それをダリルに飲ませる。
「どうも、ありがとう」
「お酒は半日か一日横になっていれば抜けるはずです」
ミゼリアは飲み終わったコップを受け取って安静にしておくように伝えた。
「面目ない。昨日は四人の英雄、取り分けリシュアス様の話で盛り上がってつい飲み過ぎてしまったんだ」
「リシュアス様の?」
「ああ。俺たち魔物討伐を担う二軍の人間にとって、リシュアス様は伝説さ。いつかあの方のような素晴らしい人間になりたい」
ミゼリアは知らなかったが、リシュアスは剣の腕も然ることながら、炎を得意とする魔法師だったらしい。
魔法師には人それぞれ属性があり、扱える魔法元素が違う。リシュアスの場合は炎だったらしく、彼が魔法と剣を融合させて編み出した業は、当時画期的だったそうだ。
「リシュアス様が編み出した業は魔法剣術と呼ばれていて、今では魔物討伐の基礎として位置付けられている。魔法が使える者が軍に入隊したら必ず最初に習うんだ」
二日酔いで体調が悪いにもかかわらず、ダリルは雄弁に語る。
「リシュアス様は俺たちにとっての誇りだし、憧れの存在だ」
「ほんと、君は英雄の話になると毎回早口だ。戦場では英雄くらい活躍してくれよ」
「その点に関してはご心配なく。酒が抜けさえすれば大活躍してみせる! あ、そういえばここの室長ってバトスさんだったよね。彼、元気にしてる?」
「バトスさんってバトス室長ですか?」
ミゼリアは彼がここに来る前は軍部に所属していたと言っていたのを思い出す。
「そうそう。そのバトスさん。今は知らないけど、魔物討伐時の活躍は凄かったんだよ。普段の訓練ではあまり目立たないんだけど、なんて言うか本番になると勘が鋭くなるタイプなのかな? 次々と潜んでいる魔物を見つけて討伐していくんだ。利き手を怪我して辞めなければ、まだ現役で戦ってくれていたと思う」
どうやら、バトス室長は二軍の所属でダリルとは一緒に前線で戦っていたようだ。
「はいはい、その話はそこまで。もうすぐ始業時間でバトス室長も来る頃だから」
あまりその話に触れてはいけなかったらしい。
クリフが手を叩いてダリルに出ていくよう追い立てる。
とはいえ、なんだかんだ面倒見がいいようで、心配だからと言ってダリルに肩を貸して外へと連れて行った。
残されたミゼリアは、リシュアスに憧憬の念を抱くダリルを振り返る。




