第11話
「リシュアス様があんなに手強いとは思いませんでした」
正宮の食堂にて。
朝のうちに王室薬局での仕事を終えたミゼリアは、昼食のサンドウィッチを食べながらコンラッドの前で愚痴をこぼしていた。
専属のお世話係に任命されたのにリシュアスから拒絶され、既に十日が経過している。
その間、ただ指を咥えてじっとしていたわけではない。
ミゼリアはあの手この手を使ってリシュアスのお世話を試みていた。
美味しそうな料理を口の中に入れようとしては部屋から摘まみ出され、着替えの手伝いでボタンに手をかけようとしては離宮から追い出され……。
要はどれも失敗に終わっている。
これといった成果もなくお手上げ状態になったため、忙しいコンラッドを捕まえて相談に乗ってもらっていた。
経緯を聞いたコンラッドがくすくすと笑う。
「ミゼリアさんって意外と脳筋なんですね」
「笑いごとじゃないですよ。こっちは必死でやってるんですから」
唇を尖らせるミゼリアに、コンラッドは目を細める。
「でも、毎日リシュアス様のご尊顔が見られて幸せですよね?」
「そんなの当たり前です。リシュアス様はどんな姿をしていても完璧で格好良くて……」
饒舌に語り始めたものの、話が脱線しそうになったので慌てて咳払いをする。
コンラッドはお茶の入ったカップに口をつけると、ソーサーの上に置いた。
「私も毎日伺っておりましたが、世話をされるのはお嫌らしく断られていました。叔母上も然りです」
「コンラッド卿や侍女長でダメなら、私なんてもっとダメじゃないですか」
ミゼリアは深いため息を吐いた。
コンラッドは、リシュアスに仕えるようになって今年で五年目、デボラに至っては二十年目らしい。
長い付き合いの彼らですら拒絶されるなら、ミゼリアではどう頑張っても歯が立たない。
「うーん、なんでこっちを心配させるような行動を取るんですかね。食事に至ってはほぼ召し上がらないですし。もとに戻ったとしても、こんなんじゃ身体が持たないですよ」
ぽつりと呟いたミゼリアは、食べかけのハムサンドに視線を落とす。
衣食住は幸せの基本原則だ。
この三つの要素のうち、どれか一つでも欠けていると人は幸せを感じにくい。
(着る服も食べ物も住むところもあるのに。それを拒絶するなんて、私には今のリシュアス様が自暴自棄になっているようにしか見えないよ)
ミゼリアが懊悩していると、突如として頭の中で閃光がひらめいた。
ある記憶が流れ込んでくる。それはベッドの上で横たわっているバーバラの姿だった。
中肉中背で健康的だった身体は痩せ衰え、頬はこけている。
これは、亡くなる前のバーバラだとミゼリアは瞬時に悟った。
バーバラはじっとこちらを見つめ、掠れた声で言葉を紡ぐ。
『私の人生は幸せそのものね。肌触りの良い服を着られて温かな食事が食べられて、雨風を凌げる家がある。そして可愛いミゼリアもいる。何気ない生活の中にたくさんの幸せが詰まっていたのよ』
こちらを見つめるバーバラは、満足そうに笑っていた。
耳元で賑やかな話し声が聞こえてくる。
意識が現実に戻ったミゼリアは、額に手を当てて困惑した。
(……今のはなんだったの? 記憶の一部を取り戻せたってこと?)
バーバラのあんな姿をこれまで見たことがない。
したがって、先ほどの内容はミゼリアが失っている記憶の一部で間違いないだろう。
(もしかしてリシュアス様が記憶を取り戻す引き金になったのかな?)
ミゼリアが黙考していると、思案投げ首になっていたコンラッドがおもむろに口を開く。
「これはあくまで私個人の憶測ですが、リシュアス様は周りに迷惑をかけたくないのだと思います」
「迷惑をかけたくない?」
ぱちぱちと目を瞬いて聞き返すと、コンラッドが真顔で頷いた。
「王族の活動費はただではありません。権威を示すための衣服や宝飾品、贅沢な食事に住んでいる王宮の維持管理。これらすべては国民から徴収した税金で賄われています。さらに、世話をしてくれる使用人にも人件費が発生します。したがって、リシュアス様は自分が生き続けていることに後ろめたさを感じているのではないでしょうか」
財政事情に詳しくないミゼリアだったが、コンラッドの言わんとすることはなんとなく理解した。
(だけど、魔王を倒し平和をもたらしてくれた英雄を誰が迷惑だと思うの)
ミゼリアはリシュアスの専属のお世話係に任命されて嬉しかった。
彼は王宮で迷子になっていたミゼリアを助けてくれた恩人だ。ようやく報いる機会を得たと、あの時は喜びを噛み締めた。
だからリシュアスには、自分を卑下する考えを持たないで欲しい。
何よりも、好きな人には心穏やかに日々を過ごしてもらいたい。それがミゼリアの純粋な願いだ。
「リシュアス様の世話係を頼みましたが、埒が明きませんね。薬師の仕事もあることですし、降りていただいても構いません」
コンラッドの予想外の提案に声を呑む。
ミゼリアは机を叩いて勢いよく立ち上がった。
「それだけはお断りします。まだ働き始めて十日しか経っていないんですよ? なんとかするのでこの仕事から降りろなんて言わないでください!」
ミゼリアは最後の一切れのハムサンドを口に放り込む。空っぽの皿がのったトレイを持ち上げると、慌ただしく立ち去った。
「逃げるように出てきちゃったけど、どうしよう……」
コンラッドの前で大見得を切ってしまった手前、秘策など何も浮かばない。
頭を抱えながら庭園を歩いていると、横から声をかけられた。
「ミゼリアさん、なーにしてるの?」




