次席家令の憂鬱③
フェルナンドは女将の言葉に、依頼を断った羊飼いの男の言葉を思い出した。
(教皇庁公認羊飼い……神の奇跡が使えるとかいう)
教皇庁は神聖グレゴリオ教皇国の機関。グレゴリオ教皇国は、大陸の中央に位置する小さな宗教国家であった。小国とはいえ、大陸にある諸国の民が信仰するグレオリオ教の総本山である。
教団を治める教皇には、『破門』という権利があり、各国の支配者はその権威に怖れていた。その教皇国の公認羊飼いという職業について、この町の羊飼いの話を聞くまでフェルナンドは詳しくは知らなかった。
大貴族とはいえ、首都から遠く離れた地を領地にする伯爵家の次席家令のフェルナンドにとって、世間の情報は少ない。
羊飼いは通常、村や町に住み、依頼を受けて羊を放牧させる。大抵は年間契約で仕事を請け負う。だからほとんどの羊飼いは定住している。村から村、町から町へ移動しながら仕事をするような『流し』をする者などいない。
羊飼いたちが恐れる今回の仕事を、自ら引き受けるのは怪しいと思うのが普通だ。しかし、傭兵隊長ナダルは教皇庁公認と聞いてフェルナンドにこう話した。
「教皇庁公認の羊飼いというのは、グレゴリオ教皇国の役人だ。彼らは教皇猊下の財産である羊を管理するのが仕事だ。そして彼らは神の奇跡とかが使えるという噂だ」
「……その話はこれまでこの町の羊飼いから聞きました。しかし、教皇猊下の役人がこんな地方にいるのは変ではないですか?」
当然の疑問だ。大方、うまいことを持ち掛けて大金をせしめる詐欺師か、途中で羊を奪う盗賊団の手先ということが考えられる。
フェルナンドが羊飼いを捜しているということは、この町では相当な噂になっている。悪い輩が聞きつけて騙そうと考えてもおかしくはないだろう。
「いや、そうでもない。教皇庁公認の羊飼いとやらは、修行のために地方で流しの羊飼いをするらしい。2,3年は実地訓練をするというぞ」
ナダルはそう話した。彼は熟練の傭兵としてグレゴリオ教皇国の騎士とも行動を共にした経験もある。教皇国の内情に詳しいのだ。
「隊長がそういうのなら、そのグレゴリオ教皇庁公認羊飼いとやらに会いましょう」
フェルナンドは考え直した。それにせっかく宿屋の女将がもってきた話を会いもせずに断るわけにはいかない。フェルナンドは詐欺師なのか、それともナダル隊長が言う教皇庁公認羊飼いなのか、会ってみて判断すればよいと考えたのであった。




