捨てられた廃村
「主人様、オオカミたちは追って来ないでワン」
「残念でワオン」
天丸と地丸がそうアリエスに報告する。アリエスも少しだけ残念に思うと同時に、オオカミたちの賢さに舌を巻いた。
「あのまま、川を渡ってくれれば全滅させられたのに……」
実はアリエスは自分たちが渡りきったところで、川底の石に神の奇跡を施していた。石を破壊する奇跡である。しかも時間差をつけて壊れるようにしていた。オオカミたちが手探りで足場を見つけて渡りだしたら、先頭から順に岩が崩れるようにしていたのだ。川に入ったオオカミたちは、川に流されて戦線離脱するか、溺死のどちらかであった。
(やはり、追ってきたオオカミのリーダーはかなり賢い奴ね)
アリエスは今晩の攻防が一筋縄でいかないと悟った。こうなれば、少しでも早く廃村にたどり着き、防御態勢を整えなければいけない。
川を渡り、2時間ほど進むとその廃村にたどり着いた。かなり時間を節約できた。岩場から道をたどれば6時間はかかったと思われる。岩場から川まで約1時間半。そして川から村まで2時間。川を渡るという危険に見合った時間的猶予が生まれた。
村は半年前まで人が住んでいただけあって、いくつかの建物はまだ健在であった。特に村中央に位置する村役場は、村長の自宅を兼ねており、かなり大きな建物である。
この村は元々ムルナウの森を通過する人々の中継点として、栄えていたが、複数の交易路の整備で人々の往来の減少。それによる収入の激減。それにより村人たちの移住も増加し、とどめがオオカミであった。
旅人が途絶えた村では暮らしていけないし、オオカミたちの襲撃があるとあってはとても住めない。わずかに残った村人たちが放棄するのも仕方がないことであった。
「羊は中央の役場の建物の中に入れろ。モーリスは中央広場の物見櫓に上れ」
隊長のナダルは村に着くとすぐに防衛体制を整える。モーリスを物見櫓に配置して監視をさせるとともに、オオカミたちが侵入してきたら、火矢で周辺の建物に火を付けるように指示する。
役場の周りを火で囲み、オオカミたちの攻撃を防ぐ作戦だ。役場まで延焼したら元も子もないが、役場は広場の中央にあり、周辺の建物からも距離がある。
村全体が火事になっても、役場だけは燃えないだろう。幸い、風も強くないので予想外に燃え広がることはない。火はバリケードとなって、自分たちをオオカミたちから守ってくれるはずだ。
役場の正面玄関に家具でバリケードを築き、そこにゴードンを配置。裏口にも同じようにナダルが張り付く。役場の壁は煉瓦で作られており、オオカミが食い破ることは不可能だ。
問題は窓や扉。狼はここを狙ってくる。窓は木の板で塞いぎ、扉の前には傭兵が守るバリケード。ここにオオカミたちを引きつけ、数を減らす。この作戦ならば一晩は大丈夫であろうと思われた。
羊たちを1階ロビーに置いて、アリエスと俺は2階の部屋の窓から外を伺う。
「おい、2階のベランダにロープを張る。矢に当たらないよう気をつけろ」
2階から見える物見櫓からモーリスが叫んだ。ほぼ同時に紐がついた矢がベランダの柵に突き刺さる。
「紐を引っ張れ」
モーリスが叫んでいる。俺が紐をたぐるとロープが結ばれている。それをベランダの柵に縛り付ける。ピンと張ると物見櫓から役場のベランダまでロープを伝って移動できる。
試しにとモーリスが巧みにロープに手足をかけて移動してきた。これで時間はかかるが、物見櫓と役場を安全に移動できる。
「よし、これで物見櫓から火を付けてベランダまで逃げられる。役場の裏側は先にベランダから火矢を放てばよいだろう。フェルナンドさんよ。あんたはベランダでロープを見張っていてくれよ」
モーリスはそう手順を話した。まずはベランダから周辺の建物へ火矢を放つ。そして物見櫓へ移動してさらに火矢を放つ。これで村のかなりの建物が燃えるだろう。
物見櫓から逃げ惑うオオカミたちを弓で攻撃し、機を見て役場へロープを伝って避難する。完璧なプランだ。これならオオカミが襲ってくる地上を回避できる。
「承知した」
俺はそう答えた。傍らにいたアリエスもにっこりと微笑んでいる。アリエスも今はここにいるが、夜は羊たちと一緒にいるだろうから、モーリスの支援をするのは俺の仕事となるだろう。
「今夜一晩しのげば、俺たちの勝ちだ。明日はたっぷりの報酬と酒で遊び倒すぞ」
モーリスは鼻歌を歌って結び目を確認している。それを見ているアリエスとの対比を見て俺はなんだか背筋が寒くなった。
(ルードがいなくなったのは、アリエスさんが大きく関わっている。彼女が何らかの方法で彼を始末したのなら……)
モーリスもアリエスによって始末されるのではないかという懸念だ。態度も悪く、終始、アリエスに失礼な態度を取っていたルードがそうなるのは自業自得のようにも思えるが、モーリスはそうではない。アリエスに対してあまり関わりがなかったように思える。
(いやいや、気のせいだ。いくらルードと気が合わなくても、アイリスさんに殺す理由はない。もしそうだとしても正当防衛だ。ましてや、モーリスやゴードンを殺さないと行けない理由があるか?)
俺は疑念を振り払うかのように軽く頭を振った。それよりも今晩の戦いで生き残れるかである。最前線に立つ3人の傭兵は死闘の中に飛び込むのだ。
(危険だがそれが仕事だ……)冷たい言い方をすれば、彼らは伯爵家が雇った傭兵。使い捨ての駒だ。ここで死んでも文句は言えない立場だ。
「それじゃ、俺は物見櫓で待機する。仮眠を取っているから監視を頼む。フェルナンドさんは、2階からオオカミどもの様子を見ていてくれ」
「了解」
モーリスに言われるまでもなく、それは傭兵隊長のナダルから言われていたことだ。正面扉と裏扉にバリケードを作り、小さな出城に待機する予定のナダルとゴードンも仮眠している。夕方から夜にかけて始まるであろうオオカミとの戦いに備える時間だ。
「私も羊さんたちと仮眠を取ります。村境に天丸と地丸を待機させていますので、あの子たちからも情報は分かりますので」
「そうですか。それでは僕はここで監視の任につきます。アリエスさん、大丈夫ですよ。今晩さえしのげれば、きっと明日は無事にバインド伯爵領へ脱出できます」
「そうですね。オオカミさんたちも昨日から夜通しで活動していますから、疲れて諦めてくれるとよいのですが」
アリエスはそう言うと下へと降りていった。1階の広いホールで羊たちはうろうろと動いている。今晩、この建物にオオカミたちの侵入を許せば、この羊たちはオオカミたちのごちそうになってしまうだろう。




