ルードの最後①
何か地面に倒れる物音が聞こえた。
羊の群れの中で仮眠を取っていたアリエスは、その音を聞いてゆっくりと目を開けた。アリエスと羊たちから少し離れた馬車の傍に、卑猥な笑みを浮かべたクズ男が立っている。
そしてその男の後方の馬車の近くにフェルナンドが倒れているのが見えた。それでおおよそ状況が飲み込めた。やはりこのルードというクズ男、自分を襲うために動き出したのだ。
不意をついてフェルナンドを殴って気絶させたようだ。自分の休息時間を利用して、自分を襲うつもりなのだろう。仲間たちが寝ずの番で危険を冒しているというのに、実に場をわきまえないクズ行動である。
「おや、目を覚ましたか。ククク……。お嬢さん、今から大人時間だ」
「あら、クズ男さん。そんなことをする余裕はあるのかしら?」
アリエスは皮肉を込めてそう尋ねた。ルードは卑猥な笑みを浮かべ、口臭を放つ口から長い舌を出してペロリと唇を舐めた。そしてゆっくりと歩を進める。近づくにつれてアリエスに恐怖心を与えるつもりなのだ。
(恐怖に怯えた女を犯す。この生意気小娘をひいひい言わせてやるぜ!)
今まで数えきれないほど重ねてきた快楽の瞬間を想像して、ルードの心は高ぶった。そしてアリエスをさらに絶望させるかのように言葉を発する。
「入り口の前に火を焚いておけば奴らは侵入できねえ。3人もいれば十分さ。今は隊長、ゴードン、モーリスが守っている。こっちに来ることはない。そしてそこの貴族の下僕は見たとおり黙らせた。つまり……」
「つまり……?」
「お嬢さんと俺のしっぽりラブラブタイムということだ」
「はあ?」
絶対的な危機のはずなのにアリエスは落ち着いている。妙だなとルードは少しだけ思ったが、唯一厄介だと思っていたあの精霊の犬も召喚時間が終わったらしく2匹とも見当たらない。アリエスを守るものは何一つない。
(しかし、この女の落ち着きはどうだ。何かしこんでやがるか?)
ルードは近づくのを止めて立ち止まった。
「あら、どうしたのですか。この状況でやめるんですか~?」
アリエスは怖がりもせず、にっこり微笑んだ。全く怖がっていない。それどころか、スカートの裾を持ってチラチラと太ももを見せて挑発してくる。白い太ももがルードから冷静な判断を失わせた。
(この娘、状況が分かっていないに違いない。今から自分が何をされるのか。羊飼いでもこの女は教皇国の役人。きっと生まれも育ちもいいのだろう。何も知らない初物ってことか~?)
そう考えたルードは歓喜のあまりに頭に血が上る。
「叫んでも無駄だぜ。隊長は助けには来ない。ゴードンやモーリスはあんたを犯す方に加わるぜ」
「そうでしょうね。私は現在、貞操を失う絶体絶命の危機というわけかしら?」
「そういうことだ。抵抗するなよ。抵抗すれば、その綺麗な顔を殴らないといけない。大人しく股を開いてサービスするのだ」
(いいぜ、いいぜ、貴族の女を汚す機会は滅多にない。この女、めちゃめちゃにしてやる!)
自分が散々楽しんだ後はモーリスと交代。その頃には気絶しているフェルナンドも観念して楽しむ方に加わるだろう。ナダルはいつものように見て見ぬふりをするだろう。堅物のヘッセンがいないことを幸運だと思った。奴ならこの状況を止めるだろう。(いなくてよかったぜ)
ルードは再び足を進めた。随分と余裕のある態度を取っているアリエスも、自分が近づけば恐怖を覚えるはずだ。必要以上に叫び声を上げられると、さすがに隊長のナダルも止める可能性がある。そうならないよう、アリエスに飛びかかり、声を上げそうなら口を塞ぎ、殴って抵抗させないつもりである。
しかし、アリエスは近づくルードを恐れる様子はない。むしろにっこりと笑っている。ルードは違和感を覚えたが、昼間にアリエスから受けた屈辱が冷静さを失わせていた。
「はい、引っかかりました~」
アリエスがうれしそうにそう言って指さした。
「うっ!?」
ルードが踏んだ地面が光った。そしてなぜかそれ以上足が動かない。
「な、なんだ、これは!」
「罠です。足止めの奇跡を仕込んでおきました。本当は明日の夜にまとめて裁きをするつもりでしたけど、あなたについては今晩にしますね」
「裁きだと、まとめてだと……。どういうことだ!」
「本来、裁きを受けるあなたに話す必要はないのですが、あなたは、極刑は間違いがないでしょう。ですから、少しだけ教えてあげます。あなたにはズーデン戦役で犯した罪がいくつもありますよね」
ルードは羊飼いの娘らしからぬ言葉に言葉を失った。ズーデン戦役に従軍したのは事実である。なぜ、それをこの娘が知っているのか。
「私はあなたの罪を裁きます。正確には裁きの場にあなたを送ります。まあ、ここは一歩外に出れば、死者が集う黄泉比良坂ですが」
「裁きの場だと……どういうことだ?」
ルードは腰からナイフを取り出した。足は地面に吸い付いたように張り付いているので、そのナイフはアリエスには達しないが、いざとなったらそれを投げてアリエスを殺すこともできた。いくら神の奇跡が使えようとも、ナイフの攻撃はすぐには防げないだろう。
「あなたは戦争の混乱の中、1軒の屋敷に侵入し、大変な罪を犯しましたよね」
「……なぜそれをお前のような羊飼いの娘が知っているのだ?」
「神様はいつも人間の行動を見ているのです」
「神様だと、笑わせるな。お前は羊飼いだろ。司教でも裁判官でも騎士でもない。ただの羊飼いが……いや、待て。お前、俺たちに近づいたのはそのため……」
「はい、おしゃべりはここまでにしましょうか。私がするのは裁きの場にあなたを送ること。裁くのは神様です。もし神様があなたの罪を許すのなら無事に生きることはできると思いますけれど。まあ、無理でしょうね。神様は厳しいですから。では始めましょう。他の方々に見つかるのは面倒ですから」
『我が仕えし、裁きの神、正義の神ジャスティス。我に力を与え給え。紋章を踏みし者、後退させよ。レ・キュ・レズ・デュヴァン・メートル』
周りの空気が集まり、濃い部分ができた。それは大きな手のような形になり、地面に足が吸い付いて動けないルードを握りしめた。
「な、なんだ、なんだ、これは!」
ルードは空気の手に捕まれて上半身も動かせない。そしてそのまま、その場から消えてしまった。何事もなかったように眠っていた1匹の羊が起き出し、「メエエ」と鳴いた。




