2日目の逃走⑤
元々、ルードは素行の悪い傭兵であり、アリエスにも随分と無礼な態度を取っていた。美少女に対して、あのような言動はもはや罪である。
(奴は死んで当然だ……)普段から素行が悪く、ほぼ犯罪者である、しかも、アリエスに襲いかかろうと画策していた奴だ。死んだとしても同情はしない。
「僕たちは無事に廃村へたどり着けますかね。それにたどり着いても、オオカミたちから身を守れますかね?」
俺は話題を変えた。ここにいない、いや、もうこの世にいないかもしれない傭兵のことなど忘れた方がいい。
「オオカミの被害の多くは森や街道です。村が襲われたという例は聞いたことがありません。つまり、村はそれだけ外敵からの攻撃にそれなりに耐えられるということです」
「そうですね」
村と言っても廃村だ。建物や柵などがどれだけ残っているかは分からない。しかし、 いざとなったら、昨晩のようにアリエスが神の奇跡を使って排除すれば、あと一晩くらいは耐えられると俺は考えた。
「分かりました。アリエスさん、よろしくお願いします」
「はい、任せてください」
アリエスは笛を取り出し、天丸と地丸に合図を送る。周辺を警戒していた天丸と地丸がアリエスの元に急いで集まってきた。
(主人様、オオカミたちがこちらにやって来ているで、ワオン)
(数はおよそ20だ、ワン)
天丸と地丸はそう報告する。(20頭か……)アリエスは考える。数から言って、オオカミの主力だろう。ボスのピピンが率いる精鋭と思われる。
「少し、時間稼ぎをする必要がありますね」
そう言うとアリエスは神の奇跡を発動する言葉を紡いだ。
「我が仕えし、裁きの神、正義の神ジャスティス。我に力を与え給え。道に潜みし、罠でもって敵を吹き飛ばせ。フェイト・エ・ク・スプロ・ゼラミン」
アリエスが杖で後方の地面を叩いた。数カ所がランダムに光り、やがてそれは消えていく。
「アリエスさん、その奇跡は何ですか?」
俺は不思議な光が小さな円を描くように光、光の筒が現れて消えていく光景を眺めながら、そうアリエスに尋ねた。アリエスは片目を閉じて、茶目っ気たっぷりにこう言った。
「今は秘密です。すぐに分かりますよ」
そして川へ移動するとまだ食事をしている傭兵たちに声をかける。
「ナダル隊長、川を渡ります。先導は私、まずは羊たちを渡します。みなさんは後ろを警戒してください」
アリエスは天丸を先頭にそろりと川へ入る。深いと思われた川底であったが、深さはアリエスの脛くらいしかない。
(石か!)ナダルは気づいた。川の水が緑色をしており、光の加減で見落としていた。川底に足場の石が向こう岸に向かって延びているのだ。但し、石の足場以外は深い川底だ。
だが、問題はまだある。川の流れは早い。羊たちは流れをまともに受けてしまうと流されてしまうだろう。
「ピーッ!」
川の中程まで行ったアリエスは羊たちに合図を送る。すると一匹残っていた地丸が、アリエスが元から連れてきた黒い毛の羊を川へ追い立てた。黒い羊たちは川上側に一列に川へ入ると、川の流れをせき止めるかのように向こう岸まで間を開けて止まる。
再び、アリエスが合図するとパルフェ産の羊たちが川へ入った。黒い羊が川の流れを弱めているので、何とか歩いていける。
「隊長、オオカミどもが来ました!」
警戒していたモーリスが矢をつがえる。まだ羊たちは川の半ば。俺が馬車を引っ張っていた馬と一緒に川へ入ったところだ。
「戦闘用意だ。ここで食い止める」
ナダルは剣を抜いた。川を背に戦うことを決めた。背後からの攻撃がないのなら、少しは人間の方に分がある。
その時だ。凄まじい爆発音が響いた。地面が爆発したのだ。オオカミが数匹、宙を舞うのが見えた。
「ンゴ、ンゴ、オオカミが吹き飛ばされているンゴ」
「オオカミが地面を踏むと爆発するみたいだ」
ゴードンやモーリスがそう言っている間にもオオカミたちが吹き飛ばされている。
「隊長さんたちも早く川を渡ってください!」
既にアリエスは向こう岸に羊たちと共にたどり着いている。ナダルはモーリスとゴードンに声をかける。
川の流れは見ていた印象よりも早い。ナダルはこの勢いの中を羊たちが流されないで渡ったことに驚いた。黒い羊を壁にして渡らなければ、難しかったであろう。この流れをせき止めるように壁になった黒い羊にも驚かされた。そのように訓練されているとはいえ、その身体能力の高さにである。
人間の大人でも油断をすると流されかねない。屈強の傭兵の自分たちであれば流されないが、あくまでも川底の岩があればこそである。
深い川の流れであれば、向こう岸に渡ることは不可能であった。50頭の羊、アリエスの黒い羊、馬、一頭も失うことなく川を渡っている。
元いた岸にオオカミたちが到着した。こちらに向かって威嚇するように吼えていたが、さすがに川を渡れないようだ。モーリスが川の中から矢をつがえて狙った。
「モーリス、無駄だ、止めておけ」
「しかし隊長、少しでも奴らの数を減らして置いた方が……」
「数ならばアリエスさんの神の奇跡で、少なからずのオオカミが吹き飛ばされた。それで十分だ」
アリエスと羊たちは川を渡っても休むことなく、突き進んでいる。それに追いつかねばならない。
「急ぐぞ!」
ナダルには何となく分かった。ここで追跡を断ち切ってもオオカミたちの包囲網から逃れきったわけではない。恐らく、抜け目のない奴らは本来進むはずであった橋で待ち受けているに違いない。
川を渡るという奇策に出たことで、この包囲したオオカミたちの背後に抜けたことになる。
(うまく行けば、夕方前に廃村へ到着する)
今晩はそこでオオカミたちと対峙することになろう。廃村を要塞がわりにして、一晩をしのぐことになる。




