2日目の逃走④
俺は馬を荷馬車から外し休憩させる。アリエスは、荷台にあった藁束を羊に与えた。ここで30分ほど休止することができた。
人間もそこで食事を取る。荷馬車はここで捨てる。ここからは予備の武器や携帯食料だけを人力で運ぶ。
「急いで作ったので、味に自信はないですが」
俺が作ったのはパンがゆ。固形スープの素とトウモロコシ、タマネギのスープにパンが浸してある。ベーコンも刻んである。
「フェルナンドさんの料理はいつもおいしいです」
器に盛られたパンがゆの匂いを嗅いだアリエスは、にっこりとしてそう褒めた。昨晩はパンにチーズとベーコン、卵焼きをはさんだサンドウィッチで、同じ材料でもアレンジして料理してある。
「僕はこれくらいしかできないですからね」
俺は伯爵家に仕える家令だ。オオカミたちと戦う力はない。
「こうやってサポートすることも大事な役割ですよ」
器に盛られたパンがゆを木のスプーンですくい、ふうふうと冷ましながらアリエスは味わった。
「美味しい……」
頬に左手を当てて、味を堪能しているアリエスに、俺はこう言った。
「アリエスさん、無事に森を突破して羊を無事に送り届けたら、僕がまた腕によりをかけてごちそうします。どうでしょう、僕の家でご飯を食べる会に招待します。招待を受けてもらえますか?」
俺は真剣な表情でアリエスを見つめた。精一杯の告白である。アリエスは今まで出会った女性の中では、突き抜けて美人で魅力的であった。無事に任務を終えて別かれるのは惜しいと思ったのだ。
「それがフェルナンドさんの常套手段ですか?」
「え?」
心臓が一瞬止まったかと思った。アリエスはいたずらっ子のような目で俺を見ている。冗談めいてはいるが、俺が可愛い女を見れば、こうやって誘っているのではと疑っているように俺には聞こえた。
「心外ですよ。僕はこれでも女性には奥手なのです」
「本当かな?」
ニコニコしているアリエスの表情からは、疑っている気配はなさそうだ。
「今はパンがゆしか出せませんが、帰れば貴族の晩餐会に出るような料理を作れますよ」
グレゴリオ教皇庁公認羊飼いは、何年か修行の旅に出ることが義務づけられているという。アリエスの品のある動きを見るからに、彼女はかなり裕福な家育ちと思えた。修行中は粗食に耐えているだろうから、俺の誘いはかなり魅力的なはずだ。普通の女性なら断るはずがない。
「う~ん。悩みますね。そうですね。こうしましょう。お互いに無事に生きて帰れたら考えるということで……」
アリエスは片目を閉じてそう答えた。
返事は保留だが、表情から察するにイエスだろうと俺は思った。むしろ、まだ若いのに、なかなかの小悪魔っぽい返答だと俺は感心した。
「それと……。やはり、ルードの奴は死んだのでしょうか?」
俺はそう声を潜めて聞いた。傭兵のルードは昨晩、アリエスを襲おうとして、アリエスに何かをされていなくなったと俺は疑っている。
しかし、アリエスは壁を登って逃げたと主張している。それが本当だとしたら、ルードはオオカミだらけの森に逃げ出したことになる。
(そんなことをするだろうか?)
ルードの人柄もあって、傭兵たちはそのことについて深く考えていない。オオカミの脅威が差し迫る中で考えるゆとりもない。俺はルードのことをやんわりアリエスに聞くことで、何かヒントになるようなことを彼女から引き出そうとした。アリエスはにっこりと笑って、そして両手を握った。教会で神に祈る格好だ。
「彼が罪なき善人であるならば、きっと生きているでしょう。でも、悪人であれば……」
「悪人ならば?」
ルードが善人のわけがない。俺の声のトーンは自然と低くなっている。アリエスの答えが予想できるからだ。
「人食いオオカミの群れの中ですから、答えは分かりますよね?」
アリエスはそう言って微笑んだ。目は笑っていないから、その答えがルードの死を表すことは確実であった。通常ならば、そんなアリエスに戦慄を感じるはずだが、俺はアリエスの可愛らしさに目を奪われてしまった。




