↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
したたかな羊飼いは、黄泉比良坂を突き抜ける  作者: 九重七六八
1章 その羊飼いはオオカミの森を突き抜ける
41/52

2日目の逃走④

 俺は馬を荷馬車から外し休憩させる。アリエスは、荷台にあった藁束を羊に与えた。ここで30分ほど休止することができた。

 人間もそこで食事を取る。荷馬車はここで捨てる。ここからは予備の武器や携帯食料だけを人力で運ぶ。


「急いで作ったので、味に自信はないですが」


 俺が作ったのはパンがゆ。固形スープの素とトウモロコシ、タマネギのスープにパンが浸してある。ベーコンも刻んである。


「フェルナンドさんの料理はいつもおいしいです」


 器に盛られたパンがゆの匂いを嗅いだアリエスは、にっこりとしてそう褒めた。昨晩はパンにチーズとベーコン、卵焼きをはさんだサンドウィッチで、同じ材料でもアレンジして料理してある。


「僕はこれくらいしかできないですからね」


 俺は伯爵家に仕える家令だ。オオカミたちと戦う力はない。


「こうやってサポートすることも大事な役割ですよ」


 器に盛られたパンがゆを木のスプーンですくい、ふうふうと冷ましながらアリエスは味わった。


「美味しい……」


 頬に左手を当てて、味を堪能しているアリエスに、俺はこう言った。


「アリエスさん、無事に森を突破して羊を無事に送り届けたら、僕がまた腕によりをかけてごちそうします。どうでしょう、僕の家でご飯を食べる会に招待します。招待を受けてもらえますか?」


 俺は真剣な表情でアリエスを見つめた。精一杯の告白である。アリエスは今まで出会った女性の中では、突き抜けて美人で魅力的であった。無事に任務を終えて別かれるのは惜しいと思ったのだ。


「それがフェルナンドさんの常套手段ですか?」

「え?」


 心臓が一瞬止まったかと思った。アリエスはいたずらっ子のような目で俺を見ている。冗談めいてはいるが、俺が可愛い女を見れば、こうやって誘っているのではと疑っているように俺には聞こえた。


「心外ですよ。僕はこれでも女性には奥手なのです」

「本当かな?」


 ニコニコしているアリエスの表情からは、疑っている気配はなさそうだ。


「今はパンがゆしか出せませんが、帰れば貴族の晩餐会に出るような料理を作れますよ」


 グレゴリオ教皇庁公認羊飼いは、何年か修行の旅に出ることが義務づけられているという。アリエスの品のある動きを見るからに、彼女はかなり裕福な家育ちと思えた。修行中は粗食に耐えているだろうから、俺の誘いはかなり魅力的なはずだ。普通の女性なら断るはずがない。


「う~ん。悩みますね。そうですね。こうしましょう。お互いに無事に生きて帰れたら考えるということで……」


 アリエスは片目を閉じてそう答えた。

 返事は保留だが、表情から察するにイエスだろうと俺は思った。むしろ、まだ若いのに、なかなかの小悪魔っぽい返答だと俺は感心した。


「それと……。やはり、ルードの奴は死んだのでしょうか?」


 俺はそう声を潜めて聞いた。傭兵のルードは昨晩、アリエスを襲おうとして、アリエスに何かをされていなくなったと俺は疑っている。

 しかし、アリエスは壁を登って逃げたと主張している。それが本当だとしたら、ルードはオオカミだらけの森に逃げ出したことになる。


(そんなことをするだろうか?)


 ルードの人柄もあって、傭兵たちはそのことについて深く考えていない。オオカミの脅威が差し迫る中で考えるゆとりもない。俺はルードのことをやんわりアリエスに聞くことで、何かヒントになるようなことを彼女から引き出そうとした。アリエスはにっこりと笑って、そして両手を握った。教会で神に祈る格好だ。


「彼が罪なき善人であるならば、きっと生きているでしょう。でも、悪人であれば……」

「悪人ならば?」


 ルードが善人のわけがない。俺の声のトーンは自然と低くなっている。アリエスの答えが予想できるからだ。


「人食いオオカミの群れの中ですから、答えは分かりますよね?」


 アリエスはそう言って微笑んだ。目は笑っていないから、その答えがルードの死を表すことは確実であった。通常ならば、そんなアリエスに戦慄を感じるはずだが、俺はアリエスの可愛らしさに目を奪われてしまった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。