とある討伐隊の最後④
ムルナウの森の恐怖を描く前日譚。ヒロインの登場はもう少し先です。
「騎士道に退却の文字はない。ここで奮戦あるのみ。戦いつつ、右へ移動。ジャンの部隊と合流する」
ミロはそう命令する。ミロの命令は正しい。こうなった以上、分散した小隊をできるだけ早く合流させるしかない。
命令を発したミロに向かって、オオカミが同時に前から飛びかかってきた。ミロは電光石火の剣捌きで、左からきた1頭をロングソードで一閃する。
さらに右から襲ってくるオオカミに二連撃をするが、こちらは間合いが浅く、致命傷を与えられなかった。軽傷のオオカミは体勢を立て直し、さらに飛びかかってくる。
辛うじてそれを盾で防ぐミロ。しかし、さらに2頭がミロの背後から襲いかかる。金属鎧に覆われた場所ではなく、鎧の継ぎ目の関節部分を狙って噛みつく。ミロが完全武装でなかったら、これで終わっていただろう。
硬い鎧はオオカミの牙を弾いた。しかし、オオカミの攻撃は終わらない。さらに数を増したオオカミはミロの手首、腕を狙って攻撃を重ねる。
それを切り伏せるミロ。エリート騎士だけあって、その剣捌きは凄まじく、すでに5頭のオオカミを切り捨てた。しかし、マントは引きちぎられ、足首や手首に噛みつかれて流血している。
荒い息は既に体力の限界を示していた。重い鎧は鉄壁な防御ではあるが、長時間の戦闘には向かない。このような白兵戦が長く続けば、やがて体力の限界を迎えて倒れるであろう。
「この犬どもめ、死ね!」
「騎士はお前たちのような獣の前には屈しない!」
ミロはもはやプライドだけで立っていた。あとの2人の冒険者は反撃もままならず、すでに複数のオオカミに押し倒されて、首を咬まれて絶命していた。
ルイスはオオカミと対峙しつつも、ミロの援護に回ろうとしたが、オオカミたちの動きは狡猾であった。ルイスを合流させないように威嚇し、攻撃を繰り返す。
「ミロ様、走ってください。右に300歩走れば友軍がいます」
ルイスはそう叫んだ。体力のあるうちにこちらも合流するしかない。右方向300歩先には、『オオカミ殺し』のジョバンニがいる。
ルイスは右に行かせまいとする3頭のオオカミを剣で追い払うが、一頭がルイスの手首に食らいつく。すぐさま、左手のナイフでそのオオカミの喉を切り裂く。右手首からどっと血があふれて剣が地面に落ちた。もう握力がない。
「うごあああああっ~」
ついにミロが押し倒された。オオカミたちが四方八方から噛みつく。鎧は引きちぎられ、生きたまま食われていくという凄惨な光景が展開された。
一番の難敵と思われていた騎士を倒し、一瞬だけ、オオカミたちの攻撃が緩やかになった。オオカミたちも勝利を確信したのであろう。
その隙をルイスは見逃さない。流血する右手首に頭のバンダナを取って巻き付けて止血する。かみ傷で深くえぐれた手首はおびただしい血を流出させていたが、この処置で流血が和らぐ。神経や腱がダメージを受けている。生還してももう右手では剣は握れないだろう。剣どころか、生活にも支障があるだろう。
そう考えるくらいルイスはこの絶望的な状況で、冷静になれていた。オオカミたちの隙を突いて右方面に道ができた。そこを走り抜ける。
(右にはジョバンニがいる。あのオオカミ殺しのジョバンニが……)
後ろから追ってくるオオカミの足音を聞きつつも、ルイスは全力で走った。そして到着した。しかし、そこには希望などなかった。
同じ凄惨な光景が広がっていただけである。
「ジョ、ジョバンニ……」
オオカミたちにむさぼり食われている人間の中に、ルイスは見慣れた顔を見た。そしてそのすぐ近くの木の幹にあのハンティングナイフ……『ウルフ・スレイヤー』が深々と突き刺さっている。
「うっ!」
背後から体当たりされてルイスは転がった。複数のオオカミたちが次々と、のしかかってくる。もはや抵抗する力はなかった。
ルイスの最後の叫び声が森にこだました。そしてそれは、肉を咀嚼する音へと変わっていった。




