岩場の攻防⑥
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「隊長、火が動いています!」
ナダルはそうモーリスに起こされた。時計を見たナダルは交替の時間にまだ30分もあることに不機嫌になった。
「火が動く、どういうことだ?」
「少しずつ動いているのです」
モーリスは火の方を指す。確かに最初の場所よりも前に移動しているように見える。
ナダルは柵のところへ移動する。確かに火がじりじりこちらへ動いている。そして辛うじて、火で照らされた複数のオオカミを見た。ナダルはその光景に戦慄を覚えた。そして自分を落ち着かせるようにゆっくりと口を開いた。
「モーリス、ゴードン、戦闘準備だ」
オオカミたちが大きな大木を押している。森に落ちている大きな倒木を集団で押しているのだ。
「バカな、奴ら何をしている!」
モーリスは矢をつがえて放つ。しかし、大木に阻まれてオオカミを狙えない。
何本もの倒木を盾にして、たき火の火を押しているのだ。たき火の山が突き崩され、2つに割れつつある。火の勢いも弱まってきた。さらに大木はズリズリと押されて、柵に近づいてくる。このままでは柵が破壊されてしまう。
「柵を押さえるんだ。柵が破壊されるとオオカミどもが侵入してくる」
モーリスが叫んだ。「ンゴ!」とゴードンが柵を肩で押さえる。
「それよりも!」
黒い物体が柵を飛び越えてくる。ナダルはそれをスピアで突き刺す。
血が雨のように降り注ぐ。
「次が来るぞ!」
ナダルが叫んだが、飛び越えたオオカミがさらに1頭、こちらへ降りたった。大きなオオカミである。
慌てて柵を離れたゴードンが、戦槌を打ち下ろす。それを寸前にかわすオオカミ。さらに一頭が飛び越えてくる。それは寸前でモーリスが矢で撃ち落とした。
「ちっ!」
突き刺した1頭からスピアを引き抜いたナダルは、ゴードンが撃ち漏らしたオオカミを仕留める。
「戦力が足らない。このままでは押し切られる。ルードはどうした?」
ゴードンの戦槌は2人並んでいっぱいの入り口付近では、十分に効果が発揮できない。手斧使いのルードとナダルが並んで第1列を担い、その後ろに撃ち漏らして後方に抜けたオオカミを重量武器である戦槌を使うゴードンを配置。最後方に弓使いのモーリスがいれば、かなり強力な戦闘隊形となる。
「奴は羊飼いの娘のところに行った。今頃、お楽しみじゃないのか?」
モーリスが弓を構えてながらそう報告する。この状況は奥の広場にも聞こえているはずで、ルードがいれば駆けつけるはずだ。
「お楽しみとはどういうことだ!」
ナダルはモーリスを怒鳴りつけた。羊を無事に運ぶのに必要な羊飼いに何かあったら、任務は果たせない。そんなことも分からないのかと怒りに震えた。
しかし、ナダルの怒りは洞窟の奥からやってきた声にその行き場を失う。
「隊長、状況は?」
「あらあら、このままではまずいですわね」
ルードの代わりに俺とアリエスが現れたのだ。俺は護身用の短剣を右手に持ち、アリエスは羊飼いの杖を握っている。
「ルードはどうした?」
炎を飛び越えてきたオオカミをスピアで貫きながら、ナダルはそう聞いた。
「知りませんわ。いつの間にかいなくなっていたのです」
俺は一瞬だけアリエスを見る。その言葉の調子と表情には、嘘らしき臭いは全く感じられない。
「バカな、奴はあんたのところへ行くと言って……」
モーリスはそう言い返したものの、現実にルードがやってこない。彼に身に何らかの出来事が起ったことは間違いがない。
しかしながら、対人間戦闘でルードよりもはるかに劣るアリエスや俺が、ルードをどうこうすることもできないだろう。
アリエスは拳でルードを気絶させたこともあるが、彼女の小さく華奢な体からは、その事実を忘れさせてしまった。




