岩場の攻防④
「ひゃっほう!」
モーリスは炎の壁の後ろめがけて矢を放つ。矢は正確にオオカミの体に突き刺さる。絶命にはいたらないが、かなりのダメージを与えたはずだ。
「このまま奴らを全滅させられるんじゃないか?」
次の矢を放ちながら、モーリスは楽観的に軽口をたたいた。
「それは無理だろう。奴らもバカじゃない」
俺が用意をしたベーコンサンドを頬張りながら、ナダルは鋭い目で森の奥をにらむ。
「交代で入り口を見張る。火を絶やさないようにしろ。まずは俺とゴードンとモーリス。ルードは最初の休憩だ。1時間交代だ。フェルナンドさんとアリエスさんは夜中まで休んだ後、適宜、支援をお願いしたい」
ナダルは配下の傭兵と俺にそう指示した。遠くでオオカミの吠え声がする。アリエスは奥で羊たちの世話をしている。水や藁を食べさせている頃だろう。俺が作った夕飯を食べているかもしれない。
俺はアリエスの元へ行こうと岩場の通路を奥へ進む。通路は20mほど続く。そして広くなる。馬車と馬がつながれている。さらに広場に奥に羊たちの群れが見えた。
俺は仮眠するために必要な毛布を取るため、荷馬車に歩み寄る。その時だ。ガツンと鈍い音がして俺は地面に崩れ落ちた。休憩のために俺についてきたルードのしわざだと直感した。
薄れつつある意識の中で、俺はアリエスが危険だと思った。
(ア、アリエス……さ……ん。に、逃げて……)
声が出ない。ルードは俺に顔を近づけて、小声でこう言った。
「心配するな。後でお前にも抱かせてやるよ……」
「……」
「いや、止めて!」
「うるさい、このアマ!」
羊の群れの中で寝ていたアリエスに乗っかり、首筋にナイフを突きつけたルード。左手はアリエスの胸を鷲づかみにしている。
「大声を上げてみろ。即刻、この細首を掻き切るぞ」
アリエスは黙った。ルードは臭い息をアリエスに吹きかける。そして舌で頬をべろりと舐めた。ナイフを首筋にすっと這わせる。血が薄らとにじみ出る。それをルードは舐める。
「処女だ、これは処女の味だ」
「うっ……」
「そうだ、大人しくしてろ。それにしてもいい匂いだ。たまらん。そしてこの体もたまらん。お前、いい体してるじゃないか」
ルードはアリエスの太ももを撫で上げる。
「や、止めてください」
「お前にずっとはめるのを我慢してたんだ。交代まで1時間ある。2回はかわいがってやるぜ。いいか、いい子にしていれば気持ちよくしてやる」
(やめろ、ルード、アリエスさんに触るな!)
俺は口をパクパクさせている。声にならない。体も動かない。
「きゃああああ~」
アリエスの悲鳴が響く。
(ダメだ、ルード、アリエスに触るな、汚すな!)
(その女は……)
俺はやっとの思いで手を伸ばした。
*
「もしもし……。大丈夫ですか?」
俺は頭に冷たいものを感じて目を開けた。右手で額に触ると、それは濡らされたハンカチであることがおぼろげに分かった。声の主もである。
(夢……!?)
「ア、アリエスさん、大丈夫でしたか?」
俺はルードに後ろから殴られて気絶したことを思い出した。凶行が行われたこの場所にいたのは、自分とアリエスとルードだけである。
そのルードは昼間の争いからアリエスのことを憎んでおり、粗暴で残虐な性格のルードがアリエスを襲おうとしたことは十分想像ができた。
「はい、見たとおり、私はなんともありません」
着衣の乱れも全くない。首筋の怪我もしていない。アリエスはにっこりと微笑んだ。俺が見ていたのは夢だったようだ。
俺はここでルードがいないことに気がついた。最後にルードはアリエスを襲うことを宣言した。あれは俺の聞き間違いだったのだろうか。
「奴は、奴は一体どこに……」
「さあ。わたしも仮眠していましたので分かりません。起きた時には、あのクズ男もいませんでした。もしかしたら、岩を登って森に出たのでは?」
「はあ? 森へ?」
「はい、森です」
アリエスは洞窟の壁へ視線を送った。確かに岩壁の上には隙間がある。オオカミは登れないが、歴戦の傭兵であるルードなら登れるかもしれない。
隙間は辛うじて人間なら通れる。外は森である。岩場から森に降りることはできるであろう。
(しかし、森にはオオカミがいる。逃げ出すにしても、この安全なところから逃げ出すものだろうか)
俺はルードの行動が理解できないでいた。それを察したのか、アリエスはさもあらんという口調でこう言った。
「きっとあのクズ、この砦ではオオカミたちを防げないと考えたのでしょう。今なら岩場の正面にオオカミたちは集中しています。こっそり森を抜け出せなくはないでしょう」
アリエスにそう言われれば、あの愚かで粗野な傭兵がそのような卑怯な手段に出てもおかしくはないと俺は考えた。他の傭兵たちに悟られないよう、俺を気絶させて逃げた。そういうことになる。ただ、森から逃げ出せるかは疑問である。
(もし逃げ出せなかったなら……)
その時に俺は、ルードがどうなるのかを考えると背筋に冷たいものが走った。洞窟の外はオオカミたちがうようよといる。間違いなく生きたまま食われるだけである。
「あの狡猾な男がそんな危険を冒すでしょうか?」
「さあ、私にも分かりません。ただ、この狭い岩場の砦にあの男がいないという事実だけは、受け入れなくてはいけません」
アリエスはそう指摘した。ただ、その言葉の後に、アリエスがかすかに笑ったように俺は感じ、背筋に流れる汗を冷たく感じた。
(この娘……何かを隠している……。だけど、あのルードをこの子が何とかできるだろうか。確かに今朝、ルードを殴って気絶させたことはある。しかし、ルードは武器を持っているし、警戒はするだろう。今朝のようにルードが油断しなければ勝てるとは思えない)
その時だ。洞窟の入り口で騒ぎが起った。どうやら交戦が始まったようだ。オオカミたちの襲撃が始まったのだ。
「フェルナンドさん、私たちも行きましょう」
「……そ、そうですね」
ゆっくりと入り口へ進むアリエスの後を追って、俺も入り口へ進む。進みつつも、頭の中はひどく混乱している。




