岩場の攻防③
一方、アリエスと俺は左右を併走するオオカミたちを振り切れないでいた。オオカミたちは襲ってこないまでも、しつこく併走している。
「アリエスさん、どうします?」
羊たちと共に走りつつ、アリエスはオオカミの数を確認している。
「右に2、左に3。狙いは私たちを群れの待ち構える方へ誘導すること。それに対抗するには、恐怖に惑わされずに突き進むことです」
アリエスからは少しも恐怖心が感じられない。普通なら恐怖で足がすくんでしまうか、パニックに陥るだろう。俺が正気なのもアリエスのおかげだ。
「天丸、地丸!」
走りながらアリエスは2頭の精霊犬に命令を下す。2頭は元々アリエスが連れていた黒い毛の羊を左右に4頭ずつ誘導する。そして神の奇跡を行使する。
「我が仕えし、裁きの神、正義の神ジャスティス。我に力を与え給え。我らを包み込む、邪悪な敵を弾きとばす黒き盾を我は欲する。ブー・クリエ・ノアール」
両サイドに展開した黒い羊たちを淡い光が包み込む。同時に左右からオオカミが飛びかかった。しかし、黒い羊に接触する前にオオカミは弾き飛ばされた。
「ギャウン!」「グウウ」
鈍い声を上げて2頭のオオカミが森の中へ飛んでいく。
「これは?」
「盾の奇跡です。黒い羊に接触不能の盾の守りをかけました。効果は1時間。黒い羊たちは前後に動いてパルフェ産の羊たちを守ります」
精霊犬の誘導で4頭の黒い羊たちは走る速さを調整し、飛びかかってくるオオカミたちから白い羊を守る。
「すごい奇跡だ」
次々とオオカミが弾かれる様子を見て、俺はまたしてもアリエスの神の奇跡の力に驚いた。弾かれたオオカミは軽く数十メートル、放物線を描いて弾き飛ばされている。
着地したときに死にはしないものの、中には怪我をするオオカミもいるだろう。少なくとも再度、ここへ来るにしても時間がかかる。
「よく訓練された羊にかけることで盾になります。これくらいの数のオオカミの襲撃なら耐えられます」
アリエスは目を閉じ、空からオオカミたちの動きを探る。森の木々に阻まれてはいるが、熱源体の動きで赤い点でオオカミが分かる。最後の1頭が弾かれて森の奥へ飛んで行った。
傭兵たちのトリッキーな動きと3つに分かれたことで、意表をつかれたオオカミたちはバラバラに追ってきている。動きと位置、移動速度を考えればギリギリ岩場へと逃げ込めそうだ。
アリエスたちが時間を稼いだおかげで、傭兵たちは岩場の防備を固めたことだろう。今晩は安心して眠れそうだ。
(あ、そうでもないか……。あのクズは今晩辺りに動きをみせそう。面倒なことになりそうね)
「アリエスさん、岩場です!」
俺は前方の岩場を見て叫んだ。それには安堵の色があった。近づく岩場にはナダルたちが既に到着しており、防御を固めている様子が見えた。
「傭兵さんたち、私の指示に従ってくれたようですね」
アリエスはそう言うと羊たちに停止命令を出した。岩場の要塞に羊たちを滑り込ませる。
「よう遅かったな、羊飼いちゃんよ」
ルードがそう皮肉を込めて声をかける。アリエスは軽く会釈をして岩場の奥へと羊たちを誘導する。傭兵たちはアリエスたちを収容すると入り口の柵を閉じた。オオカミたちの大群が近づいてくる気配がある。
入り口付近に積んだ薪に火を付ける。薪は勢いよく燃えて炎の壁になった。
この炎の壁があれば、いくら数が多くても襲っては来られないだろう。
「ワンコロどもめ、来られるものなら来てみろや!」
ルードはお尻を叩いて挑発する。人の言葉が分からないオオカミたちは、遠くからその様子を伺う。彼らは人間を取り囲みながら、自分たちのボスの到着を待っていた。
「アリエスさん、その『神の奇跡』は何回でも使えるのですか?」
岩場の砦の奥へと移動した俺は、馬車を止めるとそうアリエスに話しかけた。今日、ここまで犠牲を払わずにたどり着けたのは、アリエスの神の奇跡のおかげである。
「1日に10回が限度です。今日は音の奇跡、無臭の奇跡、鷹の目の奇跡、解除の奇跡、盾の奇跡とあの子たちの召喚に使ったから計7回。使えるのはあと3回です。今晩に使わずに済めばよいのですが……」
アリエスはそう言って微笑んだ。その視線は入り口方向にある。オオカミたちのうなり声が聞こえてくる。どうやら、この岩場の砦も囲まれたようだ。
しかし、攻撃口は一方向のみ。左右と後ろは断崖の岩壁で守られている。入り口の柵さえ突破されなければ、かなり安全だと思われた。
「天丸、地丸、ご苦労様。今日の役目はこれで終わりです。戻りなさい」
アリエスはそう命じる。天丸と地丸はアリエスの足下へ酔ってくるとペロペロとアリエスの手を舐める。
「ワオン……」
「ワン……」
精霊犬が消えていく。太陽が沈み、召喚された精霊犬はアリエスの腰に着けた筒へと戻っていった。
「精霊犬は太陽が出ている昼間しか存在できないのです」
「そうなんですね」
俺は2匹の精霊犬に感謝した。羊だけでなく、俺も助けられたからだ。俺に向かって飛びかかってきたオオカミを、何度も精霊犬たちが間に入って守ってくれた。
「フェルナンドさん、心配しないでください。あの子たちは明日の朝にも召喚します。また会えますよ」
「そ、そうですよね。すみません、何だか感傷的になってしまって……。食事の用意をします。少し待ってくださいね」
俺はそう言って馬車から食料を降ろした。また、羊や馬の用の干し草の束も降ろす。それらを羊や馬にやる。そして傭兵たちや自分たちの食事の用意をする。
今晩の食事ソーセージとキャベツのスープと焼いたベーコンをはさんだパンである。




